◆1章-2◆はじめてのひとだすけ




「じゃあ、助けにいこうか」





 わたあめはここから助け出したいっていう意味で言ったのかもしれないが、今はそれよりも深刻な状況だ。


ルーイが逃げていった山の方角に、あいつが向かっている。


早くおいかけないとルーイがあいつに食われてしまうかもしれない。


わたあめが悲しむのは見たく無いし、僕だって出来ればルーイは助けてあげたい。





鉄球が付いたままだったら僕は諦めてここからすぐに逃げていたかもしれない。


だけど、もうその言い訳は仕えない。





自由に動き回れるようになったのだから出来る限りの事はしたい。





「いこーいこー。きゅきゅーい♪るーいるーい」





わたあめにこれだけ好かれているルーイに少しだけ嫉妬した。





もしかしたら武器として使えるかもしれないのであの鉄球を抱えて、わたあめと一緒に敷地内に戻る。





ルーイがどこにいるのかはわからないがあいつを追いかける事は簡単だった。





あいつは以前遭遇したときよりも太っているらしい。


当時からそうだったが、どうやらその時以上に身体をひきずって歩いていた。


地面にくっきりと跡が残るくらい。





だから、危険なのは解っているけれどまずはその跡を追う事にした。





もしあいつを見つけたとして、ルーイが襲われていなければそれでよし、もしもの時はなんとか助けに入る。





闇雲に森の中を探し回るよりはマシだ。





僕らが過ごした小屋の前を通りぬけ、森に入ると、鉱山の方じゃなくて山の方に向かっているようだった。





もしルーイが鉱山に逃げて、入り口からあいつが入ってきてたらどうしようもなかったけれど、森なら隠れる場所が沢山あるはずだ。





ルーイなら上手くやるかもしれない。


それに、あてにしていいかわからないがシンもどこかに居るはずだ。





できれば一緒に戦ってほしいところだけど…。





あいつの痕跡を辿っていると、木の陰から誰かの足が覗いていた。





その足はごつごつしていて、立派な靴を履いていたので見なかった事にする。





どうせそこにあるのは足だけだ。





それにあんな綺麗な靴、僕が探している人の物であるはずがない。





さすがの化け物も肉が硬そうな部分は美味しくないらしい。





わたあめがふわふわとその足に向かって飛んで行きそうになったので慌てて止める。


わたあめはそんなもの見なくていい。





すると、森の奥から男の悲鳴が聞こえてきた。


多分さっきの足の持ち主と一緒にいた人。





シンとルーイは無事だろうか?





