◆終章-3◆さいごのひとごろし
俺は目標と言うものを軽く見失っていたように思う。
元々はユウジを殺してこの世界もぶっ壊してしまう予定だった筈だ。
杏子がこの世界に来た事によって俺には世界の事などどうでも良くなってしまって、それから数百年眠りにつく事になってしまったわけだ。
再び目覚めた俺は何をすればいい?
何をして生きていけばいい?
何のために…。
無気力だった。
何に対しても。
まだまだこれからも俺を殺しに来る奴はいるだろう。
それを殺して喰う事に関してもそう。
ここで誰かに殺されるのを待っているだけというのはなかなかに退屈なのだ。
この世界にも強い奴は居る。
そういう奴らが徒党を組んで俺を殺しに来たらどうだ?
それは結構期待できるんじゃないだろうか。
しかしここに隠居しているだけでは強い奴らが俺の事を認識してくれない。
だったらやっぱりやるしかないのだ。
あの大学生が世界征服をしようとしていたように、俺がこの世界にとって脅威であるという事をこの世界中に知らしめなければならない。
そうしたら強者が一斉に俺を殺しに来るだろう。
少なくともここでぼけーっとしているだけよりは楽しそうだ。
そうと決めたら俺の行動は早かった。
ユメリアに現存している魔物は当時の半数程度まで減っていたが、それらを率いてまずは俺になんの関係も無い二つの大陸を掌握した。
どうでもいい事だがミリウナとガイザッグという大陸で、それぞれ同名の王都がある。
ミリウナは以前俺が殺した化け狐が支配していた国だったが、再び訪れたそこは当時とは比べ物にならない程クリーンな街と化していた。
その分兵力などは少なく、大して苦労する事なく大陸を手中に収める。
次はガイザッグ。
ここは機械文明が発達している国だった。
この異世界において異質な雰囲気が漂う場所で、俺も初めて訪れたのだがこの国が異世界ダイアロンにおいて異質なのには理由があった。
その国は建国時からずっと同じ一人の男が統治している国だった。
その男はこの世界に元々有り得ない技術と知識を持ち、ここに国を作ると決めてからはその手腕で皆の中心に立ち、村を、街を、国を、大陸を発展させていった。
そしてそれが今までずっと続いている。
要するに、そいつはこの世界の住人ではないのだ。
俺はそこで魔物を三分の一ほど失いながらも国を壊滅させる事に成功する。
この国には様々な機械を使う面倒な奴らが多かった分、特別な能力を持った人間は少なかった。
国王は日本人ではないようで、おそらくアメリカ大陸出身であるようだった。
とはいえ、その顔は真っ白い髪と髭で覆われていてほとんど顔は見えなかったのだが。
なんとなくアジア方面じゃない雰囲気だったのだ。
その男は俺の侵略を喜んでいた。
「もう、長く生き過ぎて毎日ただ植物のように壁を眺めるだけの日々が、ようやく終わる」
男はそう言って俺に喰われて消えた。
いや、俺に取り込まれた。
その男は俺と同じようにはるか昔に転移させられてきた人間だった。
男に与えられた力は、どうという事はない。
長寿。
それだけだった。
病気になる事は無い。
しかし怪我もするし、血を沢山流せば死ぬ。
だから男はある一定の年齢以降、この国という牢屋に閉じ込められていたのだ。
この国を治める唯一の王として、民衆に監禁されていたのだ。
十畳ほどの殺風景な部屋にずっと。
男の記憶を除き見た俺は発狂しそうになった。
やっぱり人は大勢集まるとろくな事にならない。
個よりも全を優先する。
他よりも自を優先する。
そして自となった全は他である個を押し潰す。
そうやって男は自分が作り上げた王国で飼い殺されていたのだ。
人間は醜い。
この世界の人も同じだ。
中には人間と同列で考えていいのか解らない外見の奴らも居るが、俺は差別する気は無い。
