◆終章-2◆さいごのあい
地面にバラバラになって散らばった奴らの身体を一通りむしゃむしゃと食べ尽くす。
一体自分はどの程度眠っていたのだろう。
建物の老朽化を見る限り百年どころではないだろう。
久しぶりの食事だというのに特に感じる事は無い。
杏子にはもう辞めろと言われていた食人だけれどこの場合は仕方ないだろう。
そもそも封印される直前にも一人食ってるからなぁ。
今後もこういう阿呆共が沢山やってくるのだろうか?
だとしたらごめん。
杏子との約束は守れないかもしれない。
来たら殺すだろう。
殺すなら喰うだろう。
殺すだけ、という選択肢は無い。
殺すだけで放置じゃただの殺人者だ。
別に俺は今更どう思われてもどうでもいいんだけれど、殺すからには目的がほしい。
殺すなら喰う。
喰わなきゃ勿体無いとさえ思う。
それに、だ。
殺して放置なんて腐ったら臭いし汚いし。
わざわざ埋葬するなんて面倒な事もしたくない。
だったら喰うのが一番手っ取り早いってやつだ。
片付くし能力も手に入る。
一石二鳥だ。
本当はついでに記憶も手に入るわけだから二鳥どころではないのだが、まぁそんな事はどうでもいい。
でも手に入れて嬉しい記憶とそうでもない記憶ってやつがある。
たとえばだ、俺の知らない元の世界の知識とかそういうのは非常に勉強になるし嬉しい。
でもその反面、彼氏や彼女とかといちゃいちゃしていた記憶なんかは非常に迷惑である。
何が楽しくて他人のラブシーンを脳内に焼き付けなければいけないのか。
それが無難な内容ならばまだいい。
たまにそれがあまりに特殊なプレイだったり、相手が老婆だったり、とてつもなく貴重なタイプの趣味趣向だったりといろいろ大変なのだ。
そして基本的にそいつの記憶を自分の物にしているわけで、本人としてその映像を認識してしまう。
俺が女役としての記憶を味わう事もあるしとんでもない相手とのラブシーンをさせられている場合もあるのだ。
これは一種の地獄である。
吸い出す記憶を選べればもっとよかったのだが、そんなにも便利な能力ではない。
嫌なら記憶を吸い出す事をやめればいいのだが、そこはどちらかというと知的好奇心の方が先立ってしまう。
殺すなら喰う。喰うなら記憶も頂く。
それがワンセットなのだ。
相手の記憶を吸い出すには何かしらの遺伝子情報を体内に摂取すればいいだけなので結局喰えば全て解決してしまう。
というよりも喰った相手の記憶はほぼ自動的に俺の物になってしまうのでワンセットなのは当たり前なのだが…。
それがどうしても嫌だったら火を通して調理して喰えばもしかしたら能力と一緒で取り込むのを避けられるかもしれないがそこまでして実験する意味を感じられない。
もう俺の食事というのは生で丸齧りが基本になってしまっているので今更調理だ料理だなんていうのをする気にはなれないのだ。
それにしたって面倒な事になったものだと思う。
眠っていればいいだけだった筈なのに無理矢理起こされて私利私欲の為に利用されそうになったわけだが…それをまとめて撃退した事によってきっとそのうちこの状況は女神に伝わってしまうだろう。
そうしたらどうなる?
またいつかのようなずさんな方法で選ばれた転生者が俺を殺しに来るのだろうか。
それはそれで望むところだ。
どうせ俺に生きる目的なんて無い。
自分で死ぬ事すらできないんだ。
俺を殺せる相手が来るのをここで待つというのもいい案ではないだろうか。
いつか俺を殺せる相手が来ればそれはそれでいいし、そうじゃないなら殺せるだけ殺して喰って喰って俺はもっと知識と能力を得ていこう。
仮に俺を殺したり封印したりできるだけの能力を持っている相手が来たとしても俺は手を抜かないだろう。
わざと殺されるのは何か違う気がする。
いや、もしかして俺は死ぬのが怖いのか?
