第141話、BOSS・Type-BISHOP③/人間舐めんな

 2本の尾。

 セルケティヘトの臀部付近から伸びる、多関節機構のウィルス注入器。

 本来はアンドロイドの装甲を貫通するための針だが、人間やナマモノにたいしても有効だ。もちろん、殺傷兵器として。

 

「フシャァァァッ!!」

「くっ……この!!」


 現在、セルケティヘトは4人と交戦中だ。

 オフェンスの三日月とルーシア、援護のアルシェ、ディフェンスのクトネ。

 クトネは魔力の温存のため、杖を持ったまま動かない。アルシェに関しても、セルケティヘトの隙を伺いながら集中していた。


「チッ……うっとうしいわっ!!」

「ふにゃっ!?」

「ぐぁっ!?」


 セルケティヘトの懐に潜り、ボディを破壊しようとする三日月とルーシアを、セルケティヘトは尾で捌きながら薙ぎ払う。

 三日月たちを相手にしながら、ブリュンヒルデたちへの注意も忘れない。

 

「………チッ」


 セルケティヘトは、ジークルーネの言葉が気になっていた。

 ブラックボックス。そして、ウィルス除去。

 考えられる可能性は、全データの消去。リセット。

 つまり、ヴァルキリーハーツの初期化。

 人格そのものを初期化すれば、ジークルーネの知っている姉は存在しなくなる。姉妹を助けるためならやむなし……そう考えた行動かも知れない。

 

 仮にウィルス除去のために全データの消去を実行しても、躯体そのものがスクラップ寸前の2体は戦力にならない。だが、いくらスクラップ寸前でも戦乙女型アンドロイド。ブリュンヒルデに多少のダメージは与えられるだろう。

 ジークルーネはともかく、ブリュンヒルデは脅威。

 未だに全貌の掴めていない『UNKNOWN兵器』である【戦乙女の遺産ヴァルキュリア・レガシー】がある以上、一切の油断は出来ない。

 セルケティヘトは、方針を固める。

 人間を始末し、この場から離脱する。

 戦乙女型が潰し合ってる今しか、チャンスはない。

 code02とcode03が無力化されれば、自分が破壊される可能性もゼロではない。


「ルーシア、おねがい」

「わかった。任せろシオン」


 そう思った瞬間、三日月しおんが離脱した。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 三日月の離脱と同時に、ルーシアは蛇腹剣カルマを放った。

 女子だけで集まってした、何気ない話。


『アンドロイドとの戦闘ですが、アンドロイドは思考します。ですが、人間のように柔軟な思考ではありません。1つの行動に対して無数の答えを出し、最も論理的な答えを実行するんです』


 ジークルーネの言葉。

 ルーシアは、そのことをしっかり思い出す。


『どんな状況でも、その思考方法が崩れることはありません。ですが、初見の行動に対しては、ほんの刹那の時間、分析に時間が必要になるはず』


 意味はよくわからなかった。

 だけど、わかりやすく、単純な答えだ。


『つまり、相手の知らない攻撃をいっぱい繰り出すんです。分析される前に、論理的じゃなければないほど、相手は思考に時間を掛けます。動きを止めるほどではありませんが、ほんの数秒間程度なら有利な展開に運べる……かも』


 つまり、相手の知らない攻撃。 

 この蛇腹剣カルマは知らない。セルケティヘトは初見だ。剣士としてのルーシアしか知らないなら、伸びる剣を使うなんて思わないはず。


 そう、かつて暗殺者・・・・・・だった・・・ルーシアのことは、この場の誰も知らない。


「なっ」

「……」


 ルーシアは、蛇腹剣カルマを戻し、セルケティヘトに向けて投擲した。

 まさか剣士が剣を手放すとは思わず、セルケティヘトの動きがわずかに鈍る。


「『蛇行じゃぎょう』」


 蛇のように地を這う歩法。

 自ら禁じた暗殺技能を解放する。


「な、このっ!!」

「『飛影とびかげ』」


 セルケティヘトの尾を躱し、近くの樹を蹴って飛び、蹴って飛ぶ、蹴って飛ぶ。まるで野生動物のような動きに、セルケティヘトの思考はわずかにぶれる。


「チョコマカ動き……」


───────────ピィュイ。


 ピナカの矢が、セルケティヘトに向けて飛ぶ。

 同時に、ルーシアも籠手の短弓を使って矢を放つ。


「ちぃぃっ!!」


 セルケティヘトは尾を使わず、両手を使って矢を掴む。

 そして、ルーシアが蛇腹剣カルマを拾い、鞭のように分離させて投擲した。

 セルケティヘトは計算する。

 尾は2本。鞭のような剣。1本の尾で相殺。


「なめんなやぁぁっ!!」


 尾の1本と、蛇腹剣カルマが複雑に絡み合う。

 ギチギチと、多関節同士が絡み、お互いの武器は使用不能になった。


───────────ピィュイ。


 セルケティヘトの手にあるピナカの矢が、もがくように動く。

 ほんの少しだけ、セルケティヘトの注意が矢に向いた瞬間だった。


『シャァァァァァァーーーーーっ!!』


 三日月しおんが上空から飛んできた。

 セルケティヘトは三日月しおんに注目した。

 そして。


「………………………」


 思考が停止した。

 何故なら、そこにいたのは人間ではなく……あまりにも巨大な『ネコ』だった。

 セルケティヘトは知らなかった。

 三日月しおんが【覚醒】し、『猫王チェシャキャット』の力を手に入れていたことに。フォーヴ王国以来、一度も変身していなかったことに。

 

『刻め、魔剣アンサラー』


 猫王モード三日月の4本の尻尾がピンと立ち、それぞれの尾に魔力が集中する。

 セルケティヘトの尾は2本、三日月しおんの尾は4本。性質こそ全く違うが、強力な攻撃手段である事に変わりない。


「………………………ウソや」


 尻尾から放たれた魔力の刃がセルケティヘトの尾を引き裂き破壊する。


『シャァァァァァァーーーーーっ!!』


 そして、三日月が命名した必殺爪、『猫王爪キャッツシュナイダー』が、セルケティヘトの半身を引き裂いた。


 ◇◇◇◇◇◇


「はぁ、はぁ、はぁ……」

『大丈夫?』

「あ、ああ……久しぶりの暗技は堪えた」

『ぺろぺろ』

「うわ、ちょ、シオン!?」

『おつかれ、ルーシア』


 三日月は猫王のままルーシアに近付き、ルーシアの顔をぺろぺろ舐めた。

 労ったつもりだが、ルーシアはお気に召さなかったようだ。


「おーいっ!!」

「ルーシアさん、シオンさーんっ!!」


 アルシェとクトネが近付いてきた。

 2人は猫王の三日月に抱きつく。


「おつかれ、すっごかったねぇ!!」

「あたしの出番なかったですー」

「ああ、アンドロイドに勝利したんだ。はぁ……疲れた」

『まだ終わってない』

「ああ、ブリュンヒルデたちだな」


 そして、クトネは気が付いた。


「あ、あれ……?」

「どしたの、クトネ?」

「いえ、あの……」


 クトネが見ていたのは、セルケティヘトが吹っ飛んだ方向。

 機械のパーツが散乱し、手の形がそのまま残っている。


「あの、アンドロイドはどこへ?」


 セルケティヘトが、消えていた。

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