◆1章-終◆はじめての××××




「…シンってさ、あんな無口な何考えてるかわかんない奴だけど…昔はちょっとは優しいとこもあったんだよ」





 その場に崩れ落ちたルーイが俯いたままぽつぽつと昔のシンの事を語り始める。





別に興味なんかなかったけど、ルーイも少し溜め込んだものを吐き出した方がいい気がしたので黙って聞く。





話を聞いていて驚いた事に、シンとルーイはここに来る前からの知り合いだったらしい。


ここからは結構距離のある街に住んでいたらしい。


と言っても、その街は富裕層と貧民層の落差が激しくて、ルーイの出身はスラムみたいな場所だったそうだ。


シンはいいところの子供だったそうだが、親に何度注意されても街外れにやってきてはルーイのような貧しい子供達とも一緒になって遊んでいたそうだ。





確かに今のシンからは想像もつかない。





ただ、見るからにおぼっちゃんなシンが頻繁に貧民層なんかに出入りしていると危険が付きまとうのは当然である。





よく柄の悪いのに絡まれては金目の物を奪われたりしていたらしいが、一度本格的に誘拐されて親に身代金要求が行ったらしい。


その時はお金で解決して無事に帰ってくる事が出来たのだが、それ以降シンは屋敷に軟禁状態になってしまった。


そんな状況にあるというのを人伝に聞いたルーイ達はシンを屋敷から連れ出そうと彼の屋敷まで数人で押しかけたそうだ。





偶然にもその時屋敷から出てきた男達の会話を聞いてしまう。





「誘拐犯はね、親に金で雇われてたの」





…は?





「仕込みだったのよ。私達みたいな小汚い連中に自分の子供が会いに行ってるなんて許せない。だからシンを閉じ込める理由を作った」





 本当に人間の心という物は腐っている。


純粋ならば純粋なほど、腐ってる奴らのせいで酷い目にあう。


そういう世界なんだ。





いや、それは僕の居た世界も同じようなものだった。





もう遠い昔のような気がする。





爆発音と火柱にびっくりして僕の背後でぷるぷるしいていたわたあめがゆっくり飛んできてルーイの手をぎゅっと掴んだ。


きっとわたあめは慰めているつもりなんだろう。





ルーイはそんなわたあめの頭を撫でながら、「ありがとね」と言って続きを語る。








偽誘拐犯は親から報酬を得て、いい仕事だったなーなどと笑いながら話していたらしい。


ルーイ達は気付く。


こんなところにシンを置いてはおけないと。





夜中になるのを待って、屋敷の外壁を肩車して乗り越え、ルーイが敷地内に進入。


どうやってかまでは分からないが、結果的にシンの部屋を見つけて、外に連れ出す事に成功した。


そして男たちの事を話すと、シンは家を出る決意をする。





外で肩車役の人は屋敷の人に気付かれて捕まった。


もう一人一緒に来ていた人が居たが、その人は見つかった時囮役になって警備していた人に切られて死んだ。





シンの案内で抜け穴を使い、屋敷から脱出した二人はそのまま急いで街の外に出る。


何も準備をしてこなかったので、最低限の物を街で調達したかったが仲間が殺されてしまったのを見ていたので怖くて戻ることもできない。


かといって子供二人でそう遠くまで逃げる事もできそうにない。





そうやって悩んでいた所に街から出てきた旅人が声をかけてきた。





そこまで聞けば僕にも分かる。


それが…





「デュークとペニー。私達は手伝ってあげるって言葉にほいほい騙されてこんな所までついて来た。その後はまぁ分かるわよね。いろんな事が重なって人間不信になったシンはだんだんと壊れていった。そしてあんな奴になっちゃったのよ」





 そこまで話すと少しは気持ちが落ち着いたのか、ゆっくり僕を見上げ、涙を拭いた。





「だからね、あんたみたいなお人よしに関わりたくなかったんだと思う。きっと…また人を信じたくなっちゃうのが怖いから。信じて裏切られるのが怖いから。私もそうだったもの」





