◆繝ェ繝・繧キ繝輔ぉ繝ゥ繧ケ◆さいごのゆめ

「母さんただいま」





「あらおかえりなさい。今日は早いのね?夕ご飯までには時間があるからもしお腹減ってるなら何か軽く作るわよ?」





「いや、大丈夫。杏子姉のとこ行って来るから」


「ひーちゃんは杏子ちゃんが大好きだもんね。でもあまり迷惑かけちゃだめよ?」





「わかってるって!じゃあ行って来る」








「あ、今日は久しぶりにお父さんが帰ってこれるって言うから一緒に夕ご飯食べましょうね」





「ほんと!?じゃあご馳走期待してるね!行ってきます♪」











…あの後。





リュシフェラスはあの世界を崩壊させた。


正確には、あの世界の法則を捻じ曲げて要らないものを全て消し去った。。





神の世界を統べるあの男には、世界を構成する物質自体を操作する能力があった。


そりゃ無敵である。





逆らう者がいてもその相手を構成する物質を好き放題できるのだ。


どう間違っても負ける事はないだろう。





寝込みを襲われたら危ないかもしれないが、俺が同じ能力を持っていたとしたら睡眠時は自分の周辺、あるいは部屋を取り囲む空間自体を変質させ侵入者を拒むように作り変える。





実際あの男がどうやっていたのかは知らないが何かしらの対策をしていたからこそ誰にも殺される事なく常に人を制する立場でいる事ができたのだろう。





…とにかくあの時リュシフェラスは神界を消滅させた。


奴の目論見としては全てを消し去って、何も無くなった世界で自分が最後に滅ぶ事だった。





自分が死ぬなら全てを壊す。


自分が滅ぶならその前に全て滅ぼす。





無茶苦茶だ。





俺もあまり人の事を言えたもんじゃないが…。








そして、あの男には誤算が二つあった。





リュシフェラスは自分の能力を正しく理解してはいなかった。





あの男の能力は世界を構成する物質を操作する能力…などではなく





神界、及び神が作り上げた人間界を構成する物質を操作する能力だった。





 同じようでその二つは全く別物だ。








つまり、あの男は神界と人間界の物質『しか』操作できなかったのだ。











「…ば、ばかな…なぜお前は消滅しない!?」





「…俺にはお前の能力は解らないからお前が何に驚いてるのかわからねぇよ」





「そ、そんな…ワシの力で貴様を構成する物質が変質できない…どういう事じゃ…」





「あー。ご丁寧な解説ありがとよ。要するにお前の力は物質の存在自体を変化させる事が出来るって事だろ?でも完全に効果が無いわけじゃないみたいだぜ。右腕が軽く痺れて動きが鈍くなってる」





