其の三

 外は漆黒の闇だというのに、炉の中の灼熱の業火によって、その場は陰鬱に煌めいていた。


「親父、頼んだものは出来ておるか?」


 腰から上を裸体で晒し、年に似つかわしくない精悍な体を汗みずくにして、鍛冶師の赦嶽しゃがくが怨念を叩き込むようにして鉄を鍛錬しているところであったのだが、後ろからした精気の無い声にちらりと振り返り、上り口のところに立て掛けてある刀に向けて顎をしゃくった。


「……」


 長時はその方へ僅かに目をったあと、先程から吸い込まれるようにして見ていた炉の上にある神棚に目を戻す。

 其処には、天罰をも恐れぬとばかりに神鏡のど真ん中にぶすりと突き刺さっている一振りの刀が、手を伸ばせば届く高さに黙然としてあった。


「……この刀に、なんぞ興味を抱いたか?」


 赦嶽は、いつまでも刀を手にする様子のない長時を訝しく思い、今度はその手をきっちりと止めて振り返った。


「……なにか、呼ばれているような気がする」


「ほぉ……ならば、それを代わりに持っていくがよい」


「……残念だが、あれを買い取れる金など、わたしにはない」


「金など無用だ。その代わり、その刀の真の力を儂に見せてくれ。それは何処までも人の魂を喰らい尽くす妖刀。儂が数々の浮かばれぬ者達から生成し丹念に呪詛を施した逸品。日の本一の名刀と云っても過言ではない。但し覚悟せぃ。それを手にしたら最期、お主ごと喰らい尽くすことになろう。それに、お主が大切にしておる者の魂をも求め喰らうであろう。だがそれと引き換えにして、この世の者では誰一人として太刀打ち出来んほどにお主は強くなろうて。そして、お主に屠られた者どもは、皆一様に地獄へと引きづり込まれて、永劫のときを苦しみのなかで彷徨うことになるであろう」


 赦嶽の弁に熱が籠る。この時を待っていたとばかりにそのまなこに力を込める。


「……」


 長時は、惹きつけられるようにして歩を進めた。

 踵を持ち上げ右手を伸ばし、柄に手を掛け力を込めて引き抜いた。

 だが、力など、込める必要もなかった。

 これならば、結ですら容易く抜くことが出来たであろう。

 まるで刀の方から「ときが来た」とばかりに抜きでるようにして、するりと長時の掌の中に収まった。


「……銘は?」


絶戒ぜっかい


「……絶戒……か」


 その瞬間、刀身がきらりと妖しく輝き、かちゃりと鳴った。

 それがまるで、これからの始まりの合図とするかのように、長時は、一刻も早く斬り伏せたいという激しい衝動にはらの底から駆られる。

 目指す相手は、そう、我が最愛の娘であった……結。


「他人の子を、今でも愛おしく思うか」


 長時は失笑する。

 我が子である可能性を吹き飛ばすようにして、己を嘲笑する。


「さぁ、行くがよい! お主の進むべき道は一つ!」

 

 赦嶽は長時へ嬉々とした声を送る。


「……」


 長時は疼く体を武者震いで制し、その場を後にした。


「あれを遣う者が顕れようとは……」


 長時の暗然たる後ろ姿を目に、赦嶽は独りごちる。


「生きるは地獄。死ぬるは夢への渇望よ」


 ――そして、長時が異様な最期を遂げたその数日後、赦嶽は炉の中に頭を突っ込んだ状態で見つかることとなる。

 皮も肉も、半分以上は溶けてしまい、骨が露わとなったその姿は、まるであの世には間違いなく地獄があるということを知らしめるような壮絶なもので、そこから漂う死臭は、三日三晩というもの消えることはなかった。

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銷夏 ひとひら @hitohila

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