第15話 遠い憧れに月下の誓いを

「これが頼まれてた物だ。大方、悪いやつじゃなさそうだぜ?」


「そうか」


 そう言って、クライムはコーヒーの入ったマグカップを掴み、豪快に飲み上げた。

 クライムにスニールさんの近辺調査をして三日後。

 調査報告を聞くため、新宿にあるとある喫茶店で待ち合わせていた。

 机に出された資料を見に通していくも、確かにクライムの言うとおりスニールさんに特別怪しいところは見受けられない。


「にしても珍しいな。お前が俺に依頼するなんて。これりゃあそれ相応の代金をいただかないといけねぇなぁ?」


「だから頼まねぇんだろが。お前の依頼費は高すぎるんだよ」


「それりゃあ俺、異世界あっちじゃプロだったからな」


 見た目こそ筋肉質で大柄のため誤解されやすいが、クライムの異世界での仕事は隠密行動を得意とするアサシン。

 そのため報酬さえ払えば、どんなことでもある程度調査してくれるのだが、俺に関しては妙に金額をふっかけてきやがる。勘弁してほしい。

 

「いつもは大手企業の秘書さんで、休日も基本、仕事をしてる感じだな。さすが魔王の配下さまだ、よく働くねぇ。後は、路頭に困ってる魔族達に住処を提供したり、魔族の子供たちの通う学校に寄付したりと、慈善活動にも力を入れてるな」


「よくやるよ。どんだけ金が余ってるんだ、羨ましい」


「ははは! 確かに貧乏人のツルギとは大違いだな!」


「ほっとけ」


「それでツルギ、どうしてお前、俺にこの人を調べさせたんだよ? まだ理由を聞いてなかったよな」


「ノーコメントだ」


「カッチェラちゃんのためだろ」


 この野郎……分かっていながら聞きやがったな……。

 今すぐにでも、そのにやけ面に拳をたたき込んでやろうか……?


「分かってるのなら聞くな」


「はぁー! 変わったなツルギもよぉ。これはあれか? ラブなのか? 一緒に暮らしている内に、愛が芽生えちゃったのかぁ?」


「違ぇよ。単純にカッチェラがもしあの人のところに行くていうのなら、しっかりと知っておいた方がいいて思っただけさ」


「はは、ならそういうことにしておいてやるよ」


「ああ、そうしとけ」


「まあ確かにいい人そうではあるな。魔族だけどな。金もあって地位もあって文句なし。あーあ、俺もこんなお姉さんと一緒に暮らしたいぜぇー」


 クライムの戯言を流しつつ、俺は事前に用意してた現金の入った封筒を机の上にへ出した。


「ほら、約束の報酬だ。色々とさんきゅーな。それじゃあ俺は行くからよ」


「なあツルギ」


「今度はなんだよ? くだらない話しはまた今度に──」


「お前は、あの子の事をどう思ってるんだよ」


 クライムの瞳は真剣であり、先ほどのおふざけモードではなかった。

 

「はぁー……どうて、単なる保護者だろうが」


「お前がそう言うのなら別にいいさ。だがな、いつまでも本音を隠したままだと、後々後悔するぜ、色々とよ」


「……それは、クライムの学んだ教訓か?」


「俺も色々とあったんだよ。『人に歴史あり』てやつだな!」


「そうか。なら、肝に銘じておくよ」


 それだけを言って、俺は喫茶店を出た。






 クライムからの報告を聞いた日の夕食後。

 後片付けを終えると、部屋にはリリィだけしかおらず、ご飯でお腹をいっぱいにしたせいかまた眠っていた。


「寝る子は育つていうが……一体どこまで育つきなのかね、この子は……」


「ん~っ……」


 頭を軽く撫でてやると、嬉しそうな顔をリリィは返してきててくれる。

 それが嬉しくてリリィを撫でていると、夜風が入り込んでいることに気づいた。

 閉めたカーテンが微かになびいており、ベランダにへと出るとそこにはカッチェラが空を見上げていた。

 俺も隣に立って空を見上げてみると、手前の高級マンションとうちのアパートが並ぶ隙間から、丁度丸く輝く満月が顔を出していた。

 まるでそれは深い穴の底から見ているようで、月がとても遠くにあるように感じる。

 カッチェラはその月に両手を伸ばして、何かを掴もうとしているかのように、手のひらを開いては閉じている。


「何してるんだ?」


「ずっと考えておったんじゃ。どうするかを──」


 確かにここ最近いつも上の空であり、今日もせっかく作ったおかずが大量に余ってしまった。明日しっかりと食べてもらわなくてはならないが今の様子では難しそうだった。


「お前的にはどうなんだよ。スニールさんとは知り合いなんだろ?」


「正直まだ迷っておる。ツルギやリリィと過ごすのはとても楽しい。すごく楽しいのじゃ! 本当じゃぞ? こんなに毎日が楽しいのは、父様がまだ一緒にいてくれた頃以来じゃ!」


