第16話 最後の七日間

 次の日の日曜日。

 スニールさんにもらった名刺に書かれた携帯番号に連絡し、直接話しをするため、再び前にあったファミリーレストランで待ち合わせをした。

 約束の時刻丁度にスニールさんは顔を見せ、二人で店にへと入った。


「ありがとうございます、ツルギさん。これもあなたさまのおかげです」


「いえ、俺は何も……カッチェラが決めたことですから」


「それで、カァッチェラ様を預かるのは、来週の金曜日。学校が終わった後でもよろしいでしょうか?」


「次の日も休みですし、そうですね。ではその日程でお願いします。その間に住所の変更とかはこちらでしておきますので」


「いえ、そこまで手を煩わすわけにはいきません。カァッチェラ様に渡しておいてもらえればこちらでやっておきますので、カッチェラ様との時間を大切にしてあげてください」


「そうですか? それは大変助かります」


 手続きというのは何かと厄介だし、記入ミスしても面倒だ。ここは優秀なお姉さんのスニールさんに任せることにしよう。


「はい! 魔王様の配下の腕をなめないでくださいよ!」


 よほどの自信があるのだろう。やる気満々だ。


「そうだ、スニールさん。一つ、話しを聞いてくれませんか?」


「はい、なんでしょうか?」


 俺は照れくさくて恥ずかしい感情を必死に押さえ込み、言う。

 これだけは、どうしても知っておいてもらいたかったから。


「スニールさん、あいつは……カッチェラは魔王になりたいんです」


 力も無く、弱くて、周りから馬鹿にされ続けても、あいつは今もその夢を諦めてはいない。

 簡単に諦めた俺とは大違いだ。本当に自分が惨めすぎて仕方が無い。


「か、カッチェラ様が、そのようなことを……?」


「だからお願いします……カッチェラの手助けをしてあげてください……っ!」

 

 もう夢から逃げ出してしまった俺なんかと違って、カッチェラには夢を追いかけ続けてほしい。

 できることなら、才能がないやつでも夢を叶えられるって、俺にそう見せつけてほしい。

 だが──そこまで辿り着くには俺ではあまりに役不足だ……。


「そうっ……なんですねっ……すいませんっ……そうですかっ……!」


 スニールさんは手で顔を覆った。

 声は鼻声が混じり、肩をふるわせながら、目の端に貯まる涙の粒をハンカチで拭き取る。


「分かりました。そのことをしかと胸に刻み込んでおきます」


 スニールさんがそう了承してくれたことに俺は安心し胸を撫で下ろした。

 どうやら、頑張った甲斐はあったようだ。


「ツルギさん。やっぱり、あなたの元にカッチェラ様がいてよかったです。本当にありがとうございます……!」


「いえそんな……」


 その後別れた後、俺は足を進ませながら自宅にへと向かった。

 カッチェラと過ごす最後の7日間のことを考えていると、自然と足のスピードが上がっていき、気づけば走り出していた。

 少しでもカッチェラと過ごす時間を長くするために。


「本当……俺、変わちまったな」






 そうはいっても、特別何かをしたわけでは無く、いつもと変わらない日々を過ごしただけだった。

 それがカッチェラが望んだ事だったから。


「別に何か特別な事をしたいわけではないの、最後までお主たちと暮らせればよいのじゃ」


 カッチェラが言った通りの日常。

 朝から大量に作った朝食を食べさせて学校にへ登校。このときは俺も加わった三人で行った。

 モデルのようなプロポーションのリリィがランドセルの背負って俺の腕を捕まり、小学生にしか見えないカッチェラと手を握っていたため、周りの目線がすごかったが、とにかくいつもの日常だった。


