第92話ドラゴン退治と報酬
抜き足、差し足、忍び足。
洞窟に踏み込んだ俺たちは、息を潜めながら歩いていた。
松明を片手にゆっくり進む俺。だが、ブリュンヒルデとジークルーネはズンズン進む。
「お、おい2人とも……もうちょっと静かに」
小声で注意すると、ジークルーネが言う。
「センセイ、魔竜カルマドラゴンならさっき起きましたよ? わたしたちが踏み込んだと同時に目を開けました。どうやらかなり鋭い感覚を持ってるようですね」
「え」
つ、つまり……このまま進むとブレスの餌食か?
おいおいヤバいだろ。このまま進んだら黒焦げじゃねぇか!?
「センセイ、わたしとお姉ちゃんで行きますから、ここで待っててください」
「……い、いや、俺も行けるところまで行く」
『センセイ、私とジークルーネのボディならドラゴンブレスに耐えられますが、センセイの肉体では耐えられません。撤退を推奨します』
「……だ、大丈夫なラインまで行く。俺だって死にたくないけど、このまま帰るのはカッコ悪すぎる」
「うーん……まぁ、ドラゴンブレスの射程外までなら平気かな? それくらいならいいよね、お姉ちゃん」
『…………』
ブリュンヒルデは無言で歩き出した。
「ふふ、どうやらいいみたいです。行きましょうか、センセイ」
「あ、ああ。迷惑はかけないから」
ドラゴンまで、もう少し。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『センセイ、ここでお待ちください』
ブリュンヒルデにそう言われ、俺は立ち止まった。
すると、先行していたホルアクティが戻り、俺の肩に停まった。
「たぶん平気だろうけど、念のため」
ジークルーネ曰く、ドラゴンブレスの危険から回避させるためだとか。
ぶっちゃけ、ホルアクティよりブリュンヒルデたちのが心配なんだが。
「じゃ、行ってきます」
『すぐに終わらせます』
「お、おう。ブリュンヒルデ、ジークルーネ、メインウェポンの仕様を許可する、さっさと終わらせて戻って来い!」
『はい、センセイ』
「はーい、センセイ」
2人は、いつもと変わらない足取りで洞窟の奥へ消えた。
俺は意味もなく壁際に寄り、キルストレガを抜いて息を潜める。
すると、不気味な音が聞こえてきた。
『ジャァァァァッ!!……ブフゥゥゥゥッ!!』
そして、洞窟奥が一気に明るくなった。
まるで威嚇後にドラゴンブレスを放ったかのような……というか、ここまで熱が来た。間違いない。
ゾワリと、背中に冷たい汗が流れた瞬間だった。
『シャガァァァァァァッ!! ブフッ!?』
うーん、たぶんだけど、ドラゴンブレスでも死なない2人に再度威嚇、そして次の瞬間に首を落とされたって感じかな。
それから数分後、全く変化のない2人が戻って来た。
『終わりました、センセイ』
「お姉ちゃんは最強です!!」
「2人ともお疲れ。ちょっと手を繋いでくれ……そう」
俺は2人の頭に手を乗せ、『|修理(リペア)』を発動させる。
特に変化はなかったが、目に見えない破損がある可能性もあるからな。お互いに触れてさえいればレベル3の『|修理(リペア)』は2人に掛かる。
「わぁ、ありがとうセンセイ。でも大丈夫だよ?」
「いいから。これぐらいさせろって」
『ありがとうございます、センセイ』
「うん。こっちもありがとう」
さて、外にいるルーシアたちを呼ぶとしますか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルーシアたちを呼び、荷車を引いたスタリオンも一緒に魔竜カルマドラゴンの前へ来た。
「うわ……」
「く、首チョンパですね……」
魔竜カルマドラゴンは、見事な太刀筋で首を落とされていた。
