第152話、最初の町セイク

 ヴァンピーア領土。

 大魔王サタン・オブ・サタンサタナエルが治める吸血鬼の住む領土で、他領土の交流もあるが、交易量はとても少ない。

 交易物は家畜が主で、牛や豚が多い。その理由は食用だ。


 吸血鬼は、血を好む。 

 人間のような食事はほぼ必要ない。20日に1度、動物や魔獣の血液を摂取すれば事足りる。食事も可能だが、あまり意味のない行為と吸血鬼たちは捕らえている。


 吸血鬼には『位』が存在する。

 モンスターのようなG~S級ではなく、爵位で表される。


 魔王 サタナエル。最強の吸血鬼にして王。

 大公 吸血鬼の中でもトップクラスの実力者。

 公爵 ヴァンピーア領土に固有の土地を持つ貴族。かなり強い。

 侯爵 侯爵の部下。人間で言う騎士団の隊長クラス。

 伯爵 部隊長クラス。

 子爵 一般兵クラス。

 男爵 戦闘経験のある普通の吸血鬼。


 一般兵クラスや部隊長クラスと言っても、人間や獣人とは比較にならない。

 吸血鬼は、位が高ければ高いほど強く、中にはチート能力とは違う固有能力を持つ個体が存在する。

 固有能力を持つ吸血鬼は別格とされ、男爵位の家に生まれた子供でも、侯爵位の戦闘能力を持つ吸血鬼もいるそうだ。

 

 吸血鬼は、人間や獣人の血を吸うことも出来る。

 しかし、それは最大の禁忌とされ、人間の血を吸った吸血鬼はたとえ大公だろうと処分……殺害される。

 だが、中には人間の血の味を覚えた吸血鬼たちが集まり、人攫い集団を結成、ヴァンピーア領土に踏み込んだ人間を攫っては血を吸っているのだとか。


「と、わたくしたちが持っている情報はこのくらいですわね」

「ふーん。まぁアタシらにゃ血が流れてねーから問題ないな。ははは、冷却用オイルでも飲ませてみるか?」

「姐さん、そのそも自分らの表皮を傷付けることは不可能っすよ」

「それもそーだな。あっははは」


 夜。

 砂漠を脱出し、ヴァンピーア領土に踏み込んだオルトリンデたちは、する必要もない野営をしていた。

 ヴァンピーア領土は、一言で表すなら『寂れた大地』だった。

 木々は少なく緑もあまりない。乾いた大地が続き、どこか陰鬱としていた。

 オルトリンデたちの居住車は、平原に続く街道の脇に停車させてあった。


「姐さん、最初の目的地は?」

「とりあえず、近くに町があったはずだ。そこへ行くぞ」

「はぁ……ですがお姉さま、人間の町で何をなさるおつもりで? わたくしたちの目的はレギンちゃんの捜索ですわよね?」

「そーだけどよ。アタシらの地図データも古い。このヴァンピーア領土の地図でもねーか探すんだよ。マップの更新だよ更新」

「さっすが姐さん!! 何も考えてないように見えてしっかり先を見据えてるぅ!! そこにシビれる憧れるぅ!!」

「やかましい、誰が何も考えてねーだ、このメタルスキンヘッドが!!」


 バチィン!! と、オルトリンデはライオットの頭を叩く。

 ちなみに、ライオットの身体の最高硬度を持つ部分は頭部だ。スペック上では、ブリュンヒルデのエクスカリヴァーンも頭で受け止められる。当然、オルトリンデの張り手は何のダメージもない。


「お姉さま、くれぐれも厄介事にはなさらぬように。昔、フォーヴ王国の酒場でした大乱闘は、今でも伝説になってますのよ?」

「あ、あれはその······あぁもううるせーうるせー!!」


 フォーヴ王国の酒場でチンピラに絡まれ、喧嘩を売られた。オルトリンデは喧嘩を買いチンピラを瞬殺。チンピラが呼んだ助けも瞬殺、介入した冒険者も瞬殺、当時のA級クランが3つほどオルトリンデに潰され、内の2つが解散にまで追い込まれた事件だ。

 銀髪の美少女が名のある冒険者を壊滅させたとして、当時は大変だったそうだ。


「酒場をめちゃくちゃにするわ、怪我人を3桁単位で出すわ、あの時は大変でしたわねぇ。数十年はフォーヴ王国に近付けませんでしたもの」

「し、仕方ねーだろ。売られた喧嘩を買っただけだ」

「長く可動してるとヴァルキリーハーツの思考も人間寄りになってしまうのですわね······」

「やっかましい!! つーかあの時オメーどこ行ってやがった!! 一人で早々と逃げたしやがって!!」

「あらあら、そうだったかしら?」

「姐さん、さすがっす!!」

「やかましい!!」


 バチィン!! と、再び音が響く。

 乙女と大男の夜は更けていった。


 ◇◇◇◇◇◇


 ヴァンピーア領土最初の町セイク。

 領土の入口にある街なので、人間や獣人も数多くいる。もちろん、吸血鬼も。

 オルトリンデたちは気にしていなかったが、ライオットがガラガラ引きずる居住車は大注目されていた。それもそのはず、六人乗りの大型居住車が、スキンヘッドの男一人で牽引されてるのだから。

