◆終章-1◆さいごのめざめ




 長い、長い夢を見た。





いったいいつからだっただろうか。


もうそれも曖昧になるくらい長い夢。





いつか悪夢だった夢。


今だってさほど中身は変わっていない。





だけど今の俺にはこの夢の中が世界の全てで、俺の全てだった。





ここにはなんだってある。


今まで失ってきた物全てがここにはある。





だからそれら全てが俺の事を怨んでいても、俺を罵倒してきても構わない。





皆がここにいてくれる。


俺と一緒に居てくれるのなら、それだけで十分だった。





それ以上を望む事が出来るほどの存在ではない。


勿論ここにいる皆は本人ではないのだろう。





なにせ俺が今まで失ってきた物なのだから。





だからといってここにいる皆が偽者だとも思わない。





よく言うだろう?


誰々は俺の心の中に生きているんだ。


ってさ。





つまりはそういう事なんだ。





今までああいう台詞はただの綺麗事だと思っていたけれど、こうなってみるとよく解る。





確かに今までの出会いは俺の中に息づいている。





ここにいるのは俺の中に生きている皆だ。


だからある意味で、なんと言っていいか難しいところなのだが、ちゃんと生きている皆であり、本物なのだ。





だから俺は、俺の中に居る本物と言えないことも無い皆とずっと一緒に居られる事が幸せなのだ。





何も考えずにここで自分の中の世界で同じような夢を見続けていく。


俺にはこれだけで十分だろう。





ここにはよく解らない奴らも沢山居るけれど、わたあめもルーイもダレンもリンも杏子もいる。





たまに杏子と二人きりになりたいと思うこともあるけれど、一緒に居てくれるだけで俺は幸せだ。





わたあめは最近何も言ってくれない。


ルーイはジト目で俺にお小言を言い続ける。


ダレンは相変わらず遠くで体育座り。


リンはそれを無視して相変わらず俺に罵声を浴びせ続ける。





もしかして俺の中に居るリンはダレンに興味が無いのかもしれない。


俺がそう望んでいるからそういう形で存在しているのかもしれない。





いや、それならそもそもダレンじゃなく俺が死ねばよかったのになんて言わないか。


考えても答えは出ないがリンは相変わらず可愛らしいので居てくれるだけで場が潤う。





ユウジとその仲間達も俺に恨み言を言って来るが、それは仕方が無い。


何を言われても仕方が無いようなことを俺はしている。





ただたまにユウジの言動に熱っぽさが宿るのがほんとに気持ち悪いので辞めてもらいたい。


こいつは俺が変装していたキョウコに惚れていた節があるのでおそらくそのイメージが付いてしまっているのだろう。


俺の中で勝手に変なキャラ付けにされてる勇者様か。


なんかすまん。





そして本題。杏子姉…いや、杏子は本当に綺麗で俺の癒しになってくれている。


ここに彼女が居てくれるだけでいつまでだってこの夢を見続けていたいと思える。





ただ、出来れば彼女には笑っていてほしい。





杏子はここでは何も語らず、笑うことも無く…





ただひたすら俺を見つめて涙を流し続けるのだ。





俺はそんな姿さえ綺麗だなと思いながらも胸が苦しくなる。





ただこれを延々と繰り返していく。


もうどれだけの時が経ったのだろう?





そもそも不思議な感覚だった。


夢の中でそれが夢だと気付く事は明晰夢とかなんとか言うらしい。


昔子供の頃テレビで見たような気がする。





それが俺の悪夢なんだろうか?


それともそれとはまた違う何かなんだろうか。





この夢は俺のトラウマであり、俺の救いである。





昔は毎日毎日ただ眠るのが怖くなるくらいこの夢が嫌だったが、今となってはもう俺の居場所はここにしかないとさえ思える。





実際俺の意識は朦朧としていて、夢の中を漂う事しか出来ないのだからここが俺の世界なのだ。





この夢をいつまでもいつまでも見続けて永遠の時を過ごそう。


ずっと眠り続けていよう。


俺が居た世界は二つとも俺の事を必要となんてしていないのだから。








俺はこのままでいいと思った。





このままが良いと思った。





そう願ってしまったのだ。





やめておけばいいのに。





俺が願えばそれは





叶わないのだから。











「…おい、目が覚めたんじゃないか?」


「おーい、起きてるー?」


「てかやばいよ。魔王だよ?」


「ビビッてんじゃねぇよ。魔王がなんぼのもんじゃい!」


「そうそう。俺達にかかればなんて事ないって」





 …はぁ。


目を開くと何やらやかましい声が耳に飛び込んできた。





俺はいつまでもあのまま眠っていられる筈だったのにどうして?





