◆1章-3◆はじめてのぎゃくしゅう
正直言えば、確率をあげるだけなら空に逃げられるわたあめがおとりになるのが一番なのだが、僕の中にその選択肢は当然存在しない。
話はまとまったので僕らは出来るだけ音を立てないように気をつけながら、ルーイの案内でシンが向かった方角を目指す。
詳しい場所まではルーイも知らないらしいので、足跡とか痕跡を探しながらなんとなくで追跡していくと、途中で少しだけ木々が切られて整地された場所に出た。
僕らが掘り進んでいた穴の上の方になるだろうか。
森から傾斜が出来てしばらく登ったのでもう山と言った方が正しいかもしれない。
そこでシンは例の火薬を何か大きな葉でぐるぐる巻きにする作業中だった。
大きな葉っぱに粉を包んで球状にしているのだ。
それを見ると爆弾っぽさが増してきたなと思うのと同時に、なんだか打ち上げ花火の球みたいだなと思った。
シンは人の頭くらいの大きさの球を作って、それの出来具合を確かめている。
「シン、用意できた?」
ルーイが聞くと、シンはこちらにゆっくりと向き直り、無言で頷いた。
相変わらず感情が読めないが、僕の方を見て一瞬表情が変わったような気がした。
僕の足に鉄球が無い事を不思議に感じたのか、または僕の背後を飛び回るわたあめを見て何か思うところがあったのか。
それは分からないが、もしかしたらその両方だったかもしれない。
「どこでそれを使う?あいつを誘導する必要があるなら僕がいく」
シンにそう伝えると、僕の足を見つめてから顎に手を当てて少し考えてから、珍しく口を開く。
僕がシンの声を聞くのはもう随分久しぶりな気がした。
「この先に俺が爆弾の威力を確かめる為に使ってた穴がある。出来ればそこに落としたい」
そう言うとシンは無言で歩き出した。
ついて来いという事だろう。
僕とルーイは無言でその後に続く。
わたあめだけはなんだかきゅっきゅ言いながら羽ばたいていた。
一応周りを警戒してくれているらしく周りをきょろきょろしている。
その場所は意外と近くだった。
地面に直径二メートルくらいの穴が開いている。
シンが言うには、最初は少しの量から試していって、小屋ごと吹き飛ばすためにはどのくらいの量が必要になるのかを計算する為に時々ここで試作品を爆破していたらしい。
直径と同じく深さも大体二メートルくらいだろうか。あいつがここに落ちたとしても深さは少し足りないかもしれない。
でも普通に火をつけて投げつけるよりは狭い空間の中で爆破した方が効果は高いだろう。
僕はその案に乗る事にしたが、さすがに普通にその穴に落ちてくれるとは思えないので、落し穴方式にする事にした。
木の蔦のような物を集めてきて、それを穴に被せて上から葉っぱを敷き詰め、軽く砂でもかけておいてくれと二人にお願いして、僕はあいつの所へ。
「いっしょ、いく!」
そう騒ぎ出したわたあめを必死になだめてルーイに任せてきた。
あとは僕の仕事次第だ。いくらルーイが器用だとしてもあれだけ大きい穴に細工するならある程度時間がかかるだろう。
シンが手伝うなら僕が思っているよりも早く出来るかもしれないが、どんなに急いでも材料調達の時間も考えて二十分くらいはあいつを引きずりまわさないといけない。
それまではここから遠ざけておかないと。
とりあえず元来た道を少し戻って、耳を澄ますとあいつの場所は簡単に分かった。
相変わらず図体がでかいので木が密集しているようなこういう場所と相性が悪いらしい。
あの体型がじゃまをしてそこまでスムーズに動けないようだ。
だとしても、ロクサスのお供はこっちに逃げてきてからやられているわけだし油断はできない。
距離を取りながら奴を中心に円を描くようにして移動する。
そのまま追いかけられたら上に逃げるしかないからだ。
方向をずらさないと意味がない。
そういえばあいつの目ってどこについているんだろう。
顔のパーツは口しか覚えていない。
口が胴体の上の方に付いてたんだから本来なら口の上にあるはずの目はどこに?