 これには、力自慢の冒険者や獣人たちも脱帽した。


「向かう先は?」

「冒険者ギルドだ。あそこなら地図も揃ってるはずだ」

「ですが、わたくしたちは冒険者ではありませんよ? 地図を譲ってくれるかどうか」

「はん、金払えばなんとでもなるだろ。人間は金に目がねぇからな」


 というわけで、冒険者ギルドへ。

 冒険者ギルドだけでなく、ギルド関係は街の中心にあるという統計データから、街の中心に向かって進む。

 すると、簡単に見つかった。


「全ての街で建物共通だからわかりやすいわ」

「そうですわね。では、さっそく中へ参りましょう」

「おう。ライオット、留守番してろ」

「へい、姐さん、お嬢」


 ギルドの居住車専用駐車場にライオットを残し、オルトリンデとヴァルトラウテはローブを着てギルド内へ。

 このローブは、破損した身体を隠すためのものだったが、着慣れてるせいかいつもの通り纏う。本来は顔も隠していたが、今回は素顔を晒して中へ。

 これがまずかった。


「さーて地図地図············ん?」

「あらあら、注目されてますわね」


 ギルドに入った二人は注目された。

 それもそうだ。二人はとんでもない美少女なのだから。

 彫刻のような美しい造形、流れる銀色のポニーテールとゆるふわウェーブ、強気な表情と柔らかな笑みは、似た顔立ちながら違う印象をもたせる。

 オルトリンデは視線を無視し、ギルドの受付カウンターに向かう。


「こんにちは、本日はどのようなご要件でしょうか?」

「ヴァンピーア領土の地図くれ。正確なやつで頼む」

「地図、ですか? それでしたら、ギルドに常駐している地図人マッパーの方からお買い求めできますよ」

「マッパーね。どこにいる?」

「はい。ギルド2階の販売所にいらっしゃいます」

「わかった。さんきゅーな」


 受付嬢へ礼を言い、ヴァルトラウテに声をかけて2階へ上がろうとした時だった。


「おう姉ちゃん、地図が欲しいのかい?」

「わりーな。この辺りの地図はオレらが買い占めちまった」

「あ?」


 数人の冒険者グループだった。

 どうやら、オルトリンデたちが地図を買うと聞いていたらしく、そのまま2階の販売所で地図を買い占めたらしい。地図なんて一枚銅貨5枚で手に入る。そこそこ稼いでる冒険者なら、買い占めるのは簡単だった。


「じゃあアタシらに売ってくれよ。いくら?」

「そ〜だなぁ〜······」


 男たちの視線は、オルトリンデたちの身体を舐めるように見る。ローブのおかげで身体のラインは見えないが、下心丸見えなのは間違いなかった。


「お姉さま」

「わかってるよ」


 オルトリンデたちも視線に気付いてる。相手の狙いはすぐにわかった。

 アンドロイドである自分たちは、身籠ることもなければ快楽もない。身を差し出して地図が手に入るなら構わないと考えたが、何故か身体を差し出す気にはなれなかった。当然だが暴れるわけにもいかない。

 とりあえず、白金貨でも出すかと思った瞬間だった。


「_____あ、あの」


 不思議と、響く声が聞こえてきた。

 男たちとオルトリンデたちが声の主を見る。

 そこにいたのは、これまた美しい少女だった。


「や、やめて。女の子たちに悪いことしちゃだめ」

「んだとテメェ!!」

「ひっ······う、ぅぅ」

「あぁ?」


 少女は吸血鬼の国に似合わない、純白のドレスを纏っていた。

 真っ白な髪にルビーのような瞳を持ち、手にはペンギンのぬいぐるみを抱いている。見た目はオルトリンデたちより少し下の15歳くらいだろうか。

 怯えたように、何故こんな子供が厳つい男に声を掛けたのかと疑うような状況だった。

 オルトリンデは、小さくため息を吐いた。


「おい、ガキはすっこんでな」

「で、でもでも······うぅ」

「はぁ〜······」

「そうだぜ、ガキは引っ込んでな!!」


 男の一人が、少女をつまみ出そうと手を伸ばした瞬間だった。


「············はふぅん」


 男は、いきなり崩れ落ちた。

 手を伸ばしただけで、突然。


「あ······ま、またやっちゃった。ご、ごめんなさい」


 少女が倒れた男に手を伸ばそうとしたが、すぐに引っ込める。

 すると今度は別の男が。


「な、何したんだお前!?」

「そ、その······ご、ごめんなさい」


 少女は、怯えたように頭を下げた。

 残りの男たちが、倒れた男を起こそうと近付いた瞬間。


「はう······」「ふへ······」「んん······」

「ふぁん······」「おほ······」「うん······」


 残りの男たちも、バタバタ倒れてしまった。

 これを見たオルトリンデとヴァルトラウテも、まるで理解できなかった。


「ご······ごめんなさい、本当にごめんなさい。わたしに近付くと、みんな『眠っちゃう』の」


 これがS級冒険者の一人、『眠り姫ネムリヒメエレオノール』との出会いだった。

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