そんな馬鹿な。
今更死ぬのが怖いなんて事はない。
死ねるものなら死にたいくらいだ。
だけれど、さあ俺を殺してくれ。っていうのはやっぱり何か違う気がする。
その辺のもやもやは解消されないまま俺は何も代わらない日々を過ごした。
三ヶ月ほど経っただろうか。
思いのほかなかなか刺客がやってこないのでもう俺をどうにかするのは諦めたのかと思った頃、ついにそれはやってきた。
んで殺して喰った。
その男?はどこかの大学の教授をしていたらしい。
素晴らしい知識量だった。
学問という意味ではいろいろな知識を得る事が出来て俺は嬉しいのだが…。
プライベートの方はかなり難の有る輩だったようだ。
別にそういう趣味を否定するわけではない。
だが、それを自分がやっているように記憶として再生されてしまうのは結構きつい。
その教授は生前はお世辞にも整った顔ではなく、どちらかといえば厳つい体育会系に近い体型をしている。
その教授が毎晩毎晩下着込みで女装をしては夜の街を練り歩いているのである。
自分の体型を考えたらもう少し露出を抑えて身体のラインが解りにくいような服を選べばよさそうなものなのに何故かぴっちぴちの露出が激しい服を着て露骨に女装なのがバレるような状態で夜の街を歩き回るのだ。
その理由としてはまず女装が趣味な事。
そして、人の視線を集めるのが快感なのだという事。
そしてもう一つ。
蔑まれる事に快感を得ている事。
これが一番の問題で、彼はいろんな自分にとってのメリットを一度で得る為にこの方法を思いついたのだろう。
パッと見女装なのはすぐに解るがそれが教授だとは知り合いが見ても気付きはしないだろう。
そして自分の好きな格好をして歩き回る事で人の視線も集められ、しかもその視線が自分に対する軽蔑の眼差しなのだ。
彼にはたまらなかっただろう。
だが、いろいろ天秤にかけた結果彼は美しい見た目を選んだらしい。
俺の目の前に現れた刺客は美しい女性の姿をしていたのだから。
光り輝くブロンドをなびかせピチっとしたミニスカートを履き、ヒールの高い靴を履いて妙なひらひらの付いた扇子を持っていた。
それが彼の理想の姿だったのだろう。
転生する際に自分の好みの外見にしてほしいと無理矢理女神に懇願している記憶もある。
なにやら…うん、複雑な奴もいたものである。
その教授の能力は今の俺にはとてつもなく必要のない物だった。
老いる事なく自分の美しさを保ち続ける能力。
何故それで俺のところに来ようと思った?
おそらく杏子と同じで偵察役だったのかもしれない。
その予測が当たっていたようで、その後は一週間おきくらいに刺客がやってきた。
段々とその内容も武闘派になってくる。
そしてあらゆる格闘能力を持っている相手が増えてきて俺も楽しくなってきた。
何せすぐに殺せる相手がだんだん減ってきたのだ。
自分の作った空間の中では身体能力が強力に上昇する相手と戦った時は大変だった。
何せ俺が本気で追いかけても捕まえる事ができない程のすばやさだった。
しかも慎重な奴で、遠距離攻撃しかしてこない。
要するに捕まえる事も出来ないので倒せないのだ。
だからといって俺を殺せる力は無いのでこう着状態が続いた。
そいつの作り出した戦闘空間はかなり広く、ユメリア大陸の半分くらいの広さはあったんじゃないだろうか。
ただ真っ白で何も存在しない空間だったので、相手は食事もできない。
俺とひたすら追いかけっこをするしかないわけだ。
そうともなれば俺は何日でも追いかけ続ければいい。
やがて飢え苦しんだそいつは自然と動きが鈍くなってきて、そして倒れた。
面倒な相手だったが追い掛け回している時に余裕でいっぱいだった相手の表情や言動が日に日に恐怖に染まっていく様を見るのは楽しかった。
最後には許してくれもう解放してくれとうずくまったまま泣き喚いていたっけ。
だから解放してあげた。
人生から。
だって殺そうとしてきたんだもの殺されても仕方ないよ。
諦めてもらうしかない。
やがて女神も本腰を入れ始めたらしく数人が一度に来る事が増えてきた。
能力の相性によってはなかなかやっかいな連中だ。
組み合わせ次第で戦力が何倍にも跳ね上がる。
こういうのを見るとパーティーを組むというのは理にかなっているのだなぁと思う。
まぁ今更誰かとパーティーを組もうとは思わないけれど。
こんな俺が誰かと上手くやっていける筈がない。
なんとなくでパーティーを組んだところできっと途中で面倒になって喰ってしまうだろう。
全部自分でやればいいや。
もう俺は誰も必要としない。
俺が必要とするのは今までに出会ってきた人々。
俺にはもう自分の夢さえあればいい。
そこには全てがある。
わたあめもルーイもリンも杏子も居る。
ダレンとかユウジとかは別にどうでもいいけれど居る。
だからもう十分だろう。
これ以上新しい出会いは要らない。
仲間は必要ない。
でも喰う。
喰ったら夢の住人が増えていく。
今思えば俺はどうして毎回毎回皆の夢を見るのだろう?