 …そっか。


ルーイもシンと一緒に大変な目にあってきてるんだから同じだったんだろう。





でも、親にまで騙された分シンの方が絶望が大きかったんだ。





ルーイは、きっとまだ引き返せる。








「ルーイ。今まで大変な事も沢山あったと思う…だけど、僕らは生き残った。今日、ここで、今から…僕たちは自由だ。どこへでもいいよ、一緒に行こう」





 ルーイは一瞬目を大きく開いて、ぽかーんとしてから笑い出した。





「はははっ、何それ?プロポーズか何か?」





「えっ!?なんでそうなるの!?」


 焦る。





そういう意味ではない。


 断じて違う。





…と、思う。





「…いいよ」


「…え?」





「だから、一緒に行こうって話。どうせ私も今更行くところなんかないし。あんたはともかく私を守ってくれるこの子も居るしね」


 そう言ってわたあめを抱きしめた。





…なんだかこういうのって、いいなぁ。





三人で楽しく旅とかできたら素敵だろうな。





その時、僕は心底そう思った。





基本的に、前の世界にいた頃からそうだったけれど…。








ぼくのねがいはかなわない。








「ぐ…ぐぼごっげぐがぼぉぉぉっ!」








 僕とルーイ、そしてわたあめは突然の出来事に全く反応できなかった。





あいつが、あの爆発が直撃しても、死んでいなかった。





穴からにょきっと、ぼろぼろになった奴の腕が生える。


確かにわざわざ穴の中を確認したりしなかった。


あの爆発で生きてるはずがないと思ったから。





それに、生きていたならなぜ今まで大人しくしていた?


体力の回復を待っていたのか?





いや今はそんな事どうでもいい。


そんな事よりも、問題なのは…。





僕もルーイも、逃げるだけの体力が残っていない。





そして、ぐちょぐちょに溶けかけているくせにあいつの動きは、むしろ素早くなっていた。


無駄な肉が削げ落ちたせいかもしれない。





僕がルーイに逃げろと叫んだ時には、もうあいつがルーイに襲いかかろうとしていた。





「あぶーない!」





どんっ





わたあめが、ルーイを突き飛ばしたおかげでルーイは無事だ。





が、わたあめはそういうわけにいかない。





「い。いたい!いたいいたい!きゅーっ…」





 なんてこった。


ルーイを庇った時に、あいつの爪がわたあめの羽を片方もぎ取っていた。





わたあめの背中から血が吹き出す。





「わたあめ!」


「わたあめちゃん!」





 ルーイは、私のせいで、ごめんなさいごめんなさいと繰り返しわたあめに謝る。





僕だってつらい。


もうわたあめが空を飛ぶ事はできないかもしれないのだ。





友達の自由が奪われたんだ。





辛いし悔しい。





でもね、わたあめ…。


好きな子を守って負う怪我は、誇っていいんだよ。





「ルーイ!わたあめを連れてすぐに逃げて。こいつはなんとかするから」


「馬鹿言わないでよ!一緒に行くんでしょ!?これから、みんなで生きて行けると思ったのに!」





 おいおい、僕がまるで死んじゃうみたいに言わないでほしい。





「私は逃げない。あんたが残るなら私も戦う」





 わたあめも、傷みをこらえながら「たたーう!」と短い腕を上にあげた。





「分かった。無理は絶対しないで」





 そう言って目の前でうなりをあげる化け物を見つめる。





もう何回目だよ。


いい加減しつこいんだよ。





序盤に出てくるモンスターなんてサクっと倒して終わりじゃないのかよ。





それに、今までずっと忘れていたけれど結局僕の能力ってなんなんだ?


