第5話 金欠回避大作戦

「はぁー……高収入でNスキルの冒険者でもできるクエストてないかなー……」 


 俺はそんなあり得もしない事を呟きながらも、自宅の床に寝ながらスマートフォンを操作する。


 イノシシゴブリン騒動から、一週間が経過していたある日のこと。 

 俺は家でスマホを使い、ネットのクエスト求人サイトを眺めていた。カッチェラを引き取ることにより、最初はこれまでよりも働かなくてもいいかもしれないと甘く考えていたのだが、カッチェラが家にやって来た初日、俺はこいつの脅威の能力を目の当たりにすることになったのだ。


 事の発端は、カッチェラが腹を鳴らせたことから始まった。






「あぁ……、疲れたぁ……!」


 イノシシゴブリン騒動で警察の事情聴取を終え、その足でギルドにへと戻りカッチェラの手続きをすぐにした。

 正直、鈴鳴さんの説明は八割も理解出来ず、必要な書類だけを書くだけだった。

 後日詳しい資料が送られてくるそうなので、それを読むことにしたのだ。

 それも終わって、俺は最後の体力を振り絞り、曙橋付近にある自宅アパートにへと帰ってきたのだった。

 

 足は既に限界に達しており、俺は玄関で膝から崩れ落ちながらどうにかして部屋にへと入り、電気を付けた。


「ここがツルギの住処か、わが輩はてっきり隣の大きな長い塔の方かと思ったのじゃが……まあしょがないのう」


「おいこらぁ……引き取ってやったんだから文句言うんじゃねぇよ。そもそも隣のマンションが一体いくらすると思ってるんだよ……」


 前に興味本位で調べてみたが、軽く見積もって20万円。

 今俺の住んでいるこの安アパートの倍の金額に驚き、すぐにブラウザバックを押したことを思い出す。


 その時だ、あの問題が起きたのは。

 

ぐぅ~。


「そういえば腹減ったなぁ……」


「……じゃな」


 恥ずかしげにそう答えたカァッチェラは、手でお腹を押さえつつベッドに顔を埋めた。

 そういえば、魔族て種族によって食べるものが違うんだっけ?

 

