第17話 掴めないその手は──
「ツルギ──ツルギよ」
誰だ? こんな夜遅くに。
「わが輩じゃよ」
目を開けると、目の前にはカッチェラが立っていた。
いつものマントは羽織ってなく、どこかすこしだけ大人びた雰囲気が感じるが、騒がしくないせいだろうか。
「今まで世話になったのう、ツルギよ。わが輩がここまで来れたのも、全部お主のおかげじゃ」
そう思うならもっと感謝してくれ。
てかもう少しいうこと聞いてくれよ。
「ははっ、そうじゃな。ありがとうツルギ。最後にお主に会えて、嬉しかった……」
目の前にいたはずのカッチェラが暗闇の中にへと消えていき、見えなくなっていく。
さきほどまでふれ合っていた感触も、徐々に薄れていくのが分かる。
俺はすぐさまカッチェラを掴もうとするが、触ることが出来ない。
おいなんだよそりゃ……待て、待ってくれ!
「待てよ! カッチェラ!」
目の前にあるのは、暗い俺の部屋の天井。そこに右手をあげているのを見て、寝ていたこと思い出した。
寝汗で服は体にへこびりつき気持ち悪く、心臓の音も激しくてうるさい。
「……くそ、なんてベタな夢だよ。これじゃあまるで未練があるみたいじゃないか……」
「みれん?」
「諦められないて意味だよ……えっ?」
耳元で聞こえた声に振り向くと、何故かベッドで寝ていたはずのリリィが隣にいた。
俺を抱き枕のように抱きしめて……。
「つるぎぃ、ぬめぬめするぅ」
「……リリィさん、何をしてらっしゃるのですか?」
「ひとりじゃねむれないもん」
「いつも爆睡してたじゃねぇか!」
今までカァッチェラと一緒に寝ていたせいなのか?
にしてもいろんな場所が当たって……こっちまで眠れないんだが。
「つるぎは、どうしたいのぉ?」
「どうって、何がだよ」
「りりぃは、またかっちぇといたいよぉ?」
「……そうかよ」
「つるぎはちがうのぉ?」
「違うもなにも、カッチェラが魔王になるためには、スニールさんのところに行くほうがいいんだよ」
「なんでぇ?」
「なんでって……そりゃあ金もあって社会的地位も上で、おまけにあいつを本気で心配してる。カッチェラの願いだってなんでも叶えてくれるからだよ」
「んっ~?」
どうやらリリィお嬢様には少々難しいお話だったみたいだ。
顔をしかめて何かを考え込んでいる。かわいい。
「まあ理解しなくていいよ。もう済んだことなんだから」
「つるぎぃ」
「今度はなんだよ。早く寝ないと、明日起きれないぞ?」
「それって、つるぎとなにがちがうのぉ?」
「だから言っただろが。金とか地位があるからあいつの願いもなんだって叶うだ──」
「だってだって、それはつるぎだってそうだよぉ? つるぎだって、りりぃやかぁっちぇのおねがい、いっぱいかなえてくれてるよぉ。なにがちがうのぉ?」
「それ……は……でもあっちの方がもっとすごい願いだって叶えてくれるんだぞ? それこそ、魔王にだって……!」
「りりぃは、つるぎやかぁっちぇといっしょにいるのがいちばんすきぃー」
「プリンよりもか?」
「んっ────」
即答じゃないのかよ。
「────うんっ! かっちぇもそういってたよっ!」
「……あいつが?」
「うんっ!」
「はぁ──なぁ、リリィ」
「なぁに?」
「お前はまたもう一度、カッチェラと一緒に暮らしたいのか?」
「うんうんっ!」
首が取れるほど激しく頭を上下して、必死にふっている。
そうか、そうかよ……。
「なら明日、もう一度スニールさんに相談してみるとするよ」
我が家の大事な娘(義理)の願いだ。そう、俺は別にどちらでもいいのだが、大切なリリィのためなのだ、
なら仕方が無い。それならばここは一つ人肌脱ごうではないか。
「りりぃもいくぅー!」
「宿題は終わったのか?」
「すぴぃー……」
「都合が悪くなったからって寝るなよ……」
リリィと話をしたおかげか、先ほどまでうるさかった心臓はすっかりと収まり、服を着替えて俺は再び眠りにへとついた。
今度は悪夢を見ることもなく朝日を迎えられたが、これもきっとリリィと一緒に寝たおかげだろう。そうに違いない。
