第109話サイドワインダー
ルーシアたちは、居住車用の家具を揃えた。
ベッドやソファなどを居住車に積み込み、カーペットを敷いたり、三日月が所望したキャットタワーも設置する。
空間歪曲の部屋は2階建てで、一階は居間、二階は仕切りを入れて個別の部屋を作った。プライベートな空間が出来て、クトネたちも大喜びだ。
エンタープライズ号を引くスタリオンとスプマドールも、特に苦もなく牽引してる。空間歪曲によって生み出された空間は、重量という概念が存在しないのだろう。
現在、ルーシアが手綱を握り、注文した剣を取りに行くため鍛冶屋へ向かっていた。
御者席も広くなり、背中やお尻が痛くならないように座布団が敷かれている。
ルーシアの隣には、三日月が座っていた。
「快適」
「そうだな。さすがドワーフの技術、ほとんど揺れを感じない」
「サスペンションが優秀だからね」
「ああ············さ、さすぺん?」
意味がわからなかったので、ルーシアは話題を変えた。
「あー、ネコたちはどうした?」
「みんなキャットタワーで遊んでる。それに、ごま吉もネコたちと仲良くなったみたい」
「そうか。ごま吉も馴染んでるようで何よりだな」
「うん。ここ、動物がいっぱいで嬉しい」
ネコが4匹、アザラシが1匹、馬が2頭。確かに、これだけ動物を連れているクランはそうないだろう。ルーシアは苦笑した。
そして、エンタープライズ号は一軒の鍛冶屋で止まった。
「では、受け取りに行ってくる。スタリオンたちは任せた」
「うん」
ルーシアは鍛冶屋へ入り、店主のドワーフを呼んだ。
すると、まだ若いドワーフ店主が、包み片手に現れた。
「来たかねーちゃん。お望みの品はあがってるぜ。やれやれ、骨は折れたが完成した」
「感謝する、店主殿」
包みを開けて確認すると、鞘に収まった1本の剣が現れる。
ルーシアは鞘から剣を抜いてかざす。
「·········素晴らしい」
「へ、とーぜんよ」
それは、異形な剣だった。
両刃のロングソードだが、片刃のデザインがそれぞれ違う。
まず刃の部分はドラゴンの鋭い『爪』部分を加工して造られた、まるで刀のような刃。そして峰の部分は、ドラゴンの『牙』を使用したノコギリの刃のようにギザギザしていた。
さらに、ルーシアが店主に求めた機能も加えられた特注剣だ。
「名前はドラゴンの名前から取って『カルマ』ってとこだな。やれやれ、久しぶりにくたびれる仕事だったぜ」
「感謝する、店主殿」
「おう。にしてもオメーさん、こんな剣を持つなんて、剣士ってか暗殺者みてーだなぁ」
「ふ······」
改めて礼を言い、ルーシアは武器屋を出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
武器屋を出ると、三日月とクトネが馬にブラッシングしている姿が見えた。
ブリュンヒルデとジークルーネ以外にも、馬はちゃんと懐いている。
「あ、おかえりです、ルーシアさん」
「ああ。待たせたようだ」
「いえいえ、この子たちのブラッシングしてましたから。それより、新しい剣は?」
「見ての通りだ」
ルーシアは、腰の剣をポンポン叩く。
抜きこそしなかったが、クトネには伝わった。
「ルーシアさん、ずいぶん嬉しそうですね〜」
「そうか? まぁ、そうかもな······」
「クトネ、クトネは新しい杖いらないの?」
「いや〜、あたしはこの杖が気に入ってます。おじいちゃんからもらった大事な物ですし······」
クトネは、肌見放さず持ってる木の杖を抱く。
ちょっとしんみりしたが、ルーシアが言った。
「······さて、食事にでもするか」
「うん。おなか減った」
「ですね! ねぇねぇルーシアさん、あたしは肉が食べたいです!」
「わかったわかっ······」
次の瞬間、ルーシアたちの近くに何かが突き刺さった。
3人は、その飛来物に驚いた。
「び、ビックリしました······な、なんですこれ?」
「鉄の棒?······ふむ、屋根から落ちてきたのか? 武器の素材なのかもしれんな」
「·········」
それは、1メートル半くらいの黒い円柱だった。
円柱の直径は20センチくらいだろうか、1メートル半もあるとそこそこ大きい。それに、円柱には等間隔に切れ込みが入っていた。まるで棒術などで使う三節棍、いや八節棍というべきか。
「金属でしょうか? そこの武器屋に届け······」
「ッ!! クトネ、だめっ!!」
「へ?」
円柱に触れようとしたクトネを三日月は引き離す。
すると、地面に突き刺さった円柱の上部がぱっくり割れ、まるで蛇のような口に変形した。
それだけじゃない、円柱の切れ込みがパカッと割れ、細いワイヤーの束が関節のように見えていた。
円柱は、機械のような蛇に変形した。
「な······なん、ですか、これ?」
「シャアァァッ!!」