 その後は俺もあるところに行って要件を済ませ、カッチェラたちを迎えに行き帰宅。

 夕食は事前に作っておいたものをフライパンで温め直し、カッチェラとリリィからその日あった出来事を聞きつつそれを食べた。


 食後はカッチェラとリリィが宿題を終わらせている間に、俺は洗濯物を片づけて、大体十時頃に就寝した。

 今まではカッチェラとリリィがベッドで寝て、俺は床に布団を敷いて眠っていたが、この一週間は三人仲良く川の字を作って寝た。

 リリィが抱きついてきたり、カッチェラが寝ぼけて顔にキックをかましてきたりと、色々な意味でなかなか眠れなかったが、とにかく寝た。


 そんな何気ない一週間は瞬く間に過ぎていき、カッチェラが行ってしまう前日の木曜日。

 その夕食だけは、いつもと違った。

 月夜も呼んで、わが家でカッチェラのお別れ会を開いたのだ。

 四人で大量の料理の乗ったテーブルを囲み、コップを持ち上げる。


「それでは、カッチェラが魔王になって帰ってくることを願って、乾杯ー!」

「かんぱいなのじゃ!」

「ぱーい」


「かんぱいでーす」


 全員のコップが当たり、ガラスの綺麗な音が響いた。


「にしても、一週間なんてあっという間だったな」


「楽しき日々をいうのはそういうものじゃな!」


「カッチェラちゃんも、また今度クエスト一緒に受けようね」


「もちろんじゃ! わが輩はいつでも待っておるからのぉ!」


「っ、かぁっちぇいかないでー!」


「こ、これリリィよ……泣くでない……」


 リリィはカッチェラにへと抱きつき、カァッチェラの胸に顔を埋めて服を少しずつ濡らしていく。


「なにも永遠の別れじゃないのじゃ。住む場所が変わるだけで、またすぐにでも会える」


「ほんとぉ?」


「うむ、約束じゃ!」


 そう言って、リリィとも指切りをかわしてた。


「カッチェラちゃん。これもしよかったら使ってよ」


 月夜はカッチェラに一つの包みを渡した。


「おお! ありがとうなのじゃルナよ! して、なんじゃこれは?」


「気に入るかどうか分からないけど、多分カッチェラちゃんの好きな物だと思うよ」


 包装紙を開けると、中から出てきたのはなんとマントだった。表は黒色だが裏地は青色で、肩などには装飾品のようなものが付けられている。


「こ、これは!」


「カッチェラちゃん、いつも同じマント羽織ってるからねぇ、代えがあった方がいいんじゃないかと思ってネットで探してみたんだぁ」


「素晴らしいぞ! ルナ! これはよい! よいぞ!」


 早速そのマントを羽織って、くるくると回ったり、ポーズを決めるカァッチェラ。

 その風貌は、魔王というよりも……なんか違う物に見えた。


「なぁ、月夜。もしかしてあのマントて……」


「お、先輩気づきました? そう、あれこそアニメ『魔法少女ファンタジア』のライバルキャラ、サタンクィーンが付けていたマントですよ? ふふふ! どうやら私の見立てに間違いは無かったようですねぇ? バッチリ似合ってますよ!」


「そのアニメは知らないけど、やっぱり魔法少女関連か……」


「そうすよー。でもカァッチェラちゃん本当似合いますねぇ……! 写真撮ってもいいすか?」


「もちろんじゃ! じゃんじゃん取るがよい! ふはははは!」


 ぷち撮影会を開催しているところ、リリィも何か持ってカッチェラに突き出してきた。


「はいっ、かぁっちぇ」


 包みは大きな長方形をしていたが、なんとなく形で入っているものが予想できた。


「なんと! リリィもくれるのか!」


 リリィが渡したのは、黒地に魔王らしいキャラクターが小さく刺繍された枕だった。眠るのが大好きなリリィらしいチョイスだ。

 というか、今日のお別れ会の買い出しで二人して抜け出していたのは、これを買うためだったのか。


「おこずかいでかった」


「そうか! わざわざすまぬなリリィよ! 大事に使うぞ!」


「んっ」  


 カッチェラに抱きつかれてリリィはどこか照れくさそうにしているのが、見ていて微笑ましかった。


「つ、ツルギももしやなにか……?」


「あ? ねぇよ。んなもん」


「な、なんじゃと!」


「その代わりに今日のご飯は手の込んだものを作ったんだ。それで勘弁してくれよ」


「そ、そういうことなら……」


「ところで先輩。さっきから一体何を焼いてるんすか?」


「この季節には珍しいし、俺も作るのは初めてなんだが……できたか」


 調理が済んだ音が聞こえて、オーブントースターから俺はそれを取り出した。


「てってれぇ~、鳥の丸焼きだ」


 パリパリに焼けた鶏皮が音を立てて出来たてであることを教えてくれる。


「う、美味そうではないか!」


「いい……におい」


「先輩こんな物まで作れたんすか? 料理系男子すか? これ以上主人公属性増やしてどうするんすか? 私達攻略しちゃうんですか? んぅ?」


「知らねぇーよ。こいつらの飯作ってたら勝手に上達しただけだ。それに最近じゃネットに作り方も書いてあるしそんなに難しくはないんだよ。後、焼いたときに出た残り汁でスープも作ってみた。飲んでみてくれ」


「うむ! 美味い! 美味いのじゃ! ツルギ!」


「まーうー」


「カッチェラもリリィも、食いながら喋るなっていっただろ? あ、ほらリリィ、口から垂れてるだろうが……」


「ほ、ほほうー……これは中々。なんですか先輩、この料理の美味しさは? 遠回しに私に『裸になれ』と言ってるんですか? いいでしょう、受けて立ってあげますよ。オタクの渾身のリアクションを舐めないでくださいよ、美味あああああああああああいっ!!」