どんどん森へと分け入り、前方にあいつが小さな木を薙ぎ倒しながら進む音が聞こえてくる。








そして、何かをバリバリやっているあいつの後姿が視界に入った。





一瞬ルーイがやられてしまったんじゃないかとヒヤヒヤしたが、どうもそうではないらしい。


奴の近くにしっかりした素材の服の残骸が散らかっていたからだ。





これでロクサス、そのお供、デュークにペニー。みんな殺されてしまった。





相変わらずあいつは酷い臭いを放っていて、それと血の臭いが混じる事によってさらに吐き気を促す。





もう慣れてきたとはいえ、あいつの臭いも、血の臭いも好きにはなれない。


涙目になるのを堪えながら呼吸を整える。





呼吸と、心臓の音を。





これからやらなければならない事は、ルーイの無事の確認と、あいつが最初に侵入してきたであろう壁の穴を探す事。





ここまで来たら門まで引き返すよりその穴から出て逃げた方が早いだろう。





万が一にもルーイがやられていたら、その時は全力で自分とわたあめが助かる方法だけを考える。





本当なら今すぐにでも逃げ出したい。





こんなに何度もあいつと遭遇する事になるなんて僕はいったい奴にどれだけ好かれているのだろうか。





そんな自虐的な事を考えていたらげんなりした。





でもそのおかげで冷静さが少し戻った気がするし、心臓も静かになった。


わたあめは音を立てないように僕から少し離れた所で様子を見させている。





近くにいて万が一僕が物音を立ててしまったら、真っ先に僕が狙われるし、近くに僕がいたらわたあめは助けに入ってしまうだろう。





そんな状況は避けたかった。





この距離ならもしわたあめの方が物音を立てて気付かれても空を飛べる以上捕まりはしないだろう。





そしたらとりあえず奴がどこかにいくまでその辺の木の上にでも隠れていてもらえれば安泰だ。








とにかく、ここにルーイが居ない以上僕もあいつに付きまとう必要は無くなった。





静かに、一度わたあめと合流する。


わたあめに万が一の時は木の上の方に避難するように伝えて、また少し距離を取って歩く。





わたあめは小声で「わかーた。うえいく」ときちんと理解をしてくれた。


僕が言葉を教え続けた成果が出ているのを実感して軽く涙が出そうになる。


お前は本当に頭がいいなぁ。





と、感動に浸っている場合ではない。





あいつも今食ってるのが終わったらまた次を探しにいくかもしれない。


もう満腹になって帰ってくれりゃいいのに。





それから少し周りを探してみたがルーイの姿は見つからない。


むしろルーイが日頃仕掛けていた罠に僕がはまりそうになって焦る。





ルーイの罠は良く出ていて、僕らの中で獲物を確保してきた回数は一番多かった。





僕にももっと罠の才能があればあいつに効果的な物を仕掛けられるかもしれないのに。


こういう時にルーイが居てくれたらと考えて、そのルーイを探しに来たんだから見つけたら逃げるだけだったと思い出す。





声を出して探せばすぐに見つかるかもしれないけれどそしたら間違いなくあいつにも気付かれてしまうのでそうもいかない。





あとはわたあめに上空から探してもらう方法もあるが、結局森の中だしルーイだって物陰に隠れているだろうからあまり期待はできない。





仕方ないのでかたっぱしからその辺を探し回る。


わたあめも少し後方から、僕の姿を見失わない程度の距離をたもちつつあちこちきょろきょろ探してくれていた。





すると突然目の前にある木の陰から何かが飛び出してきた。





「うわっ」


 と、驚いて声をあげてしまうがその口を無理矢理手で塞がれて木の陰に引きずりこまれる。


一瞬の出来事だったので慌ててじたばたともがいてしまったが、その必要は無かった。





「あんたなんでこっちきたの?」


 ルーイだ。よかった。あちこち擦り傷はあるが今のところ元気そうだった。





「わたあめがルーイを助けたいって言うからさ」


「わたあめ…あの竜わたあめっていうの?じゃああの子も来てるって事?今どこに…ってうわぁっ!」





 質問が終わる前に勢いよくわたあめがルーイに飛びついた。





「ちょっと、やめ…っ…こら!」


 ルーイに叱られてしゅんとなるわたあめ。


その仕草がとても愛らしいが、それよりも、見たことのないルーイの焦った顔や笑い顔がとても新鮮だった。





こんなに感情豊かな女の子だったんだ。





「…何よ。こっちみんな」


 相変わらず僕に対してはそっけない。


とにかく、ルーイとも合流できた事だし出来る事ならすぐにでもここから逃げる事を考えたい。





「…そういえばあんた…それ取れたの?」


 先程引きずりこまれた時に鉄球を落としてしまったので拾いなおしているとルーイが羨ましそうに言った。





でももう少しで身体が潰れるところだったんだと説明するが、それは「へー」の一言で済まされてしまう。





「そんな事より早く逃げないとあいつが追いかけてくるよ。あいつは相当しつこいから」


「あんたあの化け物の事知ってるの?」





簡単に僕がここに来る前の事を説明する。あの化け物に二回も追い掛け回された事を。





「うえ…。もしかしてあいつあんたを追いかけて来たんじゃないでしょうね?」





 それだけは無いと思いたい。


もしそうだとしたらしつこすぎるし、何度も言うけど僕の事好きすぎるだろ。





「まぁあんたも苦労してるのね。でも大丈夫よ。あいつぶっころす算段はついてるから」





 僕は耳を疑った。





 あいつを…殺す?





どうやって?





「今シンが用意してる」





 シンだって?シンも無事なのか?





「私も知らなかったんだけどね、シンって黙ってずっと逃げる準備してたんだって。ほんとだったらデュークとペニーを小屋ごとふっとばすつもりだったらしいわよ?ああいうタイプが一番こわいのよね」





 ちょっと待ってくれよ。


全然頭がおいつかない。


仮にシンがずっと逃げる準備してたんだとして、それはわかるけど小屋ごとふっとばすだって?





それは二人を殺そうとしてたって事か?


そうだとしてどうやって?





疑問ばかりの僕にルーイが答えを教えてくれた。





この鉱山で取れている石は大きく分けて二種類あって、ツルハシみたいなのを使って少しずつ洞窟を作るみたいに掘り進んでいくのだが、たまに高い音がしてとても硬い石が出てくる事がある。


それがなんなのかは僕にはわからないけど、貴重な鉱石なんだそうだ。多分僕の世界で言うところの宝石の原石みたいな感じだと思う。


それともう一つ。柔らかいからすぐに砕けてしまうのと、価値がほぼ無いから無視しろとデューク達が言っていた濃い灰色の塊。


そっちはじめじめしていて柔らかいからツルハシで掘っている時に出てきたとしても気付かなかったり、価値のある鉱石を掘り出さないと体罰が待っているのでそんな物に関わっている時間はなかった。





