第132話エルフの真実

 この部屋には椅子がない。なので適当な機械に寄りかかる。

 当然、お茶なんて気の利いた物もない。まぁそんなことはどうでもいい。

 俺は、目の前を浮遊するディスプレイを見る。

 そこには、若く可愛らしい女性······精霊王オリジンの姿があった。

 そして近くには、映像と全く同じ顔の女性が、緑の薬液が満たされた生体ポッドに入っている。どうやら身体中に取り付けられたパッチによって、この映像を出してるようだ。


《さて、なにから聞きたい?》

「決まってる。ここは……いや、あんたは何だ?」

《ふふ、その質問に答える前に、一つだけ》

「ん……」


 映像のオリジンは、とても妖艶な笑みを浮かべた。

 子供にも、大人にも見えるのに、やけに扇情的だ。


《おぬし、異世界人じゃな?》

「………ああ、たぶんあんたなら知ってると思った」

《やはり……オストローデ王国、か》

「そうだ」


 俺は、精霊王オリジンが俺の正体を知っていても驚かなかった。

 驚きは、この部屋の機械を見てからずっとしてる。


「あんた、アンドロイドのことも知ってるんだろ?」

《もちろん。オストローデ王国………いや、『Osutorode《オストローデ》シリーズ』が造り上げた王国のこともじゃな》

「……オストローデ、シリーズ?」

《そうじゃ。過去の対戦のことは知っているか?……人類軍とアンドロイド軍の戦いじゃ》

「ああ。少しは」


 ブリュンヒルデとジークルーネも、断片的な情報しか持っていなかった。

 大昔、アンドロイドを作った人類と、人類に反旗を翻したアンドロイドの戦い。勝敗やその後どうなったかはわからない。だが、アンドロイドと人間の戦いはまだ終わっていないことはわかった。


《『Osutorode《オストローデ》シリーズ』とは、全てのアンドロイドの父オーディンが設計した始まりのアンドロイドじゃ。オーディン博士が作り出した全10体のアンドロイドは自我を持ち、自らの手でアンドロイドを創造するまでに成長した》

「……オーディン、博士」

《そうじゃ。始まりのアンドロイドであるOsutorode《オストローデ》シリーズが造り上げたのが、現オストローデ王国じゃ。と、話が逸れた。わらわのことじゃな》

「あ、ああ……」


 オストローデシリーズ。

 全10体の、始まりのアンドロイド。

 それが、俺の倒すべき敵……なのか。


《魔術を知っておるか?》

「は?……いや、当たり前だろ」

《では、魔術の成り立ちを知っておるか?》

「え、いや………そこまでは知らない」

《ふふ、大昔の人間は魔術を使うことが出来なかったということは知っておるか?》

「………そういえば、魔術はアンドロイドの技術だとか」


 マジカライズ王国に入る前、ブリュンヒルデが言ってたかも。魔術は本来、アンドロイドの技術だって。

 あの時は聞き流したけど、今思うと不思議だよな。

 

《そう、魔術とはアンドロイドにしか使えない技術だったのじゃ。なぜアンドロイドだけなのか、どういうメカニズムなのか……アンドロイドにも理解出来なかった。唯一わかっていたのは、アンドロイドの動力機関と燃料、そして電子頭脳のバグによる化学反応の結果……らしい》

「なんだそりゃ? というか、それがどういう」

《最後まで聞け。そこでアンドロイド軍は、『Osutorode《オストローデ》シリーズ』で魔術を最も得意とした個体、『Type-WIZARD《ウィザード》』の劣化量産型を開発し、実験を繰り返しながら研究を続けた。もちろん、人類軍も魔術を行使しようと、劣化量産型のType-WIZARD《ウィザード》を捕獲し研究をした。そして、人類軍は恐るべき実験に手を染めたのじゃ》

「恐るべき……実験」


 ゴクリとツバを飲む。

 いつの間にか、手に汗を握っていた。


《その実験とは………人間の体内に機械部品を入れ、人為的に魔術を発動させること》

「な……」

《機械部品は、Type-WIZARD《ウィザード》に使われた部品を改良した物じゃ。電子頭脳のバグをチップにして脳に埋め込み、心臓に小型動力機関を埋め込み、体内に無数のパイプを張り巡らせ液体燃料を循環させた》