「おいばか脱ぐな! 俺が逮捕されるだろうがッ!!」


 最後の最後まで騒がしい一日だ。本当に疲れる。

 でもまあ、今日ぐらいはいいか。

 今日ぐらいは、何もかも許してやろう。






 学校が終わった放課後。

 俺は両世学園の校門前にて、スニールさんと共にカッチェラたちを待っていた。

 たくさんの生徒が学園から出て来るのに混じって、カッチェラとリリィの姿が見えた。

 カッチェラは俺たちを見つけた途端、リリィの手を掴んで走り出してきた。


「待たせたのう! ツルギ、スニール」


「そう焦るなよ。引っ張られてリリィも疲れてるだろうが」


「もう……なれたー」


 つかみ所の分からない口調でそう言うリリィは、何かを悟ったような表情をしていた。

 子供て、勝手に育つものなんだな……。

 そんなリリィの成長に少しばかりの感動を覚えつつ、遅れて月夜も学園から出てきた。


「すみませんすいません、結構遅れちゃいましたか? 一応Bダッシュ全快で走って来たんすけど」


「いや、カッチェラたちも今出てきたばかりだ。にしても見送りまで付き合ってくれてありがとうな」


「いやー、私もカッチェラちゃんの配下すからねぇ。ちゃんとお見送りしたかったんすよ。別れのシーンでいないとか、主要キャラじゃないみたいで、なんかいやじゃないですか」


「それはよい心がけじゃルナ! ツルギも見習ったらどうなのじゃ?」


「あーさみしーですねー」


「こやつは……最後の最後まで……っ!」


「最後て言っても別に学校まで変わる訳じゃないだろうが。またすぐ会えるさ」


「それは……そうじゃが……」


「それではカッチェラ様、そろそろ行かれますか?」


「んっ、それもそうじゃな……。このままでは、いつまでもここにいてしまうしのう……」


「お荷物の方は既に私の住まいに送られてありますのでご安心してください」


「それではこれから世話になるが、よろしく頼んだぞ。スニールよ!」


「畏まりました。一分一秒たりともカッチェラ様のお側を離れたりいたしません!」


「そ、そんなに張り切らなくもよいのじゃぞ……?」


 鼻息荒く迫るスニールさんに、流石のカッチェラも少し引き気味だ。


「それではなツルギ、リリィ、ルナ。ひとときの別れではあるが、また会おう」


「カッチェラ」


「どうしたんじゃ? ツルギ」


 俺はポケットにしまい込んでいたある物を取り出した。

 今日ようやく手に入ったある物を。


「これ、やるよ」


 それは、目のないギザギザ歯を出し笑う、悪魔のようなキャラクターのぬいぐるみキーホルダー。それを、カッチェラの手のひらに置いた。


「こ、これはわが輩が欲しかった使い魔ではないか!!!」


 そう、かつて中野ブロードウェイのゲームセンターでカァッチェラが欲しい欲しいと言っていたUFOキャッチャーの景品であり、ゲーム不得意な俺は今日の昼過ぎまで頑張ってプレイしていたのだ。

 ギリギリ間に合ってよかったぜ。


「ネットとかで誰かが売ってるやつ買えば早かったんだろうけど、やっぱり自力で取った方がいいと思ってな……」  


「すごい! すごいのじゃツルギ! よくやったのじゃ! ありがとうなのじゃ……すごくうれしいのじゃ……!」


「ならよかったよ。頑張って取ったんだ、できれば肌身離さず持っててくれ」


「当たり前じゃ! 死んでも手放すものか!」


「門出を前に、不吉なことを言うなよ……」


「それほどまでにうれしいと言う事じゃ! ありがとうなのじゃ、ツルギ! やはりお主は、最高の配下じゃ!」

「……ああ」


 今度こそカッチェラはスニールさんの用意した車にへと乗り込み、車はそのまま走って行く。

 窓からカッチェラが身を乗り出し、手を振ってきた。


「またのー! わが愛しき配下たちよー!」


「っ、やぁ……! かっちぇっ!」


 やはり別れが耐えきれないのか、リリィは車を追いかけようと走りだそうとするが、俺は優しくリリィの肩を掴む。


「落ち着けリリィ。また月曜日に会えるさ」


「そうすよ。都内に住んでますから、落ち着いたらみんなで会いに行きましょう? リリィちゃん」


「うぅ……」


 そうさ、これでよかったんだ。アイツの夢を叶えるためなら。

 俺はリリィを止めながらも、そう自分にへと言い聞かせた。

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