◆終章-4◆さいごのひとかじり




 さて。


まず初めに何をしようか?








もうこの世界はほぼ掌握してしまった。


ここでやりたい事はやりきってしまったと言えるだろう。








今後どうしたいかという目的も目標もある。


だが今現在その目的の為に何が出来るかというと微妙なところだ。


どうすれば奴らの尻尾を掴めるだろう?








手がかりは俺を殺しに送り込まれてくる刺客だけだ。


刺客がこの世界に送られてくるその瞬間。








その一瞬だけはもしかしたら奴らの居場所と繋がっているんじゃないのか?








もし瞬間移動のような方法でこの世界に送られているのならどうしようもない。





しかし、一瞬だけだとしても空間が繋がるのならば…そこにチャンスがある。











今俺に必要なのは何がなんでもやり遂げるという強い意思、か。








俺はそこまでして本当に奴らをどうにかしたいのだろうか?


答えは解らない。


今でもたまにどうでも良くなってしまう事がある。





しかし、それはただの倦怠感で、冷静に今までの事を思い出すたび心の中に消える事のない殺意が湧き上がってくる。








どうでも良くなるのは面倒だから。


だけど俺が今生きているのは奴らを滅ぼすという目的の為。


だったら一瞬のチャンスを逃してはならない。


万が一俺のやろうとしている事を把握されてしまったら次からチャンス自体がなくなってしまうかもしれない。


だからやるなら徹底的に一発で成功させなくてはならない。








覚悟を決めろ。


いや、覚悟なら出来てる。








危機感を持て。


そうだ。


俺は自分の能力、性質に慣れきってしまっていて危機感なんて物を感じなくなってしまっていた。








それでは足元をすくわれる。


何せ俺をこんなにしてしまった奴らなのだから。








厳密には刺客を送ってきている奴と俺を送り込んだ奴は別なのかもしれない。


だけどこの世界より手がかりがあるのは間違いないだろう。








今よりも先に進めるのならばやらないわけにはいかない。








では具体的にどうする?


どうやったらこの世界に送られてきた瞬間を狙い撃ち出来るだろうか?





…いや、俺の持っている能力をフルに活用すればなんとかなりそうだ。








俺は何をどういう順序で行えばいいかを頭でシミュレーションする。





必要な手順は四つ。








そのうちの一つ目さえ迅速に行う事が出来れば思いのほか容易いミッションかもしれない。





俺は作戦を立てたその日から、四六時中能力を発動し続けた。


毎日、一瞬も気を抜かずに。





食事を取る暇は無い。


その間に、なんて運の悪い事もないとは言えないからだ。








俺がひたすら使い続けている能力は杏子のサーチ。








勿論俺の探し物は転生者。


この世界にある転生者の反応は五つ。


俺がダイアロンを征服しても何もしてこないという事は戦闘向きの能力持ちではないのだろう。





この状況をどうする事もできず見ているしかない奴らなのか…それともこんな状況すらもまったく興味がないような連中か…。








どちらにせよ今の俺にはどうでもいいし関わろうとも思わない。


俺の興味はもうこの世界に無い。








ここから飛び出す予定の俺にはこの世界に住まう全てが過去の物だ。


俺の邪魔さえしなければそれでいい。








俺がサーチを開始してから二十五日目。


ついにその時が訪れる。





それにしても二十五日もの間飲まず喰わず、睡眠をとる事も無く生きていられる身体になってしまったのか。





確か俺があの洞窟でわたあめを喰ったあの時。


あの暗闇の中で飢えと乾きに苦しみ死を受け入れようとしたあの経験も、二十五日間だったように思う。








俺にもっと力があったならば。


俺がすぐにこの力の使い方に気付いていたならば。








解ってる。


たら、れば。は言ってもしょうがない。


だからこそ俺は今過去を振り返ってる場合じゃない。


先へ進むために。











サーチに新たな転生者の反応が生まれた瞬間、同じく杏子の能力で俺はそいつの元へ飛んだ。


それと同時に杏子を殺したあの野郎の時間停止能力を発動。


目の前に新たな転生者の姿が見える。


そしてその背後には…


俺は止まった時の中を速度加速能力で駆け抜ける。


転生者の背後に生じているどんよりとした靄の中へと。








ドガァァァァァァァーンッ!!





