第236話、シャチの村

 シャチ魚人集団に付いて行くこと半日。ようやく魚人たちの村という岩場に到着した。

 家は大きな岩をくりぬいた形で、かまくらみたいな感じだ。思った通り、商店だの宿だのはない。家族の家があるだけ。


「おっと、自己紹介がまだだったな。オレはシャチ魚人のオルカだ」

「はい。俺はセージ、こっちがレギンレイブで、こっちがシグルドリーヴァです」

「よろっス!」

「…………」


 ちなみに、俺たちはシャチ魚人の背中に乗っていた。

 俺はオルカさんの背に、シグルドリーヴァとレギンレイブはオルカさんの部下の背中に乗っている。

 オルカさんたちは、このあたりの警備や見回りを任務としているらしく、あの海底神殿も見回りの範囲内だったそうだ。まさか人間が素潜りであそこまで潜り、あまつさえ神殿内を物色してるとは夢にも思わなかったとか。

 とりあえず、遺跡荒らしでないことは信じてもらえた。


「くくくっ、人間の客人など、村が始まって以来初かもな」

「お、お世話になります」

「ああ、見ての通り宿なんてないからな、オレの家に招待してやる」

「ありがとうございます」


 せっかくだし、いろいろ話を聞かせてもらうか。

 海底王国ネプチューンのこと、全然知らないしな。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 警備隊の人たちに送られ、オルカさんの家に到着した。


「まぁ入れ、茶でも出してやる」


 海底でお茶って……逆にすっげぇ興味ある。

 岩のかまくらみたいな家に入ると、中はけっこう広かった。


「おかえりなさい」

「ただいま。客人を連れてきた」

「まぁ……人間ですか? 初めて見ました」

「ははは、お前は地上に上がらんからなぁ。それより、メシを頼む。それと茶もな」

「はい」


 女性、だよな? シャチ魚人の女性。

 顔がまんまシャチだが、声は間違いなく女性の物だ。それにエプロンっぽい服を着てるし……もしかして。


「家内のメルマだ。さぁ、座ってくれ。地上の話を聞かせてくれ」

「は、はい」

「センセ、海底王国の話を聞くチャンスっスよ」

「わかってるよ」


 当然だが座布団はない。表面を平らに磨いた岩のテーブルを囲むように座ると、メルマさんが岩を削って作った湯飲みを出してくれた。

 中身は……あれ、なにこれ? 飴玉みたいなのが入ってる。


「あの、これは?」

「ん、ああ。人間は知らんのも当然か。こいつはこの辺でよく獲れるギッズという魚の目玉だ。口に入れて噛むと潰れ、良質でサラサラな茶が出てくる」

「め、めだま……」


 緑色できらきらしたスーパーボール。それが第一印象だ。

 でも、オルカさんは湯飲みを傾けて目玉を口に入れ、モニュモニュと咀嚼してる。

 レギンレイブとシグルドリーヴァは味を気にせずに体内に摂取してるし……ええい、俺も行くしかない。


「い、いただきますっ……っぐむ、ん?」


 いくら? いや……これ、お茶だ!

 口の中で潰すと濃い玄米茶みたいなのがあふれ出てくる、美味い!


「お、おいしいです!」

「ははは、そうか。では、喉を潤したところで、いろいろ話を聞かせてくれ。我々は地上で生活する魚人と違い、海中での生活が大半を占めるからな。外の情報は物語のようで面白い、村でいい話のネタになるんだ」

「そうなんですか? じゃあ魔術師の王国の話を」

「ほう、面白そうだ」


 とりあえず、上機嫌にさせて話を聞きやすくしよう。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……で、そこで言ったんですよ! 『また、つまらぬものを斬ってしまった……』って! いやぁ、あの時の俺は強かった! フォーヴ王国の屈強な獣人相手に一歩も引かなかったですからねぇ!」

「はっはっは! なんだ、なかなかに勇敢じゃないか! ささ、飲め飲め」

「これはどうも、ありがとうございます!」


 透明な飴玉を口に入れて潰すと、甘みのある酒があふれてくる。

 これはお茶の酒バージョン。海底での飲み物は基本的に魚の目玉らしい。

 現在、『フォーヴ王国・激闘編』まで語った。夕食の時間も終わり、俺の語りも絶好調だ。


「センセ、センセ」

「ん、なんだよレギンレイブ。次は『砂漠王国・激闘編』に入るところだぞ」

「あのねー……海底王国のお話聞くんじゃないっスかぁ?」

「あ……」


 忘れてた。

 オルカさんが聞き上手だから、ついつい長話をしてしまった。

 よし、聞いてみるか。


「あの、オルカさん。海底王国ってどんな場所ですか?」

「ん? そうだなぁ……簡単に言えば、魚人たちの楽園。鮫魚人の王スクアーロが統治する王国さ」

「魚人の楽園……」

「ああ。王国にはでっかい遺跡があってな、スクアーロ王はそこを根城にしている」

「……なるほど」


 でっかい遺跡……そこに遺産があるのか。

 

「ここから近いんですか?」

「いや、オレらが泳いで行っても4日はかかる。いくつか集落を経由して行かねーとな」

「けっこう遠いですね……でも、せっかく海の中を自在に進めるんだし、行ってみたいです」

「はははははっ、人間の客人はどこも初めてだろうよ。でもよ、遺跡荒らしみたいな真似はするなよ? 温厚なオレらならともかく、鮫魚人やタコ魚人は問答無用で襲ってくるぞ」

「き、気を付けます」

「それと、海底王国に行くなら案内を付けてやる。人間だけで進むと誤解を与えかねんからな」

「オルカさん……」


 なにこの人、めっちゃいい人、いや魚人じゃん。

 遺跡荒らしと間違われても仕方ない状況なのに、こうも親切にしてくれるとは。


「出発は明日でいいのか? なら、今日は飲み明かそう!」

「はい! まだまだ面白い話はあるんで、朝まで語りましょう!」

「センセ……なんか上機嫌っス」

「やれやれ……」


 ちなみに、俺の話はオルカさんが村中に広め、『冒険者セージの武勇伝』として海底中に広がるのはそう遠くない未来の話。

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