第143話、MIDBOSS ティターン・Type-LUKE①/カラミティ

 現在、俺はユグドラシルの外を走っていた。

 ゼドさんは怪我をしていたので置いてきた。狙いが俺とわかった以上、ユグドラシル内にいたら、また追っ手がくるかもしれない。

 念のため、ヴィングスコルニルとモーガンを護衛に置いてきた。そして俺は、ブリュンヒルデたちと合流するため、こうして森の中をダッシュしてるわけだ。

 今だから思う。どっちか1体にしときゃよかった。


「というか遠いっつの!!」


 ブリュンヒルデたちと分かれた森の入口までけっこうある。

 何度か立ち止まりながら、息を整えていた。


「………痛っ」


 少しだけ、頭痛がした。

 なんでか知らないが、死にかけてから頭が痛い。ジークルーネのナノマシンで身体は治ったんだけどな……。

 とにかく、あのタンクトップハゲが来るかもしれない。早急にブリュンヒルデたちと合流しないと。


「よし、行く……」


 と、走ろうとした瞬間だった。

 とんでもない地震が起きた。そして……。


「は……はぁぁぁぁっ!?」


 少し離れた場所から、何かがせり上がってきた。

 20メートル以上はある。真っ黒で、西洋の鎧みたいな……ところどころに赤いラインが入り、顔らしき部分には丸く赤い光が灯ってる。まるで単眼だ。

 

「おいおい………ざ、ザ○かよ……」


 唖然としていると、声が聞こえた。


「カラミティジャケット」

「え……」


 そこにいたのは、十二単みたいな服を着た、キツネ目の女だった……いや、こいつ。


「あ………アンドロイド」


 半身が、削られたように消失してる。

 でも、気色悪い『尾』みたいなのが身体を支えてる。右腕はないけど、左腕を俺に突きだしてきた。


「あれは『拠点制圧兵器CALAMITYカラミティJACKETジャケット』……OUROBOROSウロボロスと同列の兵器や」

「な……う、ウロボロスだって!?」

「そうや。保険のつもりで地中を潜行させておったんやが……どうやらライオットは失敗したようやな。どこまでも使えない鉄屑が……ッ!!」

「お前も俺の命が狙いか!!」

「そうやで……ちとダメージはあるが、センセイ1人始末するくらいなら問題あらへん。悪いが死んでもらうで!!」

「くっそ、またかよ!!……っつ!?」


 ズキンと、頭が痛んだ。


「悪いが話とるヒマはあらへん。戦乙女型が追ってこないとも限らんからな……」

「っつ……この、くっそ」


 頭が痛む。

 同時に、ズズンと地面が揺れた。どうやらカラミティジャケットとやらが動き出した。

 このままじゃマズい。


「こんな失態見られたらヤバいんでな。せめて、あんさんの首だけでも!!」


 キツネ目の女が、左腕を手刀のように固定して迫ってくる。

 あれで俺の心臓を抉るつもりだ。

 なんだ、この頭の痛みは。




『キミにはまだ死んでもらうワケにはいかない。少しだけ、手を貸してやろう』




 …………は?