少なくともこいつは嗅覚で獲物の大体の位置を把握していると思う。
すごく鼻がいいという訳でもなさそうだが、おそらく獲物を臭いで追いかけている。
今考えると、わたあめと初めて出会った時、あたりは大分暗かったし、僕は岩の隙間に隠れるように寝ていた。
それでもあいつが僕の位置を分かってるように岩の前に回りこんできた事がその証拠だと思う。
だから、どこかに鼻は付いているんだろうけど…いや、鼻なんて僕の価値観、思い込みでしかない。
ここは僕の居た世界の常識が通用しないのだから、たとえば身体中に小さな穴が沢山開いていてそれが全部臭いを感知できるセンサーになってるかもしれないし、そもそも目も鼻も無くて超音波みたいな物で獲物の位置を把握してる可能性だってある。
だからあれこれ僕が考えを巡らせてもあまり意味はないんだろう。
とにかく一度あいつをここから引き離さないと。
一応まだあの鉄球は抱えてきた。
万が一の時に投げつける武器になるかもしれない。
意外と重いので早く投げつけてしまいたかったが、距離が離れすぎていてはあいつまで届くはずも無い。
本当に追いつかれて、ギリギリの状況でしか使えないのは不便だが、そこまで近付かれてしまったら他にどうしようも無いので念の為に最後の手段は用意しておかないと。
気付かないようならそのまま様子を見て時間を見計らって誘導すればよかったのだが、あいつが山を登って行こうとしたので放置も出来なくなってしまった。
もうちょっとだけあいつから距離をとってからわざと物音を立ててみる。
バキッ
その辺に落ちていた枝を踏みつけると、思ったよりもいい音が響いた。
あいつがこちらを見る。
いや、目がどこか分からないので見ているような気がする。
チラっと見たというよりは身体全体でこちらに向き直った感じだ。
もしかしたら前方の物しか見えないのかもしれない。
そして、獲物と認識された。
あいつが今までのゆっくりした動きから一転してスピードを上げる。
周りにある木々なんかお構いなしにへし折りながら進んだ。
何も無いよりは障害物として役に立っているのかもしれないが、思っていた程の効果は無い。
意外と早いじゃないかよ!
こんな鉄球を抱えたままじゃすぐに追いつかれてしまう。
まだ距離があるうちに僕は山肌を少し登り、一箇所大きな岩がせり出しているところに向かう。
あれ、なんかデジャヴ。
そのまま本能的にせり出した岩の上から、下にいる奴目掛けて鉄球を思い切り投げつけた。
思いのほか効果があったようで、僕に向かって「ぐぼげがぐぼぉぉぉ!」とか唸りを上げた瞬間に投げつけたからかあいつの口、牙にヒットして、一本折れた。
あいつの牙は鋭いのが沢山生えているが、口の四隅に一本ずつ大きな牙があり、そのうちの左上のやつが折れたらしい。
「ぐぎゃぐげぇぇっ!!」
もともと汚い濁った声なので分かりづらいが、どうやら痛がっているらしい。
今までで一番ダメージらしいダメージを与えた気がする。
幸先いいぞ。
でもこの先どうする?
そこでふと思い出す。
先程のデジャヴ。
以前も確か岩の上に登ってあいつに石を投げた事がある。
大きな塊を落とした事も思い出す。
その後どうなった?
…確か。
瞬間的に殺気を感じて地面に身を伏せた。
今まで僕が立っていた辺りを物凄い勢いで鉄球が駆け抜け、背後の山肌にずどぉぉん!とめり込む。
あの時も僕が落とした大きな石を、あいつは投げ返してきた。
もう少しで僕の身体に鉄球型の穴が開くところだった。
あの鉄球をかわす事は出来たが、あいつが迫ってきている状況で地面に伏せるのは失敗だったかもしれない。
時間のロス。
急いで立ち上がって確認するともうすぐ岩に手がかかりそうな場所まで来ていた。
これはやばい。
接近されすぎだ。
今更鉄球掘り出す余裕もないし武器がない。
山を登ろうかとも思ったが、考えている間に岩にあいつが手をかけてきた。
仕方ないので思い切ってその岩から飛び降りる。
山肌にせり出した岩から飛び降りるって事は、純粋に山肌を転がり落ちるようなものだ。
岩のすぐ下に居たあいつから距離を取る事はできたが、案の定着地に失敗して勢い良く三回転ほど地面を転がり、木に激突する。
痛い。
どこか骨折れたかも。
でも痛い痛いと騒いでいる余裕なんて無かった。
気合ですぐに立ち上がると、そのまま傾斜を滑り降りるようにして逃げる。
奴が身体を引き摺る音がする。
お前との追いかけっこも今日で終わりだ。
…終わりに、しなきゃならない。
先程木に激突した時に、近くに落ちていたある物を拾っておいた。
今度はこれが万が一の時の奥の手だ。
走りながらその形、鋭さなどを確かめていると、握った手がうっすら切れて血が出てきた。
思ってた以上に鋭い。
なんだか少しべっとりして気持ち悪いけどこれは使い方次第では結構な殺傷力が有りそうだ。
僕が持ってきたもの、それは。
折れたあいつの牙だった。
特に先っぽの尖っている部分と、折れた根元のところは要注意である。
そこをうっかり触るとスパッと血が出る。
ちょうど握るのにちょうどいい太さにくびれているところがあったのでそこを握っていれば大丈夫だろう。
接近戦になったらこれを突き立ててやる。
後ろからまたメキメキ音が聞こえる。
相変わらず木をへし折っているのだろうと油断した。
ばぎゃごっ!
