第177話、BOSS・魔道強化生徒サンプル1号&2号④/氷の世界

 ヴァルトラウテは上空へ飛び、今野が作り出した砂サソリから逃れた。が、地上から氷の槍が無数に飛来し、12枚の盾で防御する。

 灰色の犬仮面こと山岸雪子が、ヴァルトラウテを打ち落とそうといくつのも氷槍と氷塊を作り出す。


「ふふっ、こっちこっち、ですわ!」


 飛行能力のあるクルーマ・アクパーラの第二着装形態なら、避けることも防御することも容易い。12枚の盾を自在に操り、飛んでくる氷を全てブロックする。

 さすがレベル99と言うべきか、攻撃範囲や規模がとんでもない。その気になれば、砂漠全体を凍らせたり。とんでもない質量の氷を生み出すこともできるだろう。


「でも……」


 ヴァルトラウテは、無数に現れる砂のサソリを破壊するオルトリンデを見た。

 モーガンに内蔵された兵器は、オルトリンデの『乙女神装』とは比べ物にならない数が搭載されている。いかに強度があろうと、今のオルトリンデに敵うアンドロイドはそういない。

 レベル99のチート能力によって生み出された砂のサソリは、アンドロイドよりも強度があり、精密動作性も遥か格上だ。


「なんでしょう、この違和感……まるで、試しているような」


 ヴァルトラウテは、違和感を感じていた。

 この2人は、まだ本気ではない。

 人の意思が感じられず、まるで機械のような……。


「…………」


 ヴァルトラウテは、もう一度だけスキャンした。

 今度は、もっと深く、正確なデータを抽出する。【戦乙女の遺産ヴァルキュリア・レガシー】の電子頭脳と直結した今なら、より正確な情報を得られるはずだ。


『オートガードシステム起動。これより敵生体情報を再スキャン』


 ヴァルトラウテの目が、真紅に輝いた。


◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……やっべ、code03に気づかれたかも」


 飴玉を舐めながら、アリアドネは言う。

 すっかり世話係となっているアナスタシアは、特に気にしていない。


「いずれ気付かれること。問題ないわ。でも……遭遇したのがcode02たちでよかったわ。センセイと遭遇してたら、生徒が無力化される可能性があるわ」

「……あのさアナスタシア」

「なに?」


 アリアドネは、飴玉を嚙み砕く。


「あんたさ、センセイセンセイってしつこい。そりゃセルケティヘトがセンセイにバラされたのは驚いたけど、そんなに警戒する必要ある? こっちは戦力も整いつつあるし、ゴエモンだっている。いくら戦乙女型が脅威でも問題ないって」

「………」

「あんたらしくないよアナスタシア。冷静沈着が売りのType-WIZARDウィザードさん!」

「……そう、ね」


 セルケティヘトが言った言葉。『センセイは、アンドロイドでは勝てない』。

 アナスタシアは、ずっと引っかかっていた。

 アンドロイドで勝てないなら、生徒を使えばいい。

 でも……それで本当に大丈夫なのだろうか? 生徒を使えば、センセイの逆鱗に触れてしまうのではないか? 得体のしれない能力で、自分たちは破壊されてしまうのではないか……セルケティヘトのように。