それこそ今使えなきゃ何の意味も無い。


何の役にも立たないような能力じゃ意味がない。


大切な物を守れる力を。





………。








そんな都合のいい覚醒なんて当然起きない。





僕の能力がなんなのかは分からないがそんなものに頼っていたら完全に死ぬ。


今ある力で乗り越えなければいけないらしい。





 とにかく、ルーイは逃げる気がないようなのでとにかく急いで武器になるような物を探してくるように言った。


もしかしたらシンが爆薬をもう少し持っていたかもしれない。


シンが武器を隠していたかもしれない。


もう何でもいいから獲物が必要だ。





僕はあいつの牙がある。


これでもう一度切り裂いてやる…。





あいつの口の下の部分の皮がでろりと糸を引きながらとろけて落ちる。





僕は息を呑んだ。





その皮の下に、大きくて、真っ赤な瞳が…。


やっぱり目はあったけど、隠れていたんだ。


あの皮に実は小さな穴が開いていて、それ越しに見ていたのかもしれないし、何か別の方法かもしれない。


でも、一つだけ言えるのは、もうその眼球を守る皮は無い。





「ひっ、何アレ気持ち悪い…」





背後から、シンのツルハシを持ったルーイがやってきた。


ツルハシなら十分武器に出来る。


わたあめは一緒に居ないので茂みか木陰にでも隠してきてくれたんだろう。


血も出てるし早く処置してあげないといけない。


だから、早くこいつをなんとかしないと。





「ぐごっがぁぁぼぐっ!」


 あいつの振り回す腕をかろうじて横に飛びのきかわすが、勢いが止まらない。


あいつの狙いは僕の背後にいたルーイだった。





ルーイはツルハシを構えるが、それじゃだめだ。





「ルーイ!受けちゃだめだ!かわして!!」





 僕の叫びが届いたのか、直前でルーイも回避行動に移る。


ただ、僕より運動神経がいいなと思うのは横に飛びのきながらもそのツルハシをわき腹に突き立てていた事だ。





あいつはうめき声を上げて自分の傷を確認する。


ちゃんとダメージが通っている。


これなら勝てるかもしれない。





ルーイが飛びのいた勢いを緩和するようにゴロンと地面を一回転して僕のとなりにやってきた。





「何か作戦ある?」


 ごめん、とにかく攻撃して逃げる、の繰り返ししかできない。





「つかえないわね…でも、あれは分かりやすい弱点だと思っていいのかしら」





「それは間違いないと思う」





 僕らはそこを集中的に狙うしかない。





あいつは崩れかけた身体で闇雲に突進してくるので動きは早いが以前よりも読みやすい。





闘牛をかわし続けるマタドールのようにあいつの突進をかわし、すれ違いざまにルーイはツルハシを、僕はあいつの牙を突き立てる。





少しずつではあるがあいつの動きも鈍くなって来ている。





すると、あいつの身体がまたさらにずるりと崩れ落ちた。


ただ、中から現れたのはすらりとした、というよりガリガリの身体。骨と皮だらけの中身が現れる。


その中心から少し上のあたりにあのぎょろりとした目玉が付いていて、そのさらに上、身体のてっぺんのあたりに大きな牙のある口がついている。





普通自分の肉が削げ落ちたのなら中身は内臓とかじゃないのか?


あの肉の中からさらに皮が出てくるってどう考えてもおかしい。


むしろ、あの肉の塊は全部この身体を守るための鎧だったという事だろうか。





…それが一番しっくりくる考え方だが、多分こいつが大量に食料を求めているのは、恐ろしく燃費が悪いからなんだろう。





だってあれだけ食っておいてまったく腹が膨れていない。


あの肉の鎧を維持しながら活動するのに大量のエネルギーが必要になるから沢山食べる。


どうせここに現れたのだって山に食料が少なくなってきてふもとまで降りてきたとかだろう。





食ったそばから動くエネルギーとして消化されていくのか。


万が一丸呑みされたとしたらどのくらいもつだろう?


よく大蛇に飲まれてしばらくしてから助け出されるような映画があったりするけどこいつの場合は飲み込まれたら最後すぐに溶けてしまいそうだ。





それ以前にこいつに食われた時点でバリボリ噛み砕かれているだろうから無用な心配である。





そんな余計な事を考えていたら、肉が落ちた事に理由があったと知る事になる。





移動スピードが尋常じゃなく速くなっていた。


まるで狼のように四本足で走り、飛び掛ってくる。一瞬逃げ遅れたルーイが太もも辺りを軽く引っ掻かれた。





「いたっ!」


 軽く血は垂れているがそこまで深い傷じゃない。


あれなら大丈夫だろう。





むしろそんな状況でもツルハシをあいつの背中に向かって振り下ろしているあたり流石だと思う。





ほんの少し高くなった声で吠え、ルーイを追撃しようとするあいつの後ろ足に牙を振り下ろす。





手には骨に届いた感触があった。


今のは効いただろ!





「ぐぼがぁぁっ」





 あいつが再び立ち上がり、あの目で僕を睨む。


そうだ、狙うなら僕を狙えばいい。





あいつがゆっくり僕に向かって歩いてくるのを、身構えて迎え撃とうとすると、あいつの後ろでルーイが不思議な声をあげた。





「ひぇっ、な、なにこれ!」





 ルーイはちょうどあの穴の淵にいたのだが、穴の中を覗きこんで何かに気付いたらしい。





今はそんな事よりあいつをどうにかしないと。





…むしろ、あれだけ目玉がむき出しになったのなら何かを投げつけたら効果あるんじゃないか?