「あ、あの…貴方が魔王様ですか?」





 まだぼんやりとした頭で今の状況を把握しようとしてみた。





まず、俺は棺のような物の中にいるらしい。


封印されていたあの棺だろう。


その封印を解いた奴らが先程の声の連中だろう。





天井は俺の知っている城の物だったが、見る影もない程ボロボロになっている。


いったいどれだけの年月が経っているのだろうか。





ずっと横になっていたため身体が思うように動かない。


ゆっくり指一本から動かし始め、ゆっくりと上半身を起こすと、棺から数メートル離れた所に男女混合の六人パーティーが控えていた。





「…もう一度聞きます。貴方が、魔王様…ですか?」





「ちがうんじゃねーの?あんまり強そうに見えないし」


「しっ、失礼な事言うんじゃないよ!」





 何やら礼儀のなってない奴らが混じっているが、そんな事よりも俺は確認しなくてはならない。





「…お前らは、どうして俺を目覚めさせた?」





「あの、ここに魔王様が封印されているという情報を聞いて…貴方も封じられていたからには目覚めたかったのでは…?」





 馬鹿らしい。





「ふざけるなよ。俺は望んでここに封印されていたんだ。永遠に眠り続ける筈だったのに余計な事を…」





 俺を封印出来るほどの能力がある人間がこの時代にいるのだろうか?


もう一度封印されるにしてもそれが出来る相手を探すのが大変そうだ。





「けっ、自分から望んで封印されてたって?じゃあこの世界から逃げたチキン野郎じゃねーか。やっぱりこんな奴起こしても意味なかったみたいだな。もう行こうぜ」





 さっきから口の悪い奴が一人でごちゃごちゃ言っているのが地味にイライラする。





「言っておくが…俺も無礼な奴を許してやれるほど心の広いできた人間じゃないんだ。魔王だけに」





「何それ魔王ジョークかよつまんねー!許さなきゃどーするってんだ?おぉ?やんのかこrrrrrrrっ…」





 そいつが喋り終わる前に俺はそいつの背後に回りこみ腹を食いちぎってやった。





腹部が急に無くなって、胸から上だけになった上半身が腰の上に落ちてくる。





男はまだ何が起こったかわからない様子で口からごぽごぽ血を吐き慌ててあたりを見渡す。


他の連中も言葉を無くし、俺達から一歩引いてそれを見守った。





「達磨落しみたいで面白い事になってるぞお前。俺の魔王ジョークよりよっぽど愉快だぜ」





「だっ、だずけ…っ」





「いやいや、どう考えてももう手遅れだろ。ごめんな。ちょっとイラっとしちゃって加減できなかったわ」





「…」





 もう男は死んでしまったようだ。


ゆっくりと腰の上に乗った上半身が崩れ落ちる。





他の連中は思いの他賢いようだった。


その状況を見ても誰一人俺に向かってくる奴は居なかったからだ。





奥歯をかみ締めながらこちらを睨みつける者。


何が起きても対応できるようにうっすらと身構える者。


ただただ恐怖に怯える者。


目の前の惨状を見て口に手をあてながらも必死に恐怖に耐える者。


様々だが、無謀に飛び掛ってくる奴がいないだけこいつらは賢い。





「もう一度聞くぞ。どうして俺を目覚めさせた?封印されてるから解いてやろうなんて慈善事業してるわけじゃねぇだろ?」





 一人の少女が一歩前に出る。


先程から俺に魔王か、と問うていた女だ。





見た目はどこかのシスターのような服装をしていて、ブロンドの緩いカールが掛かった髪が背中の真ん中ら辺まで伸び、ふわふわと揺れていた。





「あの、私達は…魔王様にお願いがありまして…」





 何かをさせる為に強い能力を求める。


それはよくある事だと思うが魔王にまで頼らなきゃならないのってどんな状況だよ。





俺は先程喰った男の記憶を漁る事にした。


この女から説明を聞くより早いと思ったからだ。





「…っ、なんだ貴様ら全員転生者かよ」





 俺の言葉に彼女らはビクっと身体を震わせた。





「ど、どうして…そう思うんですか…?」





「いや、どうしてそう思うとかじゃなくてさ、解るんだよ。お前の名前が吉野頼子だって事もお前らがカリフォルニアで事故に巻き込まれて死んだって事も、どんな能力を使えるかもな」








 俺は少し語りすぎてしまったかもしれない。


彼女らは全員顔を真っ青にして黙ってしまった。





なんでもお見通しだと気付いたからだろう。





彼女らの目的は簡単だ。


俺を利用してこの世界を征服する。


馬鹿じゃねーの?





