第4話 イノシシゴブリン襲来
「さてと、帰るか」
冒険者ギルドを後にした俺は、その足で家にへと帰るため歩き始めた。
イノシシゴブリンとダンジョンが出たことで電車は一時運転を見合わせ。
新宿から自宅のある曙橋までは近いことだし、少しダルいが問題はないだろ。
え、イノシシゴブリンを倒す為に外に出たんじゃないのかって?
そんなことはしない。
なんせイノシシゴブリンは、ゴブリンの素早さと、イノシシの巨大な肉体が合わさった、生きる暴走トラックのような物なのだ。
そんな相手はスキルランクの高い冒険者達に任せればいいのであって、俺に低ランクスキル冒険者は邪魔せず参加しないに限る。
ギルドで鈴鳴さんにクエスト内容を聞いたのは、あの場から逃げる口実が欲しかっただけなのだ。
「……まあ、しょうがないよな。その方があいつのためにもなるだろうし」
「誰のことじゃ?」
「そりゃあお前の……おい、なんでここにいやがる」
そこにいたのはカッチェラ。
どうやら先ほどと同じく、いつの間にか着いてきたらしい。
「さっきも言っただろうが、お前を引き取る気はない」
「そうじゃな。じゃが、ツルギ。お主、あのイノシシゴブリンとやらを止めにいくのじゃろ?」
「あ? あぁ……」
カッチェラに言われて先ほどの自分の発言を思い出す。だがあれはあの場を逃げる口実でしかない。
「じゃからツルギ。わが輩はお主に自らの力を見せるために着いてきたのじゃよ! ツルギがああ言ったのも当然じゃな、自らが仕える主人の力を知らないのであれば無理もなかろうからな!」
にっこにこで笑うカッチェラに俺は言葉が詰まってしまう。
これは何を言っても駄目そうだし、一体どうすればいいのか……うーん。
「あぁいやー、やっぱりあの巨大猪を倒すのは止めようと──」
オォーン──オォーン──!
「っ、この鳴き声は!」
それに気づいた時にはもう遅かった。
前方から走ってくるのは、体長二メートルはある、巨大な生き物。
全身に苔を纏わせながらも、鋼のような毛は街の明かりが反射して光り輝いている
イノシシゴブリンはその速度を維持しつつ、こちらにへと迫ってきている──ておい!
「なんか俺達のこと見てないか……!?」
「あやつがそうか! ん? なんじゃ、あやつどうしてわが輩の入っておった宝箱を担いでおるのじゃ?」
「宝箱だって……?」
カッチェラに言われてよくよく見ると、イノシシゴブリンの上には何故か宝箱がくっついていた。
てことはまさか……!
『にしてもこの山、えらく柔らかいな? まあいいか』
「あれかァ────ッ!!」
全然よくなかった! あの山こそが今目の前から走ってくるイノシシゴブリンだったのだ!
「【逃走】!」
即座にカッチェラを持ち上げて、俺は走り出す。
咄嗟の判断が功を奏し、数メートルの距離を維持しながらも、なんとか追いつかれない距離を保っている。
「ツルギ! どうして逃げるのじゃ! あやつを止めるために来たのであろう!」
「バカ言うな! あんな生きる暴走電車みたいなやつ、ぶつかったら即ミンチだぞ! 俺にどうにか出来る相手なんかじゃねぇんだよ!」
「じゃがわが輩の威嚇を使えばよいではないか!」
「こんな建物の密集した街中で使ってみろ、絶対に何かしらが壊れる!」
現在進行形でイノシシゴブリンが車やら、なんやらを壊し回ってはいるが、それはあいつが壊した物。
だがもしカッチェラが威嚇を使って、その反動でイノシシゴブリンが倒れたり、どこかに突っ込めば、それらの請求ま違いなく俺に回されるハメになるのだ。
だから迂闊な手など取れない……!