翌朝の土曜日。
月夜にお願いして、今日一日リリィを預かってもらうことにした。
その間に俺はスニールさんから聞いた住所にへと向かう。
込み入った話をする以上、リリィがいるのは得策ではない。
また帰りがけに泣かすのもイヤだしな。
月夜は「この魔法少女ルナにおまかせくださいなー」といつもの調子で快く承諾してくれたが、何かお礼をしなくてはいけないだろう。
といっても俺にできることなど、ご飯を作ることくらいだが。
「なら献立はなにがいいかねー? 女性ならやはりヘルシー系とかの方が喜ばれるのか? けど月夜の場合なんか少し変わってるかなぁ……帰りにでも聞いてみるか」
そんな考えを並べつつ、目的地へと辿り着いた。
そこにあったのは六階建てのマンション。
玄関には立派なプレートが設置されてマンション名が掘られており、花などが植えられている。
見るからに俺の家よりも四倍くらい家賃が高そうだった。
「こりゃあいいところに住んでるな……さすが秘書さん。で部屋番号は──」
玄関ホールには、呼び出し用のインターホンのボタンが付いた柱が一本、堂々と立っていた。
すげぇー、ドラマとかでよく見る高いマンションのあれだ。
教えられた部屋番号を入力して呼び出しをかける。
本当は事前に連絡をしておきたかったのが、スニールさんの携帯に電話をかても繋がらなかったのだ。
まあ、忙しい職業上、仕方の無いことだ。
土曜日だし、カッチェラだけで留守番してるかもしれない。
あ、もしかしたら高いお菓子とか食べられるんじゃないか?
そんな期待を膨らまていたところで、向こうのインターホンから声がした。
『はい。どちらさまでしょうか?』
それは、若い女性のものだった。スニールさんではないし、カッチェラでもない。
スニールさん、もしかしてメイドさんとかでも雇ってるのか? すごいな……。
「あの、スニールさんか、カッチェラはいらっしゃいますでしょうか?」
『……あの? 部屋を間違えられていませんか?』
「え?」
おや、やっちまったか俺?
「すいません、勘違いしてしまったようです」
『いえいえ、それならいいですが』
「はい、では」
俺は再び番号を確認し、インターホンをならした。
考えごとをしていて、つい押し間違えたのだろう。
『はい? どちらさますか?』
「そちらスニールさんの──」
『違います。というか、さっきと同じ部屋の者です……』
「……あれ?」
ちゃんと部屋番号を押したはずなのに、出てきたのは先ほどと同じ声の人だ。
「え? え? ちょっと待ってくださいよっ! そちらスニールさんのお宅じゃないんですか!?」
『外国人の方ですか? 私は昨日引っ越してきた者ですけど。もしかして、前にここに住んでいた方だったんですか?』
あれ? おかしいぞ? 場所も住所もマンションも部屋番号も、全部ここなんだぞ? なにがどうなってるんだ?
目の前のインターホンから流れてくる女性の声に困惑しつつ、俺はその場に立ち尽くしてしまった。
俺は警備員を呼ばれる前にマンションの外にへと出て、スニールさんにへと電話をかけた。
……繋がらない。
そこでリュックからクライムに調査してもらった報告書を出して確認するも、住所に間違えはない。
「どうなってるんだ……?」
俺はスマートフォンであるアプリを起動させる。
すると一つの場所が赤く光った。
とあるマンションの一室のインターホンの音が、部屋中にへと響き渡った。
その音は、ベッドで眠っていたネグリジェ姿の美女の目を覚まさせるには十分の音量だった。
「いま……何時かしら……?」
枕元にへと置かれた腕時計を確認すると、午後の四時。
昨日は仕事も遅くまでかかり、久々に自分のご褒美としてご馳走も食べ、気持ちよく眠っていたところなのだ。
それを邪魔したインターホンの音に苛立ちが募る。
今だインターホンは鳴り響き、止む気配がない。
「誰なのよ……一体!」
下の警備員たちは何をしていたのだ?
