第181話、ソーサラー・Type-WIZARD②/預言者ハイネヨハイネ

「あーあ。ゲームオーバーかぁ……」


 アリアドネは、興味なさげに呟く。

 飴玉をつかんで口に入れ、後頭部で手を組み椅子に寄り掛かる。

 そして、アナスタシアに言った。


「最後の量産型ルークって回収のためだったんだ。てっきり戦闘後の不意打ちでもかますのかと思ったよ」

「そんな姑息な手段が通じる相手でもないでしょう。それに、希少な覚醒者2名を失うわけにはいかないわ」

「ふーん……データは取れたからいいけど、今回ちょっと無理させすぎたからねぇ……もしかしたら再起不能かもね」

「…………」


 アリアドネは、興味なさげに飴玉を嚙み砕く。


「戻ってきたら精密検査、それと記憶チェックしたほうがいいね。まさか戦乙女型と戦ったなんて知ったら面白いけど」

「アリアドネ」

「わーってるよ。今回の件は全てアシュクロフトに報告、取得データの解析を急げってんでしょ」

「そうね。覚醒の件に免じてお仕置きは勘弁してあげる。私たちの悲願達成も近い……急ぎ、作業しなさい」

「ほいほーい」


 アナスタシアは出て行った。

 アリアドネは飴玉をひっつかみ、口の中へ。


「…………この借りは返すからね、戦乙女型」


 アリアドネは、こう見えて負けず嫌いだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 アナスタシアは自分の執務室に戻ろうとしていた。すると、前からクルクル回りながら歩くアルヴィートと出会う。

 アルヴィートはクルクル回り、そのままアナスタシアの豊満な胸に顔をうずめるように抱き着く。


「アナスタシア!」

「アルヴィート、前を見て歩きなさい」

「はーい。あのねあのね、センセイに調整してもらって、【乙女神装ヴァルキリー・ウェポン】が全部使えるようになったの!」

「そう……よかったわね」

「えへへー」


 アルヴィートの開発コンセプトは【総合安定型】だ。

 Code01からcode06全ての戦乙女型の改良型武装を搭載した【乙女武装ブリテン・ザ・ウェポンズ】はまさに強力な兵器だ。

 その調整の難しさから、ブリュンヒルデと戦ったときは4種類しか使えなかった。だが、この度すべての武装が解放されたという。


「あのね、センセイがやってくれたの。すっごくうれしいの!」

「そう……」


 アナスタシアは、アルヴィートの頭を優しくなでる。

 この子は、ライオットと同じく行動原理を書き換えられている。この笑顔も、本当は姉妹たちやセージに向けられるものだろう。


「アルヴィート、仕事があるからここで」

「うん! わたし、ショウセイやアカネに自慢してくる!」


 アルヴィートはスキップしながら行ってしまった。

 その後ろを最後まで見送り、アナスタシアは執務室へ。

 すると、またしても前から誰かが歩いてきた。


「見えます……私には見えるのです」

「……ハイネヨハイネ」

「アナスタシア殿、私には見えるのです……」


 アナスタシアの前に立ちふさがったのは、全身を漆黒のローブで覆った奇妙な人物だった。

 顔はほとんど見えず、口元しか見えない。

 声で女性型と認識できるが、それ以外の情報はほとんどない。

 アンドロイドのくせに戦闘も作業もできない、はっきり言って何故こんな失敗作が、城の中を我が物顔で歩いているのかわからなかった。

 そう、アナスタシアはこの女性型アンドロイド・ハイネヨハイネが大嫌いだった。


「どきなさい、忙しいの」

「見えるのですよアナスタシア殿。私には未来が見えるのです」

「どきなさい」

「ああ。我々の神よ、どうして我らをお見捨てになったのですか……」

「ハイネヨハイネ、どきなさい」

「祈りは届く……願いはかなう……我々に訪れる未来はあまりにも黒い!」


 話にならなかった。

 ハイネヨハイネは、頭のねじが吹っ飛んでいる。仕事もせず、預言者のマネゴトをしているだけ。忙しいのにクソの役にも立たないアンドロイド。

 それでもハイネヨハイネが放置されてる理由は簡単だった。

 

 ハイネヨハイネの予言は、100%的中するからだ。


「あああ、見える、見える……かの戦乙女型が、亜人の闊歩する大地で敗北する瞬間が」

「え……?」

「見えますよアナスタシア殿、私には見えるのです」


 ハイネヨハイネは、両手を広げたまま立ち去った。

 その姿を見送り、アナスタシアは呟く。


「……戦乙女型が敗北する?」


 もう一度言う。Type-FIDOHEREフィドヘルハイネヨハイネの予言は、必ず的中する。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 オルトリンデたちは、居住車を置いた場所へ向かっていた。

 この場から離れ、戦闘後のメンテナンス作業をするためだ。


「そういやエレオノール、さっきの姿はなんだ?」

「え、ええと……その、無我夢中だったので、わたしもよく……」

「おそらく、吸血鬼としての能力でしょうか?」

「た、たぶん……」


 背中に翼が生え、牙も生えた。

 今さらだが、けっこう不気味だとエレオノールは思う。


「ま、そんなことはどうでもいい。さっさとメンテして出発だ」

「はい、お姉さま」

「うっす!」

「はい……なんだか疲れました」


 居住車の元へたどり着き、一息入れようとした時だった。

 オルトリンデとヴァルトラウテが、何かに反応した。


「ん……おいヴァルトラウテ」

「ええ、これは……」

「どうしたんですか?」


 ピーちゃんに餌をあげようとしていたエレオノールが聞く。

 