上手い事言って俺を担ぎ上げて俺の力で世界を征服し、新たな世界の統治者としてこの世界に君臨したかったわけだ。





大学生が考えるにはちょっとガキっぽいな。


俺はそんな事の為に起こされてしまったのかと思うと悲しい。


あの夢は寝れば見れるが、目覚めてしまったという事は毎日毎日起きている時間を過ごさなければいけないという事だ。





だから俺は腹が立っている。





「お前らが何を考えているかは理解した。他に何かいう事はあるか?」





 そこで、代表の女ではなく、見るからに理系の眼鏡男子がすっと前に出る。





「高橋宗一だな。何かいう事があるなら聞かせてみろよ」





「はっ、はい。もう貴方様が我々の計画をどういう訳かご存知だという事を前提に話させて頂きます。全てお見通しという事であれば、我々の浅はかな悪巧みも承知の上だと思いますので、それでもこの話に乗ってもらうメリットをお話させて下さい」





「…」





「無言は了承という事で宜しいですか?我々はこの前時代的な世界にうんざりしております。未だに国同士で戦なんて事も起こるような世界です。貴方様に協力していただき、世界を平定した暁には面倒な国政等はこちらで全て負担させていただきますので貴方様は悠々自適にやりたいように過ごしてくださって構いません。女が必要なら用意します。特別な食事が必要なら用意いたします。全て貴方様の意向通りにさせて頂きますのでどうかご一考を…」





「やだよ」





 俺の即答に眼鏡男の眼鏡がずり落ちる。





「な、何故です!?悪い話ではないと思うのですが!」





「馬鹿か。悪い話じゃなきゃ良い話だとでも思ってるのか?女も食い物も俺がその気になれば必要なだけ調達できるって何で気付かない?やりたいように過ごせ?そんなのお前らのくだらねえ計画に協力なんかしなくても十分可能なんだよ。なのになんでそんな面倒な事の手伝いをしなきゃならねぇのさ」





「えっ…あぁ…えっと…その、待って下さい。今何か他の条件を…ッ!」





「もういいよ面倒だからお前は要らない」





 こういう回りくどい言い方する奴は嫌いなんだよ。





もりもりと頭から食われていく眼鏡野郎を見て計画失敗と判断した奴らは一斉に襲い掛かってきた。





俺は眼鏡男をほお張りながらムラクモを一閃させる。





眼鏡を飲み込む頃には細切れになった奴らが地面に転がっていた。





最近は転生者の能力がしょぼい気がする。


魔王も封印されて平和になったから女神とやらが加減しているのかもしれない。





「…で、お前はどうする?」





「ひっ…」





 ムラクモの攻撃を一人だけかわして生き延びた奴がいる。





あの代表で話しかけてきていた女だ。





「このままこいつらと第二の人生を終わらせるか、今すぐ逃げて二度とここに近付かないか選ばせてやるよ」





 別に俺にこいつを助けるメリットは何もない。


だが、あえて殺すメリットも無い。





要するにただの悪ふざけである。


この女は最初からきちんと礼儀だけはわきまえていたのでそれに応えてやっているだけだ。





なのに。


どうしてこう人の好意を無駄にするんだろうね。





「私は…貴方と共に生きたい」





「…はぁ?」





 頭が沸いている。


今であったばかりの男と共に生きたいってどういう思考回路なんだろう。





「貴方には隠し事をしても意味が無いって思うので正直に言います。私…貴方に憧れているんです。昔からいろんな物語とかを読んでも主役、勇者とかよりも魔物を率いる魔王様の方にばかり興味を持っていました…。そして実際お会いできた魔王様はとても素敵な方で、しかも物凄くお強い…。私は貴方の虜になってしまいました。だから…だからお願いです。私達の計画なんてもうどうだっていい。だから貴方がこれから歩む人生に、私を一緒に連れて行ってください。なんでもします!私を、貴方の物にして欲しいんです」





 胸の前で掌を組み、涙目で訴える彼女はとても可愛らしい。





可愛らしいと思う。





だけどさ





「俺、もうそういうのいらないんだわ」





俺は気付いてしまった。


俺の眠っていた棺から少し離れた場所に転がっていたボロ切れ。





それをこの女が、俺に懇願しながら踏みつけていたのだ。


そりゃ足元に変なボロ切れが転がってたらつい踏んでしまう事もあるだろう。





だけどさ、そのボロ切れは。





その『服』は





俺の妻の着ていた服の成れの果てで、お前はそれを今踏みつけている。





許せる訳ないよな。


あれは俺を封印した後その場で息絶えた杏子の亡骸がそのまま風化した物だろう。





それを踏みつけられても気にせず他の女といい仲になれるほど能天気馬鹿じゃない。








「お、お願いします!お願いしますお願いしますお願いしますお願いします、おね…」








「いただきます」








 俺はもう一途に生きるって決めたんだよ。








 …さて、これからどう生きていくべきか。





それが問題だ。

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