第14話 悪くない話・碌でもない話
「粗茶ですが」
「ご丁寧にどうもありがとうございます」
机を挟むようにして、俺とカァッチェラの向かいに座るスニールさん。ちなみに、リリィは俺たちの後ろにあるベッドで布団を抱きながら寝てしまっている。
俺の横で座るカッチェラは先ほどから体を硬くし珍しく黙り込んでいた。顔も緊張した面持ちだ。
「お主もこちらに来ていたとは驚いたぞ?」
「カッチェラ様もご無事で何よりでございます。城から姿をお見かけしなくなって心配しておりましたが、こちらにへと飛ばされていたのですね……」
「そ、そうじゃなぁ……ところでスニールよ……お主がおると言うことは……もしや、バッカスお姉様もこちらの世界におられるのか……?」
「いえ、私だけがこちらの世界にへと飛ばされたのです。もう二年は経ちますでしょうか……」
過去でも思い出しているのだろうか。スニールさんは遠くを見つめている。
「そ、そうじゃったのか……お主も大変じゃったのう」
「あの、次から次に話進めてるところ悪いんですが」
俺は先ほどから気になっていたことを問いただした。長い間分からなかった最大の疑問。
「カチェラて、本当に魔王の娘なんですか?」
「はい。カチェラ様は我らが仕える魔王様がもうけられた十三番目のお子様でございます。ご存じでなかったのですか?」
「い、いやぁ……」
「こやつは、今このときまでわが輩が言ってたことを信じておらんかったのじゃ」
スニールさんの目線が急に鋭くなる。怖ぇ!
「確かに、こちら側のお方でしたら信じられないのも無理はないのかもしれませんね。それで、今日来たのは他でもありません──」
スニールさんは何気ない口調で言葉を告げた。
「カッチェラ様を引き取りとりたいというご相談をしに参りました」
「なっ!」
「カッチェラを……引き取りに……」
「はい。元々私はカッチェラ様の姉にあたる、バッカス・カオスロード様にへとお仕えしていた従者。その妹君であるカッチェラ様がこちらにおられると分かった以上、黙って見ているわけにはまいりません」
スニールさんはハッキリとした口調で、以下の主張の述べた。
「カッチェラ様を育てるにも、万全の準備がこちらにはあります。職にもちゃんとついており、今はこちらの方で秘書業をしております」
鞄から出してきたのは、一枚の名刺。
そこには今大手企業で有名な会社のロゴマークがプリントされ、スニールさんの名前が書いてあった。
見たところ、本物ぽい。
「秘書とは大変ですね。忙しい職業と聞きますが、よく休みなんて取れましたね」
「カオスロード家に仕える従者ならば肩慣らし程度の業務内容です。ですので結構お暇をいただけるのですよ?」
スニールさんは自信ありげに眼鏡を上げた。
その風格はまさに、できる女性そのもの。
「私は少しでもカッチェラ様のお役に立ちたい思っております。どうか一度、考えてみてはもらえませんでしょうか」
「どうする? カッチェラ」
「わが輩は……」
カッチェラは困惑し、目が泳いでいた。
指を忙しなく動かしていることから、迷いを感じているのがうかがえる。
それもそうだよな……いきなり昔の知り合いに「あなたを養いたい」とか言われたら困惑するよな。俺ならすぐ乗るけど。
「──すまぬ……スニールよ……少し考えさせてくれなのじゃ……」
数分の沈黙があった後、カッチェラは重そうに言葉を吐き出した。
こいつなりに必死に考えたのだろう。
今だ「あー」やら「うー」と、迷いの言葉を唱えている。
そんなカッチェラを見て、スニールさんは優しい表情で笑いかけてきた。
「それもそうですね。すみませんカッチェラ様。私、少し急ぎ過ぎておりました……。カッチェラ様を見つけて舞い上がりすぎたのかもしれませんね」
「スニールの気持ちは……本当にうれしく思っているのじゃぞ? じゃが……」
「分かっております、カッチェラ様。それほどまでに、ここの生活が気に入っておられるのですね」
「そ、それはっ! いや! あのじゃなっ!」
肩が跳ねて、あわあわと手を宙で動かしている。
図星かよ。えらく分かりやすいリアクションだな。
「ふふふっ。でもカッチェラ様が楽しそうでよかったです。本当に心配しておりましたから安心いたしました」
スニールさんはそう笑いつつ立ち上がる。
「それでは、今日は帰らせていただきます。カッチェラ様、またお会いしましょう」
「うむ! スニールも雨が強いから気をつけて帰るのじゃぞ」
「はい。ところで剣さん」
スニールさんは俺に顔を近づけ、小声で話しかけてきた。
わずかに香る香水が、鼻をくすぐる。
「お話しておきたいことがあるのですが、お時間よろしいでしょうか?」
「カッチェラ、スニールさんを駅まで送ってくるから留守番しててくれ。昼飯はもう出来てるから、リリィと一緒に先に食べてていいから」
「本当か! 任せるがよい! わが城じゃ。しっかりと守ってみせようぞ!」
「ああ、それじゃあ行ってくる」
俺はこっそりと財布だけを持ち出して、玄関を出た。
スニールさんと共に向かったのは、道路沿いに面した近くにあるファミリーレストラン。
雨の影響か、席に座る人は少なく、俺たちはドリンクバーを注文して席にへと座った。
「先に御礼を申し上げておきます、剣さん。ありがとうございます。今までカッチェラ様を守っていてくださって」
「そんな大層なお礼を言われるほど、俺とアイツの関係は長くないですよ。会ったのなんて二ヶ月くらい前ですから」
「そうなのですか? それにしてはえらく仲がいいように見えましたが」
こちらをおちょくってくるように、口元に手を当ててクスクスと笑ってくるスニールさん。
先ほど受けた大人びた印象とはまた違い、その仕草は少し子供っぱかったが先ほどの発言は聞き捨てならない。
仲がいい? 冗談だろ。
もやもやをすっきりとさせるため、持ってきたコーラを喉にへと流し込む。
「それで、俺に話したいことてなんですか? まさか俺で遊ぶためにわざわざ呼んだわけじゃないですよね」
早く本題に入って欲しい。綺麗なお姉さんと一緒に過ごすのは好きだが、生憎今日は早く帰って洗い物や洗濯をしなくてはいけないのだ。早く返してほしい。
「すみません。カッチェラ様と無事会えて気分が高揚してしまいました。気をつけなければ」
スニールさんは先ほどの生真面目お姉さんモードにへと戻ったらしく、顔が引き締まり真剣な空気を醸し出す。
「カッチェラ様の面倒を見ている剣さんには知っておいてもらいたかったんです。異世界にいたときのカッチェラ様の話を」
異世界にいた……つまり、カッチェラの過去の話ということか。
「きっと、カッチェラ様はまだお話しされていないのでしょう?」
「それは……ええ」
確かに会った当初に一度聞いて有耶無耶になっていたが、カッチェラの過去は謎ばかりだ。
スニールさんの話を聞いてカッチェラが実際に魔王の娘であることが分かった以上、その謎は深みを増した。
何故、ダンジョンの最果ての宝箱の中にいた?