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 セルケティヘトは、左手を手刀の形にして固定した。

 補助用に残していた3本目の尾を足代わりにした今、武器となるのはこの左手だけ。だが、人間の身体を貫く程度なら問題ない。

 尾を巧みに動かし、人間が走る以上の速度でセージに迫る。

 あとは、心臓を貫いて終わり……の、はずだった。


「……?」


 セージは、両腕を広げた。

 まるで、迫るセルケティヘトにハグをするように。

 腰にある剣も、ホルスターに収まってる銃もそのまま。

 まるで、セルケティヘトを受け入れるかのように。


「気ぃ狂ったんか!! 死ねやッ!!」


 シュボッ!! と、セルケティヘトの手刀がセージの心臓に向けて飛んだ。

 間違いなく、心臓は破壊される……。




 ───────────ぱんっ♪




 何かが弾ける音がした。

 かんしゃく玉のような、爆竹よりは軽い音だ。


「…………………は?」


 本日2度目のフリーズ。

 破裂したのは、セルケティヘトの左腕だった。

 手首から先が、キレイに消失……いや、全てのパーツがバラバラになって地面に落ちた。

 消失した手を見たセルケティヘトは、ゆっくりとセージを見た。

 そして……セージは、薄く微笑んだ。


『久しいな、Type-BISHOP。ただのウィルス散布装置だったお前が、こうも攻撃的な手段を取るとはな』


 セージではない、誰かがいた。


「な……なに、を」

『なに、少しだけセンセイに力を貸そうと思ってね。この男はまだ死ぬべきではない。こうして私が表に出るのはこれが最初で最後だ。まぁ、チートということかな?』


 外見、声は間違いなくセージ。

 だが、これはセージではない。


『ふふ、この善良な教師が最初に目覚めたのは『|修理(リペア)』か……皮肉なことだ。私とは全く違う』

「…………」


 目の前の誰かは、実に楽しそうに話している。


『私なりに考えてみた。なぜ、『機神の御手ゴッドハンド』というチート能力は、普通の能力と違い、いくつものアビリティを入手できるのか。恐らくだが、この能力はチート能力のバグみたいなものなのだろう。アンドロイドの電子頭脳と動力炉が化学反応を起こして『魔術』と呼ばれる現象が発現したように、チート能力が本来ありえない『機械』を支配できるような力を持ったのも……」


 目の前の男は、実に楽しそうに話をしてる。

 話し相手は、間違いなくセルケティヘトだ。今、まさに命を狙った相手だ。


『っと……スマンスマン。久し振りに話をするので盛り上がってしまった。ところで、どうして攻撃しないのかね?』


 セルケティヘトは、片足で立ち足代わりの尾をセージの心臓に向けて伸ばした。


『ふむ、学習しなかったのかね?』


 だが、セルケティヘトの尾は、セージに触れる瞬間、バラバラのパーツになって地面に落ちた。

 片足立ちのまま、セルケティヘトは硬直する。


「な、なんなんや……」

『ははは。見ての通りさ。それより、何を感じてる?』

「あ……?」

『この状況さ!! 最後の尾を失いキミは片足立ち、武器はもうない、逃げるのも困難、さて……キミは何を感じてる?』

「………」

『そう、何も感じていない』


 セージは、とても楽しそうだ。


『それこそが、キミたち『Osutorodeオストローデシリーズ』と戦乙女型の決定的な違いだ』

「………なんやて?」

『わからないのか? キミたち『Osutorodeオストローデシリーズ』は『恐怖』を感じていない』

「恐怖やて? は……そんなモン、なんのために必要なんや。恐怖で身体が竦んでもうたら、勝てる戦いも勝てんやないか!!」

『違う。恐怖があるから、人は強くなれる。恐れを乗り越え、前に進む力を手に入れようと藻掻き足掻く。それこそが進化なのだよ!! 恐怖を感じないアンドロイドに、未来はない』

「………」

『戦乙女型には、人間の五感全てがインストールされている。喜び、泣き、怒り……人間のような感情を持つ。だからこそ彼女たちは強い。システム以上の性能を出せる』

「アホな……」

『まぁ、キミにはもう関係ない話だ。キミはここで破壊する』


 セージは、セルケティヘトに向かってゆるりと歩き出す。

 セルケティヘトは、一歩下がる。


『……どうしたのかね?』

「………」


 セージは、歩を進める。

 セルケティヘトは、みっともなくケンケンで離れる。


『この世には、表裏一体という言葉がある』


 セージは歩く。

 セルケティヘトは、ケンケンで離れる。


『光と闇、全と無、表と裏……』


 セージは、セルケティヘトと距離を詰める。

 セルケティヘトは、表情を硬くしてケンケンで離れる!!


『そして………『修理リペア』と』


 セージの手が、セルケティヘトに迫る!!


「あ、あぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁッ!!!!」


 セルケティヘトは、可動域限界を越えてケンケンした!!

 さすがのセージも、追えなかった。


『ほぅ、新しいパーソナルデータの獲得か。ここに来て自己進化するとは……ふふ、興味深い』


 ゆっくりと、セージの手が下がる。

 そしてセージは、動き出したカラミティジャケットを見上げた。


『あとは、キミの仕事だ。娘たちをよろしく頼むよ』


 ゆっくりと、目を閉じた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……………………………あれ?」


 気が付くと、誰もいなかった。

 頭痛も治まってる。それに、機械のパーツみたいなのがバラバラに散っている。


「…………う~ん?」

 

 夢、だったのかな?

 なんか、キツネ目の女がいたような気が……。


『ブォォォォォォォォォォォォォォンンンンン………』

「夢じゃなかったぁぁぁぁぁっ!?」


 巨大な黒いロボットが、雄叫びを上げた。

 またロボットバトルかよ!? ディザード王国でもやったのに!!


「とにかく……ブリュンヒルデたちと合流だ!!」


 俺は再びダッシュした。

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