第245話、交渉

「ぅぃてて…………ぁれ? ああ、寝ちまったのか」


 目が覚めると、海底の一番底にある広場だった。

 たしか昨日、魚人たちが俺の話を聞くために集まり、いつの間にか王国中の魚人が集まって話を聞いたんだっけ。

 ブリュンヒルデが戦った相手を俺に置き換えて話したけど、なかなか好評だったと思う。


「センセ、だいじょぶ?」

「あ、レギンレイブとシグルドリーヴァ……おはよう」

「おはよっス! センセ、今日はどうすんの?」

「オクトーさんに頼んでスクアーロ王と面会するよ。化け物クジラを討伐して遺産の扉を開ける許可をもらいたい」

「くひひ、センセ、ビビらないで話せるといいっスねぇ~」

「やかましい。と、朝飯……」


 広場では、大勢の魚人たちが寝転がっている。目玉酒もつまみも食べつくしてしまったようだ。

 タコ魚人のオクトーさんもいるはずだけど、どのタコ魚人だか見分けがつかない。昨日の食堂にでも行こうかと思ったんだけどなぁ。


「仕方ない、拠点に戻ってパンでも食べるか」


 とりあえず、寝てる魚人は放置しておこう。


 ◇◇◇◇◇◇


 拠点で朝食を終えると、頭を押さえたオクトーさんがやってきた。

 

「おーいつつ……久しぶりに飲みすぎたわい」

「オクトーさん、おはようございます」

「おお、昨夜は楽しい話をありがとよ」

「いえ、みなさん楽しんでいただけたようで」


 オクトーさんは頭をポリポリ掻きながら言う。


「そういや、昨夜言っておったな。スクアーロ王とまた会いたいと」

「はい。お願いします!」

「そりゃかまわんが、なぜだ? 今はケートスの誘導準備で忙しいからの」

「その……ちょっとお願いがありまして」

「ふむ?」

「オクトーさんも同席していただければ、内容も全てそこでお話します」

「構わんが……」


 どうも要領を得ない俺に首を傾げているようだ。

 二度説明するのも面倒だし、話はスクアーロ王と一緒に聞いてもらおう。


「メシは喰ったか?」

「はい」

「じゃあ食休みでもしていろ、ちょいと面会許可を取ってくるからよ」

「わかりました」


 オクトーさんはスイスイーっと泳いで遺跡に向かった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 穴倉で緊張しつつ待っていると、オクトーさんが戻ってきた。


「待たせたな」

「お疲れ様です」

「スクアーロ王の面会許可が下りたが……」

「どうしたんです?」

「いや、今日はかなりイライラしちょるから、あまり変なことを言わんほうがよさそうじゃ。どうも昨夜、ケートスに襲われた魚人の集落があったようでな、多数の死者が出たようじゃ」

「…………」


 よりによって、こんなときにかい。

 イライラって、あの巨大なサメ魚人がイライラ? ちょっとマジで怖いんですけど……。

 でも、もうここまで来たら引けない。


「あ、案内をお願いします」

「おお、くれぐれも変なことは言うなよ?」

「は、はい……」


 この海を荒らす巨大なクジラ魔獣を倒すってのは、変なことじゃないよな。

 レギンレイブとシグルドリーヴァは何も言わないし、頼れるのは己のみ。そう、これは試練だ。遺産の扉を開けて、新しい遺産を手に入れる。そしてロキ博士に認めてもらい、オストローデ王国の情報を土産にブリュンヒルデたちと合流する。

 情報さえ手に入れば、生徒たちを助ける第一歩に繋がる。

 

「…………ふぅ」

「どったの、センセ」


 オクトーさんに付いて泳いでいると、レギンレイブが隣に並ぶ。


「いや、けっこう長い旅をしてきたなぁと」

「昨日の宴会のときも喋ってたけど、センセって冒険してたんだねぇ」

「まぁな。ブリュンヒルデを助けてからいろいろあったよ。オストローデ王国の近くにあった遺跡にブリュンヒルデが眠ってて、そこにあったcode00のヴァルキリーハーツを搭載して……いろんな敵と戦って、今は海の底だ」