グロい断面からドロッとした血がボタボタ落ちている。
「うーん、どうやって荷車に乗せ……」
『センセイ、ロープの準備をお願いします』
ブリュンヒルデが、魔竜の前足を片手で掴んでズルズル引きずった。うん、余計な心配でした。
魔竜の身体と落とされた頭を荷車に乗せ、しっかりとロープで固定する。かなりの重量だが、スタリオンなら運べるそうだ。見た目はデカい黒馬だが、普通の馬20頭分のパワーがあるモンスターとの混血馬だからな。
洞窟を脱出し、町へ帰ることにする。
スタリオンも特に問題なく荷車を引いているから大丈夫だろう。
道中、こんな会話をした。
「ルーシアさんルーシアさん、ちょっと提案があります」
「ん、どうしたクトネ?」
「あのですねー、この魔竜の牙を使ってルーシアさんの剣を作るというのはどうでしょう? 砂漠王国のドワーフなら、かなりの業物ができますよ」
「………ふむ、いい考えだ」
確かに、ルーシアの安物剣は度重なる依頼でもうボロボロだしな。
この際、立派な一振りを注文するべきだろう。
「俺も賛成だ。確か、ドラゴンの素材は全部俺たちの物だよな?」
「ええ。たぶんですけど、ギルドが買い取りの提案をしてきます。牙の数本はルーシアさん用の剣の素材として、あとは全部売ってもいいと思いますよ」
「そりゃいいな。三日月はなにか欲しい装備あるか?」
「んー……ネコじゃないからいらない」
「そ、そうか」
ネコってどういう意味だろう?
まぁ気にしなくていいや。それより、ドラゴンの討伐報酬と素材代金ゲットだぜ。
「クトネ、このドラゴンっていくらぐらいで売れる?」
「そーですねー………鱗は防具になりますし、爪・牙・骨は武器の素材に、肉は高級食材、血や内臓は薬、脳や眼球は魔術の素材……捨てるとこないからかなり高く買い取りされますよ。報酬に加えてドラゴン素材、むふふ、あたしの読み通りの展開です」
「………読み通り?」
「ええ。まず、細かい依頼で経験と等級アップをしつつ金貨200枚ほど自力で貯め、最終的にこのドラゴン討伐で一気に資金を稼ぐ……目標金額に達したら、砂漠王国へ行きましょう!!」
「………お前ってホントにすごいんだな」
ちなみに、ドラゴンの肉が傷まないように、水属性C級認定を受けている三日月が、高等魔術である氷の魔術を使ってドラゴンそのものを凍結させた。なので肉は傷むことなく済んでいる。
そして、ドラゴンを積んだ荷車はオゾゾの町に到着した。
「まぁ……騒ぎになるよな」
そう、入口で一悶着あった。
デカい黒トカゲを積んだ荷車はたいそう驚かれ、冒険者ギルド長がわざわざ確認しに来た。そして、ギルドの解体場に運ぶので預からせてもらうと言って運んで行った。流されるままだったけど、特に異論はないのでお任せした。
手ぶらの俺たちはギルド長と一緒に冒険者ギルドへ向かい、依頼完了の報告と報酬の金貨をもらった。
依頼料を受け取ったのを確認したギルド長が言った。
「今日いっぱい、解体に時間をもらうから、明日の朝一で商談に入ろう」
ということだ。
その日の夜。祝勝会を町の酒場で行い、とても盛り上がった。
ドラゴン退治をしたブリュンヒルデとジークルーネをねぎらい、俺たちのこれからの冒険に向けて乾杯し、次の目的地である砂漠王国への期待をあらわにした。
俺とルーシアは飲みすぎてぶっ倒れてしまい、二人してブリュンヒルデに担がれ帰宅。酔いつぶれた大人二人を高校生くらいの少女が町を練り歩きながら運ぶという醜態を晒してしまい、顔から火が出るくらい恥ずかしかった。
そして翌日。再び冒険者ギルドへ。
俺たちを見るなり、受付嬢さんは二階の応接間へ案内状してくれて、中にはすでにギルド長が待っていた。
