第11話 首をねらえ!

「じゃが、別の場所に転移したということはないのか?」


「デュラハンは今もこの場所に居続けてる。てことは、学園のどこかに首があるということを確信してるからだ」


 だから霧の壁を作って誰も入れず、出れなくしたんだ。


「といっても、その首がどこにあるのかが問題なんだが……」


「ツルギなら見つけられるであろう。アンデッドからでも逃げ切れるじゃから!」


「大変なのは首を探すてことだよ。こんな広大な土地の一体どこにあるのか皆目見当が付かない。砂場で一匹の蟻を探す方がまだ現実的だろ……」


「なら先輩、『ステータス計測器』アプリを使ってみたらどうですか。あれは画面に映した生き物の魔力を写すでしょ。しかも範囲三メートルまでなら壁越しでも魔力の大きさを表示します」


「つまりスマホを探知機にするってことか」


 なるほど、悪くないし現実的だ。


「しょうがねぇ。手段が見つかった以上、頑張ってみるか……」


「わが輩も行くぞ!」


「かっちぇがいくならりりぃも!」


「やる気があるのはいいが、お前らはここにいろ」


「なんでじゃ!?」


「一人の方が逃げやすいからに決まってるだろうが。スカルアンデッド相手ならリリィの【ドリーム】も効かないだろうし、ここにいる方がまだ安全だろ──それに、その子たちはどうするんだよ?」


「あっ……」


 カッチェラは俺の言葉で後ろにいた子たちを見た。不安げな表情を向けてくる彼らに、カッチェラも言葉が出ない。


「新しい友達配下なんだろ? なら守ってやれよ」


「じゃが! ツルギだってわが輩の大切な配下なんじゃぞ!」


 こいつは、本当に……。

 気恥ずかしくて顔は見れないが、きっといつものバカ明るい笑顔とは違って、不似合いな顔をしているのだろう。

 俺はカッチェラの頭の上で少し手を迷わせてから、デコを軽く小突いた。


「た! なにするのじゃ!」


「そう言ってくれるだったら、信じてくれよ。自分の配下だろうが」


「んっ……分かったのじゃ。では頼んだぞ、ツルギ」


「ああ、ちょっくら行ってくるよ。月夜、悪いけど、こいつら頼むわ」


「しょうがない先輩ですねぇ、それなら頼まれてあげますよ。この魔法少女ルナにおまかせください」

 

 月夜はいつのも調子に小生意気な口調とポーズで答えてくれた。

 言動は問題だらけだが、中々に頼りになる。

 足腰を曲げ、体をほぐし、走る前の準備は万全だ。


「それじゃあ、行ってきますか」


 正直、責任を負うのは気乗りしない。

 でも俺にしかできないと分かった以上、重たい腰を上げるしかない。

 たまには、責任を背負ってみるのも悪くはないだろうよ。

 そして、教室の扉に手をかけた。


「先輩」


 月夜に呼ばれ、背後から心地のいい風が流れてきた。

 その風を受けて、体の緊張は解けていき、心に乗っかっていた責任という重みも少しずつ無くなっていく。


「魔法少女からのちょっとした贈り物です。頑張ってください、主人公さん」


「だから俺はそんなガラじゃねぇーつうの。まあでも、さんきゅーな」


 月夜の贈り物を受け取り、五年七組のから出て、俺は勢いよく走り出した。

 心も体もとても軽い。気分は明るく、途方もないはずの首探しにも前向きになれた気がした。


「こんな気分なら、早く見つかりそうだぜ……!」


 そんな気持ちが、俺の足を動かして行った。






「と思ったけど、別にそんな簡単じゃなかったぜ……」


 アプリを頼りに、トイレから屋上、体育館やプールなどを巡り、魔力反応が大きいものを目指して走り続けたが、ハズレが多くて大抵はその場で戦闘をしていた冒険者やアンデッドのものばかりだった。


 そして捜索して約三十分。

 両世大学の最果てとも言える隠しトイレにある清掃用具置き場を開けると、ようやく流し台の中に入った鎧の頭部を見つけたのだ。

 魔力反応も高く飾り物というオチもない。

 間違いなくデュラハンの首だ。


「後はこれをデュラハンに返してと……」


 ガチャ。

 背後から水を流す音が聞こえた後、開く扉。

 振り向くと、個室トイレから出てきたスカルアンデッドと目が合った……会って……しまった……。


「ど、どうも……」


「カタッ」


 アンデッドの顎の骨が開いて音を鳴らす。


「カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ!」


 ものすごい速度で首を振動させた!