「なぁ、お前て何食べてるんだ? ヤモリとかドブネズミとかか?」


「なんでそんな汚いもの食べさせようとしておるのじゃ! 人間たちと同じく、肉や魚とかじゃ!」


「質問するだけ親切だろうが、てことは普通てことだな」


 助かった。ねずみ取りを設置しなくて済む。


「とりあえずすぐに食えるし、カレーカップラーメンでも食うか?」


「なんだかよく分からんが……任せよう」


 お湯を入れて三分後、カップラーメンの蓋を開けると、カレーの香ばしい匂いが漂ってきた。

 「いただきます」と、俺たち二人は麺を勢いよく啜った。


「ちゅるぎ! こりぇは! まことにうまいにゃ!」


「飲み込んでから喋れや」


 カップラーメンを大層に気に入ったこの自称・魔王の娘さんは、ちゅるちゅると麺を啜り終え、即座に完食した。


「ふぁ~……」


「満足か?」


「実はまだ少々足りなかったのじゃが、ここは我慢しておくことにするのじゃ」


「そう遠慮するなよ。食いたいならそう言え、カップラーメンはもうないが、残り物で何か作ってやるから」

 と言っても、今家にあるものなんて米と卵と豚肉くらいなものだが。


「そ、そうか……? 本当に良いのか?」


「ああ、食え食え。腹一杯にな」


「で、ではその言葉に甘えようかのう……!」


 鈴鳴さん曰く、難民者は月に一度報告書を上げなくてはならないという国の決まりがあるらしく。カァッチェラも例外ではない。

 こんなことでフラストレーションを溜められて、「いつも腹ぺこじゃ!」などと書かれたらたまったものではない。できる限りリスクというものは回避していかなくてはな。

 それに補償金も入るんだ。これからはそれほどクエストを受けたり、ダンジョンに潜る機会も減るだろうから少しくらいの融通は聞いてやるさ。


「出来た配下を持ててわが輩は嬉しぞ! ではよろしく頼んだ、ツルギよ!」


「はーいよ」


 んじゃあ。久々の自炊、頑張ってみますかね。チャーハンしか作れねぇけど、米食わせて水をたらふく飲ませればなんとかなるだろう。






「おかわり!」


「おまえなぁ……食うにも限度って物があるだろうが!」


 カァッチェラは最初に出した炒飯を皮切りに「おかわり」を要求し、それに答える形でひたすらに食わせ続けた結果、家にあった一週間分の食料や米、レトルト食品全てを平らげてしまったのだ。

 といっても、あまりにもおいしそうに食べるカァッチェラを見て、作り続けてしまった俺も悪かったのかも知れないが、このときは疲労の所為もあってテンションが少しおかしくなっていたのである。


「遠慮をするなと言ったのはツルギではないか。正直、これでもまだ足りぬのじゃぞ?」


「嘘……だろ……? お前まさか毎日このくらいの量を食べるわけじゃないよな? 今日だけだよな!?」


「今で腹八分目くらいじゃな。だが安心せい、今日は何も食べてはおらんかったし、今ので約一日分と言ったところじゃ!」


「冗談……だろ?」


 むしろそうと言ってくれ……!

 そう願った、だがカッチェラは無慈悲までの事実を俺にへと叩き付ける。


「わが輩はいつもに大まじめじゃ! 冗談なぞつくものか! それよりもツルギ、このチャーハン? という食べ物は美味しいのう! もっとないのか!?」


「マジかよ……」


 結果で言えば、マジだった。


「すかぁー……」


 ギュルルル~~~~~~~~~!!


 深夜、床で寝ていた俺はあまりの音の大きさに驚き、跳ね起きた。

 音の正体を探ると、鳴らしていたのは俺のベッドを占領する形で眠るカァッチェラのお腹からだった。

 それは重低音を大きく醸し出す楽器そのもの。その音はあまりにも響き、アパートを微かに揺らす。


ドンドンドンドン!


「すいません! すいません!」 


 二階やお隣さんから、無言の壁ドン(壁を殴る)という苦言も相まって、深夜に地獄の演奏会が開催されることとなったのだ。


「寝不足に近隣住民からの苦情………デメリットしかない……!」


 結局カァッチェラには一日一週間分の食費がかかるという結論に至り、それと同時にある問題も浮上した。


「このままじゃ、食費だけで補償金が吹き飛んじまう……」


 それは実質最初の頃と何も変わらず、むしろカァッチェラの食欲次第ではマイナスにすらなりかねないリスクをはらんでいたのだ。

 頭を抱えた俺は、結局またクエストやダンジョンにへと潜る生活を始めないくてはいけなくなってしまったのだった。

 とんでもない大食漢娘付きで……。


「むにゃむにゃ……もっと……食べさすのじゃ……」

 ギュルルル~~~~~~~~~!!

「ああもう! 食べさすから静かにしてくれ!」






 そういうわけで、結局いままでと同じように。いや、いままで以上に働かなくてはいけなくなってしまったのである。


 過去の嫌な思い出を弾くように、俺はひたすらにスマートフォンに表示されたクエスト覧をスクロールさせていく。

 すると、急に顔に影がかかり、顔を上げると両手を腰に付けたカッチェラが、得意のドヤ顔笑顔で俺を見下ろしてきた。


「ツルギ、新たな配下を探しに行くぞ!」


「は?」


「配下じゃ、配下!」


「俺がいるじゃねぇか、我慢しろ」


 出せる限りのイケメンボイス。

 これでカッチェラも諦めるに違いないだろう。


「やじゃ! 父様は一杯の配下を従えていたのじゃ! 魔王には配下が多くいるものなのじゃ!」


「よそはよそうちはうちだ。さーて、割のいいクエストはと……『リザードマンとの乱戦参加者希望』、『キメラモンスター討伐』、『アゲハカメレオンを捕獲して』。駄目だぁー……やっぱり報酬がいいのはリスクが大きいものばっかりだな……」


