第264話、ラグナロク・Type-VALKYRIA/アルヴィートのココロ

 ブリュンヒルデのいた遺跡の入口に座り込むアルヴィート。

 彼女は、悲しんでいた。


「ひっく……ショウセイ、アカネ、みんな……」


 他のアンドロイドとは違う。『心』があるから悲しい。

 他者の痛みを知らないアシュクロフトには絶対にわからない。アルヴィートが、物言わぬ傀儡人形となった生徒たちを見て、心を痛めていることなど。

 アルヴィートは、生徒たちに懐いていた。

 姉妹に可愛がられたが、生徒たちは友人だった。

 面白い話を聞かせてくれたり、髪を梳かしてくれたり、食べる必要はないがお菓子をもらって一緒に食べたり……楽しいことは、いくらでもあった。

 オストローデ王国のために戦う。その気持ちに偽りはない……が、大好きな生徒たちが変わって、変えられてしまい、アルヴィートは揺れていた。


 オストローデシリーズには絶対に理解できない。

 アルヴィートの『心』が、オストローデ王国への忠誠心プログラムを揺るがしていることなど、アシュクロフトにも、アルヴィートに忠誠心を植え付けたアリアドネにもわからないだろう。


 アルヴィートは、一人で泣くことしかできなかった。

 オストローデ王国の全軍解放作戦には、アルヴィートも組み込まれている。でも……こんな状態で戦えるはずがない。

 アルヴィートの任務は、戦乙女型の討伐。cord07総合安定型として、1~6号機全ての特性を備えたアルヴィートだけの任務だった。


「…………いやだよぉ」


 アルヴィートは、戦いたくなかった。

 ブリュンヒルデと戦った時とは違う。寂しさや悲しさであふれた心で戦えば、敗北は必須だ。いくら最高の性能でも、最高の武器を持っていても戦いなんてできない。

 もう一度、友達と笑い合いたい。

 もう一度、髪を梳かしてほしい。

 もう一度、一緒にご飯を食べたい。


「…………センセイ、どうして」


 心を理解できないアンドロイドの先生、アシュクロフト。

 いっぱい褒めてくれた、頭をなでてくれた、甘やかしてくれた。でも……一番叶えてほしい願いは、あっさりと跳ねのけられた。


「…………」


 アルヴィートは気付かなかった。

 

「…………? あれ、この反応」


 顔を上げれば、そこには……二頭の馬が引く居住車がすぐそこまで来ている。

 立つ気にも、戦う気にもなれない。

 生体反応、そしてこの識別反応は……。


「…………来ちゃった」


 居住車が止まり、人が下りてくる。

 見知った、似たような顔が四つ。銀髪に真紅の瞳を持つ、美しき少女たち。


「アルヴィート、てめーか」

「アルちゃん……」

『code07アルヴィートを確認』

「アルちゃん、どうしてここに?」


 オルトリンデ、ヴァルトラウテ、ブリュンヒルデ、ジークルーネ。

 大好きだった姉たちだ。少し前のアルヴィートなら、アシュクロフトやオストローデ王国のために迷わず立ちあがるだろう。だが今は……立つ気にもなれなかった。


「おい、なにやってんだオメー、こんなとこでよ」

「…………べつに。わたしを壊したいならいいよ。もう、戦いたくなんてないから」

「アルちゃん? どうしたんですの?」

「…………もう、いやになっちゃった」

「あん? おい、どういうこった」

「…………」


 アルヴィートは、黙ってしまう。

 うつむいたまま、破壊されてもいいと。

 ブリュンヒルデは前に出る。


『そこをどいていただけますか』

「…………邪魔なら、壊せばいいでしょ」

『…………』

「お、お姉ちゃんストップ!!」


 エクスカリヴァーンを装備したブリュンヒルデを、ジークルーネは慌てて止める。

 様子がおかしいと感じたジークルーネは、アルヴィートに近付いた。


「アルちゃん、ちょっと見せてね」

「…………」


 ジークルーネは、アルヴィートのヴァルキリーハーツやシステムのチェックをする。全く抵抗のないアルヴィートは、されるがままだ。

 すると、ここでエンタープライズ号から全員が下りてきた。


「あ、あの、その子って……」

「クトネ、知り合い?」

「え、ええと……以前、ブリュンヒルデさんを追い詰めた子、ですよね?」


 クトネは、アルヴィートとブリュンヒルデが戦いを始めた瞬間を見ている。勝敗こそ見ていないが、かなりヤバかったとセージから聞いていた。

 三日月は首を傾げる。


「戦乙女型、ブリュンヒルデの妹だよね」


 ルーシアやアルシェに確認するが、二人とも首を傾げたままだ。


「アタシはわかんない。でも、なーんか大人しいね」

「…………ふむ、よくわからんが、覇気を感じられん」


 すると、ジークルーネが離れつつ言った。


「アルちゃんの中にある後付けのデータがバグを起こしてる……たぶん、アルちゃんの『ココロSYSTEM』に影響を受けたんだと思うけど……」

「…………」


 アルヴィートの心が、オストローデ王国の忠誠心データに影響を及ぼしている。ということだ。


「かなり強固なデータだから、わたしじゃ修正できないかも……」

「放っておくとどーなんだ?」

「バグデータだから、アルちゃんの心に悪い影響が出ちゃうかも。この後付けデータを取り除けば、改善はすると思うけど……これを取り除くには時間がかかるよ。でも……」


 センセイなら。

 そう言おうとした瞬間、ジークルーネは空を見上げた。


「なにこれ、なにこの反応……速い!?」

「お、おい?」

「みんな、何か来る!!」


 全員が、上空を見た。

 そして────────。


『アンノウン確認』

「待って!! この生体反応……」


 ジークルーネの表情が、歓喜に代わる。

 理由は不明。でもわかった。

 このアンノウンは、きっと────────。


「この反応────────センセイだよ!!」

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