第149話、戦乙女の夜とパーティー分断

 夜。

 話し合いが終わり、夕食を終え、人間たちはエンタープライズ号で寝静まった。

 アンドロイドたちは眠らず、ジークルーネの仕事が始まった。

 オルトリンデの周りには、ジークルーネのナノマシンによって投影されたディスプレイがいくつもあり、消えては現れ消えては現れを繰り返している。


「うっわ~………ナノマシン稼働率1割以下、自己修復ユニットも破損、各部破損を純度の低い金属で代用、電子頭脳のバグデータ、ヴァルキリーハーツにも負荷が掛かってる……こんな状態で500年以上稼働してたなんて」

「うっせーな。いいからさっさと調整しろよ」


 胡座を掻いて座るオルトリンデ。

 ジークルーネはさっそくメンテナンスを始める。


「この子がスタリオンちゃん、この子がスプマドールちゃんって言うのね」

『はい。私たちの旅の相棒です』

「ふふ、初めまして。よろしくね」

『ブルルン……』『ヒヒィィン』


 ヴァルトラウテは、ブリュンヒルデと一緒に、馬2頭の世話をしていた。

 戦乙女型は馬に好かれるのか、2頭とも大人しい。

 ライオットは、エンタープライズ号を警護するように立っていた。


「なぁジークルーネ、ブリュンヒルデだけどよ……」

「ん、姉さんの考えてる通りだよ。お姉ちゃんのヴァルキリーハーツは予備の物、本当のお姉ちゃんは、やっぱりあの時に……」

「ああ、やっぱそうか……シグルド姉ぇと一緒に、ブリュンヒルデも死んだんだな」

「ん……あのさ、姉さん。あのときのコト、覚えてる?」

「………少しな。アタシら7人と、アンドロイド軍の特殊兵器が一騎打ちして、負傷したブリュンヒルデを守ろうと、シグルド姉ぇが前に出た……それで、シグルド姉ぇのヴァルキリーハーツが砕け、ブリュンヒルデも半壊、アタシら5人もダメージを受けて、全員が人類軍で最も大きなアンドロイド修復ユニットに移送された、だろ」

「うん、わたしもそう覚えてる。そこからの記憶データがなくて、気が付いたらセンセイに起こされた……って感じかな」

「………センセイねぇ。なぁ、あのセンセイはなんなんだよ? オヤジと同じ能力を使ってたけどよ」

「わかんない。でも、センセイはすごいよ。わたしやお姉ちゃんも助けられてる。姉さんやヴァルトラウテお姉さまを助けたのだって、センセイなんだよ?」

「……そーだな」


 疑問はあるが、彼女たちはデータ以上のことは知らない。

 そもそも、ヴァルキリーハーツに予備などあったのか。そんな疑問すら抱いていなかった。

 

「……はい、おしまい。どう、姉さん」

「っ~~~~ん、頭スッキリだ。さっすが我が妹、ありがとよ」

「ふふん。もっと褒めていいよー」

「この、チョーシのんなっ!」

「きゃあっ♪」


 オルトリンデは、ジークルーネの頭をガシガシなでる。

 ジークルーネは拒否せず、されるがままだった。とても嬉しそうに笑っていたが。


「あらあら楽しそうね。ジークルーネちゃん」

「さ、次はヴァルトラウテお姉さまだよ。こっち来て」

「は~い。よろしくねジークルーネちゃん」


 姉妹のメンテナンスは、穏やかに続く。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「な、なにこれ………」

「ん、どうしたジークルーネ」

「ジークルーネちゃん?」


 ジークルーネは、ライオットの調整をしていた。

 そこで、恐るべき物をいくつか発見した。


「この行動原理プロテクト……わたしたちのヴァルキリーハーツに掛けられてるプロテクトより複雑で硬い。こんなの、わたしじゃ絶対に破れないよ……」

「お、おいおい、こいつの行動原理はセンセイが書き換えたんだろ?」

「う、うん。プロテクトを組んだのもセンセイで間違いないけど、まさか、たった30分のデータ干渉で、これほど強靱なプロテクトを構築するなんて……しかも、リミッターカットされてるから、以前のType-LUKEより戦闘能力が60パーセント上昇してる……」