 本当に軽くピリピリしてる程度の痺れだったのでほぼ効果無しと同じだが。





「そんな…そんな筈は…今までこんな事は一度も…」





「話聞けよ。要するにお前が干渉できる物質には限りがあったってだけだろ?」





 リュシフェラスは眼を大きく見開き、口を魚のようにパクパクさせながら否定した。





「そんな馬鹿な事があるか!もし、万が一、仮にお前の言うようにワシの能力に制限があったとしてもお前は生身の人間じゃろうがッ!!ワシの能力が通じないなど…」





 その話を聞いて俺にはなんとなく理由が解った。





「残念だったな…俺はお前にもらったこの能力でいろんな物を喰って喰って喰いまくったから…」





「だから何だと言うのじゃ…」





「わかんねぇのかな。俺の身体はもう、人間なんか辞めちまったって事さ」





 神が手を加える事の出来ないダイアロンの物質を取り込みすぎた俺の身体は既に神が作り上げたヒトという物とは違う物質になってしまっていたのだろう。





…まぁ腕は軽く痺れたけど。





「お前にもらった能力のおかげでお前の力が聞かなくなるなんて皮肉な話だよな」





「うそだ…嘘だ。嘘だッ!!…グッ…ゲホッゲボッ…」





 現実を受け入れられないのか激昂して激しくむせ返り辺りに血を撒き散らした。








「…哀れな奴」





 俺の頬にまで飛んできた血を親指で拭き取りながら一歩また一歩と近付いていく。








「やめろ、来るなッ!!」





「お前はずっとその能力で全てを解決してきたんだろうな。それが通用しないだけでそんなに怯えて…」





「貴様、何をする気だ…こっちに来るんじゃない!!」





 リュシフェラスが大きく腕を振るうと、俺の目の前の空間がうっすらと濁る。





前に進めない。








…どうやら奴が空間を操作して壁のような物を作ったらしい。





俺はベタつく親指を一舐めして、構わず進む。





「お前は、それをやるならもっと早くやるべきだったんだ。余裕かましてるからこうなるんだぜ?」





 俺は軽く腕を振って変質した空間その物を消し飛ばす。





「なっ、なんでっ、どうして…っ」





「おいおい…お前が俺にくれた力まで忘れちまったのかよ…混乱しすぎてボケちまったのか?」





 俺は既にリュシフェラスの遺伝子情報を取り込んでしまった。





 本当に、哀れな奴だよお前は。





「さすがに、少しだけ罪悪感を感じちまうよ」





「…わ、ワシはもう長くない。放っておいても死ぬ…。だから、だから…」





「…でもさ、俺にはそんな事関係ないんだわ」








 ズブリと、俺の掌がリュシフェラスの胸元を貫き、聞き苦しいうめき声の後…動かなくなった。





俺の人生をこれだけ狂わせておいて寿命で大往生なんて、許すわけねぇだろ。








こうして俺は俺の一番の目的、黒フード糞フェラ爺をぶっ殺す事に成功した訳だ。





そしてこの後どうしようかな、なんて考えながら部屋を後にしようとドアを開けて気付く。





そこには真っ白な空間が広がっているだけだった。





神界はもう滅びてしまったのだ。


数少ない神々も、きっと一緒に消えてしまったのだろう。





俺はこのままこの小部屋に軟禁されて糞爺の死体と一緒に過ごさなければいけないのだろうか。





だとしたら辛すぎる。





これはある意味バッドエンドじゃないか…。








と、途方に暮れかけた時だ。





どこかから微かに、本当に微かにだが何か聞こえた気がした。








俺は奴の能力を使って空間を形成しながらならこの空間内を進む事が出来ると気付き、音のする方へと歩き出す。





なんとなく音の正体はわかっていたが、何故その音…いや、声がするのかまでは解らなかった。








「…どうなってるの…だれかぁ…誰もいないのぉ…?おーい…なんで真っ白なのぉ…?これもしかして進めたりするのかな…ってうわぁぁぁぁぁぁあぁあぁああっ!!た、助けてっ誰かーッ!!」





 その声の主が視界に映った頃、その女神は部屋の外へ出ようとして何も無い空間に足を踏み出し、そのまま真っ逆さまに落ちそうになり、かろうじて出入り口に掴まってプラプラしていた。





「…一応聞くけどお前なにやってんの?」





「たっ、タスケテ…お、ちる…」





 …本当に退屈しない女だ。





俺は女神の足がかろうじて届かない場所に透明な地面を作って、女神がプルプル泣き叫ぶのを眺めていた。





「はっ、早く…助けてよっ!落ちちゃうでしょ!?」





「…なんで?そんな頼み方しかできない奴助けても俺になんの得もねぇよな」





「なんでそんなイジワルするのぉ~!?いいじゃん早く助けてよ助けなさいよ助けて下さいお願いしますなんでもしますから!!」





「…え~?どうしようかなぁ」





 段々女神の顔が真っ赤になり、その後青ざめていく。





「…ほ、ほんと…ムリ。たすけて…しぬ…」





 最後に女神はこちらを涙目で見つめながら、限界を迎えて落下していった。





十五センチ程下の地面に。





「…は?」





「ちゃんと助けてやったんだから期待していいんだよな?」





「…は?」





「なんでもするんだろ?」





「……………は?」








女神はしばらく何が起きたのか理解できなかったらしい。





そして、俺にからかわれていたと知ってまた涙目でこちらを睨む。





「…ひ、ひどい。なんでこんなイジワルするの…?もうダメかと思った…」





「でさ、あんたなんで生きてんの?」





 確かにリュシフェラスはこの世界を消そうとした筈だ。


この女が例外とは思えないのだが…。








結果、それ自体があの男の二つ目の誤算だったのだ。





あの男は人間界の魂の管理や、ダイアロンへの転生…つまり俺に対する刺客なんてものには興味がなかった。


この女がどこでどんなふうに仕事をしているかを把握していなかったのだ。





「じゃあリュシフェラス様はもう…」





 ひとしきり説明してやると、女神は俯いて過多を振るわせた。





なんだ、あの男にも悲しんでくれる奴の一人くらいいたんじゃないか。





…と、思ったのは勿論間違いだった。





「ハァーッハハハハッあの糞爺やっと死んだんですかッ!?この時を待ってた。待ってたのぉーッ!!これで私の天下が…」





「おい」





「もう誰も私の昇進を邪魔する者は居ないわっ!!」





「おい。忘れたのか?昇進も糞も…もう誰も居ないしそもそも神界自体滅んだんだけど。それにお前俺が買ったらトイレ掃除でもなんでもやるって言ってなかったか?俺が生きてる時点でお前の天下がくるとでも思ってんの?」








