第179話、MIDBOSS 砂漠王&氷雪王①/砂鰐と氷巨人


 最初に気が付いたのは、エレオノールだった。

 ゾワリと、強烈な悪寒が全身を包み込んだ。まるで……得体のしれない何かに、首筋を舐められたような。


「エレオノールちゃん、どうしましたか?」

「……な、なにか、気持ちわるい」

「あん? おいおい、実戦は何度も経験してるだろ」

「ち、違います……」


 エレオノールは、ゆっくりと振り返る。


「おい、エレオノー……ん? なんだあいつら、あの怪我でまだ……」

「……来ます!!」


 エレオノールが叫ぶと同時に何かが起こった。


『ウォォォォォーーーーーーン!!』

『ギャァァァァーーーーーーっ!!』


 今野と山岸が、あれだけの負傷をしながらも叫んだのである。

 しかも、2人の様子がおかしい。


「な、なんだあいつら……まだやる気かよ」

「……おかしいですわ。あれだけの負傷、激痛で動けないはず」

「違う……」


 エレオノールは、感じていた。

 2人に、強大の中に、強大な力が満ちるのを。

 そして、その力は形となって現れる。


「な……なんかやべぇ!! 離れるぞ!!」

「は、はいっ!!」

「お嬢ちゃん、自分が運ぶっす!!」

「ひゃぁっ!?」


 今野と山岸の周囲が、変わっていく。

 今野の周りにある砂が、意思を持つかのように今野を包んでいく。そして、砂漠全体の砂が集まり、一つの大きな形を成していく。

 山岸の身体から冷気が発生し、山岸を核として凍っていく。そして、ビシビシギシギシと空気を凍らせながら、巨大な形を形成していく。

 ライオットに担がれたエレオノールは、この状況に心当たりがあった。

 

「こ、これはまさか……聞いたことがあります! チート能力者が限界を超えると、究極の能力を発現させることがあるって!! 確か……【チート覚醒】です!!」

「んだよそれ!? そんなの……」

「聞いてますわね。ジークルーネちゃんと共有したデータにありますわ」

「確かにあるわ!! でもこれ、規模がおかしいぞ!?」


 必死に逃げながら振り返ると、そこには巨大な化け物がいた。

 砂漠の砂全てを集め形となった砂のワニ。その名も《砂漠王アンドヴァラナウト》。

 全身に棘が生えたような茨の氷巨人。その名も《氷雪王ニブルヘイム》。

 命の危機に瀕したことで覚醒した、チート能力の究極形態。三日月と違い、レベル99の覚醒は国一つ容易く滅ぼすことが可能だ。


「大変です! あんなのが暴れたら、ヴァンピーア王国は滅びちゃいます!」

「わーってるよ! ったく、やるしかねぇってか!」

「お姉さま、作戦は?」

「決まってんだろ。こういうデカブツは核を壊せばいい。つまり……中にいる人間を潰せばいい!」

「……なるほど、カラミティジャケットと同じですわね」

「うっす……ちょっと複雑っす」


 だが、砂漠王と氷雪王の全長は40メートルを超えている。

 カラミティジャケットの2倍はある。自重で壊れないのが不思議なくらいだ。


「お姉さま、人間をどうされるおつもりですか?」

「あん? 決まってんだろ……」


 ここまでの旅で、オルトリンデとヴァルトラウテは人間を殺したことがない。そもそも、人間に作られた彼女たちが、護衛対象である人間を殺すことなどするはずがない。

 ブリュンヒルデのような例外もいるが……。


「あれだけの負傷だ、操られていたとしても、これ以上戦えば命を失う可能性もある。つまり、この状況がオストローデの策略だとしたら……」

「ここで使い潰す、ということですわね」

「ああ。つまり、この状況は……」

「暴走……それか、制御不能」

「可能性はある。つまり、今なら効くかもしれねぇ」

「効く?」


 オルトリンデは、ライオットに担がれてるエレオノールを見た。


「エレオノール、核となってる人間を眠らせろ。確実にな」

「え、ええっ!?」

「アタシたちじゃ殺しちまう可能性がある。お前がやるしかないんだよ」

「で、でも……どこにいるかわからないし、確実に眠らせるなら、せめて視認しないと」

「わかった。ヴァルトラウテ、あいつらスキャンして中の人間の位置を調べろ。ライオットはエレオノールを担いで逃げ回れ」

「わかりましたわ。でも、少し時間が必要です」

「時間ならアタシが稼ぐ……やるぞ」


 逃げるのは、もう終わりだ。


◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「あーっはっはっはっは! 見てよアナスタシア、覚醒したよ覚醒! まさか魔道強化処理をした能力者が覚醒するなんて……こりゃいいや、最後に一花咲かせてくれた!」


 アリアドネは、とても楽しそうに笑った。

 もう、今野と山岸の制御は外れている。全く説明できないが、勝手に動いているのだ。

 あれだけの負傷で覚醒し、戦乙女型を追い詰めている。計算できない事態にアリアドネは笑った。


「データ収集開始。くっふふ、このデータを解析すれば、覚醒してない生徒も早期に覚醒できるかも!」

「…………」


 アナスタシアは、無言で成り行きを見守っていた。

 戦乙女型は、まだ戦っている。


「アリアドネ、地中に潜航させている量産型の操作権限を私に」

「あん? 別にいいけど、どうすんの?」

「…………」


 アナスタシアは、答えなかった。


◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ライオットに担がれたエレオノールは、改めて敵を見た。

 巨大な砂の鰐と、茨で覆われた氷の巨人。あの中にいる人間を眠らせれば、この戦いは終わるかもしれない。


「お嬢ちゃん、安心するっす。姐さんがなんとかするっすよ」

「ライオットさん……」


 すると、オルトリンデとヴァルトラウテが、第二着装形態に変身し、指示を出す。


「こっからはバラけていくぞ。ヴァルトラウテは氷を引き付けながらスキャン、ライオットはエレオノールを守りつつヴァルトラウテの援護だ!」

「姐さんは!?」

「アタシは1人でいい! いいか、センセイがいないんだから、ぶっ壊されんじゃねぇぞ!」

「では、行ってまいりますわ」


 オルトリンデはキャタピラーで地面を進み、ヴァルトラウテは空を舞った。

 そして、砂の鰐と氷の巨人が動き出す。


「お嬢ちゃん、しっかり掴まるっすよ!!」

「はいっ!!」


 エレオノールも、ようやく覚悟を決めた。

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