第7話 だるまさんが転んだ

 俺は再びサキュバス目指し、廊下を歩き出していた。

 思い足取りで進みながら、急がず騒がずサキュバスが目を覚ますギリギリの距離まで詰めていく。

 もうすぐ前回目を覚ました二メートル圏内。そこに今、俺は足を踏み入れた!


 まるで自動的にサキュバスの目は開き、俺の姿を見た。

 よかった。どうやらだけのようだな。


「今だ! カッチェラ!」 

 

 背後から現れた寒気、恐ろしさ、そして恐怖。

 それは紛れもなく、俺の背中にへと引っ付いたカッチェラが放った威嚇。


「っ!」


 俺の背中から流れ出たその圧倒的オーラを見て、サキュバスは目をそらして体を震わせた。

 よし! 予想通りドリームは封じた!

 なら後は──、


「【逃走】!」


 俺はそれを確認してすぐさまスキルを発動させ逃げた。

 何から? もちろん、背後のカッチェラの威嚇からだ! 


「ぎゃっ!」 


 【逃走】を使った反動でカッチェラが背中から離れて床に転げ落ちる。だが、今は構ってやれない。


「威嚇を止めるなよ! いけるぞこれは!」


 カッチェラの心配は後にして、急いで震えるサキュバスをおんぶして、おんぶ……ええい! うまく持ち上がらん! 

 震えるサキュバスは丸く縮こまり、手足を体の奥にへと隠してしまっている。

 かくなる上は!

 最初に考えていたおんぶを諦め、俺はすぐさま彼女の体を両手で持ち上げる。言うなればお姫様抱っこだ。

 ようやく持ち上げられたのもつかの間、冷たい空気が背中を撫でる。

 俺は再び、カッチェラの威嚇から逃れるため逃げ出した!


《待て! 待つのじゃ!!》


「怖い! 滅茶苦茶怖い!」


 いくらカッチェラの威嚇が見かけ倒しのハリボテであっても、そこから感じさせる命の危険や圧倒的強者の恐怖は本物であり、怖いものは怖いのだ!

 倉井さんから教えてもらった階段を駆け下りていき、先に割り出しておいた最短ルートを通って、後はただひたすら外を目指して逃げるだけ。サキュバスが見てない内に走る。まさに『だるまさんが転んだ』だ。


《逃がさんぞッ!!!》


「ぎゃああああああああああああああああああああああっ!!!」






 そんな地獄のトライアスロンの終着点。

 

 ビルの出入り口を抜けると、夕方のオレンジ色の空が広がった。

 俺は安心感からようやく足の速度を緩め、走った反動で勝手に動く足の赴くままによたよたとしながら歩みを進める。


「ぐ……苦しいっ……!」


「うっ……っ……!」


 息切れで苦しむ俺の首を、抱きしめる形で締めてくるサキュバスさん。

 威嚇が怖かったのは分かるが、苦しいし死んでしまうのでやめてほしい。あ、でもよく見るととんでもない美人で可愛い顔の美少女だ。好みドストライクなので我慢しよう。


「なんじゃ、ツルギよ。あれぐらいの距離でへばっておるのか?」


「うっ、うるせぇ……人間は十階分の距離を走ったらそこそこ疲れるもんなんだよ……」


 いくら魔力を媒介にしているとはいえ、走っている以上疲労どうしても出る。

 数分遅れで、倉井さんもビルの中から現れた。


「ありがとうございます! いや、なんとお礼を申したらいいものか! 剣気さんとカッチェラさんを雇って本当に良かったです!」


「それならよかったです……で、そろそろ降りてもらえませんかねぇ?」


 今だ俺の首を絞めるサキュバスさんは、一向に降りてくれる様子がない。


「やぁ……っ!」


 あまりにも怖かったせいか幼児退行でも起こしてしまったのだろう。口調が見た目に似合わず幼くなっている。

 仕方が無い。このまま冒険者組合に連れて行ってどうにかしてもらおう。






「その子、幼年期のサキュバスなんだって」

「……なんですと?」

 鈴鳴さんの言葉に驚きを隠せず隣で俺の腕に抱きつくサキュバスさんを見たが、どう見ても二十歳くらいにしか見えない。


「サキュバスは肉体の成長が早いんだってさ。その子も人間で言うのならまだ五歳らしいわよ」


 こんなボンキュボンで五歳? とんでもない幼女である。格闘ゲームキャラか何かか?


「住民データにも載ってないし、大凡、転移した場所がたまたまあのビルでそのまま居座ってたてことかしらね?」


「そうなのか?」


 今だ俺の腕にしがみつくサキュバスは、小さいながらも頷いた。


「それで、その子のこれからの処遇なんだけど」


「断固施設に!」


「やぁっ……!」


「その子は剣気と暮らしたいらしいけど?」

 鈴鳴さん、笑みがやらしいですよ……て、おい、まさかこの流れは!


「何をバカなことを言っておるのじゃ。こやつはわが大切な配下第二号! 拠点でともに暮らすに決まっておろう!」


「ちょっ、まじかよ……!」


「それじゃあえっと……名前はなんていうのかしら?」


「りりぃ」


「じゃあリリィちゃん。この紙に今から言うこと書いていってね。お姉さんが教えるてあげるから」


 鈴鳴さんは慣れたように用紙を出し、リリィにへと記入させていく。

 もう知らん。ツッコムのも疲れた。


「そうそう、体が大人だからって手出したら、青少年育成条例児ポで即逮捕だから気をつけなさいよ」


「んんっ~」


 リリィさん。

 そんなに魅惑の体をくっつけてこないでください。色々とまずいです。


「これにて一件落着じゃな!」


「してねぇよ」





 

 それからリリィを引き取って数日後。


「ふんっ! はぁ!」


 俺は存分に、今までに鍛え上げた腕を振るっていた。


「おかわり!」


「もっと」


「はいはい……」


 主に料理で。


 今日の献立はチンジャオロースにスパゲッティ。カレーに味噌汁を加えて、オムライスも付けさらにエトセトラエトセトラ……。

 カッチェラに料理を出していく内に、節約も兼ねた俺の自炊スキルはどんどんと上がっていき、今では一般的な家庭料理ならばレシピを見なくても作れるようになっていた。

 たまに本職が何なのかを忘れそうにもなるが、多分冒険者だ。

 

 カッチェラはそれらをいつものようにおいしそうな顔で完食していくが、それに負けず劣らず食べる人物がもう一人。

 言うまでもない、リリィだ。

 リリィも成長真っ盛りな子供。しかも欲に忠実なサキュバスのため睡眠欲もさることながら、食欲もすごい。

 先ほどまで机を埋めていたはずの料理がもう無くなっているのだ。

 そろそろ今日の分の食材が切れそうなのだが……後で買い出しに行かなくてはなりそうだ。


「やっぱり食事は大勢で食べるのが一番じゃな!」


「ほい……ひぃ……」


「だから食べながら喋るなっての」

 結局カッチェラの目的だけが果たされて、俺の負担がますます増えた今回の騒動に頭痛を覚えつつ、俺は今日も腹を空かせた子供たちのため、飯を作り続けるのだった。


「「おかわり(!)」」


「ああもう、本当よく食うな! お前ら!」

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