ソファを勧められ着席する。
「さっそくだが取引をしたい。お前たちが討伐したカオスドラゴンの素材買取についてだ」
うーん、上から目線。
でもまぁギルド長で偉いしこれが普通なのかも。
ギルド長は髭面のおっさんで、いかにも元冒険者って感じだ。
すると、テーブルに一枚の羊皮紙を出す。
「まず最初に、解体したドラゴンの部位をピックアップした。討伐したお前たちが残しておきたい素材と、ギルドに売ってくれる素材を振り分けてくれ」
なるほど。
俺は羊皮紙を取ると、隣にいたクトネが腕にしがみついて羊皮紙を覗き込み、ルーシアは顔だけ寄せて来た。
羊皮紙はどうやらドラゴンの部位と値段が書いてあるようだ。
「ふーむふむ。なるほど·········あたしとしてはとくに文句はありません。剣の素材用に牙と爪数本あればいいと思いますねー
」
「········私も異論はない」
オーケー。
打ち合わせした通りだ。
「じゃあ、牙と爪を1本ずつもらい、あとは全て買取をお願いします」
「ん?······それだけでいいのか?」
「はい。今一番欲しいのはお金ですし」
「ははっ!! なるほどな······じゃあ取引成立だ」
ギルド長は受付嬢さんに指示し、牙と爪を1本ずつ持ってこさせた。
「カオスドラゴンの爪と牙だ。鍛えりゃB級冒険者が持つくらいの武器に仕上がるだろうよ」
「おぉ······」
俺は牙と爪を受け取りしみじみ眺める。
大きさは30センチほどでずっしり重い。牙の方はギザギザとノコギリのようなエッジが付いていた。
ギルド長は、髭面をニッコリさせる。
「ずっと燻ってた依頼を完遂してくれてありがとよ。まさかF級クランがカオスドラゴンを倒すとは思わなかったぜ」
「いや、ははは······」
曖昧に笑い誤魔化す。
ここで目立つのは駄目だ。異世界ありがちな『ギルド長に目をつけられて厄介事に巻き込まれる』なんてことになりかねない。
すると、受付嬢さんが小さな袋を抱えて戻ってきた。
「ほれ、素材の代金だ。少しばかり色付けさせてもらったぜ」
「どうも·········あれ?」
なんだこれ? キラキラした白い硬貨?
数は全部で10枚。ええと、金貨じゃないのか?
「白金貨10枚で間違いないな。いい取引ができたぜ。久しぶりのドラゴン素材、鍛冶屋は大喜びだろうよ」
「ええ、良かったです」
こうして、ドラゴン退治は換金含めて終わった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宿に戻ったクトネは興奮してた。
「いやー、ギルドで叫ぶの我慢するの大変でした!! まさか白金貨が出てくるとは!!」
「ああ。私も驚いたぞ······色を付けても金貨800枚が妥当な線かと思ったが、まさか金貨1000枚とはな」
「金貨1000枚······つまり、白金貨1枚で金貨100枚か。とんでもねぇな」
「せんせ、これで居住車を買えるの?」
「そうだな。というか所持金がすげぇことになってるな」
現在の所持金、金貨1200枚。
これなら居住車と馬を買える。少し前までは夢物語だと思っていた居住車が、現実になって見えてきた。
「······よし。じゃあ、この町ともお別れだな。次の目的地は砂漠王国だ」
「センセイ、遺跡調査も忘れないでね。わたしたち以外の姉妹も見つけないと」
「わかってるよジークルーネ。ブリュンヒルデも」
『はい、センセイ』
こうして、個人のレベルアップと冒険者・クラン等級の昇格は終わった。
お金も稼いだし、そろそろ出発だな。
遺跡調査······最近してないなぁ。
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