試しに何か投げつけようとしてやっぱりやめる。


あいつがまたこちらを真似て投擲ばかりしてくるようになったら困る。





近距離でしとめるのが一番いいだろう。








今はまだあいつも軽くなった自分の身体に慣れていないのか一度攻撃をかわすとバランスを崩してよろめく事が多いのでその隙に少しずつ攻撃を加えていくが、気をつけないとすぐに反撃を受けるので決定打になるようなダメージを与えられていない。





一度距離を取ってルーイと合流し、先程の事を聞いてみる。





「穴の中に何かあったの?」


「あったんじゃなくて無いのよ。底が無くなってる」





 意味が分からない。


「底が無いってどういう意味だよ」


「そのまんまの意味だってば。穴の底がなくなってるの!」





 …穴の底が無い?


爆発で見えないほど深く穴が開いたって事だろうか?


いくらあの爆発が凄かったからといってそんな事があるんだろうか?





いや、それを考えるのは後でもいい。とりあえずは目の前のこいつである。





奴は自分の身体を確かめるようにその場で二~三回ジャンプして、こちらに振り向くとまた四本足スタイルに戻る。


どうやらあちらの方が走りやすいらしい。





そして、次の瞬間





奴が僕の目の前に居た。





…ッ!?





早すぎる!





ほとんど反応できないまま僕はあいつの一撃をもろに受けてしまった。





ただ、あいつも自分のスピードに驚いたのかもしれない。


爪での攻撃じゃなく、腕の部分でなぎ払われた。





それでも一瞬目の前が真っ暗になって息が出来なくなる。





「かはっ…」





 落ち着いてゆっくり深呼吸をするとなんとかまだ立ち上がれそうだった。





が、あいつはそこまで待ってくれない。





なんとか呼吸を整えた時にはもうあいつがこちらに向けて腕を振り下ろそうとしていた。





「危ない!」





ルーイの声が聞こえた気がするが、それはあいつの咆哮で掻き消えてしまった。





やばい、さすがにこれは避けられない。





これは死んだな、となんとなく他人事のように感じた瞬間、目の前が真っ赤になった。





一瞬自分の血かと思うくらい、唐突な赤だった。





「ぐぎゃががぁぁぁぁぁっ!!」





 そしてあいつが悲鳴を上げる。


炎に包まれて地べたを悶えながら転がっている。





何が起きた?





「だーじょぶ?」





…わたあめ?


お前がやったのか?





