おわらない、(抜粋) (『おわらない、e.p. -甲種魔法取扱者-』より)
わたし達はバンドだ。ロックかどうかはわからない。二人でやっているからよくユニットだとか言われるけれど、ポルノグラフィティだってビーズだってホワイト・ストライプスだってバンドだろう。わたし達も同じだ。
エレクトロニクス、ヴォーカル担当、わたし。唐草りりり。
魔法楽器担当、笹々ねぐら。
解蟹(ほつれがに)リネンというのは、前任のヴォーカリストだ。彼女が生きていた頃は三人でやっていて、わたしは楽器に専念していた。
わたし達は、彼女の声に惚れていた。どこまでも届けたいと思った。なので、バンドを始めた。
大学のゼミが一緒になったのがきっかけだった。そのときは誰もバンドなんてやっていなくて、楽器だってリネン以外はほとんど出来なかった。
というか、今でもわたしは楽器を演奏している、という気がしない。沢山あるツマミを調整したり、タッチパッドをスライドしたり。エレクトロニクス担当、と名乗ったのは伊達じゃない。いや、威張るようなことじゃないけど。
ねぐらはもともと魔法の取扱資格を持っていたので、魔法で楽器を操作する方法、を学んだ。
「魔法で楽器を弾くのはさ」ねぐらが以前話していた。
「単に、普通の楽器をイチから覚えるのが面倒だったから、なんだけど、でもやっぱ、あんまり変わんなかったな。楽器のうまいひとって、指先に目でもついてるんじゃないのっていう動きをするけど、それは魔法でも一緒。結局、神経を集中して、手元に魔力を集めて、細かく調整する。と、勝手に指が動きだす」りりりがツマミいじるのとも、実はそんなに変わんないのかも。そんな風に。
けれど実は、そんなわたし達の努力なんてあんまり意味の無いものだった、なんて思いたくないし今となってはちゃんと活用しているものだけど、当時は本当にそう思わされた。
解蟹リネン。ほんもの、の天才。ギターもベースもドラムもピアノも、魔法も、なんかいろいろまとめてなんでもできてしまうひと。
きっと、リネンが数人居ればわたし達、どころかサポートなんて誰もいらなかっただろう。というか、バンド編成でライブをやるとかでなければ十分やれただろう。
けれど彼女には、致命的にやる気が無かった。
楽器を覚えたのは彼女との交換条件、みたいなもの。三人でなにかやろう、と言い出したのはリネンだった。その頃にはわたしとねぐらの覚悟、っていうと大げさだけど、は固まっていて、二対一で詰め寄ったのだ。
繰り返しになるけれど、わたし達はリネンの声に、歌に、恋をしていた。
わがままだと、自分でも思う。けれど結果的には三人で楽しくやっていた。リネンはわたし達の楽器の先生でもあり、バンドマスターでもあり、仲間だった。作詞作曲アレンジと全部一人でやっていて、わたし達はただただその様子を見守っていた。あれだけやる気がなかった彼女が、いざわたし達を引っ張るとなるとひとが変わったようで、きっと、リネンもわたし達のことを好きでいてくれたんだろう。
わたし達は少しずつうまくなっていった。いま、わたし達がひとに聴かせられる演奏ができるのはリネンのおかげだ。決していまでもうまくなった、だなんて驕ることはできないけれど、伝えたい音楽を伝えられるだけの力量はある、つもりだ。
リネンの残した、音楽。
いなくなってしまってから、いろいろ考えた。もうやめようか、とか、リネンの曲は演奏し続けるべきだとか。まっさらに、自分達だけの曲をやろう、だとか。
正直に言ってしまうと、まだ答えは出ていない。迷いながら、なんとなく続けていたのだ。それは、亡くなったリネンに対して失礼なのではないかと思いながらも。
サンプラーのボタンを押す。簡素な電子音が流れ始める。
リズムはシンプルに。リネンの先生としての教えだ。
「りりりは機材オタクだからさ、いろんな音を買い込んで出したくなる気持ちもわかるんだけど」
音は選べ。
わたしだけじゃない、ねぐらも、バンドとして。出す音はシンプルに、タイトに、グルーヴィに。
言うのは簡単、しかしやるのは難しい。
演奏には性格が表れる。本質、かもしれない。そこそこまじめだと思っていたつもりのわたしだけど楽器はそうは言ってなくて、もっと、もっと細かく調整するようにと囁いてくるよう。
逆に、ねぐらはあんなにもだらしないのに、演奏は正確無比だ。機械と合奏するために魔法を使う、というのは想像よりも難しいのかもしれない。
簡素な電子音のリズム、その上で魔法を用いたギターの音が踊る。そして。
リネンが歌う。
ああ、この瞬間。おかしな話だけれど、もう一度、確信する。わたし達の前には本物のリネンがいるんだ、って。
わたしは、いや、きっとねぐらだって同じことを思っているだろう。わたし達は。
リネンを、その歌声を、愛している。
世捨て人、という表現は似つかわしくない。天上人、という感じでもない。生前からふわっとした存在感の、いや、なんというのだろう、生きている世界の軸が半分だけずれているみたいな、不思議な人間だった。
わたし達が、ふたりがかりで、現世に縛りつけていた。いや、そこまでの強制は無かった、はずだ。なんだかんだと言いながらリネンは自主的にバンドに参加していたし、わたし達を導く、大げさでなく、そういう感じだった、ことに対して乗り気だったのだから。
むしろ、わたし達ふたりの存在が、リネンをこちら側に引き寄せたのかもしれない。ああ見えて世話焼きというか、友人、特にわたし達に対しての親切、おせっかいと言っていいほどの世話の焼き方は、彼女が普通の人間であることを証明するものだった。
「いや、覚えてるもんだ」
ミキサーでマイクの音を絞り、リネンが言う。
スタジオ。わたし達がいつも練習に使っていた場所だ。録画、加工してPVに登場したこともある。
「なんか」万感の思い、なんて言ったら大げさだろうか、ねぐらの言葉が次を待たずにフェードアウトしていく。
帰ってきた。
三人のバンドが。完全な形でのバンドが。
間違ってる、ことはわかってる。ふたりで続けてきたこと、ねぐら、ファン、リネン。みんなに対して、自分にだって、失礼な思い。
涙が流れた。手が止まる。感情が吹き出す。わっと泣き出すようなことはない、けれど。
「次やろうよ」空気を読まない台詞。ああ、もう、本当に。
「なんで、どうして」
かえってきたの。
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