 物は試しにと探して見たものの、報酬がいいクエストは総じて危険だったり、難易度が高いものばかり。

 役立つスキル能力を持っているなら話は別なのだろうが、こっちは逃げるだけが取り柄のザコ冒険者。おまけに今ならセットで、うるさいお守りも付いてくる。

 そう思って出来そうなクエストを見れば、大抵は安月給なものばかりだ。

 こうなれば、奥の手を使うしかあるまい。


「カァッチェラ、出かけるぞ」


「なんじゃ、えらく素直ではないか。ふふふ、やはりツルギも配下が欲しくなったのじゃな!」


 置いてこうとしても、どうせ無理にでも着いてくるだろうから、無駄な抵抗をしてもしょうがない。


「して、どこに行くのじゃ?」


「こんな時に行く場所なんて決まってるだろうが」


「ん?」


 俺たちは装備品を調えて、外にへと出た。






 訪れたのは、冒険者組合新宿部署。

 俺はいつものように背負ったリュックの間に剣を刺し、私服の上からは鉄製の胸当てや膝、肘、肩当てなどと最低限度の軽装備を付けている。

 カァッチェラは転移してきた時と同じ服装で、上からはお気に入りのマントを羽織っていた。


「ここで人間達は仕事を探すのじゃな!」


「冒険者限定だがな」


「あら剣気、久しぶりじゃない。補償金が出たのにもう金欠なのわけ?」


 そうからかうように笑うのは、新宿部署の受付嬢、鈴鳴さん。今日も荒くまとめたポニーテールが元気に揺れている。


「ええ、主にこいつのおかげで」


「子供は何かとお金がかかるしねぇ、パパさんも大変だぁ! あははははっ!」


「誰のせいでこうなったと思ってるんですかね……?」 

 

色々言ってやりたいことはあったが、時間もない。本題に入ることにする。


「ズバリ鈴鳴さん! 俺でも出来て報酬が高いクエストは──」


「ないわよー」


「早っ!」


「そりゃあ無いわよ。あっても、すぐにみんな受けちゃってクエスト達成しちゃうんだもの。剣気だってネットには載っていない、『掘り出しクエスト』を探しにわざわざ来たんでしょ?」


「ええ、まあ……」


 物件や普通の職安と同じく、何もネット載っているクエストがだけが全てじゃない。

 現地の冒険者組合にしかない、その日依頼された突発的なクエストというものも存在するのだ。

 その中には、仕事内容の割に報酬がおいしいものもごくまれに現れるときがある。俺はそれを狙ってやってきたのだが……。


「生憎、そういうおいしいのはここ最近さっぱりねぇ」


「ですよねぇー……やっぱりおとなしくダンジョンか安物クエストでも受けるしかないのか」


「スズナよ! 配下に出来そうな者がいるクエストはないのか?」


「配下? 剣気が配下じゃなかったの?」


「こやつもそうじゃが、わが輩はもっと配下を増やしたいのじゃ! 本当の魔王にへとなるべく、多くの仲間が必要なのじゃ!」


「やめろ、カァッチェラ。そんな都合のいいクエストがあるわけ……」


「お、ツルギじゃねぇーか。おひさー!」


 軽率な口調で近づいてきたのは、がたいのいい二十歳前半の男性。

 茶髪の短髪に、外国人のような彫りの深い顔から、そこそこのイケメンとして名の知れた冒険者だった。

 俺なんかとは違い、しっかりとした防具と、腰に大型の剣が装備されている。


「クライム、お前も金欠なのか? 動画配信はどうしたんだ?」


「それが最近はバーチャルアイドルに客取られてさっぱりなんだよ。あれこれとやってはいるんだが、視聴率も伸び悩んでてな。一丁、『こんな無茶なクエストにチャレンジしてみた!』な動画を撮るために、こうしてやって来たわけだ!」


