◆3章-終◆幕間演者は喰い尽くされる
そしてひとまず俺達は一度船まで戻り、夜を迎える。
俺とキョウコはいろいろ話し合った結果、二人だけで乗り込む事に決めた。
正直この先の戦いで皆を守りながら戦い抜く自信がなかったのだ。
きっと皆には怨まれてしまうだろう。
それでも、失うよりよっぽどいい。
本当は一人で行こうとしたんだが、そんな事をキョウコが許してくれる筈も無いし、こっそり出て行こうとしても間違いなく気付かれてしまう。
ならば、という事で二人で攻め込む事にした。
俺はまったく気付かなかったのだが、あの畑の先の森、そのさらに向こう側に城らしきものが少し見えていたのだそうだ。
おそらくそこが居城だろう。
魔王。
本当にそんな奴がいるのだろうか。
もし居るのならば、今夜で全てを終わらせなければいけない。
俺なら出来る。
いや、俺達なら出来る。
俺に足りないものはきっとキョウコが埋めてくれる。
キョウコに足りないものなんてあるのか分からないが、あるのなら俺が埋めてみせる。
かくして俺たちは二人だけの時にしか出せない全速力で城へと向かう。
二人の足で二十分程。
不思議な事にその間魔物らしき姿は一切見えなかった。
その城は暗がりの中でもかなりの存在感で、門のサイズも俺の身長の三倍ほどあった。
おそらく大きくないと大型の魔物が通れないんだろう。
「どうする?さすがに正面突破はまずいかな?」
どこか他に進入できる場所を探した方が無難なのだろうが、悩む俺にキョウコは即答する。
「いや、ここまで魔物に遭遇しなかった時点で相手は俺達の事に気付いているし小細工は無意味だ。正面からいくぞ」
どがぁぁっ!!
男らしい台詞と共にキョウコが勢い良くドアを蹴り破る。
カッコいい!
勢い良く中に飛び込むと、想像通りと言うべきか、やっとと言うべきか。
俺達を取り囲む大量の魔物。
大小様々で、見た目もバラバラ、だけれどもきちんと隊列を組み前衛、中衛、後衛という感じに武器もそれぞれ違うものを持ち、静かにこちらを睨んでいる。
「これは…盛大な歓迎だな。ユウジ、やれ」
キョウコの冷たく研ぎ澄まされた氷の様な声が俺の耳に届いた瞬間、俺はムラクモを解放し視界に入る魔物全てを切り刻んだ。
一瞬でそこにいた魔物を狩り尽くす。
「うーん。これは思った以上だ。もしかしてそっちの女も同じくらい強いの?」
そういいながら奥の階段を下りてきたのは、二十歳くらいの男。
…こいつが、魔王?
ニコニコと笑ってはいるが非常に嘘くさい笑顔だ。
彼は勿論、どうみても人間だし常人離れした強さを隠し持っているような感じもしない。
やはり魔物とコミュニケーションを取る能力があるって事なのだろうか。
「お前らもどうせ転生者か何かだろう?俺にはなんとなく分かるんだ。それに各地に偵察用の魔物も放っていたからね、ここを目指してる勇者がいるって情報は事前に…」
「お前の長話には興味ねぇんだよ。今の話でお前が転生者なのは分かったからそろそろ死ねよ」
相変わらずキョウコは相手の話を最後まで聞こうとはせずに襲いかかる。
が、男はキョウコが振り下ろした短剣をなんなく片腕で受け止める。
奴の腕に短剣が触れた瞬間ガギィッと嫌な音が響いた。
「気が早いんだよ。少しは話聞けって」
男が腕を振り、キョウコを弾き飛ばす。
特に驚くようなそぶりもなくキョウコが空中で一回転しながら俺の隣に着地。
その際魔物の残骸を踏みつけてすってーんと盛大にコケた。
…俺と魔王とキョウコの間になんとも言えない空気が流れる。
「…あー、なんか、ごめんな」
魔王が頭をぽりぽりやりながら気まずそうに声をかけてくる。
「てめぇ…絶対に殺してやる」
魔物の体液にまみれたキョウコが見たことないような怒りの眼差しでゆっくり起き上がる。
「だからごめんって」
律儀に謝る魔王もどうかしている。
「ところで、ここにいる魔物は全部片付けたけどこれで全部じゃないだろ?」
俺が本筋に話を戻すと、「あぁ、それね」と魔王もあの嘘臭い笑顔を取り戻す。
「正直お前らの実力を知りたかったから様子見をしてみただけなんだよ。ただ今のを見る限り俺の配下が束になってかかってもそのうちやられちゃうだろうね。このユメリアには二十五万の魔物がいるけど、それでも勝てるかは微妙だなぁ」
…二十五、万…?
