第6話 眠る廃ビルのサキュバス

「お待ちしておりました。鈴木解体業者、営業部所属の倉井くらいと申します」


 目的の廃ビル目指し、辿り着いたのは品川駅。

 そこに眼鏡をかけて、作業着を着た一人の男性が待ち構えていた。

 顔はやや痩せこけ、白髪が少し目立つ三十代前後程の人物に見えた。


「初めまして。今回依頼を受けました、冒険者の歪身剣気と申します」


「これはご丁寧にどうも。それで、そちらのお子様は?」


「わが輩はカッチェラ・カオス──」


「連れの魔族の子供です。気にしないでください」


「かしこまりました」


「遮るな、ツルギ!」


 ぎゃあぎゃあうるさいカァッチェラはほっとき、倉井さんに案内されて目的のビルまで歩いて行く。

 着いたのは駅から徒歩五分圏内にある、十階建てのそこそこ大きなビル。

 人気は無く、建物周辺には解体作業用の仕切りが立てかけられ、重機などがそのまま置かれていた。


「この中に依頼したサキュバスがおります」


「それで、そのサキュバスをこのビルから追い出してほしいと」


「よろしくお願いいたします」


 倉井さんは、俺たちに慣れたように綺麗な礼をしてきた。


「彼女がいる限り、解体工事は行えず、費用はかさみ、期限も迫っております! なにとぞ! なにとぞよろしくお願いいたします!」


「わ、分かりましたけど、他の冒険者は誰一人として依頼を達成していないですよね。それは一体何故なんですか? そこまでに厄介なんですか、そのサキュバスは」


「様々な不運が重なりましてこんなことに……実際に現場を見ていただけばお分かりになると思います」


 そう言って倉井さんは先頭をきって歩き出す。

 連れてこられたのはビルの最上階である十階。

 直線に伸びる暗い廊下の奥で眠る、一つの塊があった。


 塊の腰から伸びた悪魔のような形の大きな羽。

 その羽は、モデル顔負けの完璧なプロポーションの体に被さっており、お尻からはハートマークの尾の付いた尻尾が揺れている。

 体のラインが分かるラバースーツのようなその衣服は、彼女の魅力をさらに引き立たせていた。

 その姿はまさにサキュバスそのもの。


 どうやら寝ているようであり、体を丸めて時折艶で輝く綺麗なその髪をかいては寝返りをうっている。


「彼女が使う魔法は、【ドリーム】だけなのですが……」


 相手に夢を見させる、サキュバスの初期魔法、【ドリーム】。

 前に一度調べたことがあるが、発動には使用者が相手の目を見る必要があるはず。

 サキュバスが寝ている以上、特に難しそうではなさそうに感じた。


「他の冒険者はどうなったんですか?」


「彼女を起こさないよう、静かに近づいた冒険者の方がいらっしゃいました」


「結果は?」


「一定の距離まで近づくと即座に起きて【ドリーム】をかけられ、全裸になって東京の街を駆け回る騒動となりました」


「……他には?」


「彼女に近づかないように遠距離攻撃を与えて追い出そうとした冒険者の方がおられました」


「結果は?」


「【ドリーム】にかかり、全裸になって東京の街を駆け回りました」


「……まさか他の冒険者も」


「老若男女関係なく全員全裸に。死角がない廊下のため、どうしても【ドリーム】に掛かってしまうのです」


 これ、無理ゲーなのでは?


「それなら、もう少し予算を上げて一流冒険者を雇った方がいいんじゃないですか……?」


「あの金額以上は経費削減のため出せないというのが上からの意見です。本当、頭が硬いですよね……フフフッ……倒産する気なんですかね、わが社は……ははは……っ!」


 乾いた笑いを見せる倉井さんからは、今までの苦労が感じられて、なんだかいたたまれなかった……。


「わが配下にふさわしいではないか! 任せておけ、あのサキュバスは必ずわが輩たちが連れて帰ろう!」



 またそんな安請け合いをして。出来なかったらどうするつもりなんだ……。


「て、おい待て」 


 まるでサキュバスに向かうかのように廊下を進もうとしていたカッチェラの肩を急いで掴む。


「何をする!」


「魔法も使えないお前に何が出来るんだよ。まずは俺が行く」


 仮にカッチェラが【ドリーム】にかかって全裸で街になど駆けだしたら、とてもじゃないが洒落にならん。

 幼女に全裸ダッシュをさせたと誤解されたら、倉井さんと仲良く逮捕コースだ。


 俺はカッチェラの代わりに、サキュバスを目指して歩き始めた。

 ゆっくり、ゆっくり。

 次第にサキュバスとの距離は縮まっていき、残すところ後二メートル。

 瞬間、寝ていたはずのサキュバスは目を開き、俺を見た。

 その瞳は飲み込まれそうな程に綺麗で、それでいて魅惑的にも感じて──、


「て、やばいっ! 【逃走】!」


 俺はすかさずに【逃走】を使い、壁を蹴って飛び上がる!