「まぁ……すごいですわね」


 ライオットは直立不動で立っていた。

 とりあえず、電子頭脳のバグデータを消去し、調整を完了させた。


「はい、おしまい」

「うっす、ありがとうございます! 気持ちよかったっす!!」


 なんというか、不思議だった。

 かつて敵だったType-LUKEが、センセイの力で仲間になり、ジークルーネの調整を受けている。

 記憶データを覗いたが、たいした情報が入ってなかったのは残念だったが。


「姉さん、お姉さま……もうすぐ、お別れなの?」

「アホ。永遠の別れでもあるまいし……」

「……ふふ、ジークルーネちゃんは甘えん坊さんですわね」

「ったく、オメーとアルヴィートはホンットにガキだよな」

「………」


 ジークルーネは、顔を伏せる。すると、ヴァルトラウテがジークルーネを抱きしめ、オルトリンデが頭をガシガシなでる。


「おいブリュンヒルデ、オメーもこっち来いよ。可愛い妹に愛を注ぎ込んでやる」

『結構です』

「……」

「ぷっ」

「ふ、ふふっ……くっふふ」


 眉をひくつかせるオルトリンデに、笑いを堪えきれないジークルーネとヴァルトラウテ。ブリュンヒルデは真顔でオルトリンデを見つめる。


「上等だテメーっ!! いいからこっち来い!!」

『結構です』

「お、お姉ちゃん、オルトリンデ姉さんも淋しいんだよ。ほらほら」

「バカ野郎、誰が淋しいなんて言った誰が!!」

「うふふ、あははははっ!!」

「おいヴァルトラウテ、オメーも笑ってんじゃねぇ!!」


 結局、ブリュンヒルデはオルトリンデに捕まり、髪をぐしゃぐしゃにかき乱された。

 ヴァルトラウテもブリュンヒルデをハグし、ジークルーネもそこに飛びつき……姉妹の長い夜は過ぎていった。


「うっす、自分……居辛いっす」

『ブルルン』『ヒヒィィン』


 ライオットは、スタリオンとスプマドールに慰められていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 数日後。国境都市アドドに戻って来た。

 都市の入口で、パーティーは別れる。


「じゃあ、しばらくお別れだな」

「ああ。アタシたちは『ヴァンピーア領土』へ行く。何かわかったら通信を入れるからよ」

「ヴァンピーア領土……」


 確か、魔王の1人である『大魔王サタン・オブ・サタンサタナエル』の治める吸血鬼の王国だ。いやはや、そっちもかなりヤバそ……いや、問題ないか。


「ジークルーネ、いざという時は緊急コードを使えよ」

「うん。わかった」

「ブリュンヒルデちゃん、ジークルーネちゃんをよろしくね」

『了解しました』


 戦乙女型の別れだ。なんというか、邪魔しちゃいけない気がする。

 俺はライオットに言う。


「ライオット、2人を頼んだぞ」

「うっす、センセイ!! センセイもお気を付けて!!」

「ああ、ありがとな」

「うーーーっす!!」


 こう言っちゃなんだが、ちょっとやかましい。

 もっと大人しめの性格にすればよかったかな……。

 すると、オルトリンデとヴァルトラウテが、俺の前に来た。


「センセイ、言い忘れてたぜ」

「そうですわね」

「ん? どうし……っと!?」


 次の瞬間、オルトリンデとヴァルトラウテに腕を引かれ………頬にキスされた。


「センセイ、アタシたちを救ってくれてありがとな」

「ちゃーんとお礼、してなかったですわね」

「え……あ、いや、ははは……」


 2人はパッと離れた。


「じゃあな、何かわかったら通信するからよ」

「それまで、ごきげんよう」

「うっす、失礼しまっす!!」


 3人は、去って行った。

 これから、あの3人は吸血鬼の王国で冒険する……うーん、どんな冒険になるのかな。

 でも、オルトリンデとヴァルトラウテ、ライオットなら、どんな敵でも倒せるだろう。


「じゃ、俺らも……どうした?」

「せんせ、キスされてた」

「感謝の気持ちですかー……セージさん、モテますねー」

「……まぁ、感謝の気持ち以上のものはないだろう」

「ヴァルトラウテ姉さまはともかく、オルトリンデ姉さんがあんなことするなんてねー」

「カッカッカ、若いのはいいのう」

「セージってば、プレイボーイなのねー」

『…………』


 どうやら、しばらく茶化されそうな気がした……。

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