「【ファイア】!」
「【スラッシュ】!」
「【アクアボール】!」
突然聞こえたスキル名に、後ろを振り返る。
イノシシゴブリンの真横に着くバイクに乗った冒険者たちが、スキルを放ち攻撃をしていたのだ。
「いいぜ! このまま俺達でこいつを狩るぞ!」
「ほら見ろ、俺たちがしなくても別の冒険者たちがなんとかしてくれるんだよ!」
「おい先頭走ってるそこの兄ちゃん! なんかお前に釣られてるみたいだからそのまま餌役よろしくぅ! おらッ!」
「誰が餌役だ……! だが、助かったぜ」
そう思っていた矢先、攻撃を受けていたイノシシゴブリンの目がバイクを運転する冒険者たちに向けられた。
「これで終わりだ! 【ファイ──」
フゥ────ンッ!!
「おっわ!」
「ぎゃ!?」
「きゃ!」
イノシシゴブリンは突然、その巨体を回転させて周りの冒険者たちをバイクごと吹き飛ばしたのだ。
それにより後方にいた他の冒険者たちもコースアウト。
残るは前方を走る俺達だけどなってしまった……。
「畜生! どうすればいいんだよ!」
「じゃから、わが輩ら二人でやると言っておるのじゃ!」
「お前正気かよ?! この状況見てもまだ言うのかよ!」
「わが輩とツルギなら何でもできる! そうわが輩の心が言っておるのじゃ!」
「訳の分からねぇこと言ってるんじゃねぇよ! そんな勘、当てに──」
言葉が詰まってしまう。横脇に抱えたカッチェラの表情は真剣そのものだったのだ。
そこには、先ほどまで捨てられて泣きそうだった弱々しい顔はない。
「よいか、ツルギ。わが輩に考えがあるのじゃ」
「くっ、それはあのイノシシを止められる方法だろうなっ!?」
「そうじゃ! 必ず上手くいく、必ずじゃ!」
逃げている途中、他の様々な冒険者たちが車やバイクを走らせてイノシシゴブリンに攻撃を仕掛けるも、全員惨敗。
ことごとくコースアウトしていく実力派冒険者達の姿から察するに、どうやら今回は自分達でどうにかするしかなさそうだ。
なら──、
「ちっ! 分かったよ! でどうればいいだよ!」
「簡単じゃ、ツルギ。こやつがどんな動きをしても大丈夫な場所はあるか?」
「あぁ? ここが四谷付近だから……ああ、築地! 築地だ! この先を真っ直ぐ行きば海がある! でかい湖みたいなやつだ!」
「ではそこで落ち合うことにしよう、わが輩はそこで待っておる! ツルギはそこまで、そやつを連れてきてくれ! たぁっ!」
カッチェラは俺の腕からすり抜けて、瞬く間にへと海を目指して走っていく。
「あ、待てよ! 結局俺はどうすればいいだよ!」
「ツルギはただ、恐れずわが輩にへと飛び込んでくればよいのじゃ!」
その言葉を最後に、カッチェラの姿はすごい速度で消えていった。
あの野郎……!
「これで作戦も何もなかったら処置しねぇからな!」
今はただカッチェラの言葉を信じることしかできず、俺は魔力量の限界まで走り続けた。
「だぁっ……はぁっ……うみ……はやくうみぃ……っ!」
魔力量と足は既に限界であり、少しでも気を抜けばイノシシゴブリンに踏み潰されてしまう。
そんな文字通りのデッドヒートの中、ようやく辿り着いた終点の築地市場。
東京のど真ん中なのにもかかわらず、人の姿は無い。
周りから避難警報が聞こえることから、イノシシゴブリンが来るため皆避難したのだ。
既に海は見えているが、肝心のカッチェラがどこにも見当たらない。
「くそ……! どこいったあいつ!」
あたりを見渡すが、周りにカッチェラらしき人物は見当たらない。
「まあ……被害が少ないだけいいかぁ……後で責任逃れできるしな……ん?」
──つ──ぎぃ──!