「ああ、大丈夫。ここにいる魔物はさっきのでほとんどだから。無駄に集めても殺されるだろうしさ、俺は無意味な事が嫌いなんだ」
「…無意味な事が嫌いならどうせ俺達に殺されるお前が今ここで死んでくれると助かるんだけどな」
「お前面白い事言うな。まぁそれもいいんだけど生憎と俺は自分で死のうと思っても死ねないんだよ。殺したかったらお前らが頑張って殺せ。こいつと戦った後でな。出て来い」
魔王の呼びかけに応える様に、魔物の残骸の向こう、一際大きな扉から化け物が現れた。
俺はすぐにムラクモを解放し切り刻んだ。
…が、その魔物はぐぉぉっ!とうめき声を上げるだけでさほど効果は無かった。
「なんだとっ!?」
これは俺の叫び。
正直ムラクモで倒せなかった相手は居なかった。
それだけで分かる。
こいつが魔王の奥の手というやつなのだろう。
「正真証明、それが俺の最大戦力だ。そいつが負けるようならどうにでもしてくれて構わない。むしろ、そいつに勝てるくらいの奴らだと期待してるよ」
わけの分からない事を…っ。
「ユウジ、あれは大分強いぞ。二人で連携を取らないと勝てないかもしれない」
珍しくキョウコが弱気だ。
…いや、前言撤回。キョウコの顔を見ると眼をギラつかせて今にも飛び掛りたいのを我慢しているようだった。
弱気なんかじゃなくただ勝つための最善策を考えていただけのようだ。
なんて心強いのだろう。
「あーそうそう。こっちも保険をかけさせてもらうよ。こういうのも悪役っぽくていいだろ?」
魔王がそう言うと、すっと魔王の背後に数体の魔物が現れる。
新手、という意味では対して問題では無い。
そんな事よりも重要なのはその魔物達が肩に担いでいる物だ。
「…こういう可能性も考えておくべきだったか」
キョウコが冷静に呟く。
俺はとてもじゃないが冷静で居られなかった。
あの魔物達が担いでいるのは、船に置いてきたクレア、アリア、シェイアの三人だろう。
三人ともボロボロになっていて意識も朦朧としているようだった。
「卑怯者め!皆に何をした!?」
魔王は俺の反応を見てニヤニヤした顔を一層引き攣らせて笑う。
「あはははっ♪俺は魔王だぜ?悪い事して何が悪いんだよ。時間的に間に合うか微妙だったけど、お前らよくやったぞ」
魔王が魔物の頭を撫でる。
見たことの無いような魔物の表情を見て俺の心はさらに不安定になった。
魔物にもちゃんと感情があり、褒められれば喜ぶ。
魔物に指示できる人間がもしまともな奴なら魔物は人間と共存すら可能なのではないかと思えるほどだ。
でも目の前の男はそうしない。
ただの悪の権化であり、俺の大切な仲間を傷付けた外道だ。
「おい、分かってるとは思うけどあいつらの事気にしてたら勝てないぞ」
キョウコが俺に釘を刺してくるが、そんな事は分かってる。
だけど、どうしたらいい?
