第9話 魔術師で魔法少女な後輩

  魔術師──。


 それはスキル能力を発現しなかった人間たちでもなれる、もう一つの冒険者の形。  

 彼らは『機械杖スキルスタッフ』と呼ばれる機械の杖にスキルをセットして使用することができ、冒険者同様にクエストを受けることができる。


「じゃあ、その手に持っている杖が……?」


「ああ、はい。機械杖すよ」

 

 そういう理由から、彼女は先ほど俺のことを『先輩』と呼んだのだ。


「で、そのことは理解できたけど、さっきのスマートフォンの時の動揺はなんだったんだよ。そんなに見られたくないものだったのか?」


「知らないんですか先輩、オタクは忌み嫌われる存在なんですよ。もし私がオタクだなんてバレたら即村八分……この学校から永久追放されちゃうんですよ…っ!」


「何年前の時代の話だよ……オタクでない俺ですらそんな被害妄想しねぇよ」


「むぅ……ネットで調べたらそう出てきたんですよ。私は今年の春から東京に上京してきたばかりだから、都会のことなんて分からないんですてば……」


「ああ、それでか」


 だからといって調べるサイトを間違えていないだろうか。あまりにも情報が古すぎる気がするぞ。

 彼女は気を取り直したように顔を真面目なものににへと直した。


「それはさておき、先輩。私の相談に乗ってください」


「相談ねぇ……そういえば、闇鍋さん」


「名字で呼ばないでください。私の名前はあくまで月夜ですから」


「えっと……じゃあ月夜、今急いでどこかに行こうとしてなかった?」


「あっ」


 月夜は思い出したように声を上げた。


「そういえば体育の授業に遅刻しそうになってましたね」


「なら急いだ方がいいだろう」


「でももうタイムアウトです、ぴっぴー。これも先輩とぶつかってしまった所為なので、相談に乗ってください」


「人に責任を押しつけてるんじゃねぇよ!」

 

「とにかく先輩、ちょっと私の話を聞いてくださいよ。聞きたいんですよ、実際の冒険者や魔術師の仕事のことを~」


「分かった、分かったから……」


 この押しの強さ。

 ベクトルは違うが、なんとなくカッチェラを彷彿とさせる。

 でも特別用事があるでもないし、なんだかんだ『先輩』と呼んでくれてまで聞きたいことがあるのだろう。

 なら、少しだけ付き合ってあげてもいいだろう。


「それで何が聞きたいんだよ」


「魔術師の仕事て実際どんな感じなんですか?」


「えらくざっくりとした質問だな……」


「ネットを使ったりして一応調べては見たんですけど、やはり実際に現場で働いている人の意見を聞くのが一番かなて」


 そういうことなら、程々に教えてやるとするか。

 と言っても、魔術師業界の『程々』がどの程度なのか、難しいところではあるのだが……。


「まず魔術師で食べていける割合だが」


「はい」


「約五十人にも満たないな」


「ぐはっ!」


 あ、やべっ。最初から突っ込みすぎたか?


「ほ、ほう……それは中々に手厳しいとこから来ましたね……ネットの遙か倍くらい桁が違いましたよ……!」


 表情は依然クールだが、明らかに顔が青くなっている。

 まだ話し始めたばかりだが大丈夫かだろうか……?


「ふぅーふぅー……オーケー、先輩。大丈夫ですから続けてください……」


 とても大丈夫には見えなかったが、急かすように手で指示を出してくる。

 よし、なら次はもう少し言葉を選びつつ話すとしよう。


「分かったよ、なら次は少し手加減をして話すよ」


「いいでしょう、先輩に合わせてあげますよ……」


 主に月夜に合わせてるんだがな。

 だが隠していてもしょうが無い、ここは一度一通り教えてやるとしよう。


「まず魔術師は受けられるクエストが少ないな。しかもそれを冒険者と取り合うことになるんだが、どうしても依頼者はスキル能力を持つ冒険者を選ぶ傾向が強い。スキルスタッフだとスキル能力の種類も少なくて使用用途が限られるからだ。

 だから魔術師は他にも特技とか磨いていけば、初級冒険者と並ぶくらいにはやっていけるな。

 後、気をつけないといけないのがスキルスタッフの故障だ。

 修理代が高いからお金は貯めとかないといけないし、もしクエスト中でも壊れれば命が危ない。

 だから危険なクエストの時は必ずパーティーを組んで仲間と行くこと。中には書類を偽装して受けたりする悪いやつもいるが、絶対にやっちゃ駄目だぞ。いいね?