「…………っ」


 アナスタシアは首を振る。

 彼女の中にもまた、『恐怖』が芽生えていた。


◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 ヴァルトラウテは、ようやく見つけた。


「これは………脳内に異物?」


 2人の脳内に、小型のマイクロチップを確認した。

 あれが意識と行動、そして能力を支配している。つまり……あの人間は、操られている。そして、あんなことができるのはオストローデのアンドロイドだけ。

 これほどの能力……ヴァルトラウテは心当たりがあった。


「まさか、センセイの生徒……異世界からの転移者?」


 飛来する氷の槍をガードしながら、ヴァルトラウテは呟いた。

 センセイから聞いた話はもちろん共有している。センセイが30人の子供たちと一緒に、異世界から来たことも知っている。

 オストローデ王国は、子供たちを使って実験しているのか。

 もしこの事実をセンセイが知ったら……。


「……やはり、殺せませんわね」


 氷の槍が収まると、真っ白な霧が上空へ放たれる。

 まるで雲のように白い煙の正体は……。


「まさか、冷気!?」


 ヴァルトラウテは、クルーマの盾の一つが、凍り付いて落下する瞬間を見た。

 打撃・斬撃・砲撃にめっぽう強いエメラルド・イージスが、絶対零度以上の冷気で凍り付き、機能が停止した。


「くっ……あの冷気に捕まったら、わたくしも停止してしまいます!!」


 上空が、純白の冷気で覆われていく。

 地上が見えなくなり、冷気のカーテンを通して氷の槍が発射される。


「ぐっ……」


 盾で受けた瞬間、盾が一瞬で凍り付いた。

 恐ろしい能力だった。

 これほどの冷気、機械兵器で出せるかどうか……。


「避けるしか、ないっ!」


 12枚の盾を全て収納し、飛行ユニットであるクルーマ本体の操作に集中する。

 飛来する氷の槍、迫りくる絶対零度の冷気。

 空を飛んだのは失敗でしたわ……ヴァルトラウテはそう考え、対策を練る。


「まず、あのお方を行動不能にしなくては!」


 だが、地上の様子は見えない。

 それどころか、冷気のおかげで降りることができない。冷気に触れれば凍り付き、ヴァルトラウテ自身も行動不能になるだろう。

 灰色の犬仮面を行動不能にするのが、これほど難しいとは。


「アンドロイドとの戦闘のが、よっぽど楽ですわ……」


 ヴァルトラウテは苦笑した。

 そして、イチかバチかの手段を取る決意をした。


◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 アリアドネは、山岸を操作しながら考える。


「code03はこのまま封じれる。問題はcode02か……」


 空中に飛んだ時点で、ヴァルトラウテは策にハマった。

 耐寒処理が施されているとはいえ、レベル99のチート能力による冷気だ。いくら戦乙女型でも耐えることはまず不可能。

 問題は、銃器を連射して砂サソリを破壊しているオルトリンデだ。

 

「この脳筋……戦略のセの字もない。ただひたすら撃ちまくるだけ」

「どうするのかしら?」

「……弾切れは」

「無理よ。どうやら自動生成されてるようね」

「むぅ……よし、code03を行動不能にして、冷気による強制停止を狙う」

「それしかないわね」


 アナスタシアにカップを差し出すと、液体燃料を入れてくれる。

 飴玉を舐め、ドリンクを飲みながら、アリアドネは操作を続けた。


「……それにしてもこいつら、地中で何をしてたんだろ?」

「さぁ。休眠中の戦乙女型を見つけたか、現在捜索中の『アンノウン兵器』を探しているか……それとは別の何かを探しているのか」

「ま、ログを確認すればわかるか。とりあえずcode03を終わらせるね」

「ええ」


 山岸を操作し、冷気の出力をさらに上げる。

 スペック上では、ヴァンピーア王国全体を冷気で包むことも可能だ。レベル99は伊達じゃない。


「サンプル2号、冷気の出力アップ、code03を行動不能にしろ」


 命令に拒否権はない。

 冷気が上空全体を覆い、半径数十キロ四方が冷気の雲で覆われる。

 アリアドネは、ヴァルトラウテが冷気に包み込まれたのを確認した。


「凍って終われ、code03」


 そして、凍り付いたヴァルトラウテが落下、地面に激突した。


◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 落下したヴァルトラウテは、完全に凍り付いていた。

 クルーマも凍り付き、ヴァルトラウテの意識が落ちたせいなのか、そのまま亜空間に消える。

 アリアドネは、ヴァルトラウテから電子反応が消えたのを確認し、再起動できないように動力源を破壊しようと山岸を向かわせた。


「code03再起不能。さっすがレベル99、こりゃかなりイケるわ」

「実験は成功ね。でも、不安要素がいくつかあるわね」

「不安要素?」

「そう。一見完璧に見える強さだけど……」


 アナスタシアがそう言った瞬間だった。


「この子たちは…………アリアドネ!!」

「へっ?」


 ヴァルトラウテが起き上がり、強烈なボディブローを山岸に叩き込む。

 ズドン!! と、車が衝突したような衝撃だった。


「ごbっぼぇぇげぇっ!?」


 胃が潰れ、大量の吐血をして、その場に崩れ落ちる山岸。

 ビクビクと痙攣しながら失禁。完全に意識が飛んでいた。


「危ないところでしたわ……クルーマの盾で冷気を防御しつつ地上へ落下。意識をシャットダウンして機能停止を装い、近づいたところで再起動しました。きっとわたくしを回収するために、動力源を破壊すると思いましたから。罠を張らせていただきました」


 山岸に言うのではなく、その先にいる誰かにヴァルトラウは言う。


「お分かりのようですが言わせていただきます。人間の脳にチップを埋め込み操る方法は大したものです。ですが、アンドロイドと違い人間は生身。意識を掌握して行動を操っても、肉体の限界を超えた行動は不可能……内蔵の機能が停止すれば、行動不能になるのは目に見えてますわ」


 アリアドネは、ヴァルトラウの話を聞かずに山岸の再起動コードを送る。だが、コードは受理されてるはずなのに動かない。

 肉体の限界を超えた行動はできない。それこそがアナスタシアの指摘した弱点。


「ちっくしょう……サンプル2号はもうダメだ。こうなったら1号で」

「…………」


 山岸の操作を完全に打ち切り、今野の操作に専念する。

 まだ、チャンスはある。レベル99の能力者は伊達じゃない。


「…………」


 アナスタシアは、静かに見守っていた。

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