第3話 緊急避難難民
「いやっ! 待ってツルギ! 売らないで!」
「うるさい黙れ暴れるな」
やって来たのは、俺たち冒険者の職場の一つである冒険者組合。
その中の一つである新宿部署に、俺とカッチェラはやって来ていた。
木製を思わせる作りの壁や床に、入り口前にドラゴンの骨(人工物)が置かれたファンタジー風の内装が施され、武器や防具を付けた冒険者たちが多く出入りし、ファンタジーゲームにでも出てきそうな衣装を着た職員の人たちが働いてた。
一瞬異世界に迷い込んだかのように思える光景の場所であるが、言ってしまえばここは冒険者のためのハローワーク。職業安定所だ。
異世界の事に関してなら何でもござれの総合窓口であり、異世界絡みで困ったときはここに来れば、まず間違えはない。
その中の一つの窓口に、俺たちは顔を出していた。
アイテム売却窓口に。
「ま、魔王の娘を売り飛ばすとはなんというヤツじゃ!」
俺に連れてこられたカッチェラは、そこが何をする場所なのかを知ると、この通り俺の足に掴みかかってきたのだ。
必死に強がってはいるが、目の端に溜めた涙の粒を隠しきれてない。
「すいません
「うぁんーーっ!!」
「剣、そうあまりいじめるのもほどほどにしてあげなさいよ。確かにペット販売目的でモンスターの買い取りは行っているけど、知性のある魔族に関しては、『
窓口に座り、荒く巻かれたポニーテールを揺らす受付嬢の
「緊急っ……非常事態っ……難民っ……?」
そう、別に俺も意地悪をするために、こいつをここに連れてきたわけではない。
『配下となれ』、などと訳の分からないことを言い出してきた後、カッチェラから事情を聞いて、予想していた通り彼女が『緊急非常事態難民』であることを察した俺は、異世界関連の窓口である冒険者組合にへと連れてきたのだ。
「ひ、ひどいのじゃ! ツルギはオーク以上の鬼なのじゃ!」
「うるせえ、洒落になれない『威嚇』を使ってきたお前が悪いんだろうが」
先ほどカッチェラが出した黒いオーラ。
あれは彼女が唯一使える技の『威嚇』であり、魔力を消費して使うスキルなどではなく、体質的な特技だったのだ。
脅すだけであり、別に使ったからといってパワーアップもしない。
そこいらにいる他のモンスターや魔族も使えるため、俺もその特技自体は知ってはいたのだが、カァッチェラの威嚇は中々に洒落にならないレベルのものだった。
その腹いせに、ちょっとこっちも脅かしただけである。お互い様だ。
「あれのせいで少し漏らして……いや、なんでもない」
「それで、緊急非常事態難民とは一体なんなのじゃ?」
「あなたたちみたいに異世界から転移されてきた人たちを、一時的に守るための法律よ」
そもそもの始まりは、『転移』と呼ばれる現象が確認された十年前。
世界各地にて『異世界』と呼称される、地球とは別の場所から様々な物が転移してきたのだ。
転移されてくる物は様々であり、モンスターやこちらの世界にはないようなアイテム。エルフの森やリザードマンが住まう沼地のような土地。そして俺たちと同じ人間や、魔族と呼ばれる向こうにしかいない種族の生き物たち。
そんな幅広くの物や生物たちが、この世界にへと流れ込んできたのだ。
原因は今だ不明。
転移現象が確認された当時、世界中は一時的な混乱に見舞われて、常識というものは一夜にして大きく変わってしまい、今にいたるというわけだ。
転移してくる物の中でも、一際に扱いが慎重なもの。
それが向こうの人間や、魔族と呼ばれる人間とはまた別の進化を遂げた種族たち。
異世界からの
異世界に帰れない彼らに、世界が取った対応は、『緊急非常事態難民制度』を適用すること。
すなわち、一時的な難民とすることだった。
難民となったものには毎月生活できるだけの補償金──日本ならば十五万円──が支給されて、成人ならばその者が持つ能力や特技にあった職が提供されるようになっている。
「それじゃあカッチェラちゃん、この難民認定申込書て紙に今から言うことを記入していってくれるかな?」
「な、なんなのじゃ……この感覚は? 知らぬ文字なのに……意味が分かる……?」
「それは転移現象時に調整されたからよ。だからこの世界の私たちとも、こうしてお話できるの」
転移されたものには様々な現象が起きる。その一つがこの『調整』だ。
転移してきた人間や魔族は、こちらの言葉を覚えなくても、いきなり俺たちと会話出来たり、文字も読めようになる。
本当、転移現象は分からない事ばかりだ。
営業スマイル全開で受け答えをする鈴鳴さんの指示に従い、カァッチェラは紙に必要事項を埋めていった