 そやって笑う彼女の顔を見て、俺はスニールさんの話を思い出していた。


「スニールさん聞いたよ、お前が異世界にいたときの話を」


「……そうか」


「お前はなんで、そこまで魔王なんかになりたいんだよ。そんなに──くそザコなのに」


「はっきり言い過ぎじゃ! もっと優しく言えんのか! さすがのわが輩でも泣くぞっ!」


 いつも泣いてるじゃねぇか、弱いのも事実だし。

 涙目を拭きつつ、カッチェラは胸を張り体勢整え直した。


「前にも言ったじゃろ、わが輩は魔王の娘で、魔王に憧れた! 父親の姿を見て子がなりたいと思うのは普通じゃろうが!」


 今度は得意げに笑ってて、俺はその顔が気にくわなかったのだろう。だからきっと、こんなことを口走ってしまったのだ。


「本当に自分が、魔王の娘だと思ってるのか?」


「なっ、それはどういうことじゃ……?」


「お前は、魔王がどこかから連れてきた子供なんだろ? それなのに、なんでそんな自信満々で断言できるんだよ……!」


 何言ってんだ。俺。

 そんなことを聞いても、カッチェラが困るだけなのに……。

 ほら、先ほどまで元気よく笑っていたカァッチェラの顔に影が出ちまったじゃねぇか……。


「確かにそうじゃな……よく周りから聞いた台詞じゃ。『何処の誰かも分からないよそ者』とな」


 だが、それでも口元の笑みまでは消えていなかった。


「じゃがなツルギよ? 父様は少しの間とはいえ、わが輩を育ててくれたのじゃ。娘だとも言ってくれた。例え血の繋がりが無くとも、わが輩の父はナイトメア・カオスロードに他ならん! それにこのマントも父様からもらったものなのじゃよ。じゃからあの辛かった頃も耐え切れた……」

 

 カッチェラは大事そうにマントを撫でている。まるで、誰かとの絆を確かめるように。


「父様を見て、すっごく憧れた! 

 かっこいい魔王に!

 優れた魔王に!

 皆から慕われる魔王に! 

 それを間近で見てきた。

 だから、血のつながりなぞ関係ない。

 わが輩はそんな魔王に憧れた。だからなりたいんじゃ!」


「……そうか」


 無自覚に出てしまった嫌みすら効かねぇとか……どこまで強いんだよ……お前は……ならもう、話は決まってしまったじゃないか。


「カッチェラ、悪いことは言わない。スニールさんのところへ行け」


「やはり……そうなるか……?」


「ああ、あの人はお前を魔王にするための準備も、収入も、理由もある。何をとっても文句なしだ」


 俺では到底太刀打ちが出来ないほどに。


「スニールさんは、今までお前を助けられなかった『罪滅ぼしがしたい』て言ってた。きっとお前が魔王になれるよう色々と手助けしてくれるはずだ」


「ツルギは……どうなのじゃ? わが輩と一緒にいたくないくはないのか?」


「それは……」


『お前は、あの子の事をどう思ってるんだよ』


 今日聞いたクライムの言葉が蘇る。


 俺は……どうなんだ? 一体どうしたいていうんだ? 

 俺はカッチェラに魔王になって欲しい、できることなら夢を叶えてあげたい……。

 なら一体……俺に……何が出来るていうんだ……?


「俺は……俺には……無理だ……お前を魔王にまで押し上げてやれるほどの力も金も……何もない……」


 ああそうだ。

 悔しいほどに、俺は何も持ち合わせてはいない……。

 あるのは逃げるだけが取り柄の、役立たずな能力だけだ。


「そんなことはないぞ、ツルギ」


 俯く顔を上げると、そこには満面の笑みを浮かべたカッチェらの顔があった。


「お主もまた、わが輩を助けてくれたではないか。今ではリリィやルナ、そしてたくさんの配下もできて学業だって学んでおる。それもこれも、全部ツルギがしてくれたことではないか!」


 ……何子供に慰められてるんだよ、俺は。たく、どんだけ情けないんだ俺はよぉ。


「確かにお前達のおかげで、自炊の腕とか節約術に関して大分上達したな」


「うるさいわ! せっかく主が直々に慰めておるというのに!」


「はいはい……は、はははっ!」


 たく、本当お前は面白いやつだよ……こっちまで笑えてくる……。


「よし、決めたぞツルギ! わが輩はしばらくの間、スニールのところに行くとする」


「しばらく?」


「そうじゃ、大切な配下たちを放ってはおけるものか! スニールの手助けを借りて、わが輩は必ず、立派な魔王としてお前達の元に返ってくるぞ!」


「そりゃ……楽しみだな……」


「うむ! そうじゃろ! そうじゃろ!」


 カッチェラは指を出してくる。小指だ。


「この世界では『指切る』なる誓いごとがあるのじゃろ? 学校で教わったぞ」


「『指切り』だ」


 物騒すぎるだろうが。

 そう思いつつも、俺とカッチェラは指を結んだ。


「指切りげんまん、嘘ついたらハリセンボントカゲのますの、じゃ!」


「なんか俺の知っている指切りと違うんだが?」


 まあいい、これもいわばお約束というやつさ。


「これでわが輩と貴様は永遠の誓いを立てたのじゃ。その時が来るまで楽しみにするがよい!」


「じゃあ、お前が魔王になったらいい役職くれよ。楽で高収入なやつ」


「何を言っておる。その時はわが輩の右腕として働いてもらうに決まっておるじゃろうが! 期待しているぞ?」


「ブラック企業だけは勘弁な」


 俺たちはそう言って笑いながら、同じ月を見上げた。

 そうだ。また会うときまでに、俺も何か一つでもいいからこいつに誇れるものを作っておこう。

 恥をかかない程度のものを必ず。

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