失恋:スリーカウント (『つづく光e.p. -乙種魔法取扱者-』より)

「てじなちゃんとかも連れてきたかったですね」

「マジックだからってこと」

「いや」そんな意図は無かったんですが。

「それとも」

 ふたりでは、来たくなかった。

 クロースアップ・マジック。手品のジャンルを語源とするこの魔法は丙種資格試験の必須項目であり、同時に甲種資格所持者であってもマスターしきれないという、『基本にして王道』のジャンルだ。もうひとつの呼び方であるテーブル・マジックという呼び方のほうがわかりやすいかもしれない。大がかりなものじゃなくて、手先で起こす小規模な奇跡のことを指す。

 なんでいきなりそんな解説を始めたかっていうと、今現在、わたしとあてな先輩はそんなクロースアップ・マジックの博物館に来ているのだ。

 デートである。

 だからといってまるで気分が晴れないのは、本来ならば、もう数日前の自分でさえあったならば小躍りして自分でも呆れるようなテンションだったはずなのに、どうしてこんなに憂鬱なのかといえば、ふられたからだ。誰が。わたしが。あてな先輩に。

 告白してふられた直後なんて、ただでさえ気が滅入るというのに、よりにもよってなぜその当人、わたしをふったひとと出かけなければならないのか。

 いや、出かけてるから今ここにいるわけで。それに関しては完全なる自業自得だ。しかし。

 あてな先輩も、もう少しひとの気持ちというものを汲んでくれてもいいと思う。こっくり先輩はまだわかる。神様だから。そういうものだから。仕方ない。けれども。

 わたしたちは話す。話しながら、館内を見て回る。そもそもの魔法の歴史だとか、その根っこのところからクロースアップ・マジックは存在するのだとか、今もなお細かいところで使われている、昔はもっと色んなところで使われていた、だとか、いい勉強になる。

 デートとしては、ちょっと無粋かなと思わなくもないけど。

 だからなのか。別にデートだと思っているのはわたしひとりで、あてな先輩はそんなことないのか。ひょっとして変に舞い上がっているのはわたしひとりで、なんだこの自意識過剰女と思われたりするのか。

 いやそこまでは言わないだろうけど。先輩やさしいから。

 先輩ってそんなに魔法のひとって印象ないんですけど。そうだね、でもけっこう使ってるよ。写真の加工とか。えっあれフォトショじゃなかったんですか。半々。

 どこまで冗談なのかわからない言葉を引き出しながら、ぐるぐると見て回る。ちょうど、写真加工の実例、でもそれはまだPCが普及する前の時代のものだけど、が展示されていた。

 こうやって見てみると、今も昔も関係ないっていうか。なんとなくわかります。変わらない芯の部分を見たっていうか。

 近くには、体験コーナーがある。資格や仮免許を持っていないひとが係員に教えてもらって初歩の魔法を使ってみる、というものだ。

 ねえ、あれやってみない。うちらふたりとも免許あるじゃないですか。いいから。

 そんなん、外に出て手先からぱっと光でも出せば変わらないのだけど、どうやら先輩はかなり乗り気、というか離してくれないようだった。

「けっこういらっしゃるんですよ。資格持ってても参加される方。ご家族連れの方とか、恋人どうしですとか」

 とは、係員さんの言葉。

 わたしたちは、なんなんだろう。友達、先輩後輩、サークル仲間。恋人ではないのは確かなんだけど。

 そんなことを考えていたら、失敗した。集中が途切れてしまう。不審火、いや不審て出所はわかってるし、そもそも火は出なかったんだけど魔力異常探知機が作動してしまった。

 係員さんは「大丈夫ですよ、たまにあることですから」と言って笑顔を崩さなかったけれど、わたしはただ恥ずかしかった。

 どんまいどんまい。先輩笑ってるでしょ。そんなことないよう。隠せてません。うん。

 しれっと土産物コーナーに移るあてな先輩。少しでも早くここを出たい、というわたしの気持ちをわかっていて、わざとじっくり物色しているみたいだ。

 あっこれ、見て見て。

 先輩が手にしたのは、クラシカルな魔法使いの格好をしたゆるキャラのぬいぐるみだった。

 これ、喋るんだ。

 そう言っておなかを押すと、「さん、にい、いち」と可愛いんだか可愛くないんだかわからない、あまり質の良くない音が出る。音声合成の技術も盛んな今、人の声なのかはわからない、なんて思ったけど、そもそもゆるキャラにそんなことを言ってはいけないのだった。

 無邪気に、本当に、ひとの気も知らないで無邪気に笑っているあてな先輩の姿を見ていたらふいに涙が出てきた。

 ごめんなさい、先に出てます。

 待ってとかなんとか聞こえてくるかと思ったけど、さすが博物館、ってくらいにわたしの耳元は静かで足音ひとつ聞こえなかった。

 たぶん、かなしいんだろう。だって涙出てるし。でもなんかあんまりそういう感じはないっていうか、こういう時でも嫌になるほど冷静なのがわたしなのだ。友達に、仲間に、自分に対してまでも不人情。

 だから、これで良かったのかもしれない。こうやって打ちのめされるのも、必然だったのかも。

「さん、にい、いち」

 不意打ちで後ろからゆるキャラに声をかけられた。買ってきたのか、あれ。

 ごめん。いいです。よくない。いいんです。それならいいけど、ここで諦めたら怒るでしょ。もう、怒ってますし。ううん、でも、どうにか。

 言い訳する気はないよ、と言った。聞く気もないですけど、とはさすがに、言わなかった。

 でも、わたしはサークルみんな好きだし、仲間っていうか、家族みたいに思ってる。付き合えは、しないけど。

 結局言い訳だよね、と言われてまあ、そうかもしれませんねと返す。こんな時は先輩を立てるもんじゃないの。冗談めかして少し笑う。その瞬間、サークルの空気が戻ってくる。

「さん、にい、いち」

 この人形、あげるよ。迷惑料にはさ、ちょっと、安いかもしれないけど。

「さん、にい、いち」

 自分でも小さく唱えてみる。わたしの恋が消えた。

 先輩、無神経すぎ。

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