「うん、うん、ありがとうね。後はそこにある証明写真ボックスで写真を撮って持ってきて。私たちが責任を持って処理しておくわね。申請が通ったら入国管理局に直接顔を出すことになるだろうから、そのつもりでね」
「う、うむ……何がなんだかよく分からぬが、よろしく頼む……」
「それで届け先だけど……剣、どうしようか?」
「どうもこうも、そいつの住む場所に送ればいいじゃないですか」
俺がいざ帰ろうとしていた傍ら、鈴鳴さんが妙な事を聞いてきた。
「その住むところをどうするかてことなのよ。この子、見たところまだ子供でしょ? 見た目通り」
魔族の中には見た目が子供でも中身が大人なものも多いが、カァッチェラに関して言えば見た目も中身も明らかに子供だ。
今も冒険者組合に設置されたドラゴンの骨(人工物)を見てはしゃいでいるし、間違えない。
「そうですね。クライムの時とは違って未成年ですし、難民施設が適任でしょうね」
「今はどこの難民施設も人手不足で、入るのに半年くらいかかのよ」
「……で?」
鈴鳴さんのこの言葉選び。何か嫌な予感がする。
「カッチェラちゃんはどうしたいの? 施設で住みたいか、それとも――」
「わが輩はツルギと暮らすぞ! あやつは我が輩の配下なのじゃ!」
「決まりね!」
「おい待てこら」
なに勝手に決めてやがるんだ、この女子メンバーは。
「本人の希望を尊重するのがお役所仕事てものよ!」
そんなに融通利きましたっけ? お役所さんて?
「いや鈴鳴さん。これに関しては冗談じゃなくて本当に不味いですよ……」
「なんでよ」
鈴鳴さんは不満げに見てくるが、気にしてはいられない。
「こいつを家に住まわせるてことは、俺がこいつを養うてことじゃないですか。そんな金銭的な余裕、今の俺にはないですよ」
「もし彼女を引き取った場合、この子は未成年だから剣は保護者になるの。いうなれば里親ね。だから補償金は実質、剣が管理することになるわ」
「いや、それでも……成人男性の家に幼女が住むのは、ちょっと世間的に……」
「それなら大丈夫よ。剣のことは、アタシがよく知ってるもの」
お、鈴鳴さん。以外に俺のことを買ってくれて──、
「だって剣、何事も逃げ腰なヘタレ野郎じゃないの」
いるわけでは無かった。
「剣の経歴も問題は無いし大丈夫よ。お願い剣! 施設送りを回避できたらそれだけでボーナスが出るの! 非正規職員の給料の低さを考えてみて! アタシとこの子を助けると思って! ね!?」
この人……金のために子供売りやがった……!
「剣には言われたくないわよ。それにこれもアタシと剣の信頼関係があってこそできる荒技なのよ! さ、さ、諦めてこの紙に記入してちょうだい! さあ!」
「いやでも……」
必死に泣きついてくるというレアな鈴鳴さんの姿。
ああぁ……まあ鈴鳴さんには色々とお世話になってるし、ここは少々話を聞いてあげても────って待て待て待て!
やっぱりリスクがでかすぎる!
いきなり幼女を養うとかなに!?
俺まだ
流されるな。ここは断固抗議してリスクを回避しなくては、最悪社会的に抹殺される……!
その思いから俺はもう一度鈴鳴さんに反論しようとした瞬間、ズボンが握られる感触を覚えた。
下をを見ると、カッチェラだ。
先ほどの半泣き顔からは打って変わって、自信の無い、俯いた表情をしている。その顔色には不安の色がにじみ出ていた。
「……ツルギ……」
「な、何だよ……」
あまりに雰囲気が違うため、思わず面を喰らっていたところ、カァッチェラはとんでもないことを口にしてきたのだ。
「わが輩は……役立たずか?」
「なっ……!」
なんだよ……。
なんでよりにもよって……その言葉を選んだんだよ……。
それは……それは俺が最も言われ続けてきた言葉じゃねぇか!!
「くっ……!」
「突然こんなことを言って迷惑なのは分かっておる……じゃが、この世界でわが輩が頼れるのはお主しかおらん、何故かそう思うのじゃ……っ!」
「……お前は、」
《緊急クエスト発令! 緊急クエストが発令されました!》
「「「!」」」
俺が言おうとしていた考えは、その警報によってかき消されてしまった。
《ダンジョン内部から、興奮状態のイノシシゴブリン一体が、新宿を暴走しています! 冒険者の皆様は直ちに出動してください!》
「……燦さん、達成条件は討伐が目的ですね?」
「え? ええ、動きさえ止めれればいいって」
「分かりました」
「ツルギ、今なんと──」
「悪いなカッチェラ、やっぱりお前を配下にはなれねぇよ」
そう言ってから、俺カッチェラを置いて他の冒険者と同じく外にへと駆けだした。
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