第244話、恐怖の交渉

 オクトーさんと別れ、拠点となる穴蔵に戻って来た。

 今更すぎるが、ここが海底だってこと忘れそうになる。

 俺たちは穴蔵に入り、岩のテーブルを囲むように座る。


「さっそくだが頼みがある。この海で暴れる『鯨魔獣ケートス』を討伐したい」

「…………フッ」


 あ、シグルドリーヴァがニヤッと笑った。

 

「センセ、ケーストって、ちょっと前に会ったあのデッカいクジラッスよねぇ~?」

「たぶんな。ジャンボジェット機みたいなサイズのクジラなんて始めて見たぜ」

「で、討伐というのは?」

「ふふふ。名付けて『恩を売って好感度アップ、遺産への扉を開ける許可をもらおう作戦』だ」

「…………まんまッスね」

「最低なネーミングセンスだな」

「う、うるさいな。質問するけど、お前たちはあのクジラを倒せるか?」


 めっちゃ他力本願だが、この姉妹に全て掛かってる。


「う~ん、ウチはわからないッスよ。水中用装備は衝撃砲と超音波発生装置くらいしかないですし……魚雷とかあればいいんですけどねぇ」

「私は問題ない」

「よし。シグルドリーヴァ、お前には『熊騎王』を使ってもらう。あれの第二着装形態ならたぶん戦えると思う」

「……ほう」


 お、シグルドリーヴァがまたニヤッと笑った。

 俺の考えた作戦はこうだ。

 スクアーロ王と交渉して、クジラのバケモノを倒す代わりに遺産への扉を開ける許可をもらう。扉の奥にバケモノが封印されていると伝わっているなら、開けても問題ないくらい強いということを証明すればいい。それには、この海底を苦しめている『鯨魔獣ケートス』を倒せばいい。

 海底も平和になるし、スクアーロ王も認めてくれる……最高じゃん。


「そのためには、スクアーロ王と交渉しなくちゃいけない……」

「センセ、めっちゃビビって声でなかったッスよねぇ~?」

「う、うるさい。今度は大丈夫だ、ここでビビってたら先に進めないからな」

「何度も言うが、私たちは交渉に一切関わらないぞ。戦いの手は貸してやるがな」

「わかってる。とりあえず、スクアーロ王に交渉だ」


 サメは海では恐怖の象徴だ。

 手足を簡単に食い千切るし、テレビで見たサメの映画はグロ怖いのばかり。竜巻の中をサメが泳ぐなんて信じられないだろ?

 そんなサメの王であるスクアーロと交渉する。

 もし遺産への扉を開けることが禁忌なら、怒らせることになるかもしれない。

 でも、今回は俺も引かない。


「ファーストアタックは失敗したが、次は大丈夫だ」


 そう言い聞かせ、俺は力強く頷いた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 さて、話は終わったのでのんびりする。

 というか、コケが明るすぎて昼なのか夜なのかもわからん。眠いといえば眠いが……体内時計が狂ってるのがよくわかる。やっぱり海中は長くいないほうがいい。


「センセ、どったの?」

「ん~……なぁ、今は夜か? それとも昼か?」

「えーと、時間的には夕方ッスね。タコさんとけっこう喋ってたッスよ?」

「夕方か……そう言われると、眠気が飛んでいくな」


 さて、どうするか。

 シグルドリーヴァを見ると、壁に寄りかかって瞑想してる。

 せっかくだし、いろいろ質問してみるか。


「なぁシグルドリーヴァ、お前って壊されたんだよな? そこをロキ博士に助けてもらった」

「…………ああ」

「その時、お前はブリュンヒルデを庇って壊れたって聞いたけど、どうなんだ?」

「……覚えていない。いや、庇った?……違う、私は」

「お、おい?」

「シグルド姉? だいじょーぶ?」

「いや……なんでもない。ボディの7割が消失してヴァルキリーハーツに深刻なダメージを受けていたところを、ロキ博士……いや、お父様が救ってくれたらしい」

「……う~ん、ウチの記憶データと違うって言ってるッスけどぉ~」

「そうなのか?」

「う~ん、確かにあの時、シグルド姉はブリュ姉を庇ったッス。でも、シグルド姉は7割どころか下半身しか残らなかったはずッスよ。ブリュ姉もバラバラになっちゃったし……ウチらも深刻なダメージ受けて、七人全員がナノポッド送りになったはずッス」

「…………知らん。私はこうして稼働している」


 というかブリュ姉って、ブリュンヒルデのことか? なんかちょっと面白い。

 やっぱり、シグルドリーヴァにも秘密がありそうだ。ロキ博士は何かを隠している……とか。


「まぁいい……ん?」


 ふと、穴蔵の入口を見ると、いろんな種類の魚人がこちらをチラチラ見ていた。

 タコにカツオ、マグロにイカにヒラメの魚人……すげぇ、寿司ネタの宝庫だ。

 すると、魚人たちの隙間を縫うようにオクトーさんが入ってきた。


「よぉ、すまんな、騒がしくして」

「いえ、どうしたんです? この人……うおだかりは」

「いやぁ……どうもお前さんの地上での話が聞きたいらしくてな、申し訳ないが、話をしてくれんか?」

「…………」


 くくく、来たよ来たよ。俺の話が聞きたいだとさ。

 俺はレギンレイブとシグルドリーヴァを見る。


「センセ、お話したら? ウチも聞きたいッス!」

「…………好きにしろ」

「よし!」


 俺はオクトーさんに微笑みかける。


「じゃあ、広い場所で話しましょうか。地上で起きた戦いや俺の活躍、みなさんに聞かせてやりますよ!」

「おお! じゃあ海底広場に行こう。そこに酒や料理も用意してある。みんなに話をしてやっておくれ」

「お任せください!」


 ちょっとノリノリの俺。ユグドラシル編を話したら『ラミュロス領土・決戦編』を話すとするか。

 酒に料理、こりゃ宴会だな。オクトーさんもいるし、スクアーロ王に謁見できるように頼んで見るか。


 ちなみに、少し脚色して話したこの物語が、これから数百年に渡って語り継がれる英雄の冒険譚になるとは、この時の俺は知らなかった。

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