 まあ魔術師はその仲間集めからして大変なんだが、そこはコミュニケーション能力でなんとかなるさ、大丈夫大丈夫。ははっ」


「せ、先輩……手加減の意味知ってますか……?」


「あれっ!?」


 一応言葉を選んで事細かく教えたつもりなんだけど? 口から魂が抜けそうだぞ……!?

  

「おい! 大丈夫かよ! おい!?」


 必死に倒れかけた月夜を揺さぶってやると、魂が体に戻ったのか、目に正気が宿っていく。

 が、今だ虚ろな目で空を見ていた。


「全く、先輩手加減なさ過ぎですよ……もう少し夢見させてくださいよ、もっと若者に未来見せてくださいよ、サドですか?」


「聞いておいてサド呼ばわりはやめろ」


「でも、参考にはなりました。ありがとうございます。ええ、そうですか……そうですよねぇー、やっぱり厳しい世界ですよねぇ……」


「少なくとも、よほどの理由でもない限り、誰もなろうとすら思わないだろうよ」


 そもそも魔術師を始めるのに必要なスキルスタッフを手に入れることからして、ハードルが高い。

 確かに一般人でもスキル能力を使うことが出来る機械だが、魔力を使う技術はまだまだ研究段階で、搭載すると価格もバカみたいに跳ね上がってしまうのが現状だ。


 例え買えたとしても、使えるスキルは『小さな火を出す【マッチ】』や『水を一定量生み出す【ミネラルウォーター】』などと、どれも他の物で代用できるものばかり。

 そのため需要も増えず、それらの事情が重なって今だその値段は新品で三百万円。中古の安物でも百万円前後と高額だ。

 それにインストールするスキルデータも十万円のものばかりと、使い勝手が悪い癖に金ばかりがかさみやがる。


 そりゃあ誰も魔術師をやらなくなるわけだ。


「もちろんスキル能力を持つ俺たち冒険者も例外じゃないさ。基本的には副業やバイトをしたりして冒険者をしてるやつも多いし、スキル能力を持ってても普通に働いている人間なんてざらにいる。本当に冒険者だけでやっていけるのはそれこそ、一部のチート能力を持ってるような連中だけなんだよ」 


 本当に、夢も希望もない。

 どんなに目指しても決して覆せない現実だ。

 こればかりはどうやっても変えることができない。

 あまりにも残酷すぎる話に絶句してしまったのか、月夜の返事はこない。

 そうだよな。夢見てた世界がこんなんじゃ、言葉も失うよな。


「……なら、なんで先輩はまだ冒険者をしているんですか?」


「俺か?」


「はい、そこまでの現実を知っててなんでまだ冒険者なんてやってるんですか? Mなんですか、マゾなんですか?」


「今度はマゾかよ……俺はサドとマゾのどっちなんだよ」


「じゃあ足して二で割って、変態ということで」


「ひどいまとめ方をするな!」


 だが確かに、こんな嫌な現実を知ってもまだ俺は冒険者を続けている。

 確かにおかしい。早くやめて普通の職にでも就けば、まだ金も稼げるかもしれないというのに。


「正直自分でも分からん。多分せっかく持ったスキルを使わないでいるのは勿体ないと、無意識にそう思ってるのかもしれないな」


 もしくはまだ、諦めきれていないのだろうか──過去の夢を。


「なら月夜はどうしてそんな魔術師になりたいんだよ」


「……先輩、割とマジだから笑わないでほしいんですけど、私、魔法少女になりたいんですよ」


「魔法……少女……?」


 最初は何かの冗談なのかと思った。だが月夜の目を見て確信した……カッチェラの時と同じく、これはマジなやつの目だ。


「え、魔法少女て、あの『女の子が可愛い衣装を着て悪の魔物と戦う』みたいなやつ?」


「そうですよ。マスコットキャラに力をもらって変身するあの魔法少女ですよ。ていっても最近だと、マスコットキャラがセールスマンだったり、男性に変身したり、男の子が魔法少女になったりと、色々と変化球気味のものも多くなってはきましたけど」


