第104話ウロボロス・Type−HYDER②/真の職人
葉山は一人、チート能力を駆使して情報を集めていた。
『蝿使い(ベルゼブブ)』で見聞きした情報を紙に書き、どんな些細な事でも葉山は書き起こす。おかげで紙の束がどんどん出来上がる。
ここは、ディザード王国から少し離れた岩場で、僅かながらオアシスもある。そこにテントを建てて数日が経過していた。
情報を集めてる時は無防備になるので、葉山の護衛として同行していた山田と綾野は、葉山が書いた紙を集めながら聞いた。
「ねぇ葉山、これだけ情報を集めたんならそろそろいいんじゃない? というかスゴいじゃん、一人でこんなに情報を集めるなんて」
「·········」
「そうですね。戦闘になることもなさそうですし、そろそろオストローデ王国に帰還してもいいと想いますよ」
「·········」
「そうね。はな、マーカーは設置した?」
「はい。準備はできてます」
「じゃあ、あのバカハイドラは?」
「ええと·········その、木の枝を齧ってました」
「ったく、わけわかんない。もうあんなのと関わり合いになるのはゴメンよ。帰ったらアシュクロフト先生に直訴して······」
「待ってくれ」
葉山は、帰り支度を始めた山田と綾野を引き止める。
声のトーンが暗く、どうしたのかと山田は聞いた。
「なぁ、オレたちの任務は、オストローデ王国と手を組んだディザード王国の調査だよな?」
「······何を今更。そうよ、オストローデ王国が『オリハルコン鉱石』を卸す代わりに、ドワーフ製の武器防具を定期提供ふるって契約よ」
「オストローデ王国近郊にオリハルコンの鉱山があるから、私たちとしては問題ないですけど、ドワーフ製の武器防具はそれ以上の価値がありますからね。正直、ドワーフたちにとってあまりフェアな取引ではなかったはずです。ですが、ドワーフは二つ返事で受諾した······だから、裏があると睨んでの調査、ですよね」
「そう、そうなんだ。でもよ、おかしい、おかしいんだ」
葉山の様子がおかしい。
山田と綾野は顔を合わせる。ドワーフの企みがどれほど恐ろしい物なのか、想像もできなかった。
葉山は、ようやく二人の顔を見て言った。
「なにも·········何も出てこない。ドワーフは、本当にオリハルコン鉱石が欲しいたけなんだ。裏なんてない、ドワーフは職人だ、本当に欲しい物のために、職人としての腕を振るうためだけに、オストローデ王国と取引したんだ。そこに悪意なんてない、ドワーフは、本当の職人だ······!!」
葉山は、二人に語った。
何匹もの蝿を飛ばし、町中から情報を集めた。ドワーフの王が住む場所も徹底的に調べた。隠し通路や秘密の会議場などもないか調べまくった。
だが、出てくるのは仕事の話だけ。
ドワーフ王やその側近ですら、新しい釜だのオストローデ王国から輸入したオリハルコンの純度だの、オストローデに卸用の武器の制作を急げだの、悪意なんて微塵も感じなかった。
この砂の王国では鉱石採取が難しい。
フォーヴ王国やマジカライズ王国から輸入したり、少し離れた岩石地帯で採掘したりして原石を手に入れていた。だが、希少なオリハルコン鉱石は中々手に入らない。そこでオストローデ王国がドワーフ製の武器防具と交換なら応じると言ったのだ。
ドワーフは、二つ返事で受諾した。
悪意なんてない。自分たちの技術の結晶と引き換えに欲しい物をくれるというのだ。とても名誉な事である。
「なんてこった······ドワーフ、すげぇ」
葉山は、ドワーフの高潔さに心打たれていた。
まだ16歳の少年は、ドワーフの仕事に対する情熱がとても眩しく、輝いて見えた。
そんな葉山を見つつ、山田が言う。
「葉山、あんた······忘れたの?」
「·········」
「相沢先生が言ったでしょ、オストローデ王国のために戦えって」
「······忘れるワケないだろ」
それは、身近な人を無くした少年少女の心に空いた隙間にねじ込まれた、偽りの言葉だった。
アシュクロフトの巧みな話術で、相沢誠司の死は美談となって生徒たちの心に残っている。これらは全て、オストローデ王国の策略の一つであると疑う者はいない。
「志乃ちゃん、葉山くん······どうするの?」
「······見たままを報告するよ。ドワーフは悪意なんてない、これからも普通に取引可能だ、ってね」
「オストローデ王国が大陸統一を果たすためには、戦うしか無いと思ったけど、案外すんなり行くかもね」
「だな、へへへ」
ふんわりと、明るい空気に包まれた。
