12 わかったかも?



 翌日は学校が休みだったから、大原おおはら先生に電話で事情を話して、校内に入らせて貰った。正門から入れてくれた警備員さんにお礼を言い、繭由まゆゆから指定のあった場所へ向かう。


 まずは寸法の計測だ。


 繭由は、二ヶ所を測るようにと言っていた。それから「きっと同じ長さだと思うよ」とも。

 そうして実際に測ってみたら、何と、二ヶ所とも百三十センチメートル。繭由の言った通りだった。もしかしてあいつ、校内の見取図が全部、頭に入ってるんじゃないだろうな。


 次は池の底ざらいだ。


 職員室に行って、休日出勤している先生から用具庫の鍵を借りる。俺は用具庫の片隅から、胴の部分まである長靴を引っ張り出した。履いてみると、実にヘドロ臭い。これ、前回は何に使ったんだろう?


 がぽっ、がぽっ、と音を立てて歩き、いざ池の中へ。今日は比較的暖かいほうだけど、水に浸かるのはやっぱり勇気がいる。池に入るのを止めて帰るという選択肢もあっただろうに、俺にはどうしてもそれが出来なかった。


 綾小路あやのこうじさんから、盗まれた財布に込めた想いを聞かされたというのもあるし、繭由をがっかりさせるのも忍びない。何より、調査を進めてきた俺自身が、事件の真相を知りたいと思っている。


「……よし」

 池に足を入れると、長靴から冷感が伝わってきた。やっぱり水は冷たい。

 用具庫から持ってきたシャベルを使って、底の土をすくい上げ、池の外へ出していく。闇雲にやってても効率が悪いので、保健室側から順に進めていくことにした。池の端から壁沿いに行き、廊下側の壁に当たったら一歩右へ。そして反転、引き返す。池に東西方向の縞模様を描くイメージだ。


 一人で黙々と作業を続けていたら、鯉が俺の近くに泳いできた。池の主らしく、なかなかに腹が座っている。「お前は何をやっているんだ?」という目で見られた気がした。

 何となく居心地が悪いので目を逸らすと、保健室の窓が視界に入った。事件があった日、音無おとなしさんはあそこから中庭を見ていたんだろうか。


 そういえば。


 音無さんの髪留めが盗まれたという『第二の事件』は、まったく手掛かりが無い。繭由もこの事件には触れなかったけど、二つの事件を同時に解決するのは難しいと考えたからだろうか。

 綾小路さんの用意した財布が盗まれた理由は、大体予想がつく。煌星こうせいのハートを射止めるという彼女の計画を阻止する為だ。


 じゃあ、音無さんの髪留めは何故盗まれたんだろう?

 同じ機会に、同じ教室から盗まれたのだから、犯人は同一人物? いや、犯人が実は二人いる可能性も……駄目だ、分からない。


 仮に犯人が一人だったとして、その動機は? 財布は解るけど、髪留めまで盗む必要があったのか? あったとすれば何で?

 もしかして、財布を盗んだ動機そのものを読み違えていたとか。なら、財布と髪留めの共通点は? 金目のものだから? ていうか、財布が帰ってきて髪留めが帰ってきてない理由が不明じゃないか。何が違うんだ? 盗んだ目的が違うから、犯人は二人いることになるのか?


 考えがまとまらなくなってきた。整理しないとオーバーヒートしてしまいそうだ。

 そのとき、コツンという手応えがあった。小石かと思ってすくい上げてみると、どうやら違うらしい。

 『それ』を手に取り、手で泥を拭いてやる。見つかったのは、意外な物だった。


「何でこんなところに……」

 呟いた瞬間、思考の大空へ飛び立つような感覚があった。バラバラになっていたパズルのピースが次々と嵌まり、やがて一枚の絵になる。

 そうか、そういうことだったのか!

 俺は興奮冷めやらぬうちに、ポケットのスマホを握り締めた。





 あらかじめ電話で呼び出しておいた生徒を伴い、繭由の部屋の前まで行く。ドアをノックすると、弾むような声で返答があった。


「どうぞー」

 中に入ると、繭由がいつもと同じように、ベッドの上で布団にくるまっていた。俺にとっては珍しくもない光景だけど、連れて来られた生徒は目が点になっている。珍獣でも見たような気分なんだろう。


「やあ、いらっしゃい。うちに来るのは初めてだね。ちょいとワケアリで、ベッドの上から失礼するよ」

 悪びれる様子もなく、繭由はそう言ってのける。相手は戸惑うばかりだ。

「まずはお礼を言うよ。今日はよく来てくれたね、ありがとう」

 ベッドの上の鏡餅が、ぺこりと頭を下げる。

文哉ふみやも。今回は実に良い働きをしてくれたね、感謝してるよ」

 珍しく殊勝な態度だ。いつもと違った雰囲気で微笑まれて、ドキリとしてしまう。


「で、申し訳ないんだけど文哉は外してくれるかな。少々デリケートな話をするのでね」

 繭由は、連れて来られた生徒をちらりと見る。相手は不安そうな面持ちで、黙り込んでいた。


 俺としては、正直、食い下がりたいところだ。繭由がたどり着いた真相に興味がある。それに犯人の動機も。


 だけど繭由の頼みじゃ、しょうがない。

「わかった」

 俺は部屋から退出する。ドアを閉めた時に、こんな台詞が聞こえた。

「さあ、の話をしようか」



■ ■ ■



【読者への挑戦状!】


 ここまで読んでくれてありがとう。

 俺こと外園文哉から、読者の皆さんへ挑戦状だ。


 推理に必要な情報は、全て開示してある。その情報を的確に組み合わせれば、必ず真相は見えてくると思う。

 解答編の前に、皆さんには是非とも推理して頂きたい。


 皆さんの完全なる解答を期待する、と言いたいところだけど、それには条件を設けることにしよう。

 完全なる解答と認める条件は以下の通り。


1.犯人は誰か?

2.犯人が使ったトリックは?

3.作中に用意したミスリードとは?


 これら全てを解明した場合にのみ、完全なる解答と認めよう。


 条件が厳しい? そんなことはないはずだ。皆さんの優秀な頭脳を、俺は信じている。

 それでは、繭由に匹敵する名探偵の登場に期待を寄せつつ、解答編といこう!

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