13 答え合わせ?
ここから先は、後で
最初に繭由は、連れて来られた生徒――〈彼女〉にこう言った。
「安心して。私は警察じゃないから、君をどうこうしようとは思わない。ただ私の趣味に付き合って欲しいだけなんだ」
〈彼女〉は頷く。警察に突き出されるわけじゃないと知って、少し表情が和らいだようだった。
「まず、今回の事件を振り返ってみよう」
繭由は、事件概要のおさらいから始めることにしたようだ。
「事件は四日前の昼。四時限目の間に発生したんだったね」
時間でいえば午後〇時から午後〇時五十分までの間だ。
「場所は2年A組の教室。ここは施錠されてなくて、誰にでも出入りは可能だ。事件があった時間帯は体育の授業中だから、2年A組の生徒は出払った状態。つまり教室は無人だったってことだね」
教室には人がいなくて、施錠もされていない。それだけだと、誰にでも犯行は可能に思える。
「盗まれた財布は教室の鞄に入れていたそうだから、誰かが教室に入り、盗んだことになるね。じゃあ、教室へ入ったのは誰かという話になるんだけど、他のクラスの生徒が授業中に抜け出したという情報は無い」
これは、俺がちゃんと確認している。
「なら、外部犯の可能性は? 答えはノー。うちの学校はセキュリティが厳しいから、外部からの侵入は有り得ないね」
うちの学校は、校門のカードリーダーにIDカードかビジターカードを読み込ませないと中へ入れない。勝手に侵入したら警報が鳴り響いて、常駐している警備員さんが飛んでくるのだ。
「となると、犯行が可能なのは、生徒、教師、出入り業者のいずれかになる」
教師の中には、養護教諭の
「他のクラスの生徒はもういいよね。授業中に抜け出した人はいないんだから除外できる。一方、教師と出入り業者への疑いはまだ残ってるね。ここから更に絞る為には、事件の質を見極める必要があって」
事件の質、とはいかに。
「計画的犯行、という言葉は知ってるよね?」
ミステリー作品にはお馴染みの単語だ。そうでなくとも、ニュースで聞く場合がある。
「これの反対は偶発的犯行と言ってね、簡単に言えば『思いつきの犯行』というわけ。今回の事件は、こちらの範疇にある」
繭由の話を、〈彼女〉はまばたきもせずに聞き入っていた。
「なぜならば、
そうだった。
「樹里亜ちゃんが財布を持ってきていたことは、教師や出入り業者の人達は知らなかったはずだよね。だからこの二つも除外、残ったのは2年A組の生徒だけだね」
大した根拠もなく、はなから同じクラスの生徒による犯行だと考えていた俺と違って、繭由は消去法を使い、丁寧に容疑者を絞っていく。これが、客観的事実と論理的思考に基づく推理というやつらしい。
「といっても、2年A組の全員が疑わしいわけじゃない。ほとんどの生徒は体育の授業で長距離走の最中だった。これはタイムが記録されてるから事実だよね。この時点で、クラスの大半が除外できる」
次第に範囲が狭まってきた。外堀を埋めていく、とはこういう状態のことを言うのかもしれない。
「ただし例外もある。ここでいう例外に該当するのは、学校を休んでた
改めて姓名を整理しておこう。
アイドル級超絶美少年、
繊細にして美麗な旋律を操るピアニスト、
ストイックな姉御アスリート、
悪童改めオリンピック候補スノーボーダー、
以上の四名だ。
「煌星くんは学校を休んでたから問題外。奏恵ちゃんも保健室から出れなかったから犯行は無理。あとは茜ちゃんか、きらきーに絞られるんだけど」
容疑者が二人に絞られた。
この時、繭由の推理を聞いていた〈彼女〉が目を伏せた。
「ここで重要になってくるのが、購買部のおばちゃんの証言。一応言っとくと、おばちゃんは第三者だから嘘をつく理由は無いよね。だから信用できる」
購買部のおばちゃんが言うことには、四時限目の授業中に、購買部と保健室の間にある通路を通った生徒は一人だけとのことだった。
「おばちゃんの話では一人の生徒しか通ってなかったそうだから、これでもう限定できるよね」
繭由が、椅子に座っている〈彼女〉の顔を覗き込む。相手は目を伏せたままだ。
「ここで一つ、疑問がある。犯人はどうやって教室に入ったのか。服部先生の証言から、昇降口は有り得ない」
先生は、昇降口から校舎に入った生徒はいないと言っていた。
「じゃあ中庭の方から昇降口前の廊下へ行くルート? だとしたら、購買部のおばちゃんから見えてるはずだよね」
しかし購買部のおばちゃんからは、そんな話は出ていない。
「一応、昇降口の反対側にも階段はあるけど、2年A組の教室との間を往復するには時間がかかる。長距離走を中抜けしたはいいけど、早く他のみんなと合流しなきゃ怪しまれる。だからトリックを使って、時間を大幅に短縮する必要があった」
普通の方法では無理でも、『そうでないやり方』なら可能になる。
「トリックは恐らくこんな感じだろうね。犯人は一番最後に教室を出て、二階の廊下の窓を開けたままにしておいた。それから授業を受けて、校外コースへ出たのをいいことに、まんまと中抜けして見せた」
中抜けの話は輝良人から出ている。彼が嘘を言っているとは思えない。自分の疑いを晴らしたいと言ってた彼が、わざわざ自分も疑われるような話をでっち上げるとは考え辛いからだ。
「犯人は急いで中庭へ走り、隠し場所から『道具』を引っ張り出した。そしてそれを使い、まるで天使のように空へと飛び立つ。そのまま、あらかじめ開けておいた窓から、吸い込まれるようにして二階の廊下へ。こうして、あっという間に2年A組の教室にたどり着いたのだった……!」
繭由は芝居がかった動作で、天井を仰ぎ見る。両目には星がキラキラと輝いていた。彼女いわく、犯人が使ったトリックについて話す時が、一番気持ちのいい瞬間なんだそうだ。
「というわけで、このトリックを使える2年A組の生徒は一人しかいない」
繭由が視線を〈彼女〉に移した。
「棒高跳の選手である、鷲尾茜ちゃんだけなんだよ」
ついに名前が告げられた。繭由と向かい合って座る女子生徒、それは――
音無奏恵さんだった。
「……あの。私、何で呼ばれたの……?」
困惑した様子で、音無さんが言った。自分とは全く別の生徒を名指しされて、どうリアクションしていいか分からないようだった。
「渡したいものがあってね」
繭由は布団の合わせ目から手を差し出す。掌に載せられていたのは、音無さんがいつも付けていた髪留めだった。
「文哉が池で見つけてくれたんだ。君の『落とし物』だよ」
繭由は、髪留めを音無さんの手に載せ、自分の手を添えてそっと握らせた。
「池の上を渡る時に、落としちゃったんだよね? 大切なプレゼントが鯉に食べられてなくて良かったよ」
その瞬間、音無さんの目から涙が溢れ出した。
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