葉山は、このドワーフたちが悪人だとは思えなかった。
ドワーフを連れてオストローデ王国へ向かえば、面白いことになるかもと考えた。ドワーフの鍛冶技術をオストローデの工房で指導してもらえば、兵士たちの武器防具の品質向上に繋がるのでは·········。
「ホッポッポーーーッ! 我輩、帰還機関器官です!」
そんな考えは、ハイドラの登場でブチ壊されて。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
3人は、同時に溜息を吐いた。
「ポッポ? どうしたのかな葉山ちゃん、山田くん、綾野ぽん」
「「「·········別に」」」
3人の心はシンクロした。
このハイドラは、何の役にも立っていない。散歩に出て行ったかと思えば、ドロドロの体液まみれで帰ってきて、山田を物凄く苛立たせたのはつい最近の出来事だ。
だが、言わないわけにはいかない。
「情報収集も終わったし、そろそろオストローデ王国に帰る話をしてたんだ。マーカーも設置したし、御子柴(みこしば)に迎えに来てもらおう」
「ポーポー、なるぽろー、帰るのねん?」
「そうよ。ったく、なんであんたみたいなのを連れて来たのか、マジでわかんないわ」
「うむうむ。では拙僧はお出かけしてきまふ! まだまだ遊び足りないのねん!」
「え、ちょっと、ハイドラさん!?」
ハイドラは敬礼し、そのまま出て行った。
綾野が呼び戻そうとするが、山田に止められる。
「放っておきなさいよ、あんなのどうでもいいわ」
「そうそう、そのうち帰ってくるよ」
「······」
だが、ハイドラは帰って来なかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『マーカー』。
それは、『運び戻し屋(キャリー・オブ・カムバック)』というチート能力を持つ男子生徒、御子柴(みこしば)箱歩(はこぶ)が作り出した、ビー玉のような宝玉である。
それは地面に置くことで吸収され、御子柴はその場所をポイントとして自由自在にテレポートが可能な、クラスの運び屋として活躍していた。
そして御子柴は、葉山たちを迎えに来た。
「ちーっす、御子柴運送でーっす!」
マーカーを設置したポイントに魔法陣が現れ、運び屋として特注で作らせた制服と帽子を被った御子柴が現れる。どうも本人は運び屋としての仕事が気に入り、戦わない代わりに生徒たちの移動を一手に引き受けるとアシュクロフトに熱く語っていた。
御子柴は、葉山たち3人しか居ないことに気がついた。
「あり? 確か報告では4人って聞いたけど」
「それが、行方不明なんだ。オレの蝿でも見つからなくてさ」
「とりあえず、あたしたちは帰還して、アシュクロフト先生に報告しようと思ってね」
すると、御子柴は困ったような顔をした。
「そーなのか〜。まぁいいか、帰ったら報告するよ」
「ん、何をだよ?」
「いやー、アシュクロフト先生からハイドラって人に伝言があったんだわ。ここに残って待機してろって」
「待機って、あの変人を?」
「ああ。ようわからんけど、まぁマーカー設置したし、いつでも来れるから、とりあえず帰ろうや」
「そうですね。お願いします御子柴くん」
「おう、じゃあ魔法陣の上へ乗った乗った」
葉山たち3人は、御子柴の足元にある魔法陣の上へ乗る。
「ではでは、オストローデ王国へ帰還しま〜す!」
魔法陣が光り、葉山たちの身体は温かいものに包まれる。
一瞬の浮遊感の後、葉山たちの存在はこの場所から消えた。
そして。
「·········うひ?」
ボコンと、ハイドラが地面から現れた。
土と泥に塗れ、ズルズルと這いずり回る。
そして、仰向けになり空を見上げた。
「·········おなかへった」
ハイドラは、むくりと起き上がる。
身体をくねらせながら立ち上がり、ニッコリと微笑んだ。
「ごはん、たべたいな」
電子頭脳に致命的な欠陥を抱えたアンドロイド、Type−HYDER(ハイドラ)。
アナスタシアの調整でも改善せず、アップグレードしたボディと合わせて、戦闘能力は大幅に向上した。
アシュクロフトがハイドラに与えた指令は一つ。
「ごはん、ごはん、ごはんんん〜〜〜んん♪」
それは、気の済むまで『食べろ』という、シンプルな命令。
そして、ハイドラに与えられたある物のテスト。
「よーしよーしよーし、レッツラゴーレッツラゴー!」
ハイドラは、食事に出掛けた。
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