08 意外な展開?



 思いも寄らないところで、第二の事件が発覚した。盗まれていたのは、綾小路あやのこうじさんの財布だけじゃなくて、音無おとなしさんの髪留めもだった。


 彼女と学校で別れた後、俺は繭由まゆゆの家を訪問した。今日中に調べて分かったことを伝える為だ。特に、第二の事件があったことは話しておくべきだと思った。


 音無さんの話では、保健室へ行く前に髪留めを外して、自分の通学鞄に入れたそうだ。そして昼休みに戻ってきたら綾小路さんが騒ぎ出したので、もしやと思って確かめたら案の定――という感じらしい。


 発覚が遅れたのは、綾小路さんと鷲尾わしおさんが険悪な雰囲気になったからだろう。そこへ輝良人きらとも加わって、教室は大変な騒ぎになった。もともと引っ込み思案な音無さんは、言い出すタイミングを逃してしまったに違いない。


 繭由の家に着いたので、スマホからメッセージを送ってやる。だけどしばらく待っても、既読にならない。

 仕方ないので、インターホンを押した。少しして玄関の明かりが灯り、扉の向こうから繭由のお母さんが姿を現した。


「ごめんねー。繭由ったら、ご飯食べたら寝ちゃって」

 早ぇよ! まだ夜の八時前だろ!!

「……そうなんですか。困ったな」

 俺がそう言うと、繭由のお母さんがニヤリと笑い、親指で玄関を示した。


「何なら襲ってく? 今がチャンスだけど」


 ……いや、「何なら寄ってく?」みたいなノリで娘への夜這よばいを勧めないで下さい。

文哉ふみやくんならお母さん安心だわ」

「安心しないで下さい」

 きっぱり言わないと、このままなし崩し的に『家族』にされてしまう。こういうことは段階が大事なのに。繭由の無駄に積極的なところは、母親譲りみたいだ。


「じゃあ、明日また来ます」

 繭由が寝ているなら仕方ない。後で長文のメッセージを送っておこう。

「ちょっと待って。これを渡しといてって繭由が」

 受け取ったのは折り畳まれたメモだ。

 開いて中を見ると、こんなことが書いてあった。


〔今日の調査お疲れさま。購買部のおばちゃんからも話を聞いといてね〕


 文末に自分の顔らしいイラスト入りだ。推理を楽しんでいる様子が伝わってくる。彼女はもう何かを掴んだのだろうか?





 翌朝、事件は意外な展開を迎えた。

 見つかったのだ、財布が。

 登校してきた俺が教室に入ると、綾小路さんの席の周りに人だかりができていた。輪の中心を見ると、机の上にラッピングされた箱が置いてある。一昨日の朝に見たのと同じ物だ。


「誰が置いたんだ?」

 周りに聞いても首を横に振る人ばかり。

「分からない。アタシが来た時にはもうあった」

 答えたのは鷲尾さんだ。彼女はいつも朝一番に登校しているので、それよりも前から置いてあったことになる。


「まあ、いいんじゃねえの? 財布が見つかったんだし、これで解決じゃん」

 窓際から声がした。机に足を載せて座る輝良人が、面倒臭そうな顔をしている。

 言われてみればそうだ。盗まれていた財布が持ち主のもとに帰ってきたのだから、犯人探しをする意味も無くなる。


「僕もそう思う」

 輝良人に同調したのは煌星こうせいだ。好感度ワーストワンとナンバーワンの二人が同じ意見とは珍しい。二人とも、事件の収束を願っているようだ。いや、おそらくクラスのほぼ全員が、この時点での幕引きを望んでいる。自分のクラスに泥棒がいるかもしれないなんて疑心暗鬼は、早く消え去って欲しい。みんな、そう考えていると思う。


 ちょうどその時、教室のドアが開いた。中に入ってきたのは、綾小路さんだ。

 普段の彼女は漫画や小説でいうところの『お嬢様キャラ』を地でいく人だから、満面の笑顔で「グッモーニン! 皆様ごきげんよう!!」なんて挨拶をしようものだけど。

 今日は違った。固く、張り詰めたような顔をして、彼女は静かに歩く。ふと自分の机を見て、綾小路さんは目を見開いた。


 机に駆け寄り、ラッピングされた箱をまるで探し求めていた宝物を見つけたように抱きしめ、目からは大粒の涙を流し――てことにはならなかった。


「こんなもの、何の価値もありませんわ」


 綾小路さんはラッピングされた箱をつまみ上げると、そのままゴミ箱へ投げ込んだ。躊躇いもなく高価な財布を捨てるという行為に、一部の生徒がうめき声を上げる。


 当の本人は意に介さず、固い表情のまま着席。今日は煌星に話しかけもしない。財布を盗まれた日から、彼女は別人になってしまったようだ。そんな彼女の内心を想像したのか、どこからともなくヒソヒソ話が聞こえる。


「言いたいことがあるなら、はっきり言えよ!」

 苛立った鷲尾さんが机を蹴飛ばす。輝良人が舌打ちして、煌星は黙り込む。綾小路さんは能面のような顔になっていた。


 教室の空気がコールタールのように重い。最悪な雰囲気だった。


 がたん、と音がした。

 振り向くと、音無さんが倒れている。一昨日と同様、気分が悪くなったらしい。俺は鷲尾さんの手を借りて、音無さんを保健室に連れて行くことにした。

 なぜ自分がそうしたかというと、教室から逃げ出したかったからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る