第243話、海底の飯屋

 ネプチューンにある住居は、基本的に空いていればどこでも使っていいらしい。

 住居と言っても、海底のクレバスの両側に穴が空いてるだけ。でも、中は空洞で広く、光るコケのおかげで室内はとても明るい。

 住居には貝殻や石などで表札みたいなのがあり、使ってない住居にはなにも掛かっていない。

 

「好きな場所を使ってかまわんぞ」

「ありがとうございます。では……あそこで」


 タコ魚人のオクトーさんが、俺たちの世話係になってくれた。

 この海底王国を案内してくれるらしく、まずは宿となる住居を探している。

 とりあえず、適当な穴を指さしてそこに入る。


「表札代わりにこの貝殻を入口に掛けておけ。これでここはお前さんのもんじゃ」


 貝殻にカタカナで「セージ、レギンレイブ、シグルドリーヴァ」と掘って入口に掛けておいた。この世界じゃカタカナなんて存在しないけどな。


「へぇ~、けっこう広いっスね」

「確かに。小型艇も置けそうだ」

「…………」

「ちょ、シグルドリーヴァ、無言で小型艇を出すな!」


 シグルドリーヴァが無言で小型艇を室内に出した。いきなりすぎて驚いたぞ。

 オクトーさんは家の外で待っている。これから案内してくれるっていうし、せっかくだし海底王国の観光といきますか。


「センセ、のんびりしてていいの~?」

「期日は守ってもらう。お父様の決定は覆らんからな」

「わかってるよ。情報収集だ情報収集」

「物は言いようっスねぇ……」


 呆れるレギンレイブを無視し、俺は外へ出た。

 鬚のようなタコ足をニョロニョロさせながら、オクトーさんが言う。


「さーて、さっそく案内してやる。腹も減っただろうし、メシも一緒にな」

「おお、海底王国のメシ」

「センセ、なんか楽しそうっス」

「放っておけ。我々はセンセイの護衛だ。決定権は全てセンセイにある」


 さて、海底王国で情報収集しますか!


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 拠点はできたので、次は街中に向かう。


「ここは人間の町と同じく、通貨制度を取り入れておる。海の底の連中にとって、地上は物語の世界みたいなもんじゃ」

「そうなんですか? でも、地上にいる魚人もたくさんいるんじゃ」

「ありゃ特殊な連中じゃ。わしら魚人はな、陸に上がって数時間もすると外でしか呼吸できんようになる。つまり、陸で暮らすと海には戻れんのじゃ」

「え……」


 衝撃の事実。

 つまり、浜辺にいた魚人たちは、えら呼吸から肺呼吸になったってことか。

 驚いていると、オクトーさんが言う。


「人間の沈没した船や、昔からある遺跡に残っている書物から、人間の暮らしや文化なぞを取り入れてきた。知性ある者として、文化の発展は必要じゃからのう」


 オクトーさんとクレバスの中を泳ぎ、壁際にある穴の中でもひと際大きな穴の前に来た。

 というか、俺たちめっちゃ目立ってる。人間だからしょうがないけど。


「ここは、魚人たちの作った飲食店街じゃ」


 穴の中に入ると、まるで巨大パイプみたいな通路が続き、上下左右至る所に穴が空いている。その穴の中に魚人たちがスイーっと入っていった。

 

「魚人は人間のように火を扱えん。だが、魚の目玉という調味料、海藻や貝類を使って調理することを覚えた。それに、『目玉酒』もあるしのう」

「目玉酒……確かに、あれは美味いですよね」

「ほっほっほ、おぬしも通じゃな」


 オクトーさんと一緒に、パイプ通路の真上にある穴に入る。

 そこには、岩を加工したテーブルとイスが並んだ、どこにでもありそうな食堂だった。


「へいらっしゃい! お、オクトーの旦那じゃねぇか!」

「邪魔する。今日は客人がいてな」

「おお! 噂の人間たちか。さぁ座んな、サービスするぜ!」


 店主は……うーん、ウナギの魚人か? 

 岩の椅子に座ると、給仕らしきウナギ魚人さんが、石のコップに目玉を入れてもってきた。どうやらお冷みたいだな。


「ここは海藻料理の店じゃ。絶品じゃぞ?」

「おお、楽しみです」


 レギンレイブとシグルドリーヴァはダンマリしてる。どうやら俺の試練には一切の口出しをしないようだ。

 数分で海藻料理が運ばれてきた。

 意外にも銀の皿に盛られてきたのは、細い海藻に味付けをしたようなものだった。


「海藻だけでも数千の種類がある。組み合わせと味付けは無限。店によって個性が出るが、ここの海藻料理は酒によく合うんじゃ」

「い、いただきます」


 このまま食事できるのはありがたい。

 まるで麺みたいな海藻を手づかみし、ラーメンのように啜る……あ、うまい。

 味は辛みが強く、海藻にはこしがある。これ、海藻つけ麵だわ。


「美味い!」

「そうじゃろう? いっぱい喰え」

「う~ん、栄養満点。コラーゲンたっぷりっスねぇ」

「…………」


 目玉酒を口に入れて潰し、麺を啜るとこれまた美味い。

 あっという間に完食した。


「ふぅ……美味しかったです」

「うむ、満足したようで何よりじゃ」


 さて、腹も膨れたしいくつか質問をしよう。


「オクトーさん、この海底王国にある遺跡って、スクアーロ王がいたところですよね」

「そうじゃ。昔からあるそうじゃが、海水に触れても腐食しない金属でできてるそうじゃ」

「なるほど……」


 たぶんだけど、昔はここが陸だった可能性があるな。

 遺産の入口は金属っぽい材質だけど金属じゃない。オーディン博士ならその手の対策はしていそうだ。


「あの、スクアーロ王の城を調査するってのは……」

「ははは、好奇心旺盛じゃな。うーん……今まで誰も興味を示さなかったから、そんな質問はしたことがない。それにあの遺跡には開かない扉があってな、あそこを開けると海の魔獣が飛び出すと伝えられておる」

「……海の魔獣?」

「ああ。言い伝えじゃが、あかないのは凶悪な魔獣が封印されているから、だそうじゃ。スクアーロ王もあそこを開けようなぞ考えてはおらんと思うぞ」

「…………」


 つまり、開けたいと言っても無駄……いやいや、なんか怒られそうな気もする。

 おいおい、これってけっこう高難易度のミッションだぞ。


「まぁ、外はしばらく騒がしくなるからな。町の観光でもしてゆっくりしていくんじゃな」

「……そういえば、スクアーロ王も騒がしくなるって言ってましたね」

「ああ。百年に一度の化け物、『鯨魔獣ケートス』が現れるんじゃ。あの化け物から町を守るため、ちと騒がしくなるんじゃよ」

「……ケートス?」

「ああ。この近辺を荒らす大魔獣じゃ。百年寝て百日暴れるというサイクルを持つ化け物でな……こいつが現れるたびに、いくつかの種族が絶滅している。本当に厄介な化け物じゃよ」

「…………まさか、あのクジラ」


 とんでもない化け物って、あのクジラか。

 

「それは討伐できないんですか?」

「バカを言うな。あんな巨大な生物、まともに戦えるわけがなかろう。ワシらにできるのは、民家や集落のない場所まで誘導して、百日間耐えることくらいじゃ」

「…………」


 つまり、倒せないってことか。

 

「…………もし、そいつを討伐できたらすごいですよね」

「討伐? はっはっは! そりゃそうじゃな、海の英雄になれるじゃろうな!」

「…………」


 遺産への道が、見えた気がした。

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