「きやぁぁぁぁぁぁっ!!な、何!?いったい何がおきたのっ!?」








 どうやら無事に向こう側へと出る事が出来たようだが、俺はあの霧を抜けた瞬間猛スピードで壁に衝突し、そのまま壁を三~四枚ぶち抜いて停止した。





向こう側へと出た瞬間、目の前に壁が現れたので回避する事が出来なかった。


別にさほど痛くは無いのだがちょっとびっくりして心臓が高鳴っている。





俺にもまだこういう人らしい部分が残っているんだなぁなどと瓦礫の中から這い出しつつ思う。








そういえば何か女の声が聞こえたような気がした。


もしかしたら刺客達の記憶にあった女神かもしれない。


だとしたらすぐに体制を整えないと。


流石に女神ともなればそれなりに強いかもしれない。








「あ、あ、あああああ貴方ッ!!いったいどこから…っていうか誰なんですかぁ~っ!?」





 衝突で舞い散った粉塵が収まってきた頃、俺の居る場所へ向かってあの女が声をかけてきた…。が、なんだか涙声である。








「…お前が女神か?」





「ひゃいっ!?」





 粉塵がほぼ収まり段々と女神の姿がはっきりしてきた。


端的に言えば綺麗だ。モデルのような体型をしていて、顔もとても整っている。





…ように思うのだが、その顔は今涙を垂れ流しながらくしゃくしゃになっているので正しい評価かどうかは自信がない。








「あ、あの…貴方は一体どこから…」








「ああ、あんたが開けた穴から…もぐもぐ…来たに決まって…もぐ…るだろう?」





 その言葉を聴いて女神が表情を硬直させる。





「…え?…え?って事は…もしかして、ダイアロンから…?」





「ああ。この時を…もぐもぐ…ずっと待ってたんだ。…ぷはぁっ…やっと会えたな」





「…私に会いに来たんですか?…え?何のために?わざわざ世界を越えて私に会いに…?もしかして貴方…そう、そうよね。言わなくてもいいです。私が美しいせいですね。きっとそう」





 …なんだか無性に腹が立つ勘違いを炸裂させているようだ。





「だから私を好きになってしまうのは仕方ないですけど…」





「俺はお前が殺そうとしてた魔王ってやつだ」





「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」








 あまりの絶叫に俺までビクっとしてしまった。


どうもこいつは俺をイラつかせる才能というか人をアホにする才能というかそういうのがある気がしてならない。








「ま、まままま魔王…?なんで?どうやって?さっき最強能力者を送ったばかりなのに…」





 最強能力者…あの冴えない感じの男か。


でもそいつなら…





「ごめんな。もう喰っちまった」





 時間停止した世界の中、俺はとにかく靄の向こう側に行く事しか考えてなかったのだが、そこでふと気付いてしまった。





人一人一緒に引きずり込む事くらい時間を無駄にする事なく実行できる。


それに、俺はずっとずっと能力を使い睡眠もとらずに待ち続けていたのだ。


腹が減って仕方ない。





だから靄の向こうに駆け抜ける時、突っ立っていた刺客を一緒に引きずりこんだ。


壁に激突した衝撃で一度手から離れてしまったが、あの女が話しかけてきた頃に、足元に転がる全身の骨がポキポキねじれて白目を剥いている男を見つけたから女神と会話しながらもぐもぐやってしまった。


それだけ腹が減っていたんだ。行儀が悪いとかそんな些細な事魔王は気にしないのである。











「…じょ、冗談…ですよ、ね?ですよね?あの男にどれだけの能力を詰め込んだか解ってるんですか!?なんでそれが送り出した瞬間に殺されてるの!?そ、そんなの…私の…昇、進…」








「…ああ、ほんとだ。こいつはヤバイな」





 改めて先程食した男の能力を吟味してみる。


その男に付与された能力、実に六十二種類。





…だがそれだとおかしい。








「女神さんよ。身体が傷つかない能力がある癖にどうして骨が折れたりしたんだ?」





 こいつが持ってる筈の能力なら怪我もしないし俺が喰おうとしても歯が通るとは思えない。





「…それは、その…だって時間がなかったから…」





「…あぁ?」





「ひぃっ、怒らないで下さいっ!ちゃんと説明しますから!!あ、あの…ですね。能力の強さや数の多さで処理の早さが違うんです…」





「…処理?どういう意味だ」





「えっと…能力を対象の身体にインストールするって言えば意味が伝わりますか?」





 女神の例えは非常にわかりやすかった。





「じゃあ能力が多ければ多いほど、大きければ大きいほどその身体に能力を定着させるのに時間がかかるって事か。お前…全ての能力が定着する前にダイアロンに放り込んだのか?」





 敵ながらアホすぎる。





「だって…だってだってそんなにすぐに襲われるとは思わなかったし全部の能力が使えるようになるまであと四十時間くらいかかる計算で、その間あの男とずっと一緒にここで待機なんて耐え切れなかったんですぅ~!!」