「やばい!」


 これはきっと昔見た例の……!

 過去のトラウマを思い出し、俺は急いでトイレの出入り口にへと走ったが遅かった……。


「っな!」


 奥の廊下からは既に道を埋め尽くす程のスカルアンデッドたちが、こちら目掛けて走って来ていたのだ。

 皆が皆、持ち前の錆びた剣を掲げてカタカタと首を振動させている。


「ま、待て! 首ならやるかっ……てあれ、と、取れない!」


 くそっ! 鎧の出っ張りが服に引っかかりやがった!

 暗くて視界も悪いため、うまく外すこともできない!


「ああぁもう! 【逃走】!」


 俺は急いでスキルを発動させて、その場から逃走、このままじゃアンデッド同様に骨にされてしまう!

 どこか安全な場所でこいつを外さなくてはならないが、右へ左へとアンデッドの群れを翻弄させ、小道にへと入りどうにかしてなんとかそれをやり過ごした。


「ふぅ……なんとかまけたぜ……。それじゃあ、さっさと外さないと……」


 スマートフォンの光を当てて、引っかかっているところを照らす。


「えっと、糸に絡んでるから、ここをこうやればいいのか?」


 まどろっこしいな。剣で切っちまうか。

 カタッ。


「はっ!」


 骨の動く音、もう来たのか?

 だが、それは先ほどのものに比べて大きい。片側の道だけじゃない……これは!


「両サイドから……だと……!」


 スマホの光に照らされて現れたのは、両端から迫るスカルアンデッドの群れたちだった。


「嘘だろ!!?」


 【逃走】を使い、スカルアンデッドの群れをかき分けてどうにか両世大学の外にへと飛び出した。


「はぁ! はぁっ!」


 校舎の窓が割れていき、中から大量のスカルアンデッドたちが波のごとく溢れかえって後ろから迫ってくる。 


「こっち来るなよ! ん!?」


 そんなスカルアンデッドの荒波を物ともせず、走ってくる大きく黒い影。 

 デュラハンだ! デュラハンが俺目掛けてやって来やがった!


「早く! 早く外れろよ!」


 こんな状況になってしまっては、流暢に剣で切っている暇も無い。

 服を脱ごうにも防具が邪魔をしてそれもできない。


「ケチらずに小型ナイフも買っとけばよかった!!」


 そう後悔している最中、デュラハンが乗っていた馬から大きく飛び上がり、持ってたその黒く長い剣を振り上げて、俺の方目掛けて真っ直ぐに落ちてきていたのだ。


「待て待て待てっ!!」


 間近で振り下ろされた斬撃。俺はそれを間一髪避けた。

 その一撃で服とデュラハンの頭部を結んでいた糸は切れて、俺は反動で回転し大きく後方にへと吹き飛んだ。


「っつつ……一時はどうなることかと思ったが、命拾いしたぜ……」


 デュラハンの体は、転がった頭部の汚れを払い脇にへと抱えこんだ。

 そこに収まると、頭部の鎧の目元が赤い光を照らした。まるでレーザーポインターみたいだ。


「──ぁ──ああ、ようやく、体にへと戻れた」


 感謝して欲しいぜ。それを探すのに一体どれだけ走り回ったと思ってるんだよ。

 まあこれでデュラハンもおとなしくなることだろうし、万事休すだな。


「して、貴様が我が首を盗んだ張本人だな」


 え?


「え? はい!? その首見つけたのは俺なんだぞ!?」


「戯れ言を。その罪、貴様の首で償うがいい──!」


「ぅ!」


 次の瞬間、俺の懐には既にデュラハンの剣が入り込んでいた!


「こ、この恩知らずがぁあ──!!」


 背中から感じる恐怖!