「…ハッ!?」





「ハッ!?じゃねーよ」





「…あの、ま、魔王様?私…貴方の為ならなんでもしますから、ね?だから側に置いてくれますか?」





 くっそおもしれえなこいつ。





「考えとく。で、状況はさっき説明した通りだけど、リュシフェラスは神界を滅ぼしたのにお前はなんで生きてるんだ?」





「…それは多分、私が居たあの部屋は神界じゃないからです。正確には神界と人間界とダイアロンの中間に設置された特別な空間、ですかね」





 なるほど。人間の魂をあちこち移動させたりこいつが行き来したりするのに便利なように全ての世界と微妙に繋がっている特別な空間だった訳だ。





「ほんとにお前運がいいな」





「えへへ…子供の頃から悪運だけは強いってみんなに…」





「お前を最高権力者にしてやるよ」





「ほんとですか?さすが魔王様最高です♪……って、え?」





「ん?」





「…は?」





「なんだよ。昇進したかったんじゃないのか?」





「…え?ど、どういう意味??」





 俺はこの女神が生存しているのを知った時から考えている事があった。





女神の記憶により、俺は人間界の魂の管理や運営方法をある程度理解している。


そこで、この神界に一から新たな世界を作り上げてこの女神を頂点に据えようと思ったのだ。





不安しかないのだが、そんな不安定な世界も面白いだろう。





それに、この女神が生きているという事は魂の貯蔵庫はまだ生きている。


人間界で死んだ人々は魂の貯蔵庫に順番に保存され、記憶を抹消されて新たな器に入れられる。





探すのは大変だろうし、最早記憶も消えていて別人だろうけれど、その貯蔵庫の中には俺の母親や父親の物もある筈で、更に言うならダイアロンで死んだ転生者の魂も回収する気になればなんとかなりそうだ。


ダイアロンでは死んだ生命から魂が抜けてそれが新たな命として生まれ変わるというシステムが存在しないらしい。


死んだら存在は魂も完全に消滅。


交尾、出産により母体の体内に新たな魂が生み出される。


つまりはダイアロンの生命体全てがある意味神と言う事だ。





魂のリサイクルシステムがないならば、ダイアロンでさまよっている魂を見つける事が出来ればそれは転生者の物と言うことになる。


さらに言えば、貯蔵庫で記憶を抹消処理されていないならば…。





女神に新たな肉体を作らせて杏子本人を復活させる事も可能なのではないか。





そんな世界をここに作る事ができるのならば、権力など女神にくれてやる。














結論から言うと、俺の望みは完全では無いにせよ実現した。





新しい世界を人間界に似せて作り上げていくのは楽しく、そして難しかった。


しかしある程度ノウハウのある女神と、その記憶を持っている俺の二人掛かりだったので、思った通りの世界を作り上げるのに百五十年程度で済んだ。


杏子の魂は意外とあっさり見つける事ができた。


女神の力で魂を見る事ができるようになっていた俺は杏子の能力でサーチをかける事で即座に見つけられた。


そして俺は初めて女神に泣いて感謝をした。








俺達は今、


女神が管理、運営するまったく新しい世界で必要な人間だけを集めた素敵な楽園を満喫している。





周りの人間達は人間界のそれと変らないのでいろいろこちらは演技しなければいけない事もあるのだが、それも含めて杏子とは楽しくやっている。





女神の手違い、というかミスで杏子の身体が子供サイズになってしまった為に、俺も自分の外見を子供に作り変え、人生を子供からやり直しているところだ。





きちんとした子供時代を過ごした事がないのでこれはこれで楽しい日々である。





これをどこかで女神が見ているかと思うとなんだか腹が立つが、それもまたよしである。











そういえば、俺はあれから悪夢を見る事がなくなってしまった。


きっとあの夢を見ていた理由を知ってしまった事と、もう自分を責める夢は必要がなくなったという事なのだと思う。





ダイアロンで知り合った人々はやはりどうやっても復活させる事はできなかった。


もう消滅してしまったのだ。





ダレンもリンも、ルーイも。そしてわたあめも。





だが俺は後悔するのは辞めた。





あの性格に難のある女神のように、気楽に楽しく自分の事だけ考えて生きていくのが最良だと気付いたからだ。





今の両親にも満足しているし、口うるさい事もあるが同じ魂とは思えないほどに浄化され、家族の愛を感じる事ができている。


そして何より、杏子が居てくれる。


愛してくれる。








俺にはこの楽園で、杏子さえいてくれればそれでいいのだ。





この先の永い人生、幸せに生きていられるのならば、それが最良であり、最高である。





愛に満ち溢れたこの世界を今日も生きていく。





いつまでもいつまでも。





これが俺にとっての幸せなのだから。






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