 …哀れだ。


あの男はこの女神が適当な仕事をしたせいで死んだわけだ。





さらに言うなら、身体に定着させるのに時間がかかるというよりはどちらかというとそれらの能力を使えるようになる為に身体を変質させるのに時間がかかるという事のようだ。





なにせ俺はそれらの能力を全て使えるっぽい。





俺にはそれらの能力をすぐに使えるだけの身体が備わっていたという事だろう。








とにかくそんな事はもうどうでもいい。


それより聞かなければならない事がある。





「お前の横着のせいで簡単に倒せたっていうのは分かったから一つ教えてくれ。生きた人間をそのままダイアロンに転送していた事案は記録にあるのか?あれば教えろ。解らなければ調べろ。なければお前に用は無い」





「あ、あの…用がない場合私って…」


 女神が顔面を真っ青にしながら俺に問いかける。





「俺は用が無い奴は放置するか殺すかどっちかだよ」





「こ、答えます答えますからっ!…えーっと、ですね、確かにそういう事はありました。人間をランダムで選び…何か能力を一つ付与してダイアロンに放り込んで観察するっていう遊びが…」





 …遊び、ねぇ。


確かにあの黒フード野郎は遊び感覚だったように思う。








「で、でででででもっ、それってもう何百年も前の事ですからっ!最近はそんな記録ありませんっ!」








 …どういう事だ?


何百年も前にそういう事が行われていたというのは解った。


だが俺がダイアロンに放り込まれたのはせいぜい…ん?待てよ…。





そういえば俺は杏子に封じられてから何百年経過していたのかを正確には知らない。


もしかしたらその女神が言うところの、数百年前の事案ってやつが俺の時のかもしれないわけだ。





しかし一々こいつに全部確認を取りながら話を進めるのは面倒だし時間が掛かりすぎる。








「おい。お前死にたくは無いよな?」





「ひゃいっ!死にたくないですぅ!!死ななくて済むなら大抵の事はやりますっ!たとえ最重要機密でも知りたいなら教えますから命だけはっ!!この世界の住人皆殺しになってでも私の命だけはーっ!!」





 …こ、この女…腐ってやがる。








正直言うと、こういう自分の欲に正直な奴は嫌いではない。








「女神さん、あんたに選ばせてやるよ」





「ななななんでしょう!?私なんでもしちゃいますよっ!!」





「じゃあ今ここで俺に殺されるか、身体をよこすか選べ」





 女神は引き攣った笑顔のままゆっくりと首を傾げる。





「…えっと…。身体をよこせっていうのは…あれですか?俺の物になれとかそういう事ですかアレでアレなやつですか!?えっと、命の対価としては我慢できるようなできないような…でもやっぱり初めての人は…」





「つべこべうるせぇよ」





 俺はごちゃごちゃ言っている女神に近付き、腕を掴むとこちらに引き寄せ、うなじの辺りに顔を近づけた。





「きゃぁっ!だ、けっこう大胆!?あっ、でもダメっ…私、私はそんな安い女じゃ…でも、でも死ぬよりは…私の身体は好きに出来ても心まではそうは行かないわぁぁって、いったぁぁぁぁい!!何すんのよーっ!!」





 俺は女神をこちらに引き寄せて、首筋に噛み付いた。





ほんの少しだけ肉を食いちぎる。


勿論重要な血管のある場所は避けたのでこれで死ぬ事はないだろう。





別に死んだら死んだでいいんだがこういう面白いやつをわざわざ殺す気にはならない。








女神は人では無いが、人を喰うのはこれで最後にしたいものだ。


喰ったといっても首筋の肉をちょっと齧っただけだが、人間とはどうも成分が違うらしい。なんだか桃のような甘い香りがして肉もほんのりフルーティだった。





女神の肉を喰った事のある奴なんて俺くらいのもんだろうぜ。











「あ、あんたいったい何考えて…」








「…なるほど、確かに数百年前までは上級階級連中の娯楽として割と頻繁に行われていたようだな」





「…貴方、まさか私の記憶を…?そんな事まで出来るんですか?…貴方がいったい何をするつもりなのかは知らないですけど…もしも、もしもよ?貴方が神をも殺してここを支配するような事があったら…」





「あったら?」





「…トイレ掃除係とかでもいいから私を殺さないでね」





 もしかしたら訪れるかもしれない絶望の未来を想像したらしくどんよりとした表情で、しかしたくましく女神がそう呟いた。





「あんたにトイレ掃除はもったいねぇよ」





「…え、ちょっとそれどういう意味…?」





「じゃあまた俺が生きてたら会おうぜ」








 女神の記憶からここの構造は大体解ったし俺が行くべき場所も多分解った。





これで本当に全部終りに出来る…筈だ。








その先はどうする?








知らん。





その時はその時考えよう。








…その時は…





もう一度だけ、





もう一度だけ女神を齧ってみようかな。

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