「…………」

「シグルド姉、なにか言いなよ~」

「ふん」

「ははは。それに、いろんな出会いもあった……」


 この世界の人たち、冒険者、エルフにドワーフ、いるんな種族の人たち。この世界に住む人たちはみんないい人ばかりだ。


「そうだ。怖がることなんてない、俺は……俺だって、成長してる」


 俺がこれからするのは、スクアーロ王に頼みごとをするだけだ。

 確かに見てくれは怖い。でも、いきなり噛み殺されることはないはずだ。


 大丈夫。今までの出会いを思い出せ……きっと話は通じる。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ッシャァルルルルルルルルッ!! クッソがぁぁぁッ!!」


 ごめん、やっぱり無理です。

 めっちゃ怒ってます。牙をガチガチさせて目をギョロギョロさせてる。吐く息も荒いし、よく見ると青筋みたいな血管が全身に浮かび上がっている。

 

「お、親父、客人が」

「あぁぁぁぁぁんっ!?」

「ひぃぃぃぃっ!?」


 ギュオロン!! という擬音が聞こえたような気がした。それくらいの勢いで俺を見た。

 やばい、怖い、半端ない。怖い。


「おうおう客人よぉぉ……悪いがオレは機嫌が悪ぃぃぃ……要件があるならさっさと頼むぜぇぇぇ? ガッチガチガチガッチ!!」


 あの、なんで俺を見て歯をガチガチさせるのでしょうか……?

 青くなったまま固まる俺。すると、シグルドリーヴァが俺を小突いた。


「何かあれば私が守る。お前はお前の務めを果たせ」

「…………」


 ちょっとだけ落ち着き、俺は深呼吸した。


「ふぅ~……スクアーロ王、お願いがあります」

「なんだ? さっさと言え」

「はい。その……ええと、こ、この遺跡にある開かずの扉を、調査させていただきたい、なぁ……なんて」

「…………」


 睨まれているので声がしぼんでいく。でも仕方ないよな、だって目の前にいるのは五メートルくらいあるサメの王だぞ!?


「客人、喰われたいのか?」

「滅相もありません!!」

「なら、あそこを開けようだなんてバカなこと言うな。あそこには化け物が眠っている、いいか……開けたらこの海は終わる。そんな化け物が眠ってるんだよ」

「なら、交換条件ということではどうでしょう?」

「……あぁ?」


 やばい、怖い。

 でも、シグルドリーヴァが俺の背中を支えてくれている。その手の温かさが、俺に勇気をくれた。


「この海を荒らす『鯨魔獣ケートス』を、俺たちが討伐します。その代わり、討伐を終えたら、遺跡の調査をさせて下さい、お願いします!」


 言った、言ってやった。

 シグルドリーヴァの手が勇気をくれた。

 すると。


「討伐? 討伐だぁぁ!? おい客人、あんまり舐めたこと言うなよ? あのケートスを退治とはデカく出やがったなぁ……一度喰い殺されねぇとわかんねぇようだなぁ」

「っひ……」


 スクアーロ王激おこ。

 やばい、命の危機を感じま……。


「悪いが、この男に手は出させん。やるなら私が相手だ」

「あ、ウチもっスよ~」

「お、おい」


 シグルドリーヴァとレギンレイブが、水着から戦乙女の鎧になった。

 ギョッとする俺を無視し、シグルドリーヴァは大剣を具現化する。


「はっきり言おう。海中装備のない我々は普段より弱体化している。だが、それでもお前たちより強い」

「ちょ、なに喧嘩売ってんのお前は!?」

「あはは、シグルド姉ってほんと……あれ? シグルド姉って、こんなだったっけ……?」

「レギンレイブ?」

「……うーん」


 俺はシグルドリーヴァとレギンレイブを後ろに押しのけ前に出る。


「そ、そういうことでよろしい、で……しょうか」

「…………いいだろう。やれるもんならやってみな、ただし……討伐できなかった場合は、相応のペナルティを受けてもらう」

「は、はい。大丈夫……です」

「シャッハハハハハハハハ!! オクトー、ケートスの情報を教えてやれ、人間様の実力を見せてもらおうじゃねぇか!!」

「へ、へいっ!!」


 たぶん、あっけなく殺されると思ってるんだろうなぁ。

 でも、言質は取った。あとは戦うだけだ!

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