「きゅ…?」





 その時、いろいろな疑問の答えが出た。





昔川辺で襲われたとき、わたあめがこいつに何をしたのか。


それとデュークやペニーの小屋で何故急にボヤ騒ぎが起きたのか。





わたあめが炎を吹いたんだ。





だからデューク達はわたあめの精神が不安定になるのを恐れて僕を専属で付ける事にした。


それなら納得がいく。





「わたあめ!まだそれできるか?」


 僕がわたあめにもう一度炎で攻撃できないか問うが、わたあめは「…うぅー」と軽く呻きながらお腹を押さえている。





難しいって事か。


わたあめはまだ子供だ。


仮に炎を吹けるドラゴンだったのだとしても連続使用はできないのかもしれない。





なら無理に頼る事はできない。





なんとか自分の手で決着をつけないと。





「やくたたない…ごめ」


 わたあめがしょぼんとした顔でこちらを見つめてくる。





「そんな事ない。わたあめは僕を助けてくれた。もう何回も。だから僕もがんばらないとね」





 そう告げて立ち上がる。


あいつも大分フラフラしていたがもう炎は消えてしまっている。





僕に背を向けて歩き出したので逃げるのかと思ったのだが、そうではなかった。





「ちょっと、こっち来るなっ!こ、こないでよ!」





 体中が炎で焼かれ、骨と皮だけのような身体からぶすぶすと煙があがり酷い臭いが立ち込める。





「ルーイ!僕らの事はいいから逃げろ!」


「嫌よ!…ここまで来たらやってやるんだから!」





 ルーイはあいつの酷い見た目と威圧感にかなり動揺していたが、少し冷静さを取り戻してツルハシを構える。





フラフラと近寄ってくるあいつにルーイがツルハシを振りぬこうとしたが、簡単に受け止められ、武器を取り上げられてしまった。





ルーイはすぐに逃げようとしたが鉄球が邪魔をしてまともに走れない。





僕も力を振り絞ってルーイの元へ行こうとするが、視界がブレてうまく走れない。





そして、あいつの腕が大きく振り上げられた。





「きゅーっ!!るーいたすける!」











 そこからの事はいつまでも記憶に残っている。





 いつまでも忘れられずに悪夢として僕を苛む事になる。








わたあめはルーイを助けようとして、あいつに飛び掛り…。





身体を斜めに爪で切り裂かれて宙を舞った。





僕は何も考えずにわたあめを助けようと飛んでいた。


わたあめの落下地点、あの穴の中へと。





「わたあめちゃん!!****!!****!!」





 穴に落下していく中、ルーイがわたあめと僕の名前を何度も何度も呼ぶ声が聞こえた。





僕は真っ暗な闇の中へと落下し、なんとか捕まえたわたあめを胸に抱きしめながら、その底へと叩きつけられた。











どれくらい気を失っていたのだろう。


あたりは真っ暗で何も見えない。


地面は何故かぶよぶよしていた。





「そうだ、わたあめ…わたあめ!?」





「きゅ…」





 僕は落下した際の衝撃でわたあめを取り落としてしまったらしい。


すぐ近くの闇の中からわたあめの声が聞こえる。





すぐに声のする場所を探り当ててわたあめを抱きしめる。


だいぶぐったりしているが無事なようだ。





「大丈夫かわたあめ?」


「だいじょーぶ。るーい、どうなた?」





 ルーイの安否はわからない。


これだけ落ちてきてしまった以上すぐに助けに行く事もできない。





「くそっ…くそっ!くそっ!」





 わたあめは繰り返し「たすけいく」と言っていたが、まずは自分が置かれている状況を把握しないといけない。





少し目が慣れてきたので今自分がどこにいるのか確かめる事にした。





そこは、うっすらと見覚えのある場所だった。





…鉱山か。





あの爆発であの穴と、下を通っていた洞窟とが繋がってしまったらしい。


僕が無事だったのは下に落ちていたあいつの肉がクッションになったからだった。爆発で肉が落ちてここに溜まっていたらしい。





それに、思ったよりもこの縦穴は深くなかったのかもしれない。


爆発で繋がってしまうくらいだからこの洞窟と穴の距離はそんなに長くなかっただろう。


下がこの洞窟だったのなら上から見ても真っ暗で分からないかもしれない。





…おかしい。落ちてきた場所から見上げてみても空が見えない。


僕の考えが正しければそこまで深い穴じゃないはず。


上からは闇だとしてもこちらから空が見えないというのは不自然だ。








衝撃でこの穴に落ちたけど途中で掴まって登ってきたんだ。だから奴が出てくるまでに時間がかかった。そういう事だろう。





ここが鉱山なら出口からまた登れば上には行ける。


それまでルーイが持ちこたえてくれていれば…。


あるいは、ルーイも飛び降りてくればこの肉のクッションで…。








いや、だから僕はいったいどれくらいの間気を失っていたんだ?





…もしかして、今は夜なのか?


もう外は真っ暗だから空が見えなかったのか?





もう一度落下地点から上を見る。





よく目を凝らして見ると、上の方がうっすら明るくなっているような気がした。





月が出ている。





やっぱり夜まで気を失っていたらしい。





…ルーイはどうなった?





無事に逃げてくれただろうか…。








とにかく、こんな所にいつまでも居るわけには行かない。


ここがどこか分かったし早く出よう。





わたあめを抱えて、記憶を頼りに手探りで壁伝いに出口を目指す。





「…あれ、こっちじゃなかったかな…」





出口だと思った方向が行き止まりだった。





おかしいなと思いながら逆の方へ進んでみる。





「…嘘だろ…?」





 そちらも、少し進むと行き止まりになってしまった。





どこか、どこかに出口はないのか?


どうしてこんな事になった?








