第116話Osutorode

「…………こんなところ、ね」


 葉山たちが拠点としていたオアシスに、1人の美しい女性がいた。

 魔女のようなトンガリ帽子をかぶり、帽子から伸びる黒髪をゆるく結んでいた。

 顔立ちは非常に整っており、おしゃれなメガネをかけている。

 灼熱の砂漠地帯なのに黒いローブを着用し、汗一つ掻いていない。

 そんな彼女の周りには、空中投影ディスプレイが無数に表示されていた。

 その内の1つのディスプレイに、女性は話しかける。


「アシュクロフト、データは集まったわ。予定通り『Type−HYDER(ハイドラ)』は破棄。予定通りというか、結果的にだけどね」

『……code04ですか』

「ええ。それに、code06も起動していた。センセイは着々と力を付けつつあるわね」

『ふむ、スペック的には我々のが上なのは間違いないですが、不測の事態というのもありますね』

「そうね。その不測の事態とやらのデータも収集したわ。まぁ、犠牲もあったけど」

『……オリジナルのUROBOROS(ウロボロス)を失ったのは仕方ありません。稼働データがあればハイドラの電子頭脳のコピーは容易い。量産型ウロボロスの製造にも着手を始めました。全て想定の範囲内です』


 女性ことアナスタシアは、ズレていないメガネをクイッとあげる。

 男子生徒が見れば、見惚れてしまいそうな笑みを浮かべる。


「想定の範囲内ねぇ……今の技術で作れるウロボロスなんてたかが知れてるわ。せいぜい………A級のモンスターってところね」

『仕方ありません。時間経過と資源不足で、我々の技術も一部が廃れてしまった』

「ふふ、大事な資源のハイドラを使い潰しておいてよく言うわ」


 ハイドラが送り込まれた本当の理由。

 1つ、ウロボロスのテストと稼働データの収集。

 2つ、邪魔な王国の1つであるディザードにダメージを与える。

ウロボロスは拠点制圧兵器だ。ディザード王国を制圧したら、地面に潜行してオストローデ王国に帰還するようにプログラムしておいた。

 ディザード王国とオストローデ王国の交易はあくまで形式上。ドワーフの武具とオリハルコン鉱石という取引を交わした直後に、まさかオストローデ王国がディザード王国を攻めるなど考えるはずもない。それに、相手は頭の硬いドワーフだ。


『ははは、ハイドラがオストローデ王国の関係者という証拠はありません。全て1人の狂った男の暴走として処理されるでしょう』

「そうね。ちょっと可哀想な気もするけ、ど」

『ふふ、あんな出来損ないの電子頭脳などいくらでもコピー可能です。アルヴィートのデータを組み込んだ躯体の戦闘データも収集できました。全ては予定通りです』

「………そう、ね」


 全ては予定通り。

 アナスタシアは、そうとは思えなかった。


「ねぇ、アシュクロフト」

『なんでしょう?』

「……センセイは、どうするの?」

『…………』

「データを見たならわかると思うけど、センセイの『チート能力』は得体が知れない。『修理(リペア)』なんて能力、私のデータベースにも存在しない……」

『それは……』

「あれは、機械を修理する能力。しかもセンセイの力は修理するだけじゃない。それ以上の何かを感じるの………危険よ」

『…………』


 ふと、静寂がオアシスを包む。

 アシュクロフトとアナスタシアは、見つめ合った。


『センセイ以外にも危険はあります。ウロボロスを破壊した兵器……』

「ええ。あの水牛ね。まさか失われた技術である『|空間掘削消滅砲(グラビトロンカノン)』をあんなコンパクトサイズで搭載してるなんて……本来なら、要塞クラスの砲台とエネルギーが必要なのに」

『あれほどの技術……やはり、あれを造ったのは』

「ええ、アンドロイドの父……私たちの父である『オーディン博士』しかいない」

『code04がアルヴィートを降した時にも、鉄の馬に騎乗していました。あれほどの兵器がまだ存在してるとしたら、脅威になりますね』

「やはり、次は直接、センセイに刺客を送るしかないわね」

『……ええ』


 ここまで話した時だった。

 ふと、アナスタシアがゆっくりと顔を横へ向ける。

 そこには、いつの間にいたのか、2人の男女がいた。


「あら……盗み聞きとは感心しないわね」

「いえいえ、盗み聞きしてたわけやない。アナスタシアはん」


 20歳くらいの女性だった。

 まるで十二単のように分厚い着物を着て、金色の髪飾りで長い髪をひとまとめにしている。まるで砂漠に似つかわしくない格好だった。

 顔立ちは美しいが、目だけがキツネのように細い。

 そしてあり得ないことに、十二単の中から『鉄の尻尾』が伸びていた。

 いくつもの関節を供えた金属の尻尾。先端が鋭い針になっている、まるで『サソリ』のような尻尾だ。

 

「何か用かしら? セルケティヘト」

「ええ、ちぃとオモロいモンを見つけてなぁ……くひひ、アシュクロフトはんとアナスタシアはんがドンパチの見物してる間、ウチとライオットで見つけたんですわ」

「へぇ……何を見つけたの?」

「くふふへへ、知りたいでっか? でもでも、まーだ教えられへん。ウチらも見つけただけやし、どうするかはこれから決める。もちろん、おもろいことに使うためにねぇ」

「………」

「うふひ、そこでアナスタシアはん、アシュクロフトはん。センセイの抹殺、ウチとライオットに任せてくれへん?」


 猫目サソリ尻尾の女性・セルケティヘトは、アナスタシアの周りに表示されているディスプレイに話しかける。

 すると、返事はすぐに返ってきた。


『いいでしょう……お任せします』

「んふふ、おおきにおおきに。あー忙しくなりそうや、準備準備。さぁ行くでライオット」

「…………」


 プロレスラーのような体格にスキンヘッド、タンクトップと迷彩柄のズボンに、鉄板入りブーツを履いた寡黙な男・ライオットは、セルケティヘトの後に続いて歩き出した。

 アナスタシアは、アシュクロフトに聞く。


「………いいの? セルケティヘトはハイドラ以上に危険よ?」

『構いません。我々の計画は順調です、セルケティヘトが何を掴んだのかは知りませんが、センセイを始末してくれるのなら任せても問題ない。それよりアナスタシア、任せたい仕事があります』


 アナスタシアは、ズレてないメガネをクイッとあげた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 砂漠のど真ん中を、セルケティヘトとライオットは歩いていた。

 まともな人間が見れば正気と思えない。十二単のような着物を着た女性と、タンクトップにスキンヘッドのプロレスラーのような男が、碌な荷物も持たずに砂漠を横断してるのだ。

 セルケティヘトは、くひひと笑う。


「なぁライオット。向かうのはエルフの国や」

「…………」

「なんであんなモンがあるのかわからへんけど、利用しない手はない。それに、だいぶガタがきとるようやし………ウチ好みにイジらせてもらいましょか」

「…………」


 オストローデ王国に在籍する全10体のアンドロイド。それは、遥か過去に造られた存在。現在まで、調整とアップグレードを積み重ねた、最新のアンドロイド。

 『Type-BISHOP(ビショップ)・セルケティヘト』。

 『Type-LUKE(ルーク)・ライオット』。

 かつて、人間に反旗を翻したアンドロイドである『Osutorode(オストローデ)シリーズ』の2人は、エルフの国へ向かって徒歩で進む。


「さぁさぁ、楽しい時間の始まりや。センセイ、そして……戦乙女型」

「………」

「ライオット、お前さんにも遊んでもらうで」

「………」


 ライオットは、小さく微笑んだ。

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