「この声はっ!」
誰もいなくなった無人の土地で、ただ一つの肉声が聞こえた。
避難区域でそんなバカなことをしているのは一人しか思いつかない。
その声の先に目指して、俺は全ての魔力を使い切った。
海沿いに面する通路のある、はとば公園。
そこで海を背にして立つ、一つのシルエット。
それは紛れもないカッチェラだった!
「ツルギぃー!! ここじゃぁーッ!!」
彼女は必死に声を振り絞って、俺のことを呼んでいた。
「聞こえたぜ、大馬鹿がッ!!」
「ツルギ! そのままわが輩に向かって走ってくるのじゃ! 何があってもわが輩の元に来るのじゃぞ!」
「ああ、もうやけだ! なんでもやってやるよッ!」
「ではゆくぞ──威嚇》
「!」
再びカッチェラの後ろから現れた鬼神。
その禍々しく、あまりにも強すぎる恐怖感から、俺は足を止めてしまいそうになる。
──だがっ!
「くぁああああああッ! いいぜェ! 望み通り飛び込んでやるよォ!!」
オォーン──オォーン──ッ!?
イノシシゴブリンの鳴き声が変化した。
それは悲痛そうな、何かに恐怖する音。
そう感じた瞬間、イノシシゴブリンは猛スピードで足を踏ん張りブレーキをかけるが、その巨体を制御出来ず、反動で前にへと倒れこんできた。
「くっ、カッチェラ!」
即座にカッチェラを抱き寄せて、横にへと飛び込んだ。
それと同時に、後ろから大きな音と、水しぶきが上がり、イノシシゴブリンが豪快に海にへと落ちていったのが見えた。
「痛ってぇ……そしてもう走れねぇ……っ」
「やったぞツルギよ! わが輩たちであやつを止めれたのじゃ!」
「ああそうね……そうだね……」
イノシシゴブリンを落としてすぐに、付近で待機してた救急車から救急隊員の人たちが降りてきて、俺達に毛布を掛けてくれる。俺に関しては酸素スプレーのおまけ付きだ。
「どうやら今回はお前の威嚇のおかげのようだな……」
「この作戦が出来たのはツルギがいてくれたからじゃよ。わが輩一人だけでは倒れてきたあやつに踏み潰されてしまっていたからのう!」
笑ってそう言うカッチェラに、先ほどの言葉が蘇った。
『わが輩は……役立たずか?』
「……違うかもしれねぇな」
「ん? なんじゃ? なんと言ったのじゃ?」
「カッチェラ、お前どうして魔王になりたいんだよ」
俺は先ほど言いかけた言葉を思い出しつつ、カッチェラに聞く。
決断をするには、どうしても聞いておかなければならなかったから。
「なんじゃ? 藪から棒になんじゃ?」
「いいから」
カッチェラは少しだけ考えた後、納得したように首を縦に振って笑顔で答えた。
「わが輩の父上が魔王だからじゃ!」
「それだけかよ」
「他にあげるとしたら……いや、実はこれが一番の理由じゃな」
カッチェラは決意したように、満面の笑みで俺に答えた。
「わが輩な、ツルギ。父様が、魔王がどうしようもなく『かっこいい』と憧れてしまったのじゃよ!」
『憧れの『勇者』にだってなれるんだ!』
憧れ。
そのあまりにも単純すぎる理由を、俺は理解できてしまった。
なにせ、今俺の目の前に立っていたのは過去の自分そのものだったから。
「そうかよ……。たく、本当逃げづらいやつだな、お前は……」
「ん? どういう意味じゃ?」
「カッチェラ。俺、やっぱりお前を引き取ることにするよ」
「……ほ、本当か!?」
「ただし、実現不可能なことや、命に関わることは無しだ。いいな?」
「つ! ツルギよぉ!」
「おい抱きつくな」
重いし、鼻水が付くだろうが。
「わが輩は必ず魔王になるぞ! ツルギよ!」
こうして俺は、いやいやながらにもカッチェラの一時的な保護者となったのだった。
全く、碌な事なんて願わなければよかった。
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