 それはまさに今まで感じたことのな──いやある、この感覚は──。


《待つのじゃ!》


「!」


 俺に斬りかかろうとしたデュラハンの斬撃は直前で逸れ、やつは急いで間合いを取った。


 てか聞き覚えのあるこの声は……、


「大丈夫か、ツルギよ!」


「カッチェラっ、何でここに! いや助かったけど」


 そうカッチェラだ。

 両手を突きつけたポーズで俺の横に立っていることから、さきほど感じた恐怖はこいつの威嚇だったのか。


「先ほど校内にいたスカルアンデッドたちが急いでどこかに行くのが見えてのう。わが輩だけ急いで走って来たのじゃ!」


「なるほどな」


 こいつの足が速くてよかったぜ。


「すぐにリリィやルナも来るはずじゃ!」


「それじゃ、それまで場もたせますかね……!」


「邪魔をするな幼き少女よ。其奴は我が首を盗んだ罪人──おとなしく切られるのが通りと言うのも」


「さっきからカタッ苦しいしゃべり方で罵倒しやがって! 俺はしてないて言っているだろうが!」


「剣を納めよ、迷いしデュラハン。こやつはわが輩の配下じゃ」


 そうだ。言ってやれ! 俺が無罪だってことを!


「例え人のものを取るような男だとしても、わが輩はこやつを見捨てたりはせん! 配下の失態を拭うのが主の務め、魔王の役目じゃ!」


 うん。うん。うんっ?


「それ遠回しに俺が盗人するようなやつ言っていないか?」


「何をいう。配下が失態をしたら主もまた共に責任を背負う。何も間違ったことは言っておらぬではないか」


 うん、それは確かにあってるかも知れないけど、なんか論点がずれてる気がするんだが……?


「では愚かな罪人と、それを従える愚かな主よ。共に行くがよ──」


「【ドリーム】!」


「こ、これは──!」


「へっ! 何のために話し長引かせてたと思ってるんだ! よしいけリリィ! そのまま眠らせろ!」


 ドリームにかかったのならもうこっちのもんだ! おとなしく眠っちまえ!


「ぐぅ────これしきのことで──ッ!!」

「つ……つよ……い! ね……眠……い……」

「リリィ──ッ!? お前が眠ったらまずい! 頑張ってくれよッ!!

 なんて精神力してやがるんだあのデュラハン! 

 眠るのを耐えて、逆に【ドリーム】かけたリリィの方を疲労させて眠らせようとしてきやがった!

 リリィの首が怪しく立てに揺れて、口からよだれが……! ああっ!!


「眠気をも耐えるとは、さすがはデュラハン! 死んでも尚、騎士じゃ!」


「感心してる場合か! 早いところ逃げないと……!」


 でもカッチェラは拾えるが、デュラハンの後ろにいるリリィはどうする?

 拾いに行こうにも確実に斬り殺されちまうぞ!