勿論今までも考えた事は何度もあるが答えは出ない。
別に出なくたっていいけれど気になる。
この世界に来たばかりの頃は悪夢なんて見なかった。
次第にあの化け物に追い掛け回される夢をみたりするようになって…そう。
あの時。
わたあめを食べたあの日から俺の悪夢は具体的に形を持つようになった。
その日を境に毎日悪夢を見るようになった気がする。
もう遠い記憶でいまいち定かじゃない。
自分がこの夢を悪夢と感じなくなってしまってからは特にだ。
もし俺がトラウマ的な何かで悪夢を見るようになったのだとしたら既に悪夢を喜んでいるのだから見なくなってもよさそうなものだが…。
それでも毎日あの夢を見る。
いや、見れなくなっては困るので現状維持で構わないのだけれど。
もしかしたらこれも何かの能力なのだろうか?
だとしたら何の能力で誰の能力なのか。
これを仮に能力だと仮定して考えてみた場合どういう能力なのか考えてみよう。
悪夢を見る能力なんて馬鹿げている。
きっとそうじゃない。
夢を見る能力?
だとしたらそんなのは能力じゃない。
ある特定の夢を見る能力?
…それは可能性としてゼロじゃない。
現に俺は皆の夢を毎日見るのだから。
俺はこの世界で悪夢と共に生きてきた。
時に苛まれ、時に助けられ…。
そうだ。
確かにいつもいつも悪夢を見て嫌な気持ちになっていたが、それでも夢の中でわたあめやルーイ達の発言に背中を押された事もある。
俺の助けになる夢を見る能力…?
いや、助けになるだけではないのだからそうじゃないだろう。
だとしたら何だろう。
結構いい線まで来ている気がする。
…もしかして。
俺が、見たい夢を見る能力…だったりするのだろうか?
今まで俺が見てきた悪夢は俺が望んで見ていた物…?
そんな事がありえるだろうか?
あの悪夢のせいで俺の精神はかなり不安定になっていた時期もある。
それを俺が望んでいたとでも?
…有るかもしれない。
俺は自分が嫌いだ。
何も出来ず何も得られず、得たとしても失っていく役立たずの疫病神。
そんな俺が大嫌いだ。
だとしたら。
今まで出会った皆に責められる事こそが俺の求めていた事なのだろうか。
とても間接的な自虐。
なんて馬鹿な話だろう。
勿論、ただの仮定だが…。
可能性としては十分考えられる。
では、仮に仮にが繰り返されるが…
そういう能力だったとして、だ。
俺はいったい誰からこの能力を得た?
あの黒ローブのガリガリ野郎は俺に一つだけ能力を与えると言っていた。
どう考えてもあの時俺に与えられた能力は他人の力を自分の物にする能力だろう。
だから俺が気付かないうちに誰かのそういう能力を自分に取り込んだ事になる。
俺がこの世界に来てから口にした物はなんだ?
しかも生でだ。
調理加熱した物は遺伝子情報が壊れていて取り込めない。
俺がこの世界で生で食べた物なんて…。
…わた、あめ…なのか?
もし仮定の仮定の仮定で自分の見たい夢を見る能力をわたあめから引き継いだのだとして…。
わたあめにどうしてそんな力があったのだろう?
わたあめは火竜の子供じゃなかったのか?
俺は火を吹くから勝手に火竜。あの老竜のような種族の子供だと思っていた。
しかし、良く考えてみればあの老竜とわたあめでは身体の色が違う。
それは個体差や、成長の過程で変質していくものだと思って考えた事も無かった。
もし違う種類の竜だとしたら?
俺はこの世界に存在する竜の種類なんて知らない。
いや、どこかでそれっぽい文献か何かを見た覚えがある。
あれはどこだ?