俺が迂闊な事をすれば皆が…
「…ゆ、ユウ…ジ…」
「誰が喋っていいって言った?」
ごきゃっ。
「…えっ?」
…ちょっと待てよ、おい何やってんだよお前ふざけんなよ
「ごめんごめん。勝手に喋るから殺しちゃったよ。でもほら、まだ二人もいるしいいよね」
そう言って魔王はこちらに首が変な方向に捻じ曲がったアリアを放り投げてきた。
俺の足元に転がったアリアの表情は苦悶というよりも驚愕と怯えに染まっていて瞳は大きく開かれ、まだ少しだけ指先が痙攣していた。
まだ間に合うかもしれない。
俺は急いで回復魔法をかける。
俺の使う回復魔法はそこまで強力ではないが、命を繋ぐ事くらいできるかもしれない。
ひたすら、同じ回復魔法をかけ続ける。
「…もうやめな。さっきの痙攣だってただ身体が機能を停止した事で筋肉の収縮がおきただけだ。もう死んでる」
うるさい。
キョウコの言う事が正しいのなんて分かってる。
それでも俺は、この嘘みたいな状況をどうにかしたかった。
こんな終わり方ってないだろ?
回復魔法をかけ続ける俺の首根っこを捕まえてキョウコが思い切り放り投げる。
俺はごろごろと床を転がった。
目の前に居たあの化け物が俺達を攻撃してきたのだ。
キョウコは俺を守ってくれたらしい。
もう一度回復魔法をかけるために倒れたアリアの元へ四つんばいのまま這い寄ろうとするが、目の前で魔物にアリアが踏み潰されぐちゃぐちゃに飛び散り頭が俺のところへゴロゴロ転がってきた。
「…っ、あぁっ…」
目の前が真っ白になった。
いつも堅苦しい言葉のアリア。
俺に稽古をつけてくれといつも言っていたアリア。
皆の壁となって常にパーティーを守ってくれていたアリア。
そのアリアはもう、いない。
そこから先はよく覚えていない。
気が付けばアリアを潰したでかい魔物は四肢を切断され達磨のようになって転がっていた。
俺がムラクモで切り裂いたのだろう。
「…結局一人でやっちまったな。勇者らしい見事な活躍ぶりだぜ」
ヒュウとキョウコが口笛を吹く。
…だが、アリアが。
俺が魔物に切りかかった時に魔王はシェイアを俺に向かって投げつけていた。
ムラクモを見つめて呆然とする俺にキョウコがそう説明してくれた。
足元には、ムラクモに八つ裂きにされたシェイアの身体の一部が転がっている。
俺は、いったい何を…。
気が狂いそうだ。
アリアを殺されただけじゃなく、シェイアを俺が殺してしまった。
魔王はそんな俺を見てケラケラと子供のような笑い声をあげる。
それと似たような顔で
キョウコも笑っていた。
「後は魔王だけだぜ。勇者様よ、仲間の恨みを晴らしてやんなよ」
言われるまでもない。
あんな奴、俺がぶっ殺してやる。
「…いいぜ、こいよ勇者。俺はさ、この世界に来るときに呪いをかけられて自分じゃ死ねない身体になっちまったらしい。俺を殺してくれる奴が現れるのをずっと待っていたんだ。だけどさ、弱っちぃ奴に殺されるのは腹が立つだろう?だからお前みたいに強い奴がやってくるのを待ってたんだよ」
「言いたい事はそれだけか」
魔王がどんな経緯でこの世界に来たのかも、どんな理由があってここで魔王をしているのかも俺にはどうでもいい。
ただ俺の仲間を殺した罪を
俺に仲間を殺させた罪を
償って貰わないとならない。
いや、これは俺の八つ当たりだろうか?