という一際大きい音が響いたかと思うと、あいつが僕の方向に太い木を倒してきた。
メキメキと音を立てながら周りの木の枝を巻き込み僕の方へ倒れてくる。
「じょ、冗談だろ…」
気が付くのがあと一瞬遅かったら倒れてきた木の下敷きになっていたかもしれない。
あっぶねー!!
間一髪で倒れてきた木を避ける事が出来たが、まさかあいつがこんな方法で攻撃してくるとは思っていなかったので焦る。
その時の状況に応じて対応できるだけの知能があるという事なんだろうか。
いったいあの身体のどこに脳みそ詰まってるんだろう。
そんな事を考えながら走る。
その後もあいつは僕を追いかけながらしきりに何かを投げつけてくるようになった。
面倒な事を覚えてしまったものだ。
その原因は僕が落とした岩だったり、投げつけた鉄球だったりするのかもしれないから自業自得という気もするが、だからといってあの時もさっきも、そうしなければやられていたのはこちらなのだから仕方ない。
今はこうやってあいつを引きずり回しながら逃げて、背後からの投擲も避けて、程よい時間になったら落し穴に誘導して落とす。
そしたらシンがどうにかしてくれるだろう。
最後の部分を人任せにしてしまうのはなんだか気が引けるし、とどめは自分で刺したい気持ちもある。
だけど、確実に殺さなきゃいけないんだから確実さを優先させないと。
もうそれなりの時間が経っているだろうか。
そろそろ誘導場所の方角へ進まないと。
ただ、困った事に逃げ回っている間必死すぎて何も考えず走り回ってしまったため、今自分がどのあたりに居るのかが良く分かっていない。
とりあえず登っていかなきゃいけないのは確かだ。
少しずつ上を目指していくが、これがまたなかなか大変である。
傾斜を登るという事は坂を上っているわけで、正直足に疲労が溜まってきた。
当然登るスピードも遅くなる。
んで、あいつは全く疲れなんか感じていないようにメキメキ木を倒しながら迫ってくる。
今度はその辺に落ちていた木の実まで投げ始めた。
木の実自体は大した事ないが、それが凄い力で、凄い速さで飛んでくるもんだから結構危ない。
特に、小さい故に見て避けるのが難しい。
その分あいつも当てるのに苦労しているようだが、たまに背中やおしりのあたりにどすっと嫌な音を立てて木の実がめり込んでくる。
これはこれでつらい。
当たった瞬間衝撃で木の実が弾けるくらいの勢いが付いてるんだからめちゃくちゃ痛い。
致命傷にはならないが走るのに支障が出る程度には危険だ。
あんなもの足首にでもくらったらポキっといってしまうかもしれない。
なんとか木の実が沢山落ちているゾーンを抜けると、もっと酷いことに小石を投げ始めた。
石は洒落にならない。
仕方ないので左右に細かく動きながら走る。
そうでもしないと、一発くらうだけで場所が悪ければ動けなくなってしまうだろう。
出来ればあれは当たらないように立ち回らないと。
いい加減体力も限界が近くなってきている。
こんな所で捕まって食われてしまってはなんの意味も無いし、そんな事になったら次はルーイ達だ。
そんな追いかけっこをどれくらい続けただろう。
急にあいつが方向転換した。
僕を見ていない。
あいつが向き直った先を見てみると、そこにはルーイの姿が。
目的地から割りと近くまで誘導できていたようだが、そんな事よりまずいぞ。
ルーイは準備を終えて、物音がする方を覗きに来たのだろう。
僕が生きているかどうかの確認をしにきたのかもしれない。
しかし、ルーイらしくもない。
あいつに簡単に居場所がバレるなんて…。
そこでふと気付いた。
ルーイがそう簡単にあいつに気付かれるだろうか?
むしろ、わざと物音を立てたりしてあいつの注意を引いた?
僕が危ないと判断して囮役を交代するつもりなのかもしれない。
ルーイ、それはありがた迷惑ってやつだぞ!