「どいてください──先輩!」


「! 月夜!?」


 その声は間違えなく月夜のもの。

 だが当たりを見渡しても彼女の姿は見えはしない。

 声の方向は空から。

 空を見上げると、機械杖を構えた月夜がデュラハンにへと迫っていた。

 彼女が制服の下に着ている白いパーカーの帽子が羽のように見え、その姿は夜に舞い降りた天使のようだった。


「【癒やしの微風】!」


「──あぁ! あぁぁ……っ」


 聞き覚えのあるスキル名と共に、デュラハンは突然力が抜けたかのように床にへと倒れて転がった首から静かな寝息が聞こえてくる。


「た、たすかったぁ……」


「どうにかなったのじゃ」


「つか……れたぁ……」


「先輩、大丈夫ですか? 子供たちを警察の人に保護してもらっていたものですから、遅れちゃいました。まあ間に合ったから許してください」


 へたれこむ俺たちにゆっくりと近づいて来たのは月夜。

 俺が返事をする前に、カッチェラは元気よく月夜にへと走って行く。


「ルナよ! お主すごいではないか! あのデュラハンを圧倒するとはたいしたものじゃぞ!」


「てかなんで空から飛んできたんだよ。どうやったんだ?」


「【癒やしの微風】のちょっとした応用ですよ。単に風を地面に叩き付けて高く飛び上がっただけです」


「ルナ! わが輩も空を飛びたいのじゃ!」


「別にいいですよ、【癒やしの微風】!」


「おっほっ!! 高いのじゃー! ルナよー! その力を見込んでーわが輩の配下としてやるのじゃー! 光栄に思うが良いー!」


「配下? なんですかそれ、面白そうなので詳しく」


 空と地面を行ったりしながら、意気投合するカッチェラと月夜をよそに、俺はくたくたで倒れ込んでいるリリィを持ち上げてやる。


「お疲れさん。頑張ったな」


「ふぇえ……つるぎぃ……ねむいぃ……」


 抱きついてくるリリィをおんぶしてやると、すぐさま寝息を立てて夢の中にへと入ってしまった。


「はいはい。それじゃあ、帰るとするか」


「少しお話を聞いてもよろしいでしょうか?」


 気づくと、俺たち囲むように立っていたのは、マイクなどを持つキャスターさんたち。その後ろでは大勢のカメラが俺たち四人を写している。


「数々の冒険者を苦しめたデュラハンを倒したご感想などを一言!」

「最近、パーティーを組まれた方々ですか?」

「逮捕されたデュラハンついて、何か思うことはありますか?」


「い、いつの間にこんな……!」


 空を見上げると、綺麗な夜空。霧も無くなっている。なるほど、だからこうやって誰もが入って来れたのか。

 眠っているデュラハンも警察にへと連行されていく。


「なんじゃ、お主らは?」


「テレビの取材だよ。たまに家で見るだろ?」


「なに! なら今わが輩たちの姿を、この世界全ての者たちが見ているということか!?」


「平たく言えばそうだ。いいからなんか適当なこと言って帰るぞ」


「聞くがよい! この世界全ての者たちよ!」


 カッチェラは胸を張って叫んだ。


「わが輩はカッチェラ・カオスロード! 魔王十三番目の娘にして、必ず魔王となるものじゃ!」


 カッチェラのその言葉にキャスターさんたちと月夜が驚愕した。

「え、先輩? カッチェラちゃんが魔王の娘てどういうことですか? なんでそんな面白そうな話、話してくれなかったんですか?」


「このバカ……」


「わが輩は必ず魔王となる! 絶っ対ぃにじゃ! そこでわが輩の配下となりたい者は、是非ともわが輩のもとまで来るがよい! わが輩はいつでも新たな配下を待ち望んでおるぞ! 共にこの国を、いや世界を統べようぞッ!!」


 長々と続いた演説が終わり、お返しとばかりにキャスターさんたちが嵐のような質問を返してきた。


「魔王の娘と言うのは本当ですか!?」

「統べるとは具体的にどういう意味ですか! 支配目的ということですか!?」

「魔王の娘というからには、ステータスも高いんですね? デュラハンを倒せたのも納得ですね!」

「転職を考えているのですが、お給料の方は?」


 興奮状態で様々な意見が飛び交うキャスターたちだが、この場を納めるべくあの事実を突きつけてやるとしよう。 


「皆さん、落ち着いてください。こうは言っていますが、こいつのステータスは全部子供の平均値で、魔力に関してはゼロです。だから真に受けないでください」


「あ、これツルギ! いらんことを言うでないわ!」


 その証拠にステータス測定器を見せるやいなや、先ほどまでそこにへとあった熱は収束していき、皆落ち着いて優しく子供を見守る大人の表情にへと変わっていった。


「そうなんですか。魔王ですか。夢がでかくてすごいですね」


「お! お主、話がわかるでないか! そうであろう! そうであろう!」


「カッチェラちゃんは、どうやってデュラハン退治に活躍したのかな?」 


「わが威嚇を使い腕を突き出して、デュラハンめの動きを止めたのじゃ!」


「小さいのにすごいねー! かっこいい!」


「そう褒めるでないわ! わが輩とて照れるであろうが!」


 大人な対応をしているキャスターさんたちに乗せられご満悦のカッチェラさま。満足そうでなによりだ。


「それで、あなたがこの子の保護者でしょうか?」


「ええ、まあそうですけど……」


「こやつはわが輩の一番最初の配下! ツルギじゃ! それからこやつがサキュバスのリリィに、今日大活躍であり先ほどわが配下となったルナ! 全員、わが輩の自慢の配下たちじゃ!」


 そう言って笑いながら俺たちの肩にへと手を置き、カメラが写るため中央にへと引き寄せた。


「お、これが例のテレビ中継てやつですね。いえー、みんなー? 見てるー?」


「全く、こんなに目立ってどうするきだか……」


 けど、


「ん? どうしたのじゃツルギよ。浮かない顔をして?」


「お前が浮かれすぎなだけだろうが、そんなにテレビに出れたのが嬉しいのかよ?」


「そうじゃな! これでわが輩たちの知名度もまた少しは上がったはずじゃろ!」


 えらく嬉しそうに笑いやがって。

 カッチェラのそう笑顔を見てると、たまには……本っ当ぉっに! たまにはこやって、目立つのも悪くない。なんて思ったりしなこともなかった。


「なんじゃ? そうわが輩の顔をしょっちゅう見て?」


「何でもねぇよ、全く……」

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