「これは……ジークルーネちゃんの緊急コールですわ!」

「あのやろ、何かあったのか! こうしちゃいられねぇ。準備はいいか!!」

「うっす! 行けるっす!!」

「え? え? あの、なにが?」


 オロオロするエレオノールに、ヴァルトラウテが説明した。


「エレオノールちゃん。以前に亜空間収納のお話をしましたよね?」

「え、ええ。細かい、目に見えない粉状にして、ヴァルトラウテさんが作ったお部屋に収納するっていう……」

「ええ。亜空間収納の利点は、あらゆるものを収納可能で、再度出すときに場所を選ばないことですわ。つまり、わたくしたちを収納して、わたくしが作った部屋の鍵を持つ子がいれば、どんなに離れていても、一瞬でその子の元まで行けますの」

「え………つ、つまり?」

「ええ。その子が呼んでいます。何かあったのか知りませんが、緊急コールですわ」

「…………」

「亜空間収納の欠点は、召喚者の傍でしか呼び出せないこと……つまり、ジークルーネちゃんが呼び出したら、ここに戻るのに時間がかかるということですわ」

「…………も、もしかして」

「ええ、呼ばれました。これからすぐにいかないと」

「…………」

「おいおめーら、さっさと行くぞ。もしかしたらそのまま戦闘になるかもしれねぇ、気ぃ引き締めていけ!!」


 すると、ヴァルトラウテがエレオノールに抱き着く。


「え、あ、あの?」

「ふふ、行きますわよ」

「え……き、きゃぁあぁぁっ!?」


 なんと、エレオノールの身体が消えていく。

 正確には、粒子分解されて亜空間に収納され、ジークルーネの元で再構築されるのだが、身体が消える恐怖にエレオノールは叫ばずにいられなかった。

 よく見ると、オルトリンデもライオットも消えていく。


「さぁ、わたくしに抱きついて……大丈夫」

「は、はいっ」


 エレオノールは、ヴァルトラウテに強く抱きつく。


「エレオノールちゃん、これからもよろしくお願いしますわね」

「……はいっ」


 エレオノールは深く頷き……ヴァンピーア領土から消失した。

 オルトリンデたちも、居住車も、何も残らなかった。

 まるで、ここであった戦いそのものが、幻だったように。




◇◇◇◇◇◇


◇◇◇◇◇


◇◇◇◇


◇◇◇


◇◇




オルトリンデたちが消える様子を、ずっと見ていた者がいた。


「消えた……ふふ、まるで幻のような人たちだね」


 それは、端正な顔立ちの吸血鬼。

 つい先ほどまでオルトリンデたちと行動を共にしていた男、ニールだった。

 戦いが始まる前に、ニールは離脱。安全な場所ですべての成り行きを見守っていた。

 現在、林の中。


「ここにいましたか」

「おっと、見つかった」


 すると、コウモリのように木にぶら下がった男が、ニールを見下ろしていた。

 木から落ちて着地すると、ニールにひざまずく。


「探しました、マイロード。まさか城を抜け出すとは……」

「ごめんごめん。S級冒険者が遺跡調査をするって聞いて、居ても立っても居られなくてさ。地下遺跡の謎も解けたし、今日は大収穫だよ」

「それより、怪物はいったいどこに? 国内は大騒ぎで、つい先ほど精鋭を揃え出陣をと思ったら突如として消滅してしまい、途方に暮れていたのです」

「ああ、それなら解決した。S級冒険者とその仲間が倒したよ」

「S級……なんと、かの『眠り姫ネムリヒメ』ですか!?」

「うん。正確には……仲間の功績のが大きいけどね」


 ニールは、隕石が落下したような戦闘跡地を見て呟いた。


「それより、眠り姫の素性を調べてくれ。おそらく彼女は王家に関係のある血筋なのは間違いない」

「……それは誠で?」

「ああ。この目で見た、彼女が『妖態』になるのを」

「な……まさか」

「ま、あとで話すよ。急ぎ、決めなくちゃいけないことも山ほどある。例えば……オストローデ王国のこととかさ」


 ニールは背伸びをして天を仰ぐ。


「エレオノール、オルトリンデさん、ヴァルトラウテさん、ライオットさんか……」


 ほんの少しだったが、強烈な仲間だった。

 ニールは、クスリと笑う。


「大きな借り、できちゃったなぁ……」

「マイロード?」

「ん、行こうか。ところでさ、勝手にいなくなってみんな怒ってる?」

「いえ、この事態でしたが誰も心配してませんでした。マイロードの脱走はいつものことなので」

「き、きっついねぇ~……」


 ニールは肩をすくめると、吸血鬼の男が言う。



「では、参りましょう。『大魔王サタン・オブ・サタンサタナエル』様」



 こうして、ヴァンピーア領土の冒険は終わった。

 生徒たちとの戦いや、エレオノールとの出会い。


 様々な謎を残し、舞台はラミュロス領土へ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る