あいつが僕なんて無視してルーイの方へ進み始めた。
僕は慌ててその後を追うが足に力が入らずなかなか追いつけない。
きっと僕のそんな不甲斐ない所を見てルーイが助けてくれたんだろう。確かにあのまま逃げていても力尽きていたかもしれない。
でもルーイが危険なのはダメだろ。
「こっちだ化け物!来るなら来い!」
ルーイが煽ると、「ぶぐぼげげぎがぁぁぁぁ!!」と相変わらずの濁った声で吠える。
一層興奮して奴のスピードがあがる。
待てよ。そんな早く行かれたら追いつけないだろうがっ!
足がぷるぷるして重たい。
明日は筋肉痛だなぁ…。
明日があればな。
そんな弱気な事を考えている場合じゃない。
とにかくあいつを追いかけてなんとかあの穴の近くまでたどり着くと、ルーイが木の枝で作った槍みたいな物を持ってあいつに挑みかかろうとしていた。
「やめろルーイ!」
仮にあいつの身体に突き刺す事が出来たとしても大したダメージにならないから怒りを増すだけだ。
いや、逆か?
怒らせようとしているのかもしれない。
怒りで我を忘れさせて穴に誘導する気なのか。
ならなお更そんな役割はルーイじゃなくていいだろ。
「きゅっ!?まってた!ぶじーか?」
ルーイの向こう、少し上空にいたわたあめが僕を発見して声をかけてきた。
「無事だよ!まだ離れてろよ!」
無理をされたらたまらない。
「ぐがっ?ぐぼぼごぉぉぉ!!」
ルーイがあいつの口の下のあたりに槍を突き刺す。
が、ぶよっとした皮に弾き返されてしまったのか刺さっていないようだ。
その槍をあいつが掴んで振り回す。
ルーイの奴なんで手離さないんだよ!
「きゃあぁぁぁぁっ!」
ルーイは必死に槍に掴まっていたが、それは奪われた瞬間に離して逃げるべきだった。
ルーイごと振り回し、そのまま放り投げる。
「ルーイ大丈夫か!?」
心配でつい大声をあげてしまったが、良く見るとそこは穴がある場所のすぐ脇だった。
地面にうっすらと細工した痕跡が見える。
あいつには気付かれていないようだ。
そのままルーイが穴の向こう側に逃げてくれれば奴は穴に落ちてくれるかもしれない。
…どうした?
ルーイが逃げようとしない。
いや、起き上がらない。
「シン!シンどこいった!?ルーイがあぶない!」
僕もルーイの元へ急ぐが、あの近辺にシンがいるのであればそちらに対応してもらったほうが早いはずだ。
穴の向こう、木の陰にシンの姿がちらりと見えた。
早くルーイを助けてやってくれ!
…しかし、シンは動こうとしない。
あの野郎…。
きっとそのままルーイを餌にしてまとめて吹き飛ばすつもりだ。
シンはきっとそういう事が平気で出来る奴だ。
ならあいつに頼るわけには行かない。
僕がルーイを助けないと…。
「はやく、めーさまーして」
わたあめが降りてきてルーイを起こそうとしている。
「危ないからわたあめは逃げろ!」
「るーい、あぶない、にげるできない」
わたあめは、僕が怒ったので一瞬ビクっとしたが、そう言ってルーイを引き摺ろうとした。
「わかった。わたあめ、気合入れろ!」
「がーばる!!」
すると、わたあめがルーイの両腕を掴み、羽ばたいた。
ゆっくりと浮上するわたあめ。
…すごい。
きっと僕が川に流された時もこうやって必死に助けてくれたんだろう。
だが、あの時と違ってルーイには鉄球がぶら下がっているのだ。
あの時の僕よりはるかに大変だろう。
わたあめが、意識の無いルーイをぶら下げたままふわふわと飛行をはじめるがあいつがすぐ側に迫っていた。
「わたあめ!早く離れて!」
「が、がーばるー!」
ぶおん。
わたあめがぶら下げているルーイの足元をあいつの腕が通り過ぎる。
一度は空を切ったが、もう片方の腕でもう一度襲い掛かり、今度は鉄球を捕まえに行った。
間に合わない!