むしろそういう奴らも人と変わらぬ中身を持っていて等しくクズでカスなのだ。
稀に正義感溢れる者も居ても力が伴わなければただの他の個として排他される。
力があれば英雄と祭り上げられ利用され使い潰される。
やはり俺は気に入らない物を全て壊してしまわないと気がすまない。
ここまでやってやっと、あの頃の殺意が蘇ってきた。
各地で出会った魔物達も全て仲間に引き込み、魔王勢力は全盛期ほどまでに回復した。
そして、とうとう満を持してファナール大陸を攻め落とす時が来た。
以前過ごした街も、今では遠い昔の出来事だ。
俺にとってはどうでもいい。
仮にどんなに綺麗な街だろうと、住まう奴らはいつだって腐っているのだ。
一度ゼロに減らして純粋な本能で生きている魔物の世界を作る。
まずはそれが目標だ。
特別魔物が好きという訳ではないのだが、下らない策を弄する人間よりも本能的でよほど好感が持てる。
そして、あっけない程あっさりとファナールは陥落した。
拍子抜けにも程がある。
国が滅びた頃、各地から集まってきたノロマ能力者達が怒りの眼差しを俺に向けてくるが、転生者相手に慣れてしまった俺にこの国に在来している英雄達など既に相手にすらならなかった。
一ヶ月。
全ての大陸を手に入れるのに要した期間は一ヶ月だった。
正確には一ヶ月と三日。要するに三十四日といったところだ。
まったくもって情けない。
ちなみにだが、俺は王を殺して政権を奪うなんて下らない事をしていたわけではない。
人間を滅ぼす為に侵略をしていたのだ。
目に付く人間は全て殺した。
相手が善人か悪人か大人か子供かなんてどうでもいい。
俺は自分で手を下す際は必ず丸齧り。
この国の人間全てを俺が殺すのは無理なのであとは配下の魔物に任せる。
魔物で倒せないような奴が現れればそこへ俺が飛び、殺して喰う。
その繰り返しを寝ず、休む事なく続ける事によって一ヶ月程でほぼ全ての人類を駆逐する事に成功したのだ。
…そして残ったのは虚無。
本当にやる事がなくなってしまった。
そして俺は考える。
この先本当にどうして行くべきか。
夜通し考えて気付いた事がある。
この世界の人間を滅ぼし、俺の物になった。
この世界ですべき事はもうない。
なら…するならここじゃない所だ。
そう、それにもっと早く気付くべきだった。
俺はこの世界に拘りすぎたのかもしれない。
確かに俺の敵は俺以外の人間全てなのかもしれない。
だけど、人間以上に俺の敵が居たじゃないか。
俺をここに送り込んだあの野郎だ。
黒ローブのガリガリ野郎。
まだ生きているのかどうかもどこの誰なのかもわからない。
だが、俺には一つだけ手がかりがある。
…この世界にやってくる転生者だ。
そいつはどこからやってくる?
送り込んでくる奴が居るならそこへ行って知ってる事を吐かせる。
そうだよ。なぜそれをしようとしなかった?
それも仕方ない。
仕様がなかったのだから。
でも今の俺なら…。
それが成功すれば次の相手は神か悪魔か…
そのどちらだとしても人間を殺すのはこれで終りなのかもしれない。
俺はこの世界を壊すと決めたその日から一度も眠っていない。
あの唯一の癒しを得られないのは辛いし悲しい。
だけれど今皆に会うと…。
わたあめの力を知って夢に変化が出ているかもしれない。
その状態の皆に会ってしまったら俺はもう夢の中だけで生きていきたくなってしまうだろう。
勿論今だってその気持ちはある。
だけれど俺は寝なくてもすむ身体で、そしてやるべき事が見つかってしまったのだ。
皆に会うのは全てが終わった時。
それまでは、お別れだ。
全部終わらせて
そしたらまたみんなに会いに行こう。
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