僕とわたあめは、真っ暗な洞窟の中に閉じ込められていた。





「でれない?」


 わたあめが心配そうに聞いてくるが、何も返してあげる事ができない。





ただひたすらあちこち、出れる場所を探し回った。


そもそもなんでここが塞がっているんだ。





いや、理由なんて一つしかない。


あの爆発の衝撃で洞窟の天井が崩れたんだ。





真っ暗で何も見えないのと、体力的に限界だったのとで、僕の洞窟散策は長くもたなかった。





その日はルーイの事を心配するわたあめを抱きしめて眠った。








目が覚めると、光が差し込んでいるのに気付く。





もう一度穴の下に行って、よじ登れないか確認するが、そもそも天井部分に手が届かないみたいだ。


この洞窟の天井は思いのほか高かった。


今までここで作業していた時はそんな事気にした事がなかったなぁ。





もしかしたらあいつがまだ近くにいるかもしれないという恐怖もあったが、意を決して大声で呼びかけてみる。





「おーい!ルーイいないのか!?」





 …やっぱり反応は無い。


もしルーイが生きていても、もうここにはいないだろう。





諦めてまた出れる場所を探す。


と言っても崩れた場所を探って、どこか崩せる場所がないかを確かめるくらいしかできない。





結果は、全滅だった。


結構大量の瓦礫で塞がっているらしく叩いても蹴ってもびくともしなかった。








 閉じ込められてから三日目。





喉が渇く。


もう無駄に動く気にもなれない。





食べる物が無くて仕方なく奴の肉を食べようとしたが紫色の泡だらけになっていてとても食べられる感じじゃない。





わたあめも傷が痛むのか元気がなくなってきたように思う。


羽が片方千切れて、最後にあいつの攻撃もくらっているのだから当然だろう。


早く治療してあげたい。








四日目。





雨が降る。





涙が出た。


もう少し晴れが続いたら干からびていたかもしれない。





わたあめもやっと飲める水に喜んでいた。








五日目。





気を取り直して瓦礫を少しずつでも崩しにかかる。


ほんのちょっとずつ進んでいる気がするが、そもそもどれくらい掘れば向こうに繋がるのだろう。


こんな時にツルハシがあれば。








六日目。





このあたりからわたあめの口数が少なくなる。


口を開けば「とべなくてごめん」「やくにたてなくてごめん」「るーい…」この三つである。





その度にわたあめは悪くないよ。と頭を撫でてあげると僕の腕の中で丸くなる。


睡眠時間が長くなってきた。








七日目。





 腹が減って気が狂いそうだ。





幸いにもあれから時々雨が降る。


その都度水分は補給しているのだが、食い物についてはどうにもならない。





あの時奴の泡だらけになった肉を食べておけばよかった。


今はもう溶けて液体になり、それも乾燥して嫌な臭いを発するだけになっていた。





本体から切り離した時点で肉は肉としての役目すら無くなったらしい。


まさか消え失せるとは思ってなかったので後悔してもしきれない。





生きる為に洞窟内に現れた見たこともない変な虫を死ぬ気で追いかけて捕まえてむしゃむしゃ食べた。





勿論わたあめとはんぶんこだ。








八日目。





何故か神経が研ぎ澄まされたように細かい音が聞こえるようになった。


肉体が極限状態を迎えると人はこうなるものなのかもしれない。





だからといってそんなものは何の役にも立たなかった。


壁は削れど削れど終わりが見えない。








九日目。





この日も変な虫を一匹捕まえた。


これくらいしか食べるものがない。





わたあめの元気がないので今日は一匹まるごとわたあめに食べてもらった。





わたあめは遠慮していたが、僕は大丈夫だよと伝えると、小さくありがとと言いながらもしゃもしゃ食べた。








十日目。





僕の精神が狂いだす。


正常な考えが出来なくなる。


この頃になるとお腹がすいたなという感覚が麻痺してくる。


ただ単に身体が栄養不足で動かなくなってきた。





わたあめはもうあまり動かない。


丸くなってじっと眠り、たまに起きては何かを考えているようだ。








十一日目。





わたあめがとんでも無い事を言い出す。





「わたーめ、しんだら…たべて」





 一瞬、言葉が出なかった。


どう返事していいか本気で迷ってしまった。





「ば、ばかな事言うなよ。僕がお前を食うわけないじゃないか」





「…もし、しんだら」





「死ぬなんて言わないでくれよ。僕を一人にしないでくれ」





「…ごめん」





 こんな所で一人生き残る事になんの意味があるというのだろう。