愕然とするクトネを無視し、三日月は一瞬で戦闘モードである『|猫獣人(ワーキャットスタイル)』へ。猫耳と尻尾、牙と爪を出した三日月が最も戦いやすいスタイルだ。
三日月は機械の蛇に飛びかかり、鋭い爪で切り裂いた。
「っつ!? か、硬いっ!!」
右手の爪が僅かに欠け、機械の蛇は本物の蛇のように地面を蛇行し、三日月に迫る。
機械蛇は三日月の喉を食い破ろうと飛びかかる。だが、『猫王』と『キャットウォーク』を同時に発動させた三日月の動体視力は、人間や猫を遥かに凌駕している。
喉元に向かって来た機械蛇を紙一重で躱した。
「爪、引っ掻くのは効きにくい······なら、これ」
三日月は、開いていた五指を伸ばし、手刀のように構えて爪を伸ばす。
爪は30センチほどに伸び、まるで剣のような形になった。
体勢を整え、再び飛び掛かる機械蛇。
三日月は、先程と同じように紙一重で躱し、すれ違いざまに機械蛇の頭と関節部分のワイヤーを切断、頭部とボディが切り離された。
機械蛇は、バチバチと紫電を放ち、ビチビチと痙攣、完全に動きを停止した。
「ふぅ······」
「シオンさん! だ、大丈夫ですか!?」
「うん、わたしは平気。クトネは?」
「は、はい、あたしも平気です。というかコレ······」
「······機械の、蛇」
頭を切り離され、完全に機能停止した機能の蛇。
三日月は、オストローデ王国が頭を過ぎった。
「ルーシアさん、セージさんに連絡した方が·········ルーシアさん?」
クトネはルーシアに声を掛けたが反応がない。
なぜか、上空を見上げて凍りついていた。
「ルーシアさん、どうしたんです·········え」
「·········な、なんだ、あれは」
「·········うそ」
黒い何かが、ディザード王国を見下ろしていた。
まるで、この機械蛇を何百倍も巨大化させたような。まるで、翼のないジャンボジェット機の胴体みたいな大きさの黒い物体だった。
機械蛇と同じく、口を開くように先端部が開いていく。
「·········ま、まさか。クトネ!! なんでもいい、障壁を出せっ!!」
ルーシアが叫んだ瞬間、雨のように鉄の棒が降り注いだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゼドさんとファヌーア王の拳は、お互いに触れる瞬間に止まった。
爆発した天井から落ちてきた『何か』が、ファヌーア王が座っていた玉座に激突、椅子は粉々に砕け散った。
「いぃぃぃぃぃぃたぁぁぁぁぁ………くないっ!!」
がばっと、奇声を発しながら 何かが立ち上がった。
そいつは、ピースサインをしながら腰に手を当ててポーズを取っている。竹箒のように逆立った緑髪、ピアスまみれの耳、気色悪いメイクをした顔、真っ赤なルージュ、パンクロッカーみたいな服装。全てがここに似つかわしくない、狂ったファッションだった。
「んだテメェ……ここがどこだか知ってんのか? オメーらぁ!!」
「「「「「おう!!」」」」」
ファヌーア王が侵入者に怒号を飛ばし、今まで動かなかったドワーフの兵隊が槍を構えて侵入者を取り囲む。するとイカレた侵入者は襟元を正しながら言う。
「もちろん存じている……シェフ、ディナーの準備を」
「……は?」
「おいおいおいおいおい、ボクちゃんはママのご飯を食べに来たのである。メニューは泥団子にミミズの体液ソースをかけた物を。ウェイター、あたちの席はどこでちゅか?」
「…………」
な、なんだこいつ……言ってることがメチャクチャだ。
ファヌーア王の額に青筋が入る。マジでキレたのが俺でもわかった。
「やっちまえ!!」
「ふむ、おいしそうなモグラがたくさんいるのである。では前菜といこうか」
イカレた男は指をパチンと鳴らすと、天井の穴から鉄の棒が何本も落ちてきた。
男を囲むように鉄の棒が床に突き刺さる。
「ウソ、あれって………まさか、『UROBOROS(ウロボロス)』!? なんでアレがここに!?」
ジークルーネが叫ぶ。
同時に、ドワーフの兵隊がイカレた男に殺到した。
が、鉄の棒がバクッと割れ、まるでヘビのようにドワーフの兵隊の喉元に食らいついた。
「ぎゃぁぁぁっ!?」「ぐぅおぉぉっ!?」「がっはっ!?」
「オメーらっ!? ちくしょうテメェェッ!!」
「よせファヌーアッ!!」
ゼドさんはファヌーア王を羽交い締めにした。
倒れたドワーフの兵隊に食らいつく鉄のヘビは、ビチビチしながら肉を貪っていた。
あまりの光景に、俺は動けなかった。
そして、イカレた男は優雅に一礼した。
「初めまして。オイラはハイドラ、おなかいっぱいご飯を食べにきました!」
あまりにも突然に、国を巻き込んだ戦いが始まった。
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