すっと思い出せないという事は記憶能力や記憶を吸い出す力を得る前と言う事だ。
そうすると…俺が一人で行動するようになったのはリンが死んでから。
リンが死んでから記憶能力を得るまでにした事といったら…。
そうだ、自分の能力を知って手当たり次第強い奴を探し回って戦っていた。
その当時にどこかで見かけたに違いない。
…そうか。
俺はこんな事にぐだぐだ悩む必要は無かった。
杏子…。
君の能力を借りるよ。
サーチ。
竜に関する文献。
…あっさりだ。
俺は手応えのあった場所に杏子の能力で飛ぶ。
探し物を見つけてそこに行く能力。
これは思った以上に便利だ。
気が付くとどこか見覚えのある場所に俺は立っていた。
四方を俺の身長よりはるかに高い本棚に囲まれた部屋。
本棚に入りきらなかった書物が床やテーブルの上にまで散乱している。
…ここは確か…。
俺がしばらく篭って魔法に関する本を読み漁っていた部屋だ。
賢者の爺が住んでいた家。
あれからここには誰も住まなかったのだろう。
俺が最後に見た時と同じように本が散らばり、その上には分厚く埃が積もっていた。
おそらくあれから数百年は経っているので家もあちこちボロボロで屋根に穴が開いている場所もある。
本も軽く触るだけで崩れてしまうような物まであった。
果たして…俺が探している本はまだ読める状態なのだろうか。
そして杏子よ。
探し物がある場所に行けるのはいいがどれが探し物なのかを解る能力はないのか?
俺は本を出来る限り崩さないように何が記述してある物なのかを調べていった。
こんな事に一週間かかった。
なんで俺はこんな事に必死になっているんだろう。
何度も途中でやめようと思ったが、ここまで探してしまった手前途中で辞めたら費やした時間が勿体無いと感じてしまって辞められなかった。
そしてその探し物の竜に関しての文献は、なんて事はない部屋の中央にあるテーブルにごちゃごちゃ山積みになっていた本の一番下に埋もれていた。
他の本に囲まれていたからなのか解らないが状態は悪くないようで、かろうじて読むことができる。
当時の俺は自分が必要としている本じゃないと思いテーブルの上に放り出してそれっきりだったのだろう。
ゆっくりとミミズがのたくったような文字で書かれた文字を読み進めていく。
俺が取り込んできた記憶の中に古代文字などにも詳しい奴が居たのでなんとか読み進める事ができたが、当時の俺はきっと半分も読めなかっただろう。
かろうじて竜に関する本という事だけ記憶していた。
偉いぞ当時の俺。
その本は実に四十種類程度にも及ぶ竜の図鑑のようなものだった。
逐一イラストと細かい説明が一種類につき三ページほどにわたって記載されている。
真ん中より少し後ろくらいまでページをめくったところでそれを発見した。
イラストは、わたあめとは大分違う。
もっとはるかに大きい。
だが、わたあめの親のサイズとはあっているようだ。
そして大きくなっても大して手足の長さは伸びないらしい。
わたあめはそのまま成長していても目の前で物を掴む事はできそうに無かった。
残念だったな。
手が届かなくて俺の体を羽で挟んでいたわたあめの姿を思い出してふっと笑みがこぼれる。
竜の名前はメーニアルという種類らしい。
メーニアルとはこの世界の言葉で夢を意味する。
俺の考えは正しかった。
そこに書かれていた説明はこうだ。
メーニアルは詳しい生態は不明だが記憶や夢を司ると言われていて、時に家族同士で夢を見せ合うという。
大昔に野良メーニアルの子竜を保護した男によると、知能がとても高く、言葉も話せるようになり、その竜に見たい夢を見せてもらっていたらしい。
その男しか例がないので確かめようが無いが、メーニアルは他人に望んだ夢を見せる能力を持つと同時に、自らが見たい夢を見る能力を有しているとの事。
…そうか。
やっぱりわたあめだったのか。
この能力で辛い事も沢山あったけれど、それは自分が望んで見ていた夢。
そして、辛い事以上に俺にとっては自分を保つ為になくてはならなかった夢。
俺はずっとずっとわたあめに支えられていたのだ。
そしてこれからもずっと夢を見るだろう。
きっと俺が見たいと思えばそれこそ悪夢ではなく皆で楽しく過ごす楽園のような夢を見る事ができるのかもしれない。
でも俺にはこの夢がちょうどいい。
俺の人生に寄り添っていた夢。
それは俺自身と言っても過言じゃない。
あの夢は俺自身。
俺が俺の望む形になった物であり、俺の中に残ってずっと支えてくれていたわたあめなのだ。
それを確信した時、俺は今までに感じた事のない大きな、大きな愛を感じた。
気がつけば久しぶりに
頬が生ぬるかった。
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