「へ、へぇ……」


 重い話で暗かった雰囲気がすっかりぶっ飛んでしまい、なんだか気が抜けてしまう。


「世の中、多種多様な魔法少女がいますが、私は普通の女の子が可愛い衣装を着て戦う魔法少女になりたいんですよ」


「だから魔術師を目指したと」


 ならクールな外見のイメージとは裏腹に、月夜の内面は乙女チックなのかもしれない。


「いえ、私も最初は冒険者になりたいと思ってましたよ? それこそスキルを使って、魔法少女みたく困っている人を助けられるそんな冒険者になるんだってね。……まあ、駄目でしたけど」


 月夜は少し悲しげな笑みを浮かべながら、杖で地面の土に落書きをする。

 書いたのは、漫画のような絵柄の魔法少女姿の女の子で、どこか月夜に似ていた。


「私にスキル能力は発現しなかったんですよ。あの頃は結構落ち込みましたね……なれるて信じ切っていましたから」


「……」


 最初に話した時、この子は過去の俺だと思っていた。

 だが、違った。


 俺は夢を目指している途中で挫折したが、月夜はそれすらできなかったのだ。

 それはあまりにもひどい話だ。

 スキル能力という才能を持たなければ冒険者になることすらできない。目指していても諦めなくてはいけない。

 その痛みはきっと、俺が味わったものなどとは比べものにならないほど苦痛だったろうに。


「まあでも、そんな暗黒時代にネットを漁ってたら出てきたんですよ、魔術師のことが。それで思ったんですよ。『私にスキル能力に目覚めなかったのはこのためだったんだなー』て」


「どういうことだよ?」


「分からないんですか先輩? 確かにスキル能力に目覚めれば魔法がみたいな力は使えますけど、私がなりたいの冒険者じゃなくて魔法少女なんですよ。だから、魔術師の方がより近いなて思ったんです」


「どんだけポジティブなんだよ……お前……」


 そこは普通、打ちひしがれちまうところじゃないのかよ?


「何事もポジティブに考えた方が人生楽しいじゃないですか」


「さっきスマートフォン見られて変な妄想してたのはどこのどいつだよ」


「それはそれ、これはこれですよ。それに、やっぱりなりたかったんですよ、魔法少女に」


「そんなにかよ」


「ええ、どうしても」


 どうしてもか。ならばしょうがない。

 なりたいのなら、目指してしまうのが当然だ。

 カァッチェラが、『魔王』という存在に憧れたように。

 俺が『勇者』なんていう夢を見て、冒険者なんかになってしまったのと同じように。


「……全く、どいつもこいつもバカばっかだな」


「はっ? 今なんて言いました?」


「愚痴だよ、愚痴」


「いえ、今絶対に私のことバカにしましたよね? 聞こえないとでも思いましたか? 私は難聴系ヒロインじゃないんですよ、そんな都合のいい耳はしてないんですよ……!」


「何キレてんだよ! 褒めたんだよ! 察しろよ!」


 言っていることの意味がまるで分からないヤツだったが、それでも、少しだけ背中を押してやりたいと思ってしまった。

 なら、俺に出来ることなんて一つだけだろう。


「よし、これも何かの縁だ。スキルを見せてみてくれよ。せめてなにかアドバイスでもしてやるよ」


「本当ですか?」


「ああ」


 正直スキルスタッフの実力に関しては、前々から気になってはいたところではあるし、俺としても収穫はある。

 それに先輩なら、後輩にはいいところ見せたいしな。


「ほうほう、これはあれですね。友情が深まる的なイベントですね。なら見ていてください、先輩。これが私のスキルです──!」

 

 月夜がスキルスタッフを起動させると、ファンの空気音が上がっていく。


「魔力チャージ完了──! いきますよ、先輩!」


「おう、いつでも来い!」

 

 はてさて、どんなものが来るのか。

 俺はいつでも【逃走】を発動できるように待機し、月夜は魔法少女のようにスキルスタッフを大きく振った。


「【癒やしの微風ヒーリングエア】!」


「こ、こいつは……!」


 目の前から伝わる風圧!

 それは俺を纏わり付きように絡み、体を離さない。

 次第に体はほぐれ、心は緩んでいってしまう。


「あー……気持ちぃー……いい風だぁ……」


 とても心地よい風なのだが、


「なにこれ?」


「【癒やしの微風】ですよ」


「えっと……つまり?」


「効果は、風を操って相手を心地よくさせるスキルですね」


「……」


 おっとこれは俺に負けず劣らずのダメスキルな予感だぞ。

 いや、待て。まだこのスキルを選んだ理由を聞いていないじゃないか。もしかしたら俺には思いつかないような画期的な使い方が、彼女の頭の中にはあるかもしれない。


「ちなみに何でそのスキルを?」


「一番、魔法少女ぽい杖を選んだらこのスキルが入ってたんですよ。どうですか先輩? 中々に魔法少女。だったでしょ、私?」


「えぇ、いやぁ……」

 

 そう得意げに見つめられても、反応に困る。

 杖とか決めポーズは確かに完璧に決まっていたが、他は……うん……。 

 

「うん……そうだな。今の現代社会人は皆癒やしを求めてるて言うし、そういう人たちは助けられるとは思うから、ある意味魔法少女ぽいぞ。多分」


「お、本当ですか?」


 月夜の純粋にきらめく目が眩しくて直視できない!

 なんだこの罪悪感! 言葉を選ぶこっちの方がダメージでかいじゃねぇか!

 なんでこいつこんなときだけ、一番純粋な瞳になるんだよ!?


「うっ……う……うん……」


 俺は硬くなった首をなんとかして縦に折った。


「ふふふっ! プロの冒険者である先輩に認められたということは、私もこれで一人前のプロ魔術師。ここは今度の休みにクエストを受けてみますかね!」


「クエ……スト……? なあ月夜、お前友達とかいるの?」


「先輩……マジ死んでくれません?」


「その返答はいないんだな! そうなんだな!」

 

 月夜の殺意ある眼光が俺を指した。


「大丈夫ですって、一人でも出来て簡単なクエストにしますから。先輩にお墨付きを貰った私ですよ? 難なくこなせれますって!」


「待て待て待て!」

 

 確かにクエストは簡単な物もあるが、こないだのイノシシゴブリンのように、基本何が起こるか予測できない。

 もし仮に月夜が死んだりなんかしたら、それはつまり、俺の責任になる可能性があったのだ。


「な、なあ月夜。それなら今度俺と一緒にクエストに行こう。色々と教えてやるし、アドバイスもできると思うぞ?」


「先輩、急にナンパしてきてどうしたんすか? 先輩の死んだような目で私を落とせるとでも思ったんですか? ちと無理がありますよ」


「息をするように罵倒してくるんじゃねぇよ! お前がクエストでもし死んだら厄介だから言ってるんだろうが!」


「ああ、そういうことですか、まあいいですよ。その方が私も助かりますし」


「ああ、そうしてくれ……」


 月夜と連絡先を交換したことで、なんとか月夜が自滅するというリスクは回避でき、俺は再び流れた汗を拭い、一息ついた。


「そういえば先輩、さっき私に何を聞こうとしてたんすか?」


「……あ」


 そこで俺はようやく当初の目的である、「出口の場所を聞く」ことを思いだし、月夜に道を聞いて学園を後にすることにした。


「あーあ疲れた……なんだったんだあいつは……ん?」

 気づけば太陽は真上にへと上げっており、昼を告げるチャイムが校舎の方から聞こえてくる。


「カッチェラもリリィも……給食足りるのかねぇ?」


 そんな疑問も思わなくはなかったが、それも今日帰ってきたときにじっくりと聞くとしよう。

 始めてあいつらが俺の元を離れて過ごした、一日の話を。

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