第127話エルフのアルシェ

 セージとゼドが勇者に入った頃。

 ユグドラシル王国前にあるやや開けた広場に、エンタープライズ号は停車した。

 そこそこ大きな木の下には柵が設けられ、馬が停められるようになっている。そして柵の上を見ると、1軒のツリーハウスがあった。

 御者席に座っていたブリュンヒルデがツリーハウスを眺めていると、その隣に座ったアルシェが言う。


「あれ、アタシの家ね。よかったらみんな上がってよ。お茶出すからさ」

『わかりました』


 アルシェは御者席から降り、スタリオンとスプマドールの馬具を外す。初対面なのに2頭は特に抵抗もせず、アルシェに身を任せていた。


「いい子たちだね。それに、すっごく優しい顔してる……ふふ、アナタたちが大好きだって」

『あなたは、馬と意思疎通が計れるのですか?』

「まぁね。エルフは自然と動物に愛されてる種族だから」


 柵の内側には藁が敷かれ、スタリオンとスプマドールはそこでリラックスする。どうやら気持ちいいのか、そのまま寝てしまった。

 そして、クトネたちもエンタープライズ号から降りてきた。


「あの、アルシェさんでしたっけ? 補給物資をもらえるって聞いたんですが」

「うん。必要なの教えて、と言いたいけど、まずはお茶でも飲まない? ウチに招待するよ!」

「いや、しかしだな……」

「いいじゃん、久しぶりのお客さんだし、それにみーんな女の子だし! アタシ、外の話を聞きたいな、よかったら泊まってよ!」

「わたしは別にいいよ。エルフさんのお話も聞いてみたい」

「ちょ、シオンさん~。どうしますルーシアさん、ジークルーネさん」

「わたしもいいよ。スタリオンとスプマドール寝ちゃったし」

「……まぁ、いいだろう」

「やたっ、そっちの子もいい?」

『私は問題ありません』

「はぁ、まぁいいですかね-」


 一同は、アルシェの自宅であるツリーハウスへ。

 クトネがツリーハウスへ通じる梯子を登るのに苦労したが、それ以外は易々と登る。

 アルシェは嬉しそうに言った。


「ようこそ、アタシの家へ!」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 アルシェの自宅は、数軒の小屋の寄せ集めのような家だった。

 木の上にいくつかの小屋があり、それぞれ梯子で繋がっている。クトネたちが案内されたのは、リビング件台所の小屋だった。

 中は畳六畳ほどで、カーペットに座布団が敷いてある。エルフはテーブルを使わない文化だと、クトネは思い出した。

 

「ま、適当に座って。お茶煎れるよ」

 

 言われたとおり、適当に座る。

 エルフの家は土足厳禁なので、履き物を脱いでカーペットに座った。

 アルシェは、森で摘んだ香草と木の実をすり潰して漉したお茶を煎れ、木をくりぬいて作ったカップに注いで出してくれた。

 色は赤茶色で、柑橘系の優しい香りがする。


「疲労回復にもってこいの薬草茶。おいしいよ」


 アルシェは微笑み、最初に口を付ける。

 それを見た三日月がカップに口を付けた。


「ほわぁ……なんか、ほっこりする」

「でしょ? アタシのお気に入り。ユグドラシル王国に入ればもっといいお茶が手に入るけど、アタシは国外追放されてるから、昔飲んだのをなんとか再現してるの。ここまでの味を出すのに20年かかったわ」


 苦笑するアルシェの言葉に、ブリュンヒルデとジークルーネ以外がギョッとした。

 その空気を察したアルシェが、『しまった』とばかりに顔をしかめる。


「あーその、気にしないで! というか、会ったばかりの人に言うことじゃないよね。ゴメンゴメン」

「あ、いえ……その、あはは」

『追放とは、先程の能力が関係してるのですか?』

「ブーッ!? ちょ、ブリュンヒルデさん、空気読みましょうよ!?」


 クトネがブリュンヒルデにツッコむ。

 ジークルーネも苦笑し、アルシェは「あはは」と笑った。

 ブリュンヒルデは止まらない。


『エルフ族はチート能力を嫌うというデータがあります。先程のあなたの【矢】は既存の物ではなく能力によって生み出された物です』

「あ、いやー……その節はゴメン。まぁその通りだよ」

「お、お姉ちゃん、あまり深く聞かない方が」

『何故でしょうか?』

「あはは、いいよ別に。もう500年以上前のことだしね」

「500年……やっぱエルフは長寿なんですねー」

「アタシはまだ子供だよ。人間に換算すれば17歳くらいだし」

「わたしの1コ上だね」

「あはは、そうなの? ってかちゃんと名乗ってなかったね。改めて自己紹介、アタシはエルフ族のアルシェ、よろしくね」

「クトネです-」

「私はルーシアだ」

「三日月しおん。シオンでいいよ」

「わたしはジークルーネでーす」

『戦乙女シリーズ・近接戦闘型アンドロイドcode04・ブリュンヒルデ』

「ちょ、お姉ちゃん!!」

『むぐ』


 ジークルーネはブリュンヒルデの口を塞ぎ、「ブリュンヒルデです、ブリュンヒルデ」と言い直して紹介する。セージの言いつけ通り、アンドロイドということは秘密にしてる。

 クトネがクスクス笑い、ルーシアも苦笑し、三日月は笑う。それを見たアルシェも釣られて笑った。


 こうして、木の上での女子会が始まった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 種族は違えど、女の子同士の話は盛り上がる。


