第274話、地上の乙女たち
シグルドリーヴァとアルヴィートは、遠方から軍勢を眺めていた。
上空にはレギンレイブの飛空艇。そう、彼女たちはレギンレイブの連絡を待っている。
センセイの指示は、アンドロイド軍の上位個体を倒せという命令。オストローデシリーズであるType-SUSANO・ゴエモンと、Type-WIZARD・アナスタシアだ。
シグルドリーヴァは、岩に腰掛け足をパタパタさせているアルヴィートに聞いた。
「大丈夫か?」
「なにがー?」
「お前、センセイたちの敵だったのだろう」
「まぁね。でももう大丈夫。妙なバグデータはセンセイが消してくれたし、私は私のままだよー」
「ならいいが……また洗脳されないとも限らんからな」
「むー。なら、その時は私を壊していいよ。どうせセンセイが直してくれるもん!」
「ふん……」
「シグルドおねえちゃん、なんか変わったねー……
「…………なに?」
「前はもっと優しかったのに、なーんかかたいよー?」
「…………」
アルヴィートは、足をパタパタさせている。
シグルドリーヴァは腕組みをして、遠方の軍勢を眺めていた。
「あ、お姉ちゃんだ」
「…………」
ブリュンヒルデが三十人近い生徒に囲まれ、そのうちの一人の少年の剣を受けた。だが、後方から『黄金の蜂』が飛来し、生徒たち一人一人に音もなく密着。針を刺してナノマシンを注入した。
「あ、動かなくなった。お姉ちゃんも行っちゃった……」
「……作戦通りだが、ここまであっさり嵌るとはな」
ジークルーネの役目は、『英蟲蜂ビーハイヴ・ワスプ』の能力で、操られた生徒や人間を支配から解放すること。
まさか、いっぺんに二十九人の生徒を『刺す』ことができるとは予想していなかったが……。
「あちらも焦りがあるのかもしれん」
「焦りー?」
「ああ。布陣や陣形を見れば明らかだ。あれだけの数をただ歩かせるだけ。私たちの存在に気付いていることを考えてもあり得ない」
「ふーん」
「それか、何か予想外の事態があり、対処できないと考えるべきか……」
この予想は当たっている。
本来なら、各領土に転移して大暴れする予定だったのだ。だが、ロキ博士の介入で転移は不可能となり、徒歩で進軍せざるを得ない状況になってしまった。そこにセンセイたちが登場し、全ての準備を終えて戦いに臨んだのである。どう考えても、初手はセンセイ側の有利だ。
「だが、数の差はどうしようもない。我々戦乙女型が七人にセンセイ、予備軍にセンセイの仲間がいるが……我々の破壊はセンセイの敗北といっていいだろうな」
「むー、私は破壊されないよ。それに、センセイが守ってくれるし!」
「……そうだな」
シグルドリーヴァは、海底での冒険を得て、センセイを知った。
小心者だがやるときはやる男。そして今のセンセイは、やる男だ。
それに、不思議と……負ける気がしなかった。
「……来た」
「あ、ほんとだ! 上位個体の位置確認……アナスタシア、みっけ」
「Type-SUSANOは私が破壊する。センセイも言ったが、危険な場合はセンセイに連絡をしろ」
「はーい。シグルドお姉ちゃん、気を付けてね」
「お前もな」
アルヴィートは『飛行装置オルファン』を展開して飛び立ち、シグルドリーヴァは目標に向けて走り出した。
上位個体の破壊という作戦を遂行するため、姉妹は戦いに向かう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇
アナスタシアは、人間とアンドロイドの後方で、進軍の様子を見守っていた。
「…………」
どうすればいいのか。
この進軍で果たしていいのだろうか。
転移が封じられた今、進軍の機会を再度設けるべきではなかったのか。
この状況で進軍しても、センセイと戦乙女型がいる。
「…………」
アシュクロフトは言った。
チャンスは今しかない。いくらセンセイと戦乙女型でも、圧倒的物量を前にはどうすることもできない。進軍のチャンスは一度しかない。今、センセイ一行を始末するべきだ、と。
アナスタシアも、アリアドネも同意するしかなかった。
明確に反論できなかったし、進軍すると決めた以上、今日、この日に進軍するしかないと思ってしまったのだ。
アナスタシアは気付いていない。
アシュクロフトがセンセイ一行に『恐怖』し、一刻も早く消し去りたがっていると。
「…………」
アナスタシアは、戦うしかなかった。
もう引き返せない。なら……戦うしかない。
「…………来たわね」
飛翔体接近。
もちろん、この反応は知っている……ずっと一緒にいたから。
アナスタシアは、迎撃準備もせずに見守った。
飛翔体は急上昇、そして急降下……アンドロイドも魔道強化兵も反応できない速度で、アナスタシアの目の前に浮かんでいる。
「やっほーアナスタシア」
「アルヴィート……」
「わかるよね?」
「ええ。私を破壊しに来たのかしら?」
「うん。アナスタシアは優しかった。頭を撫でてくれたし、部屋でゴロゴロしても怒らなかった……」
「…………」
「でも、オストローデ王国とアンドロイドは許せない」
「そう……なら、戦うしかないわね」
「うん……あのね、センセイやみんなには内緒にしてほしいの」
「……?」
アルヴィートの背後に、真紅の翼龍が転移する。
「なっ……」
「アナスタシア、私……アナスタシアのこと、今でもそんなに嫌いじゃないよ」
アルヴィートは全武装を展開。『紅蓮覇龍サンスヴァローグ』が咆哮を上げた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇
シグルドリーヴァは一人、目の前のアンドロイドと対峙していた。
軍勢から外れたルートで、上位個体のアンドロイドを誘導した。その結果、一対一の状況に持ち込むことに成功した。
「…………」
『…………』
敵は、異形だった。
人の形ではない。巨大な銀色の全身鎧に、腕が八本もある。手にはそれぞれ異なる剣を装備し、声一つ漏らさずシグルドリーヴァと対峙する。
「人間の姿すら奪われたのか……」
『…………』
報告では、Type-SUSANOは人間の姿だった。だが、今は八本腕の全身鎧となっている。
もはやゴエモンとは呼べない。だが、その能力はゴエモンのままだ。
八本腕は異空間にアクセスし、周囲に大量の剣を呼び出し浮遊させる。
「なるほど、無数の剣……『無剣』か」
シグルドリーヴァは表情を変えず、『乙女聖剣レーヴァスレイブ・アクセプト』を転送し、八本腕に向けて突き付ける。
「何本の剣を出そうが、究極の一本には敵わないことを教えてやろう」
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