第232話、いざ海底へ

 青い空、白い雲、潮の香り。

 熱い砂浜、波の音、そして……水着美女。


「ねぇ、なにあれ……」「ヤバい、ウケる……」

「真っ黒、暑くねぇのか?」「ぷぷっ……恥ずかしいね」


 海沿いの町にある海岸。

 ここには若い冒険者たちが水着で集まり、海底に沈んでいる沈没船に眠る白金貨を目的に一攫千金を狙ったダイビングが行われている。

 ダイビングというか、沖に出て素潜りするだけだが。


「…………」


 俺は一人、砂浜で沖を眺めていた。

 全身タイツのような黒いダイバースーツに、金魚鉢をひっくり返したような丸いヘルメットを抱えるという異色のスタイルは、若い少年少女であふれるこの砂浜ではヤバいくらいに浮いていた。というか嘲笑されていた。

 

「…………ふっ」


 何度か死にかけたこともある俺だ。この程度の嘲笑なぞ屁の河童。

 着替中の戦乙女たちを今か今かと待っている……はぁ、暑いのに視線が冷たい。


「うおっ……すっげぇ」「すっごい美人……」

「綺麗……」「おい、見ろよあのスタイル、ヤバい」

「妹か? あっちも可愛い……」「美少女姉妹とか……」


 お、砂浜がどよめいてる。

 振り返ると、銀色の姉妹が注目を浴びまくりながら俺の元へ来た。

 レギンレイブは銀色のフレアビキニでシグルドリーヴァの腕にじゃれつき、シグルドリーヴァは黒のビキニでめっちゃ肌を露出していた。

 しかも、シグルドリーヴァ……なんてすごいスタイルだ。

 ボンキュッボン、そして際どい水着。

 砂浜の少年やお兄さんのハートをわしづかみ、おいおいそこの少年、前屈みになるのはやめとけ。


「待たせたな」


 シグルドリーヴァは、某スネークみたいな挨拶で俺の前に来た。

 レギンレイブはニヤニヤしてるし……くそ、一気に俺に注目が集まる。


「セ・ン・セ、言うことがあるんじゃないっスかぁ~?」

「う、うるさいな。シグルドリーヴァ、水着似合ってるぞ」

「そんなことより、どうしてお前は注目されている? 何かやらかしたのか?」

「……お前には言われたくないわ」

「シグルド姉ぇ、自分がいかにナイスボディかさっぱり理解してないっぽいっスよ」


 さて、準備完了……沈没船調査といきますか!


 ◇◇◇◇◇◇


「行くぞ」

「ちょ」


 シグルドリーヴァは、入水自殺でもするようにザブザブと海に入っていく。

 待て待て、俺はまだ心の準備ができていない。

 準備運動をしていると、レギンレイブが背中に抱き着いた。


「お、おい。なにすんだ」

「えへへ。センセ、ウチも早く海に入りたいの。早くいこっ」

「ちょ、待てって。こんなスーツで本当に大丈夫なのか!? っておい、押すな!」

「ほらほらメット被って被って」

「ああもう……」


 とりあえず金魚鉢を被ると、情けない宇宙人みたいな姿になってしまった。

 周囲の嘲笑と羨ましそうな視線が背中にぶつかる。羨ましい視線はレギンレイブとシグルドリーヴァを連れていることだろうな。

 すると、金魚鉢に変化が現れた。


「ん?……うおぉっ!?」

『最適化完了』

「おし、準備完了っス!」


 なんと、金魚鉢が一瞬で顔にフィットし……いや、フィットどころじゃない。皮膚と完全に一体化した。なんだこれ!?

 しかも、俺の眼には奇妙なステータス画面が表示される。まるでゲームの一人称視点みたいだ。


「お、おいレギンレイブ、これって……」

「メットは最適な形に変化するって言ったじゃないっスか」

「いや、でもこれ、まんま皮膚……」

 

 どう見ても、全身黒タイツに顔むき出しのスタイルだ。

 こんな姿で深海潜るとかありえない。死ぬ死ぬ。マジで死ぬ。


「だいじょうぶだいじょーぶ。ほらほら、シグルド姉にどやされる前に行くっっスよ」

「ちょ、おっぶ!?」


 レギンレイブに背中を押され、そのまま足を掛けられ海にダイブしてしまう。

 そして、気が付いた。


「…………?」


 苦しくない。

 今の俺は、全身を海水に付けている状態だ。波打ち際だが倒れれば全身が海水でぬれる……でも、顔を海に付けても苦しくないぞ?


「……ぁ、あ。あぁ!! うっそ……」


 しかも、海の中でしゃべれる。

 呼吸もできる。うっそ、なんだこれ。すっげぇ!!

 俺は起き上がり、海に向かって走り出し、そのまま飛び込んだ。


「うっおぉぉっ!? すげぇ、めっちゃ喋れるし苦しくない! それに海水なのに目も痛くないし……すっげぇ!!」

「ふふ、ロキ博士の発明もなかなかっスね! それに、もし故障してもセンセなら直せるっスよ!」

「確かに……あ、髪も濡れてない」


 レギンレイブのツインテールは海水で揺らめいていたが、俺の髪は全く濡れていない。というか、宇宙空間にいるような気分だ。行ったことないけど。

 とにかく、海中でも平気なことがわかった。


「よし、シグルドリーヴァは……いた」


 シグルドリーヴァは、地面を歩くように海の中をスタスタ歩いている。

 試しに普通に泳いでみると、背中に装着された小型ファンが静かに回転し、俺の泳ぎをサポートしてくれた。こりゃいいな。

 シグルドリーヴァは、ひたすら前を向いて歩いていた。


「おーい、シグルドリーヴァ」

「来たか。遅いぞ」

「いやいや、けっこう勇気が必要だぞ、これ」

「センセ、ロキ博士の発明を信用してなくて……」

「なんだと?」

「いやいや怒るなって!」


 海中なのに、地上と同じように歩く俺たち。

 水の抵抗があると思ったが、スーツのアシスト機能なのか身体が軽い。ほんとに地上と変わらないように動ける。


「沈没船の位置は?」

「……レギンレイブ」

「ほいほーい。周囲のスキャンをしまーす」

「シグルドリーヴァ、お前はスキャンしないのか?」

「私の索敵範囲はcode04と同程度だ」

「そ、そうか」

「それと、言い忘れていたが、水中では一部の武装が使用できない。戦闘力は30%ダウンだ」

「え」

「それでも、大抵の生物には勝利可能だから問題ない。念のため覚えておけ」

「…………」

「あ、なんか見っけ……って、なんじゃこりゃ?」

「レギンレイブ?」


 レギンレイブは首を傾げながら言う。


「沈んだ船っぽいのは見つけたっスけど……なんか、大型の海中モンスターがいっぱいいるっスねぇ~」

「…………」


 俺は帰宅を決意し、シグルドリーヴァは不敵にほほ笑んだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る