「へぇ~、じゃあみんな、マジカライズ王国から来たんだ」

「ええ。マジカライズから始まって、フォーヴ王国、ディザード王国と来て、このユグドラシル王国に来たんですよー」

「ああ。短いようで長い旅だ……濃密な時間を共に過ごしたな」

「そうだね。ネコもごま吉も馬たちも、みんな一緒にきた」

「……ねこ?」


 アルシェは、『ねこ』という単語に首を傾げる。


「あのさ、ねこってなに?」

「え……アルシェ、ネコ知らないの?」

「ま、まぁ……アタシ、この森から出たことないから」

「じゃあ教える」


 三日月は、みんなの前で子猫モードになる。

 クトネたちは慣れたものだが、アルシェは仰天していた。


『これがネコだよ。うちには4匹のネコがいるの』

「か、か、可愛いっ!! ねぇねぇなにこれ、シオンが変身しちゃった!! これがねこなの!?」

『うにゃぁ……アルシェ、苦しい』


 アルシェは、三日月を抱きしめるが、三日月は苦しそうに鳴いた。

 だが、アルシェの抱擁は緩まることはない。


「ねぇねぇ、みんなの乗り物には、ねこがいるの?」

「ええ。ネコもですけど、ごま吉とジュリエッタもいますよ-」

「ごまきち? どんなコなの? 会いたいなー」

「いいですよ。じゃあ居住車に行きますか」


 クトネが言い終わると同時にブリュンヒルデが立ち上がった。

 

『モンスター反応を感知しました』


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 アルシェは、あっけらかんと言った。


「あ、ほんとだ。というか、あなたスゴいね、アタシより早く感知するなんて」

「って、ノンビリしてる場合じゃないですよ!! も、モンスターはここに来るんですか!?」

「そだね。ここはユグドラシル王国と森の境界地でね、結界が敷いてあるの。その結界にモンスターが反応して寄ってくるんだ-」

「なるほど……って言ってる場合じゃないです!! 下にはスタリオンとスプマドールがいるんですよ!?」


 ブリュンヒルデとジークルーネは立ち上がる。スタリオンとスプマドールの危機に一番敏感なのは、間違いなくこの2人だろう。

 だが、アルシェの態度は特に変わらない。


「あ、ここはアタシに任せて。こんなの日常茶飯事だから問題ないよ」


 アルシェは立ち上がり、小屋の外にある板を並べた通路に出る。

 クトネたちは横長の窓に駆け寄り、モンスターの姿を探し……見つけた。


「いました、あれです!!」

「あれは……ウッドウルフか!!」


 ジークルーネがいち早く発見し、ルーシアが正体を看破する。

 ウッドウルフとは、森に棲息する狼型モンスターだ。その姿は生身ではなく、木の根を狼のような形にした姿をしている。

 森の奥から何匹も出てくる。

 狙いはこの木……正確には、スタリオンとスプマドールだ。

 2頭は眼を覚まし、臨戦態勢を取る。


「さーて、ちゃっちゃとやっつけますか。あ、そうだ、これが終わったらネコに会わせてね!!」


 アルシェはクトネたちにウィンクすると、右手に30センチほどの『矢』を生み出す。

 鏃部分はエメラルドのような輝きで、シャフトと矢羽は銀色の、神秘的な矢だった。

 アルシェは矢を手で弄び、おもむろに口笛を吹く。


 ───────────ピィュイ。


 口笛と同時に、矢は高速で飛ぶ。

 まるでエメラルドグリーンの流星で、軌跡を捕らえるので精一杯だ。

 矢は、ウッドウルフの顎下から入り、頭部を貫通する。


 ───────────ピュィ、ピュィ、ピュイ。


 小刻みに口笛を吹くと、矢は複雑な軌道を描きながら、ウッドウルフの身体を次々と貫いていく。

 アルシェは口笛を吹くだけで、一歩も動いていない。

 最初のウッドウルフを討伐してから6秒後、30匹ほどいたウッドウルフは全て討伐された。


 ───────────ピュウッ。


 最後に口笛を吹くと、矢はアルシェの元へ戻る。そしてアルシェは矢をパシッと掴んだ。


「はいおしまい。チョロいチョロい」


 圧倒的だった。

 エメラルドグリーンの矢が宙を舞い、ウッドウルフを全て殲滅した。

 驚き、声も出ないルーシアとクトネ。

 三日月は、のんびりと言った。


「ヨ○○ゥみたい……」


 その意味がわかるのは、きっとセージだけだろう。

 





*******************

【名前】 アルシェ

【チート】 『森の射手(ロビンフッド)』 レベル9

 ○鷹の目・半径500メートル以内の生物視認可能(対象5)

 ○無音・足音を完全に消す

 ○希薄・自身の存在を完全に隠蔽する

 ○地図化・半径200メートルの地形把握


【固有武装】

 ○ピナカの矢

 ・軌道完全操作

 ・速度自由自在

*******************

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る