シンは偶然その灰色の方の特性に気付いたんだそうだ。


普段は水分を沢山含んでいて湿っているのだが、それをカラッカラに乾かすとサラサラの粉状になる。


そうなると摩擦にとても弱くなるんだそうだ。


よく意味が解らなかったのでそこを詳しくルーイに問う。





ルーイは「ちゃんと説明するから聞け」と眉間に皺を寄せて僕を睨む。





その粉状にした物を擦り合わせると火花が出るらしい。


シンは鉱石にへばり付いて来た砂を小屋で落とし、数日後ツルハシを地面に置いた時に擦れて火花が出たのを見て気がついたらしい。





その話を聞いてなんとなく理解できた。





つまりあの湿った灰色のやつを乾かしてサラサラにすると火薬みたいな物になるんだ。





やはり、シンはその火薬もどきを、誰にも言わずに日夜量産していたらしい。


その集めた物で爆弾のような物を作ったのだろう。





あんなに自己主張の無い奴なのにそんな事をずっと一人で進めていたなんて。





ルーイが言うようにああいう寡黙なタイプが一番怖いのかもしれない。





本来ならその爆弾で小屋ごとデューク達をふっとばして自由を手に入れるつもりだったらしいのだが、もうその必要は無いので思う存分化け物退治に使う事が出来るという訳だ。





今シンはその準備をしに行っているらしい。





そこで僕はちょっと待てよ、と思う。


もしこんなアクシデントが起こらずにシンが計画通り火薬を使ってデューク達を爆破していたら…間違いなくわたあめも巻き添えだ。





シンはわたあめに特別な思い入れなんて無い。…と、思う。





シンの考える事なんてまったく解らないが、きっといつもの無表情で、いつもの鉱石を掘るみたいにごく自然に爆破するんだろう。





そんな気がする。





「ねぇ、音が近付いてきてる」





 ルーイの言葉にハッとなった。


合流できた嬉しさと、シンの意外な計画の話を聞いてつい気を抜いてしまった。





耳を澄ますと確かに木々を倒すメキメキという音が、確かにこちらに向かってきている。





このままここで隠れていてもいつかは見つかってしまうだろう。


早めに移動した方がいい。





そこで、ルーイに僕の考えを話した。


奴がどうやって入ってきたか、それとどこかに奴があけた穴があるんじゃないかという事を。





「確かにそれはあるかも。でもここは広いよ。どこなのかわからない穴を探しながら逃げ続けるくらいなら始末した方がいいわ」





 …確かにルーイのいう事はごもっともだと思う。


なにせルーイもシンもまだ足に鉄球がついたままなんだから。





逃げ回ってもいつか追いつかれる。


ならここで仕留めるのが一番生き残る確率が高い。





でも、それなら…。





「わかった。とりあえずシンと合流しよう。どこでその爆弾使うのか分からないけど、その時は僕がおとりになって誘導する」





 するとルーイは呆れたような怒っているような不思議な顔をした。


「その、爆弾?っていうのが私にはまだよくわからないけどさ、あんたなんでわざわざ自分が危険になるような事するの?あんたはその竜が居れば十分でしょ?一人でさっさと逃げればいいじゃん」





 これはきっとルーイの本心で、本気で僕の事を馬鹿にしているんだと思う。





僕がシンの事を理解できないように、ルーイは僕の事が理解できないみたいだ。





僕だって死にたくはないし、死ぬつもりは無い。


ただ、いい加減あいつに追い掛け回されるのも疲れたんだよ。





この世界にきてまっさきにあんなのに出会ってしまったせいで僕の人生はめちゃくちゃだ。


死にかけるしこんな所に捕まって何年も何年も奴隷として空腹と疲れと戦いながら日々を過ごし悪夢を見ては飛び起きてまた同じ日々を繰り返す。





そんな安定した地獄をあいつは壊してくれた。


それには感謝してる。


あ、あとあいつに追われたのがきっかけでわたあめと出会った事も感謝してる。





あれ、意外と僕はあいつに感謝してばかりだ。





でもそんな感謝の気持ちよりも、怒りと憤りと怨みが勝っている事はわざわざ言うまでもない。





「僕はただ、あいつを殺せる方法があるなら今ここで確実に殺せるようにしたいだけだよ。現実的に考えて自由に動ける僕がおとりになるのが一番確率を上げられるから」





「…ふぅん。ならいいわ。でもわざわざそんな危険な事するなら、死ぬんじゃないわよ」





 僕の行動理由は多分今の説明で理解してもらえた筈だ。それだけの恨みが僕にはある。





ただ、少しでもルーイが心配してくれた事は嬉しかった。





それと、そんな話をしながらもずっとわたあめを抱えて頭を撫で続けているルーイはとても微笑ましかった。











…言うと怒られるから言わないけど。



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