1-12 転送に至る経緯 前編
さて、昨日は疲れていたから寝台に寝転がってすぐに眠っちゃったけど、今日は半日しか動いてないからまだ元気だ。
しかしよく考えれば、昨日あれだけ疲れきってたのに、昼まで寝たとはいえひと晩でよく回復したな。
あれか? やっぱファンタジー世界だから宿屋一泊で全快する、みたいなことになってんのかな。
5年引きこもってた男が、丸一日駆けずり回って、翌日筋肉痛はおろか疲労感すらないって、やっぱおかしくね?
なんとなくだが、この寝台は、回復魔法的な効果がある魔道具的なアレ、だと思ったほうがいいかもな。
寝心地はあんま良くないけど。
まあどちらにせよ、まだ眠くないし、眠くなるまでここに至る経緯を整理しとこう。
**********
何度も言うが、俺は引きこもりだ。
バイトすらしたことねぇ。
親に食わせてもらいながら、気楽に生活してた。
引きこもりっつっても、ちょこちょこ小遣いもらって、コンビニくらいは行ってた。
あの日もコンビニに行ってたんだが、最近小遣いをあんまもらえなくて、ちょっとイラついてたんだよな。
で、コンビニからの帰り道、お袋を見かけた。
道ばたにあるお稲荷さんの
なんとなく顔を合わせたくなかったんで、物陰に隠れてやり過ごすことにした。
お袋は手を合わせたあと、供えてた油揚げを引き上げて、そのまま家の方に歩いて行った。
最近知ったんだが、お供え物って、供えたあと、すぐに引き上げるんだってな。
この稲荷、お袋だけじゃなく、親父も妹もときどき手を合わせてるらしい。
お袋が見えなくなったあと、俺も家に向かって歩き出したんだが、ふと祠の前で立ち止まった。
なんつーか、俺の小遣いが減らされてんのに、こいつは俺の家族からお供えもらってるんだなーって思ったら、なんか無性に腹が立ってきたんだよな。
とりあえず一発蹴り入れてやろう、なんて思っちゃったわけ。
いま思えば最低だな、俺。
ところでこういう経験は無いだろうか?
ペットボトルとか瓶なんかを取ろうとしたとき、中身が入っていると思って持ち上げたら実は空っぽで、腕をものすごい勢いで振り上げてしまった、みたいな。
あの感じ、わかる?
俺はこのとき、祠を軽く蹴飛ばしてやるつもりだったんだよ。
でも、日頃の運動不足のせいか、目測を誤って外してしまったんだ。
俺はヒザ下くらいの対象に足が当たるのを前提に振ったんだが、それを外した脚は、予想以上に勢い良く振り上がってしまった。
そうなると、軸足の方もバランスが崩れるのは必至だよな?
で、そのまま後ろに倒れてしまった。
予想外の動きだったから、受け身を取る暇すらねぇ。
後頭部に衝撃を受けた俺は、そのまま意識を失った。
**********
気が付くとそこは、真っ白な空間だった。
で、目の前に和服姿の女の子がいたんだ。
なんつーか、見たことは無いけど
おかっぱ頭でちっちゃくて、シンプルなデザインの和服着て、椅子もないのに椅子に座ったような姿勢で足をブラブラさせてた。
ただ顔は見えなかった。
狐のお面かぶってたからな。
「おう、気がついたかの」
声は可愛らしい感じだけど、しゃべり方はおばあちゃんみたいだ。
「えっと……、ここは?」
「ここがどこかは説明が難しいのう」
「はぁ。俺は何でここにいるの?」
「お主はワシを
「死後の世界……的な?」
「死にかけと言うたろうが」
「はぁ……。じゃあもしかして君はお稲荷さん?」
「ふむ、理解の早いことじゃて」
ま、狐のお面かぶってるし、そんな感じじゃねーかなぁとは思ってたけどさ。
「で、俺はなんでここにいるの……?」
「祠を蹴飛ばそうとするようなバチ当たりには、それ相応の罰を与えねばならんからのう」
「え? それだけのことで俺ってば死にかけてんの?」
「それだけのこととはなんじゃ、それだけのこととは! それにお主が死にかけとるのはワシのせいじゃないわ! 単純にお主がマヌケなだけじゃわい」
「はぁ、そうなんすか」
お面被った和服姿の女の子が、「プンスカ!」とジタバタしてる姿はなんか和むねぇ。
いや、和んでる場合じゃねぇか。
「さて、お主はほっとけば死ぬ。それくらい打ち所が悪い」
「あー、じゃあ死んでもいいっすわ。俺なんて生きてても迷惑なだけだし」
自分から行動を起こすのは無理だけど、不運に巻き込まれて死ねるってんなら、正直望むところだ。
どうせ生きてたってなにができるわけでもないし、そこまで生に執着はないかな。
ってことで来世に期待しよう。
「まあそう言うな。ワシの祠の前で死にかけとるのも何かの縁じゃ。お主にチャンスをやろう」
「えーっと、それは俺がたまたま、お稲荷さんの前で転んだから?」
あー、なんか面倒くさいことになりそう。
「ふむ。それもあるが、お主の家族に免じて、という部分のほうが大きいのう」
「家族?」
「そうじゃ。お主の両親と妹じゃが、週に一度は油揚げを供えてくれるからの」
「はぁ」
「しかもスーパーの量産品じゃのうて、豆腐屋で造られとる旨いお揚げさんじゃ! 3人とも別の店で買ってきておるらしく、それぞれ個性があって非常に美味なのじゃ!!」
「食いもんに釣られたってわけ?」
「それもなくはないがの。ここ数年はみな、お主のことばかり祈っておるのよ」
「俺の……?」
「そうじゃ。お主をなんとかしてくれ、との。まぁ最近妹だけは祈りではなく、呪いに近いものになっておるがの」
う……、心当たりがありすぎる。
つか、お袋だけじゃなく、親父も気にかけてくれてたのか……。
「そこでじゃ。お主には世界を救ってもらおうと思う」
この人、いきなりなに言ってんの?
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