そんな苛立ちを足音にへと乗せて、ベルを鳴らす相手に怒気を飛ばした。
「うるさいのよ! 何度も何度も!!」
目をこする彼女に返ってきたのは、男性の声だった。
『いてくれて助かりましたよ。スニールさん?』
「っ!」
驚愕でカメラをすぐさま見た。
そこに立っていたのは歪身剣気。
最近知り合い、自らが仕える主の妹・カァッチェラを育てていた青年が、玄関の扉一枚向こう側の廊下にへと立っていたのだ。
何故ここに?
どうやって入ってきたのか?
そんな疑問を感じつつ、スニールは一度冷静になる。
『えらくお疲れのようですが大丈夫ですか?』
「昨日は仕事が遅かったもので疲れが貯まっていたんです。怒鳴ってしまってごめんなさい……」
『いえいえ、こちらこそいきなり押しかけてすいません。なにぶん電話が通じなかったものですから』
「眠っていたから気づかなかったのね。私としたことが」
『ところでカッチェラはいますか? 会いたいんですが』
「カッチェラ様なら、今私の部下と一緒に買い物に出かけておりますよ。今日はもしかしたら帰りが遅くなるかもしれません」
『ほうほうなるほどなるほど……それならちょうどよかった! 実はスニールさんと二人で話したいことがあったんですよ。入れてもらっても大丈夫ですか?』
カッチェラに会いたいと言っていたのに、いないと分かればちょうどいい?
剣気の目的が分からず、スニールは困惑を隠せない。
「生憎私、昨晩から具合が悪いみたいなんです。移しては悪いから、また日を改めさせてはもらえませんでしょうか?」
『それは大変ですね……では直接あって聞きたいことが一つあるのでそれだけいいですか? 玄関ごしでもいいので、顔を見せてはくれませんか?』
「……それくらいなら」
玄関の扉にチェーンを付け、扉を開けた。
そのわずかな隙間から、剣気が顔を出す。
「おわっ!? すいません!!」
ネグリジェ姿のスニールに、剣気はすぐさま手で目を覆った。
「いえ、いいですよ。それで質問ってなんですか?」
「いえね、カッチェラがちゃんと、俺のあげたキーホルダーを肌身離さず持っているのか気になっちゃって。てへぇ!」
そんなことを気にしていたのかこの男は。
スニールは剣気の意外な乙女趣味に少しどん引きしつつも、いやいやながら答えてやった。
「ええ持ち歩いてますよ。それこそこれでもかってくらい、大事に持ってましたから」
「そうですか。スニールさん、実はあのキーホルダー、ちょっとした仕掛けを施しておいたんですよ」
「……どういうことですか?」
目の前の青年の声のトーンが一気に代わり、さきほどまでバカみたいに騒いでいたのとは打って変わって低くなる。
「昔ダンジョン漁ってる時に見つけた、魔力が込められた石を入れておいたんですよ。魔力だから場所に関係なくアプリで居場所が分かるし、デュラハンの件もありましたから保険に付けとこってね」
スニールは小さくのどを鳴らした。
「それでねスニールさん。今居場所を検索すると、何故か俺の目の前に表示が現れるんですよ。不思議ですよねぇ? カァッチェラは今ここにいないていうのに」
「なにが……言いたいのかしら?」
剣は、「はぁー」、と心底深いため息をついた。
「それわざわざ聞いちゃいます?────カッチェラに一体何しやがった」
「ふっ、ふふっ、ふはははははっ! フン!」
スニールの背後から放たれた二本の白い鞭のようなもの。
それは扉の隙間から、剣気目掛けて放たれた。
「っ! 【逃走】!」
「待ちなさい! 貴様だけは生かして返さない!」
悲痛なまでの断末魔を背中越しで聞きつつ、剣気はエレベーターのある場所目掛けて走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます