第8話 魔王にとって必要なこと

「ただいまー。あぁー、重たい……」


 その日の俺はクエストを終え、帰りにスーパーへと立ち寄って今週分の食材を買った後帰宅した。

 いくら切り詰めて買ったとしても、流石に一週間分だと袋も重くなるてものだ。

 疲れを取るため首を回していると、部屋の向こうからカァッチェラが勢いよく飛びだしてきた。それもかなり興奮した様子だ。


「ツルギツルギ! 次の計画が決まったぞ!」


 また碌でもないことでも思いついたのだろう。目がらんらんとしてやがる。


「それで、今度は一体何をされるおつもりなんですか、魔王さま?」


「それは……社会を知る、じゃ!」






 そうカッチェラが言い出した翌日、俺とカッチェラは某有名チェーン店のハンバーガー屋さんにへとやって来ていた。

 カッチェラのバイト面接のために。


「なぜじゃ……! 何故働けんのじゃ!」


「お前が見た目も年齢的にも子供だからだよ」


「魔界ではわが輩くらいの子供でも働いておったわ!」


「こっちの世界には労働基準法てものがあるの」


 「はたらく魔王の娘さま」とはいかなかったか。

 

 カッチェラは昨日、連絡用に買い与えておいたスマートフォンを使い、バイトという制度を知ったらしい。

 そこで自分が好きなこのハンバーガー店にへと電話をかけたそうだ。

 その流れで面接を受けることになったのだが、今はごらんのように半べそをかいている。

 当然だ。子供は働くことが出来ないのが俺たちの世界の常識であり、向こうのファンタジー世界とは勝手が違う。

 俺もそう思い、最初は断りの電話を入れようとしたのだが、


「やる前から諦めてどうする。可能性はゼロではないのだぞ!」


 と、カッチェラが聞かなかったため、一度痛い目にあってもらうため連れてきたのだ。


「そう泣くなよ。持ち帰りでお前の好きなポテトだって大きいサイズのを買ってやっただろうが」


「ふんっ! そんなものでわが輩が納得するとでも…………美味いのじゃ!」


 にぱーと笑顔なわが家の魔王さま。こいつの扱いも大分分かってきた。


「そんな落ち込むなよ。人生働かない方のが一番楽なんだぞ。なっ?」


「それではいつまで経っても魔王になれんではないか! 見ておれ、わが輩は何が何でも社会を知ってみせるぞ!」


 たく、痛い目を見るどころか反骨精神付けやがって。

 決意の闘志を目に宿らせたカッチェラの横で、俺もまた買ったポテトを口にへと入れた。

 うん、やっぱりあそこのポテトは美味い。






 そんなカッチェラのバイト騒動があった日の翌日。

 家に帰ってきた俺を出迎えたのは、またもや興奮するカッチェラだった。


「ツルギよ! 今度こそいい方法を見つかったぞ!」


 輝く目の主張が強く、うざったい。こいつまだ懲りてなのか……。


「で、今度はなんだ。ボランティア活動にでも参加するのか?」


「ふふふ、それよりも遙かにいいことじゃ。それは────学校じゃ!!」


「はい?」


「学校ならばよりこの世界のことを深く知れるであろう! それに聞いたところによると、ちゃんと学校に行けば後に働く事もできると言うではないか! これはもう行くしかあるまい!」


 どこのバカだ。こいつにそんなイラン知識を教えやがったのは。

 食費がただでさえかさむ我が家に、学費まで出す余裕なんてねぇんだぞ! 会ったらぶっ飛ばしてやる!






「と言うわけで、魔族も編入できる学校が埼玉県に一つだけあるのよ」


 カッチェラに「学校」などと入れ知恵をした『張本人』がそう言った。

 

 荒々しい縛り方のポニーテールにファンタジーゲームにでも出てきそうな制服を着て、鋭い目つきが今日もカッコイイ、美人の受付お姉さん。

 もう分かるよね? 鈴鳴さんだ。


 今日は俺以外にも、カッチェラやリリィを連れた三人で冒険者組合新宿部署にへと顔を出していた。


「数年前に出来た大型の学園でね。小学校から大学までが一つの敷地内にあって、すごく広いのよ! そこで人間と魔族が同じクラスで一緒に学んでるの! ロマンあるわよねぇ~!」


 俺たちに見せていたパンフレットをバンバン叩きながら力説してくるが、待ってほしい。


「ちょっと鈴鳴さん、うちにそんな金があると思ってるんですか? こいつらの高額な食費にプラスして学費とか、破産しちゃいますよ……!」


「ふふふっ! 剣気の守銭奴ぷりは把握しているわ!」


「いや、まじ冗談じゃなくて」


 それこそ金があるのなら、最近すり切れ気味の俺の靴ももう少しいいのに替えたいところだ。いつまでもセール品の靴というのもなんか嫌だ。若者として。


「学園は国立。学費に関してはなんと無償よ!」


「ほ、本当ですか……? あまりにもできすぎてません?」


「それだけ国も魔族との共存をより円滑に進めたいて思っている訳よ。恐怖ていうものは無知からくるだからね。出費は授業で使う機器や体操服、後は……給食費くらいかしら」


「給食……!」


 そうか! 

 給食が出るのならば今まで頭を使って作っていた節約昼飯メニューを考える手間が省けるのだ! 

 なんという恐ろしき誘い文句だろう……!


「それで剣気?」


 驚愕する俺を見て、何かを確信したかのように鈴鳴さんは両手を顔の前に置き、目を細め笑った。


「何か不満ある?」


 勝利を確信した余裕の笑み。

 まさに逃げ腰なこの俺の性格を完全に知り尽くした、完璧な勧誘だ。

 まさか、カッチェラに学校のことを教えたのも俺がリリィも連れて来ることを予測して……!?

 鈴鳴さん、やっぱりあなたは恐ろしい人だぜ……!


「……詳しく聞きましょう」


「よろしい。本当はもっと早くに教えるつもりだったのだけれど、忙しくて遅れちゃったのよ。それじゃあ、本格的な学園の説明や手続きについて話すわね」


 完全敗北を認めた俺に、鈴鳴さんは学園の詳しい説明を始めた。


 学園の名前は、「国立両世りょうせい学園」。

 埼玉県大宮駅からバスで十分ほどのところにある、とにかくでかい大型学園施設だそうだ。

 人間や魔族が共に学ぶこと以外にも、高校、大学には──俺も同じ学科だった──「冒険者」の学科や、日本でここだけの特別学科「魔術師」が設けられていたりと特殊が多い学校なのだとか。


「文化祭も有名でね。毎年結構な結構人が集まるほどの盛況ぷりよ!」


「確かにニュースで何度かは見かけたことがあったかもしれませんね」


「リリィよ、学校じゃぞ? 楽しみじゃな!」


「がっこう?」


「えっ、リリィも通うのか?」


「当たり前じゃろうが。リリィも子供というのなら、こやつにこそ学習は必要じゃろう」


「それはそうだけど……」


 小学生に今のリリィの格好はちょっと過激すぎないか?


「大まかな話はこのぐらいね。入学日に関しては追って連絡するわ」


 不安が心に積もる中、カッチェラたちは学校にへ通う事となった。






「ああ……ドキドキする……」


 主にカッチェラとリリィが何かしでかさないか、て意味で。

 

 今日は学園入学初日。

 ゴールデンウィークも終わった、五月七日。

 強い日差しが指し、真夏日のような暑さを感じる日だ。

 

 俺は手で顔の汗を拭いつつ、五年七組の教室の外からクラスの様子を眺めていた。

 生徒は割合は、人間と魔族半々といったところでバランスよく割り振られている。


「一限目だけとはいえ、見学できるのはありがたいが。本当に大丈夫か……?」

 担任である泡羽あわわ先生に従い、カッチェラとリリィが教卓の横にへと立った。


「それじゃあ、自己紹介をしてもらえるかな?」


「任せよ担任! 我が名は、かっ! けぇ! かぁッチェラ・カオスロード! 魔王の娘にしていずれは魔王となる者じゃ! わが輩の配下となりたい者がおったら歓迎するので遠慮無く言うがよい!」


 マントを広げて、いつもの変な格好のポーズ決めたカッチェラ。

 どう見ても変わり者だが、それはいつも通りだし、厄介ごとも起こしていないのでアイツにしては合格点だろ。


「なにあの子。変」


「魔王の娘とか嘘だぜ。絶対」


「う、嘘つき呼ばわりは良くないよ?」


 後ろの方で座る男子組二人と、彼らの近くに座るアラクネの女の子がそんな会話をしていた。

 子供からも信じられてないとは……カッチェラどんまい。


「……りりぃ」


 カッチェラとは対照的に、もじもじしながら小さく名前を言うリリィ。

 今日のリリィの格好は、いつもの服装の上から大きめの黒いパーカーを着せただけのシンプルな仕様。

 最初は新宿で買った安物の服を着せようとしたのだが、服嫌いなリリィは【スリープ】を使ってまでも抵抗し、やっとの思いでパーカー一着だけをようやく着せてきたのだ。

 そのせいで登校日初日から遅刻ギリギリだったが、苦労の甲斐はあった。

 なにせ何人かの男子たちはリリィに釘付けとなっている。てか男子全員か。

 これがあのアダルトモードなリリィだったら大変なこととなっていただろう。

 見た目は大人、しかもパーフェクトボディなリリィさんなので、健全な男性諸君には仕方がいないことなのである。

 さっきカッチェラに罵倒を飛ばしていた男の子二人も例外ではなく、リリィに夢中となっている。


 カッチェラたちが後ろの席に座るのを見計らい、泡羽先生が咳払いを一つして授業は始めた。


「カッチェラさんたちは途中入学ですから、分からない事があれば遠慮なく手を上げてくださいね」


 一限目の科目は、「社会」。

 生徒たちはタブレットPCを出し起動させた。


「教科書をタブレットで見るなんて、時代も進んだものだな」 


 三年前まで高校生だった俺も、この世代の違いには驚きを隠せない。国が管理する学校なために、こういうことはいち早く取り入れられているのだろう。 

 カッチェラとリリィも静かにしていることだし、心配したのは取り越し苦労のようだった。


「それではこないだの続きは、『くらしと気候』だったけれど──」


「アワワよ」


 そう安堵したとき、カッチェラが真っ直ぐに手を上げた。


「この世界の気候は誰が制御しておるのじゃ? 昨日教材は一通り読んで見たのじゃが、書いておらんくてじゃな」


 制御?

 突然そんな訳も分からないことを言い出したカッチェラに、俺も生徒も泡羽先生も困惑していた。


「えーと……異世界ではどうか知らないんだけど、この世界の天気は自然に任せていて、誰も制御してないのよ?」


「そうじゃったのか? 父様は毎日魔界の天気を何にするか考えておったのじゃが、やはり向こうとは違うのじゃな」


「そ、それじゃ話を戻すけど──」


「それとこの世界にはつい最近まで魔法がなかったらしいのう。それをこのような機械というものが代用しておったそうじゃが、そこら辺も詳しく教えてくれんかのう?」


「え、えっとね……?」


 その後もカッチェラは質問攻めを繰り返してはノート取るという、ほぼマンツーマンのような授業スタイルを貫いてしまい、終わりのチャイムが流れた。


「そ、それじゃあ一限目はここまでにします!」


 泡羽先生は悲鳴じみた声を上げて必死に授業の終わりを叫んだ。

 それと共に教室にへと入ると、カッチェラが泡羽先生に駆け寄っていた。


「アワワよ、まだまだ分からないことがあるのじゃが、放課後改めて質問をしてもよいじゃろうか?」


「か、カッチェラさん……や、やる気があるのはいいのだけど、その……!」


「カッチェラ、そう質問ばかりしてたら授業が進まないだろうが。すいません、先生」


「い、いえ。熱心なお子様ですね……それでは私は次の授業の準備がありますので……!」


 それだけを言うと、泡羽先生は足早に教室から出て行ってしまい、俺は心の中で頭を下げた。

 

「じゃが、『分からない事があれば聞け』と言っていたではないか」


「いやそうだけどよ……」


 こいつは何事も真剣だから、真に受けすぎる部分がある。それ自体は悪いことではないのだが……。


「それだと他の子が授業を受けられないだろうが。周りのことにも気を使えるのがいい王様てものなんじゃないのか?」


「うっ……分かったのじゃ。次からは気をつけよう……」


「ああ、そうしてくれ」


 いくら冒険者とはいえ、モンスターペアレントと対峙するのだけは勘弁だからな……。


「それにしても学校とは面白いところじゃな! なんでもっと早くこんな楽しい場所を教えてくれなかったのじゃ?」

 

 楽しかった記憶が無かったからです。


「もうずっとここにいたい気分じゃ! 最高じゃな学校は!」


「んっ~!」 


「おいなんだ。どうしたんだリリィ?」


 リリィも小走りでやってきたのだが、俺の背中にへと隠れてしまった。 

 リリィのいた席に顔を向けると、大勢の生徒がリリィの机にへと集まっておりこちらを見ている。

 先ほどカァッチェラの言葉を信じていなかった男子二人組も混じっていた。

 どうやら話しかけてきた生徒たちに驚き、逃げてきたらしい。


「リリィ、そう逃げてやるなよ。みんなお前と話がだけなんだよ」


「はず……かしい……」


 どうやら俺たち以外の他人と接するのがまだ苦手のようだ。


「ほう、ではまずはあの者たち全員を配下にするとしようではないか!」


 そう言って、カッチェラはリリィの手を引っ張る。


「ツルギも来い! 今こそ配下を増やすチャンスじゃぞ!」


「保護者の見学は一限目だけなんだよ」


「なんじゃつまらん」


「俺はもう帰るが、くれぐれも面倒だけは起こすなよ?」


「任せておれ! 拠点に帰った際には、新たに出来た百人の配下たちを紹介してやるからのう!」


「はいはい、楽しみにしてるよ」


「ほれ、リリィ! 行くぞ!」


「んっ~……!」


 カッチェラたちに手を振って見送ると、彼女たちはリリィの席にいる生徒たち目掛け走っていた。


「げっ! 自称魔王!」


「自称ではないわっ!!」


「まあ結果オーライか」


 いつまでも家に留守番させてたよりかはマシだろう。それに給食制度は本当に助かるしな……。 

 そう思いながら俺は教室を後にし、ベルの音がして後ろからは二時間目を始める声が聞こえた。






「迷った……」


 せっかくだからと学園内を散歩したのがいけなかった。

 預けていた剣と荷物を受け取ってそのまま帰ろうしたのだが、あまりにも広大で複雑怪奇なこの学園に興味が出てしまい気になる場所を転々としすぎた結果、自分が今どこにいるのか分からなくなってしまったのだ。

 辺りを見渡しても、どこもかしこも学校の校舎や学生寮ばかりが続いている。


「いくらなんでも広すぎるだろうが、この学校……。えーと、学園のサイトはと」


 左手のスマホを操作し、両世学園のサイトを開いた。

 地図くらいなら載っているだろうからそれを見て──「たっ!」


「すいません……」

「こ、こっちこそすいません……!」

 そこに立っていたのは、先端にカメラのような物が付いた長い棒を手に持つ、制服を着た女の子だった。

 すらりとした細い体で、髪を肩まで伸ばし、目つきは怖いが綺麗な顔立ちをしていた。

 制服姿ということは、この学校の生徒だろう。

 なら好都合、このまま出口までの道を聞くとしよう。


「あの、聞きたいことがあるんですけど……?」


 そう聞こうとした瞬間、俺の足下に落ちていたスマートフォンの画面に目がいった。

 そこにはかわいい魔法少女のような女の子の絵が待ち受けとして表示されており、少ししてから消える。

 恐らくはぶつかってしまった少女の物だろうと思い、俺はそれを拾い、彼女にへと差し出した。


「これ、君のじゃないの? 落ちてたよ」


「……もしかして画面、見ましたか?」


「え?」


「だから画面を見たのかを聞いているんです」


 真剣な表情で彼女はそう問い詰めてきたため、俺は誤魔化す事も出来ずに答えてしまった。


「えっと……魔法少女?」


「違います誤解ですそれは友達の物です決して私の物なんかじゃありません」


 ガタガタと震えだした彼女の態度に俺は驚きを隠せない。

 なんだ急に……どうしちゃったんだ、この子。

 表情を変えず、突然早口となって戸惑う俺だったが、少女の目線は動き、俺の後ろにへと移った。


「剣に鎧……? もしかして、冒険者の方ですか?」


「まあそうだけど……」


「そうですか……ふぅん、では先輩とお呼びしますね」


「え、なんで?」


「私、両世高校で『魔術師科』の学部に通っている、闇鍋 月夜やみなべ るなといいます」


 魔術師?

 ああ、だから先輩なのか。そう俺は心の中で納得する。


「先輩、ここで会ったのも何かの縁です。だから一つ、私の相談にのってはくれませんか?」


 こうして、俺と闇鍋月夜は出会ったのだった。

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