11 推理してみた



 夜。繭由まゆゆの家にて。

「随分とリア充な感じになったんじゃな〜い?」

 と、これは繭由だ。綾小路さんの車で送って貰った後に部屋まで来てみたのだけれど、ベッドの上の鏡餅は人をからかうようなことを言う。


「何のことだよ?」

「大勢の女の子から話が聞けたんじゃないのってこと。楽しかったでしょ?」

「失礼な。俺は調査に必要だから話を聞いてるだけで。嫉妬か?」

 繭由は歯を見せて、にまっと笑う。

「違うよー。文哉ふみやがモテ男になったら、私も鼻高々だもん」

 そういう考え方もあるのか。やはり女子はよく解らん。


 それはさておき、俺は今日調べて新たに分かったことを繭由に話した。

 話の合間に「うん! うん!」といちいち大袈裟な相槌を入れる彼女の目は、これから玩具おもちゃを買って貰える子供のようにキラキラと輝いている。


 ……うん、こいつなかなか可愛いぞ。


「いいねいいね! ちゃんとポイント押さえてくれてるから助かるよ」

 褒められたら悪い気はしない。ようやく繭由も俺の有用性が解ってきたようだ。


「その感じなら、真相は大体わかるんじゃないかな?」

「まあな。ちょっと聞いてみてくれ」

 早速、自分で組み立てた推理を披露した。


 今回の事件は、とてもトリッキーな方法が使われたと俺は考えている。普通の発想では「そんな馬鹿な」となるだろうけど、その先入観を越えた先に真実が待っているのだ。


 自信満々に語り、犯人の名前を告げたところで、俺はこう締めくくった。

「どうだ?」

 多分、今の俺は凄いドヤ顔になっているはずだ。だけど、そうなっても仕方がないほど、自分の調査と推理を自負している。

 繭由は俺を見直し、これまでの態度を改めるだろう。これでようやく、対等なパートナーになれるというものだ。


 なのに。


「ありゃー、そっち行っちゃったか。私とは違う考えだね」

 と、繭由は目をぱちくりさせるのだった。

 あれ? おかしいな。客観的事実と論理的思考に基づいて、この答えに達したんだけど。


「え、でも。このトリックなら短時間で犯行が可能だろ?」

 俺の反論に、繭由はチッチッと指を振る。

「短時間で犯行が可能になるとしても、トリックそのものが不可能じゃないかな」

「うーん」

 真っ向から否定されると自信が無くなってしまう。


 すると繭由が、こう付け加えた。

「推理は結論ありきでするものじゃないよ。本当にその結論しか有り得ないのか、検証していかなきゃ」

 こと推理に関して、繭由のこだわりは強い。彼女は大きな目でこちらを見つめながら、語り始めた。


「思うに、真相へのアプローチの仕方は二通りあってね。一つは消去法、もう一つは加点方式だと私は考えてる」

「消去法は、『あらゆる可能性を想定して、有り得ないものを順番に省いていく』ってことか?」

 パチン、と繭由が指を鳴らした。

「さすが現役高校生ミステリー作家、その通りだよ。これは警察の捜査のやり方に似てるよね」

 警察は誤認逮捕したら大変だしな。間違った推理は確実に排除しなければならない。


「で、私が加点方式と呼んでいるのは、立てた仮説が本当に正しいと言えるかどうかを確認する作業のこと」

 仮説を裏付ける客観的状況や証拠があれば、真相に近付いていくという感じだろうか。


「で、私の加点方式からすると、文哉の推理は土台からして破綻してるよ。加点すらできないマイナスだね」

「厳しいな」

「まあね。トリックの発想そのものは面白いから、私も好きなんだけどねー」

 遠慮なく言ってくれるから、逆にすっきりする。じゃあ繭由は、どんな推理を立てたんだろうか。


「そっちはどう考えてる?」

「んー」

 またしても。彼女が思考の大空へ羽ばたいてしまった。


 しばらくして、意識が布団の中に戻ってきたようだ。

「私は消去法と加点方式の両方で考えたよ。今ある情報じゃ、正直、消去法だけだとカバーできないんだよね」

「まだ結論が出てないってことか?」

 繭由にしては珍しい。

「結論は出てるよ。ただ、加点方式を補強する証拠が欲しいかな」

「証拠?」

「うん」

 繭由はジャンケンのチョキを出した。余裕のVサインでないことは確かだ。


「一つ目は『ある部分』の寸法、二つ目は池の中」

 やけに勿体ぶった言い方だ。

「だからね、文哉にはあと二つだけ調べて欲しいんだ。寸法を測るのと、池の底ざらいと」

「寸法はいいとして、池の底ざらいはなぁ……今の時期は寒いし」

 あの池がどれだけ深いか知らないけど、冷たい水に浸かったまま作業するとなると、かなりの体温を奪われそうだ。下手したら風邪どころじゃ済まないかもしれない。


「冷えた体は、私の肌とお布団で温めてあげるからさ」

「またその手かよ」

 思わずツッコむ。繭由は俺のことをムッツリスケベだと見ているらしい。まあ、否定できないのが辛いところだけど。


「頼むよ。駄目かな?」

 ああもう、こんな時だけ上目遣いするんじゃない。断れなくなるじゃないか。自分が美少女であることを自覚している女子は、本当に恐ろしい。男を動かす方法を心得ているから。


「……わかったよ。ついでに鯉もさばいてやろうか?」

 いつぞやの脱線を引き合いに出したのは、せめてもの仕返しだった。

「池の底から何も見つからなかったら、鯉もよろしくね」

 さらりと返す繭由。冗談のつもりで言ったのに、彼女はあの鯉を割と重要視しているらしい。理由はよく分からないけれど。


「はいはい。ここまで来たら、あとはもう何でもござれだ。他にまだあれば、遠慮なくどうぞ」

 諦め半分、残りの半分は真相解明への期待。繭由に尋ねると、彼女は自信ありげな笑みを浮かべて、こう言ったのだった。


「これから挙げる人を、明日、この部屋に連れてきてくれるかな」

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