「お前も中々苦労してんだな」


「で、そのカワイイお嬢さんはどうしたんだよ? ツルギ、ロリコンにでも目覚めてハイエースしちゃった訳?」


「変な言いがかりはよせ。お前と同じ難民だよ」


 『ハイエース』の意味は知らんが、クライムのにやけた顔で分かる。絶対に碌な意味じゃない。


「誰じゃ、こやつは?」


「俺の名は、クライム・オーティマ! 冒険者兼、配信者もしてるから是非見てくれよな! オススメの動画は、『カメレオンアゲハを何匹捕獲できるのか!?』だな」


「前に助けた難民の一人だよ。順応性がえらい高くてな、一年ちょっとで動画サイトに自分の動画投稿して収益を得てる程だ」


「何を言っておるのかさっぱりじゃが、とにかくクライムはすごいのじゃな!」


「なんだよこの子! 滅茶苦茶いい子じゃねぇーか!」


 クライムはカァッチェラを気に入ったのか、頭を撫でており、カァッチェラも誇らしく胸を張る。

 ナンダこの光景……。


「それで、君の名前はなんていうのかなぁ?」


「わが輩は、カッチェラ・カオスロード!」


「はぁ!? カオスロード!?」


 クライムは大げさなまでに距離ととった。

 やっぱり異世界では、カオスロードの名は有名らしい。


「ふふん! ようやくわが輩のすごさが分かるものが現れたようじゃぞ、ツルギよ!」


「クライム、こいつこう言って魔王の娘を名乗ってるけど、やっぱりそうなのか?」


「さぁ? 知らんな」


 軽く言ったクライムの一言に、カァッチェラはずっこけた。


「一応お前の世界のお偉いさんだろうが……」


「そうは言うがなツルギ。お前だって有名人は知ってても、その家族までは把握してないだろ?」

 

 それを言われると納得してしまう。

 知っていたら、逆に怖い。


「それに名前なんて俺達の世界異世界じゃ、全員自称みたいなものだしな。言ったもん勝ちみたいなもんで、みんな好きな名前を名乗ってたし」


「わが輩は自称ではないわ!」


「ちなみに、魔力値はゼロだ」


「こりゃあ自称臭ぇな、はははっ!」


「貴様ら……!!」


「おいバカ落ち着け!」


 こんなところで威嚇なんか使われたら洒落にならん。 

 カァッチェラがオーラを出す前に体を羽交い締めにし、どうにかして落ち着かせた。


「それで、ツルギたちは何しに来たんだ?」


「簡単で大金が稼げるクエストを探しに」


「わが配下となるものがいるクエストを受けに来たのじゃ!」


「そんなクエストないって言ってるんだけどねぇ……」


「ほーう、なあ、スズ姉さん。例のあれって、誰か攻略しちまったのか?」


「例の……? あっ! でも、剣気に出来るのかしら……?」


「なんじゃ! いいクエストがあるのか!」


「そうですよ。あるなら教えてくださいよ」


 でないとこちらは今日からお茶漬けともやしだけの食生活がスタートだ。

 せめて豚肉だけでもいいから肉が食いたい。


「確かに剣気やカッチェラちゃんの要望には応えられる内容ではあるけど……」


「一体どういうクエストなんですか?」


「廃ビルに住み着いたサキュバスを追い出すクエストなんだけど」


 そう言って鈴鳴さんがタブレットで見せてきた。

 クエスト報酬は五万円と他のものに比べて高く、スキルレアリティ制限もない。

 相手もサキュバスならよほどの相手でも無い限り、命を落とす心配も無いだろう。

 おまけにサキュバスのその後もこちら任せと、カァッチェラの要求も満たす好条件クエスト。


「鈴鳴さんも人が悪いな。あるならあるって言ってくださいよ!」


 明るく言う俺とは違い、鈴鳴さんの表情は今だ笑っていない。何か、とんでもないことでも隠しているかのように──。


「剣気。確かにこのクエストは、あなたたちにもクリアできるかもしれない。でもね──」


 鈴鳴さんは重たい口調で、俺たちにその事実を告げた。


「ここ一週間でこのクエストを受けたのは合計五組。それでいて、一組もこのクエストをクリアしていないのよ……?」

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