第13話 魔王の娘の使い魔

『マジック!』『キング!』


「変身なのじゃ!」


 カチャ カチャ ガチャ! 


『マジック! キング!』 


 テェレテェレ~テェレレ~デデッデェン!


「さぁ! お前も眷属となるのじゃ!(ビシッ)」


「何度変身する気だよ」


 カッチェラはさきほど中古おもちゃ店で買った『覇王ライダーM(マジック)』の変身ベルトを腰に巻き付け、変身アイテムを鳴らしては差し込んでポーズを決めるのを繰り返していた。よほど気に入ったらしい。


「よく変身の方法が分かったな」


「店のテレビでやっていたのを見たのじゃ、このベルトなかなかによいものじゃのう!」


「ふふっん♪」


 月夜も昔の魔法少女アニメのおもちゃの杖を買ってご満悦だ。


「まさか『マギカマスターひかり』のステッキが手に入る日が来るなんて思っても見なかったすよ~、いや~いい買い物しましたよ~」


「気に入ったものがあってよかったな」


「あ、先輩、今度鑑賞会しません? てか見ましょうよ、今だと有料見放題サービスでも配信が始まってますから見放題ですよ。大丈夫ですって、たった48話だけですから」


「……考えときます。でもリリィは何も買わなくてよかったのか?」


「ほしいものがなかった」


「欲があるのかないのか、よく分からないなリリィは」


 そんなやりとりをしつつ、時間も遅くなってきたため、出口に向かう途中でカッチェラが足を止めた。


「ツルギよ、あれはなんじゃ!」


「UFOキャッチャーだな」


「UFOキャッチャーすね」


 中野ブロードウェイ内に設置されたゲームセンター。そこに置かれていたUFOキャッチャーにカッチェラは飛びついた。

 中に入っていたのは、目が無くギザギザな歯を出し笑う悪魔のような姿をした、手のひらサイズのぬいぐるみキーボードが山住になっていた。


「ツルギ! わが輩は、あの使い魔が欲しいぞ!」


「分かった分かった。じゃあ五百円だけな」


 カッチェラは渡した五百円を入れると、ボタンが点灯を始めた。


「いいか、これで横に移動させて。次にこのボタンで縦に動かしてアームで掴むんだ」


「まかせておれ! 必ずやわが使い魔としてみせようぞ!」

「ふぁーいと、カッチェラちゃん」


 そんなにうまくいくのかね。俺はこういうのが苦手だからあれだけど。まあここは黙って見ておくとするか。






「ぐぬぬ……! 何なのだこれは! 全く取れんではないか!」


「残念だったな。それじゃあ帰るぞー」


「悔しい! 悔しいのじゃ!」


「また今度来たときにチャレンジすればいいだろが」


「ん? せ、先輩……リリィちゃん、何処行きました?」


 先ほどまで近くにいたはずのリリィの姿がなく、ゲームセンターを出て見渡しても姿が見えない。


「もしかして誰かに連れて行かれたとか……? それともどこかに勝手に行っちまったのか……!」


「まずいっすよ先輩………! リリィちゃんほどのナイスバディロリ美少女なら、悪い大人にあったら即ハイエースです! 後からとんでもないビデオが送られてくるのがオチですよ!」


 だからハイエースてなんなんだ! だが不味いことだけは確かだ……。

 畜生、手を握っとけばよかったぜ……! 最悪中野ブロードウェイ内から出ていたら見つけるのは困難だぞ?


「え、えーとこんな時は警察に電話か? いやまだ付近にいるかもしれないし……!」


 焦る気持ちを抑えつつ、カッチェラを連れリリィの名を叫ぶ。

 付近にいるのならきっと届くはず!


「リリィ! どこだ! リリィ!」


「どこじゃ、リリィ!」


「リリィちゃーん!」


 周りの目など気に止める暇も無く、俺たちが叫んでいると聞き覚えのある声が耳に入ってきた。


「みんなー」


「どこだ!」


 声を頼りに走ると、そこには!


「……整体サロン?」


 中に入ると、薄着のリリィがステップしながら飛び出してきた。


「リリィ、探したんだぞ……」


「ここ、きもちいぃよぉ?」


 俺たちの心配などよそに、リリィはすっきりとした表情をしている。

 気持ちいい? そういえばなんか肌がいつにも増して輝いて……、


「お客様、コースの途中に出られては困りますよ!」


 リリィの出てきた部屋から、整体師らしき女性が現れた。てコース? おいおいまさか……!