それでもいい。
暴れなきゃ気がすまない。
俺はゆっくりムラクモを構える。
「でもさ、ただ殺されるのはつまらないだろう?」
うるさい。
これ以上お前の声は聞いていたくない。
俺は全力で魔王に切りかかる。
魔王は避けもしない。
ただ、クレアを盾にした。
もう止められない。
クレアを殺してしまう。
クレアを殺して魔王を殺す。
それにどれだけの意味があるだろう。
魔王なんてどうでもいい。
クレアだけでも助けたい。
俺は空中で無理矢理身体を捻ってなんとかクレアに向けた切っ先を逸らす。
だが勢いは止められない。
そのままクレアを盾にした魔王に体当たりする形で激突した。
三人ともそのまま転がり壁に激突する。
「重いなぁ…殺すならちゃんと殺してほしいもんだ」
俺とクレアの下敷きになっている魔王がぼやく。
どうやら抵抗する気は無いらしい。
…かなりの勢いで激突してしまったがクレアも息をしている。
だが一つ問題があり、地面に激突する際にクレアを守ろうとして俺の腕がベキベキに折れてしまった。
すぐに治るが、魔王がそれを待ってくれるとは限らない。
「キョウコ!お前が止めを刺してくれ」
かちゃり、と俺達のすぐ脇でムラクモを拾う音がする。
キョウコならちゃんと扱えるだろう。
「今夜は大漁だ」
キョウコがよく分からない事を呟き、ムラクモを振り上げて一気に魔王を突き刺す。
その上に覆いかぶさっている俺と、クレアごと。
「がっ…き、キョウコ…?いったい、何…を、」
「お前が知る必要は無いよ」
キョウコが裏切った?
ムラクモに刺された傷が焼けるように熱い。
魔王も苦悶の表情で…いや、自分の死を悟って段々とその顔は安らかになっていく。
ふざけるな。
お前だけがそんなに満ち足りた顔してるんじゃねぇよ。
クレアはもう息をしていない。
キョウコに殺された。
俺は呻くのがやっとでまだ身動きも取れない。
「お前と旅をした時間は、まぁ悪く無かったよ。ほんの少しだけ気持ちが揺らぐ程度には楽しかったさ。さぁ、お前もそろそろ退場の時間だ」
俺は、死ぬ事は無い。
ここでキョウコをどうにか出来なくても、必ず。
必ず…
どうする?
俺はここを生き延びたとして、いつかキョウコに追いつき、どうするというのだ。
俺の気持ちはまだ迷っている。
キョウコに裏切られてもまだ、キョウコに心酔している。
それにだ、俺が死なない事なんてキョウコは知っている筈だ。
なのになんでこんな馬鹿な事を…。
「お前が死なない身体なのは知ってるさ。だからいろいろ対応を考えるのに時間がかかっちまった。…だけどな、簡単な事だったよ。たとえば…生きたまま喰われたらお前はどうなるんだろうな?」
そう言うとキョウコは大きな口を開け、
いや違う。
キョウコの口が大きな、とてつもなく大きな口に変化し、鋭い牙がいくつも見えた。
「お、まえ…魔物、だったのか…?」
「魔物…?まぁそう見えるか。でもハズレ。ちゃんと人間だよお前と同じ日本人さ」
そういいながら一口で俺の左腕を食いちぎる。
バリボリムシャムシャと骨ごと飲み込んでいく。
俺の身体は切れた部分を繋ぎ合わせるのは早いが失った物を一から再生させるのには時間がかかる。
その間に、身体の全てを他者に取り込まれたらどうなってしまうのだろうか。
わからない。
だけど、それが。
その相手がキョウコだというのであれば。
それも悪く無いのかもしれないなんて思うのは流石に間違いだろうか?
そして俺は意識を保ったまま
腕、足、胴体。
全身を食いちぎられていく。
「安心しな。お前を喰ったらちゃんとクレアもアリアもシェイアも、ついでにさっきの魔物もそこの魔王も食い尽くしてやるから。みんな俺の中でずっと一緒だぜ」
なんだそりゃ。
「魔王とだけは、ごめんだ」
そして俺の意識は途絶える。
俺という存在は
この世界からも消滅した。
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