 聞くのもおぞましい実験だった。

 背中がゾワゾワする。気持ち悪い。


《当然、実験は失敗続き……魔術を発現させるどころか、命すら持たなかった。だが、改良に改良を重ね、遺伝子レベルでの調整を行い、初めて人間に魔術を使用させることができたのじゃ》

「おお……」

《だが、その人間は廃人同然……無数の機械に繋がれ、自らの意志では立ち上がることも、手を動かすことも出来なかった……そして、その人間は廃棄された》

「………」

《だが、廃棄された人間は生きていた》


 ドクンと、俺の心臓が高鳴った。

 なんとなく、答えがわかった気がした。


《遺伝子操作により、髪の色は変色し、耳が異常に長くなり、年月が経過しても遺伝子が全く劣化しない固体として……》

「………まさか」


 俺は、ディスプレイに映るオリジンを見た。

 オリジンは、微笑を浮かべたまま頷いた。


《わらわは、人類軍が作り出した『魔科学調整体サンプルMJ-862号・通称エルフ』じゃ》


 精霊王オリジンの正体は、人類軍が作り出した魔術師の実験体だった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 声が出なかった。

 まさか、精霊王オリジンが……人によって作られた存在だったなんて。


《わらわが廃棄され、戦争がどうなったかは知らない。わらわは辛うじて生き残り、このユグドラシル王国を造り上げた……生きる為の檻としてな》

「………」

《どういうわけか、わらわの遺伝子の一部が流出し、長寿で魔力を持つ人類がこの地に生まれた……わらわはそれを保護し、エルフ族と名付けて今まで導いてきた。おかげで今は神様扱い、精霊王オリジンと呼ばれて祭られておる……》

「なんとういうか……その、スケールがデカいわ」

《ははは。そうじゃな……まぁ、わらわは過去の人類軍に作られた存在じゃ。不思議とおぬしには全て話す気になれた、他言無用じゃぞ?》

「もちろんだ。こんなの誰にも言えないよ……」

《ふふ……さて、礼がまだじゃったの。何か望む物はあるか?》


 ああ、鉄球を直したお礼か。

 今の話だけで十分だったが、せっかくなので聞いてみた。


「あのさ、ここに遺跡はあるか? 依頼では遺跡調査も含まれてたはずだけど」

《遺跡調査か。まぁそれはついでだったのじゃが、気になるのか?》

「ああ。俺としてはそっちのが気になる」

《ふむ、あることはあるが、わらわも解明できなかった遺跡がこのユグドラシルの地下にある。時間をかけてのんびり研究しようと思ったが……見てみるか?》

「見たい! どんな遺跡なんだ?」

《わからん。白い通路があるだけで、最奥には扉らしき物があるだけの妙な遺跡じゃ》

「マジでか!!」


 その特徴、間違いない。

 【戦乙女の遺産ヴァルキュリア・レガシー】のある遺跡だ。まさかディザード王国に続いてユグドラシル王国でも見つかるなんて。こりゃツイてるぞ。


《なら、そこの転送装置で遺跡まで行ける。行ってみるがいい》

「え、なにその準備の良さ」


 ディスプレイが移動した先に、どことなく見覚えのある装置があった。

 ああこれ、ブリュンヒルデと初めて会ったときに使った転送装置だ。

 でも、ちょっとトラウマだ。


「あ、あのさ……ウィルスなんてないよな?」

《なにバカなことを言っておる》

「す、すまん」


 転送装置の上に乗ると、一瞬の浮遊感があった。

 そして、見覚えのある白い通路に到着した。

 間違いない。ヴィングスコルニルやモーガンを見つけたのと同じ通路だ。

 足下には、転送装置がある。これで帰りも安心だ。


「よーし、行くか」


 なんか上手く行きすぎてる気がする……でも、このまま行こう!!

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