 そのまま空中で華麗なスピンを決めながら、慣れた手つきで剣を抜き、着地と同時にサキュバスにへと突き立てたのだ!


「ゲームオーバーだ、サキュバス。観念するんだな」


「ご、ごめんなさい……!」


「す、すごい……! あれほど色々な冒険者が攻略出来なかったクエストをいとも簡単と!」


「やるではないかツルギよ! 流石はわが最高の配下じゃ!」


 その後、冒険者組合にへを帰った俺たちを出迎えてくれたのは、鈴鳴さんを含めた職員の方や、冒険者たちからの歓迎だった。


「やるじゃない、剣気! 流石はアタシが見込んだ冒険者なだけはあるわね!」


「ツルギすっげぇじゃねぇーか! 今度俺の動画に出ねぇ? きっとすぐ人気者になって視聴率もあがるぜー!」


「あまり褒めるなよ! 照れるだろうが!」

 

 その場にいた他の冒険者たちも、俺を讃えてくれる。

 それはかつて俺のスキルを馬鹿にしてきた、いけ好かない冒険者から。


「剣気、お前のスキル結構役にたつんだな。誤解してたぜ!」


「そうだよ! 俺のスキルだって凄いんだぜ!」


 それは、新宿部署でも一、二を争うほどの人気パーティーの美少女リーダーから。


「是非とも私たちのパーティーにへと入ってはいただけにでしょうか?」


「光栄です。是非とも参加させてください」


「「「剣気! 剣気!」」」


 周りからの歓声は暖かく心地いい。

 そうか。認められるて、こんなに気持ちかったのか……。

 ようやく、俺の人生はここから始まるんだ!

 もう自由に生きてもいい。

 もう俺を縛るものはない。

 そうだ! 自由なん──「起きろ! ツルギ!」──だぁっ!

 なんだ! 誰だ一体! せっかくいい気分だったのに!


「んっ……ん?」


 よく目を開けて周りを見渡すと、そこは賑やかだった冒険者組合とは違い、暗くジメジメとした建物の中。

 そして俺の横には腕を振り上げかけたカッチェラと、心配そうに俺をのぞき込むように見る倉井さんがいた。

 周りを見渡すと、そこはサキュバスに向かって歩きだす前のスタート地点。

 サキュバスは遙か前方で眠っており、距離は再び広がっていたのだ。


「これは……一体……あいたっ!」

 

立ち上がろうとしたが、足に何かが絡まり転んでしまう。見るとズボンが下がっており、履いていたトランスが丸見えだった。


「……今、俺何してた?」


「サキュバスが目を覚ましたのと同時に、お主はスキルを発動しようとしていたようじゃが、『俺のスキルだって凄いんだぜ!』とか、『光栄です。是非とも参加させてください』などと、訳の分からぬことを言いながらここまで戻って来て服を──」


「もういい分かった。それ以上言わないでくれ……」


 自己嫌悪で死にたくなるから……。


 つまりこれが【ドリーム】てやつか。恐ろしい。

 そりゃあ、あんな気持ちいい思いをしたら服も脱ぎたくなるわけだ。


「とにかに【ドリーム】の効果は分かったが、確かにこれはえらく厳しいな……」

 

 起きる手前で【逃走】を使うか? いやでも見られてかかるのなら、【ドリーム】を使われたら結局同じなのか。廊下には死角もないし、対処のしようがない。

 その後も何度か再チャレンジを繰り返したが、その都度俺は服を脱ぎ、ギリギリのところでカッチェラと倉井さんに止められるという行為を繰り返していた。


「もう無理だわ……万策尽きた」


「だからわが輩が行こうと言ったのじゃ!」


「何か策でもあるのか?」


「当然! わが輩の素晴らしい演説を聞けば、あやつも立ち所にわが配下と──」


「服ひんむかれるぞ」


 こいつに期待した俺がバカだった。

 だが、俺一人では不可能なのもよく分かった。


「……カッチェラ。お前、威嚇と足が速い以外に何か出来ることてあるか?」


「わが輩ほどの存在であれば、その二つもあれば十分じゃ!」


「つまりその二つしかない訳だな。さて、どしたものかな?」

 

 確かにカッチェラの威嚇は洒落にならないほどに怖く、怯ませて【ドリーム】を封じることは出来るかもしれない。

 だが、そのまま相手が萎縮してしまいその場から動けなくなってしまう可能性もまたあり得る。

 そうなったら、『追い出す』という当初の目的が果たされないため、本末転倒だ。


「威嚇で封じたとして、どうサキュバスを追い出すか……追い出す……外に出す。あっ」


 もしかして、これならいけるのか?


「倉井さん。この建物にある全ての階段の位置を教えてもらっていいですか?」 


「わ、わかりました……!」


「一体何をするのじゃ、ツルギよ?」


 俺は計画の要ともなるカッチェラに、どう分かりやすく説明しようかと考えてから、こうまとめた。


「だるまさんが転んだ」

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