あれからもう十一日。きっとルーイはやられてしまったんだろう。





ルーイも守れず、わたあめには守ってもらってばかり。


ほんとになんの役にもたっていないのは僕だ。








十二日目。





もうお互い喋る事も辛い。


動く力なんて残ってない。





わたあめがぐったりしていた。








十三日目。





わたあめの呼吸が荒くなる。





「わたあめ、わたあめ!しっかりしてくれ。僕を置いていかないでくれ」





 一人になるのが怖かった。


死ぬのが怖かった。


わたあめが死ぬのも怖かった。





「きゅー。…きゅ…わたーめ、しんだら…たべて」





「まだそんな事言ってるのかよ!わたあめを食べるなんて出来ないよ…」





「きゅ…わたーめ、たぶんしぬ。なら、やくたちたい」





 涙がこぼれる。


抑えられない。





こんな形で大事な友達を失ってしまうのか?





いまこそ僕の力よ目覚めろ。


目の前の友達を救ってくれよ。





「ずっと、いっしょいてくれて…うれしかた」





「そんな事ない。僕なんてわたあめが檻に入れられてる間も何もしてやれなかった…」





「それちがう。あいにきてくれてうれしい。それに、ちゃんとたすけてくれたずっといっしょ」





「…わたあめ。…頼むよ、いかないでくれよ」





 わたあめの呼吸が、どんどんゆっくりになっていく。


手足もぷるぷると痙攣が始まった。





「わたーめしぬ…。ずっといっしょできない。…だから、だからずっといっしょにいたい」





「僕だってずっと一緒にいたいよ!だから…」





「…だから、たべて」





 ずっと一緒に居るために、食べてほしい。


わたあめはそう言った。





僕の一部にしてほしいと。








「…おねがい。さいごに、やくにたちたい。そして、ずっといっしょ…だい…すき」





「…おい、わたあめ?…わたあめ!」





 おきてくれよ。


嘘だろ?


一人にしないでくれよ。


わたあめ…。








その日はわたあめの亡骸を抱きしめて泣き明かした。








十四日目。





わたあめには手を付けられずにいた。


わたあめの希望は食べてほしい。





僕も身体が飢えすぎて早く食べてやれよと僕の中で何かが騒ぐ。





だけど、とてもじゃないがわたあめを食べる事なんて…。








十五日目。





わたあめの身体を虫が狙ってきたので慌てて潰した。





潰してから、捕獲して食べればよかったと嘆く。








十六日目。





わたあめの身体からほんのり腐臭が漂い始めた。


このままではわたあめが腐ってしまう。





…僕は





覚悟を決めた。





わたあめの身体をひっくり返し、あいつが最後に引き裂いた傷口から、まだ持っていたあいつの牙を刺し込み、少しずつ切り分けていく。





わたあめの身体はとても綺麗だった。


鱗は硬くて切れなかったので中の肉、内臓。その全てを余すところ無く取り出した。





調理する手段などないのでそのまま噛り付く。





…なんだこれは。





涙が溢れた。





腐臭が漂い始めていたのは傷口の所だけで、わたあめの身体はうっすら光り輝くくらいだった。


鮮度がどうこうじゃない。





僕は今、友達の命を食べている。





友達に生かされている。





友達に助けられている。





友達の肉を、内臓を、食っている。








…うめぇ。





なんでこんなにうまいんだよ…わたあめ…。





うまいよ…。





僕は干からびてしまうんじゃないかと思うくらいいつまでも涙を流し続けた。











十七日目。





わたあめの肉が腐ったら嫌なので昨日のうちに全部食べてしまった。





僕ももってあと数日だろう。





それでもいい。


今の僕はわたあめと一緒だ。








十八日目。





雨が降る。





これでまた生き延びてしまう。








十九日目。





特に無し。








二十日目。





特に無し。








二十一日目。





この日は虫を捕まえて食べた。








二十二日目。





雨が降る。


また生き延びてしまう。








二十三日目。





もう思考がはたらかない。


もうすぐかもしれない。








二十四日目。





動けなくなった。


考える事も出来なくなった。


もうすぐいくよ。








二十五日目。





「おい!誰かいるのか!?居たら返事してくれ!」





 誰かの声がする。





あぁ、僕はまた











生き延びてしまった。

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