その時、間一髪でルーイが意識を取り戻し、反射的に身をよじったおかげで偶然かわす事ができた。
「うわっ何コレ、ちょっと!!浮いてる!?」
ルーイが目の前に迫るあいつと、宙に浮いている今の状況に混乱して取り乱す。
「わたあめが助けてくれたんだから大人しくしてろ!」
その一言でルーイは冷静さを取り戻し、状況を把握してくれた。わたあめを一瞬見上げ、「やるじゃん」と呟いた。
わたあめはこちらの作戦もきちんと理解していて、ルーイを穴の向こう側へと連れて行った。
このまま追いかけてくれたらよかったんだが…。
あいつの動きが止まる。
その場に立ち尽くしたまま何かを考えているようだった。
もしかしたら、地面の細工に気付いたのか??やっぱりちゃんと目はどこかに付いているのかもしれない。
こうなったら…。
僕がやるしかない。
残る力を振り絞って全力で奴に向かい走る。
そのままあいつの背中に向かって飛び上がり、ドロップキックを放った。
「くらえぇぇぇっ!」
あいつを蹴り飛ばしてそのまま穴に落としてやろうと思ったんだけど。
当然びくともせずあの肉に弾き返されてしまった。
「何やってんの馬鹿!」
ルーイがこちらに向かって罵声を浴びせてくるがそれどころではない。
なんとかそこに落とさないと。
あいつは僕の蹴りなんて全然効いてない癖に、僕に向き直って大声で吠えた。
「ぐごがげぼごぉぉぉぉっ!!」
「うるせぇ!お前のその汚い声は聞き飽きたんだよ!!」
あいつが鋭い爪を僕に向かって振り下ろしてくる。
それもいい加減慣れた。
とは言え、僕はもうへろへろである。
一発。それでダメなら後は無い。
気合で一回だけ、その腕が振り下ろされる前にその内側へもぐりこむ。
あいつの肉が、皮が、目の前に。
じっとりしている皮膚は酷い腐臭だ。
僕は勢いよく、あいつから奪った牙を突き立てる。
以前やられた左肩から、右のわき腹に目掛けて、あの時の仕返しをするように突き立てた牙を斜めにスライドさせ、切り裂いた。
「ぎゃごがぁぁぁぁあぁああぁぁぁぁあぁっ!!」
お前の声は悲鳴も雄叫びも区別つかねぇんだよ。
僕はもう身体に力が入らなくてその場に崩れ落ちる。
切り裂いた皮の内側からぐぼっと、血のような、もっとどろどろしたものが流れ出てきて僕を頭からどっぷり濡らす。
臭い。臭い臭い臭い!!
気持ち悪い吐き気がする。
だが、こんな酷い目にあっただけの結果は出せていたらしい。
なんとかどろりとした液体を払って薄目を開けると、目の前であいつが呻きながら後ずさって…
ゆっくりとスローモーションになったように
地面に細工された穴へと落下した。
「中にも細工したからね。今頃串刺しだよ!今度は自分の重みでしっかり刺さってるはずよ」
ルーイが笑顔でそういい、僕に「よくやったね」とお褒めの言葉をかけてくださった。
でも、まだこれで終わったわけじゃない。
「…シン。やってくれ」
「ぐがああ、ぐごおぼごげがぁあぁぁぁ!!」
穴に落ちて、下に仕掛けたらしい槍が刺さってもあいつはもがいて穴から出ようとしてくる。
今までずっと木陰に隠れていたシンが、アレを手にして小走りに出てくる。
いざという時まで隠れ続けるなんてシンらしいといえばらしいのだが。
シンはあいつに向かって爆弾を投げ込もうと、導火線に火をつけその腕を振り上げた。
のだが、その腕が振り下ろされる前にあいつが穴の中で、シンの足元ら辺の壁を思い切り殴ったらしい。
僕が立っていたあたりまで、軽く地震のように揺れる。
「うおぉっ」
僕は側にきていたルーイにしがみつき、なんとか体制を整えたが、ルーイは真っ青な顔をしていた。
それもその筈である。
僕らの目の前で、足元の土が抉れ、爆弾を抱えたままシンが穴の中へ落ちた。
そんな時までシンは無言だった。
でも、死にたくないっていう感情は、落ちていくときの…目を剥いて、口を引き攣らせていたその表情でよく分かる。
シンが穴の中に消えた直後、穴から火柱があがった。
もう、どういう音だったのか分からないような爆音、轟音。
穴の中に落としたいというシンの気持ちが分かった。
シンは実験でどんな爆発になるのか大体理解していたはずだ。
普通に使ったら僕らは巻き添えをくっていただろう。
そんな事まで考えていたのだあの男は。
無言で、無表情で、これだけの事をやってのけるのだからたいしたものである。
最後の最後までお前の事は理解できなかったけど、すごい奴だったよ。
少しだけ、人の死って言うものに慣れて来ている自分を感じて胸がざわざわした。
人として大事な物が少しずつ失われている気がする。
僕は、まだ…人間でいたい。
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