何故、魔王の娘でありながらステータスが低い?
何故、人間にすらある魔力を魔王の娘であるカッチェラが殆ど持っていない?
駄目だ……今だ皆目見当が付かない。
「少し辛いお話にはなりますが、心して聞いてください」
なんだ? 一体カッチェラの過去に何があったていうんだ……?
「カッチェラ様は、魔王の娘であられながら城にいた魔族、いえ、モンスターからにすらいたぶられ、弄ばれていたのです」
「カッチェラ様は魔王様がある日突然連れてきたお子様でした。実の子供と言い張ってです。ですが、知っての通りステータスは低く魔力は無い。
それ故に、他のご兄弟姉妹様からはあざ笑われておもちゃにされていました。モンスターたちからすらも下に見られ、いじめの標的となっていたのです」
……嘘だろ?
あの、いつも明るいカッチェラが?
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、なら実の父親の魔王は何してるんだよ! 自分の子供がそんなにいたぶられて止めないのかよ!?」
「魔王様は大変ご多忙で、向こうの世界の人間界へ頻繁に出向いては、魔族と人間たちが平和に暮らすために、年中休まず働き詰めの毎日を送っておられるのです。城にも中々戻っては来られません。故にそのこともご存じないのでしょう……」
「それなら他の配下とかが教えたりとか!」
「それほどまでにカッチェラ様は、彼らにとってはどうでもいい存在なのですよ。なにせ、いくら魔王様が言おうとも、何処の誰かも分からないお方ですから……」
「あんたは……どうだったんだよ……?」
「……情けない話です。私も、『かわいそう』と思いつつ、実際に止めることは出来ませんでした……。なにせそれをしていた一人は、我が主ことバッカス様でしたから……」
なんだよ……そういうことかよ……。
俺の中で今まで引っかっていたものが、一つずつ組み上がっていく。
「カッチェラ様の左の角が折れているのも、その時にできた傷の一つです。
そんな日々が長く続いたある日、彼女は城から姿を消しました。噂では近くのダンジョンの奥地を寝床にしていると聞きましたが……」
ああっ……くそが……そういうことかよ……全部が全部繋がりやがった……!
だからアイツは、ダンジョンなんかに住んでたんだ。
城から居場所を失ったから。
だからアイツは、力が無いんだ。
誰の子かも分からないから。
『わが輩は必ず魔王になるぞ! ツルギよ!』
最初から無理だったんじゃねぇかよ……お前の夢は……。
最初からお前は、何一つとして持ち合わせちゃいなかったんじゃねぇかよッ!
なのになんで……何でお前はそんな状況にまで追い詰められて、まだ心が折れてねぇんだよ……?
俺なんかとは……比べものにならないほどに力も味方も……何もないていうのに……っ!!
「私がカッチェラ様をお引き取りしたいと思っているのは、過去の罪滅ぼしでございます。この世界で自由となった今ならば、カッチェラのお世話をしても誰かに文句を言われることもないでしょうから……」
スニールさんは机の上に手を付き、頭を付け、深々と顔を下げてきた。
「全身全霊をかけて、カッチェラ様に尽くします。どうか私に、罪滅ぼしをさせてください」
それはまるで何かに祈るようで、惨めな俺には見るのが辛く、目を背けてしまった。
「……それは、カッチェラが決めることです」
「そうですね……」
スニールさんは頭を上げ、控えめな笑みを浮かべた。
「でも、あなたの思っていることは分かりました。俺からもスニールさんの気持ちは伝えておきます」
「ありがとうございます……」
安心したようにスニールさんは微笑む。
「今日は話しを聞いてくださってありがとうございました。ツルギさんがいい人でよかったです」
止めてほしい。そんな純粋な顔を向けないでくれ。俺はただ、たまたま成り行きでそうしただけなのだから。
スニールさんがいなくなり、残された席で俺は一人考える。考えて考えて、最善の方法を考える。
そして、スマートフォンを取り出した。
「もしもし、クライム。ある人物について調べてほしいことがあるんだ」
俺は空いた手に、先ほどもらったスニールさんの名刺を握っていた。
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