「あのもしかしてこの子、何かのコースを受けてましたか?」


「え、ええ。そちらのお客様には、整体・骨盤調整、およびに美容整体の全コースの注文を受けて行っておりましたが……」


「ち、ちなみにお値段の方は……?」


「こちらとなりますね」


「なっ!」


 見てびっくり。目が飛び出るかと思ったよねぇ……。


「……ちなみにキャンセルは?」


「うちはキャンセル不可能でして……」


「そうですか……」


 結局同じ金額を払うのならばと、リリィにはその後もサロンの続きを受けてもらうことにした。

 これで残っていた商品券はきれいさっぱりと無くなり、俺は今度から一緒に出かける際は絶対にリリィの手を離さないこと心に誓った。


「リリィばかりずるいのじゃ! ツルギよ! わが輩にも使い魔を取るチャンスを与えてほしいのじゃ!」


「ああもうしょうがねぇな! 泣きの千円だ! これで最後だからな!」


「任せておれ、わが輩は魔王となるものじゃぞ? これで確実にわが使い魔にしてみせるわ!」


『マジック!』『キング!』 


「一々鳴らさなくていいよ!」


 そのままゲームセンターにへと走って行ったカッチェラが、ものの五分で泣きながら帰ってきたのは言うまでもない。 

 なお、サロンから出てきたリリィは神々しいまでに輝き、自宅に帰るまでに何人もの男性やあげく女性にまで声をかけられて大変だったのは、また別の機会に話すとしよう。






 デュラハンの学園来校騒動があった五月初頭から、半月ほどが経った。

 カッチェラやリリィも学校にすっかりとなじみ、今では新たに出来た配下友達のことや、学校でどのようなことを習ったのかなどの話をしてくる。

 恥ずかしがり屋のリリィも、カッチェラがいるおかげかどうにかやっていけてるらしい。

 月夜ともこないだ一緒に昼食を食べた。もちろん俺の手作りだ。カッチェラたちの食欲に驚愕する彼女の顔は普段の小生意気な物とは違い、珍しかった。


 カッチェラと住むことになって、わずか二ヶ月。あまりにも色々なことがありすぎた濃密な日々。

 そんな騒がしく大変な日常を過ごしていたある日のこと、それは訪れた。

 

 五月も後半にへと差し掛かり、梅雨の季節を思わせる雨が振る土曜日の昼過ぎ。

 俺は雨脚もひどく、外に出るのも面倒だったため、その日はクエストに行くのをやめてカッチェラたちと一緒に、家でごろごろと過ごしていた。


「ツルギ! 今日の昼食はなんじゃ!」


「なぁーにー?」


「今日は特製特大チャーハンと、ワカメスープだ」


「肉は多くいれてくれなのじゃ!」


「つるぎぃ、ぷりんはぁ?」

「はいはい、分かったよ。リリィ、プリンは昼食の後でな」


 今日もうちの子供らは食べ盛りだ。

 そうやっていつものように大型のフライパンを振っていると、一つのチャイムが鳴った。


「新聞はこないだ断ったはずなんだが……」


 扉に取り付けられた小窓を除くと、一人の女性がいた。

 スーツを着込み眼鏡をかけ、背筋を伸ばしてその場に立つ。

 何となく勧誘の匂いがするし本来なら居留守を使いたいところだが、今はカッチェラやリリィがいる。

 間違っても国の役人さんだった場合は後処理が面倒くさいし、インターホンごしに済ませようと思ってもこのアパートにそんなハイテクな物は付いていない。

 溜息をついて、俺は扉を開けた。


「あの、どちら様でしょうか?」


「こちらは、歪身さんのご自宅でしょうか?」


 どこか不安そうにするその顔はえらく整っており、お淑やかそうで美人な人だ。

 まさに出来る女性、て感じの人がそこに立っていた。


「はい、そうですけど……」


「私はスニール・スニーカーと申す者です。それで……こちらにカッチェラ様はいらっしゃいますでしょうか?」


「ええいますけど、カッチェラに一体何のご用でしょうか?」

 

 様?

 えらく畏まった呼び方に、俺はあることを思い出した。


「あの、もしかしてこないだのニュースを見て来られたんですか?」


「な、何故分かったのですか……!?」


「やっぱりそうですか……」


 俺は軽く手で顔を覆った。

 カッチェラが生中継のテレビ前で「配下募集!」なんて言い出したことで、一時ネットやテレビなどで盛り上がったのだ。

 あの自称・魔王の娘、顔に関しては美少女なために一部でファンが出来てしまい、おまけにリリィや月夜の可愛さも相まって視聴者に印象強く残ってしまった。


 その結果、カッチェラが街にへと出るたびに、「配下にして欲しい」と、面白半分で言ってくる人間や魔族の人たちによく声をかけられたものだ。

 まあ、そのたびに俺が【逃走】で回避したりと苦労が絶えなかったが。

 そのおかげで学校でも多くの配下兼、友達が比較的早く出来たというわけである。

 彼女もまた、そんなカッチェラの言葉につられてやって来た一人だろう。


 だがまさか等々自宅まで特定されるとは……広さ的にも人数的にもそろそろ引っ越しを考えた方がよさそうだ。 


 俺は部屋にいるカッチェラに聞こえない小声でスニールさんに話しかける。


「わざわざ来ていただいてもらいすみませんが、カッチェラが言った配下募集は冗談みたいなものなんです」


 冗談呼ばわりされたらカッチェラはぶち切れるであろうが、知るか。

 これ以上倍々ゲームで配下を増やし続けたら、いつかあいつの力だけでは制御出来なくなるのは目に見えている。

 増やすのならせめて、同い年くらいのやつだけにしてほしい。俺が言うのもなんだが。


「子供が言ったことと思って、水に流してはもらえないでしょうか? 本当にすみません」


 俺は深々と頭を下げた。

 謝ればもう相手に出来るのは譲歩のみだ。

 出来ればこのまま静かに首を縦に振ってお帰り願いたい。


「え、あ、いえ。そのような件で伺った訳ではないんです。関係性では確かにその表現であってはいるのですが……」 


「それは、一体どういう──」


 彼女の言葉の意味を聞こうとしたその時、後ろの扉が勢いよく開いた。


 どかどかと騒がしい音を立て走るのは、家ではカッチェラ以外にいない。


「ツルギ! 一体いつまで待たせるのじゃ……スニール……なのか?」


「なんだ? 知り合いなのか?」


 それにしては、先程まで明るかったカッチェラの表情が少し暗くなったように感じたが、気のせいか?


「お久しぶりです……カッチェラ様。我らが仕える偉大な魔王のご子息様に忠誠を」


 スニールさんは玄関で片膝を付き、綺麗に跪いた。

 魔王のご子息さま……だって?

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